「宇宙人ですか? ……いると思いますよ」
仕事の合間に楽屋で学校の宿題を片付けていると「宇宙人はいるよね?」と尋ねられ、ありすは少し逡巡した後に答える。
ありすに声を掛けた活発な印象を持つショートヘアの少女の名は龍崎薫。
キッズアイドルを中心に構成された『L.M.B.G(りとるまーちんぐばんどがーるず)』というユニットで活動しているアイドルの一人だ。
どうやらテレビを見ていたようで『UFOの謎に迫る!』という特集が流れていた。
「意外ですわね。橘さん、こういうものに興味がありますの?」
「ま、まあ……」
首を傾げながら、そう尋ねてくるお嬢様然とした金髪の少女に、ありすは目を背けながら曖昧に答える。
ありすに声を掛けた少女は櫻井桃華と言って、彼女も『L.M.B.G』に参加するアイドルの一人だ。
その丁寧な言葉遣いや立ち居振る舞いからもわかるように『櫻井財閥』の会長を父に持つ本物のお嬢様だった。
実のところ、ありすも以前からこのグループに参加しており、文香とユニットを組む前はよく一緒に活動をしていたのだ。
総勢十名を超すメンバーが在籍しているため、全員で揃って何かをすると言ったことは少ないが、こうしてメンバーのサポートやフォローを兼ねて一緒の仕事が舞い込んでくることがたまにある。今回も正木商会の人気商品の一つである『タチコマくん』の新バージョンが発売されると言うことで、以前からCMガールをしているみりあと、コラボユニットへの参加が決まっている薫たちを補佐するため、発表会のゲストにありすは招かれていた。
891側からもアイドルが複数出演しており、冬のコンサートに向けて346と891の協力関係をアピールする狙いもあるのだろう。
(実際に会ってますしね)
そんなことを考えながら、ありすは太老の顔を思い浮かべる。
さすがに本当のことを話すわけにはいかないが、本物を知っている身としては「いない」と否定することは出来なかった。
「ほら、ありすちゃんもいるって言ってるし、きっと宇宙人はいるよ!」
「うん。本当にいるなら会ってみたいよねー」
「怖い人じゃないといいな……。あの写真みたいなのだったら、どうしよ……」
思い思いのことを口にする少女たち。最初から順に龍崎薫、赤城みりあ、佐々木千枝の三人だ。
あとに続く二人も薫と同様に『L.M.B.G』に参加するアイドルだった。
そして薫、千枝、桃華の三人は社内オーディションで選出されたコラボユニットに参加するメンバーでもあった。
テレビには『宇宙人の正体に迫る!』というタイトルで、タコのような姿の宇宙人が映っている。
好奇心旺盛な薫とみりあとは対照的に千枝は、こんなのだったらどうしようと言った不安な顔でテレビを見詰めていた。
そして――
「えっと……」
そんな少女たちに一斉に見詰められ、ありすは反応に窮した様子を見せる。
彼女たちが何を期待しているのか? 察することが出来ないわけではなかったからだ。
彼女たちからすれば大人びていて博識のありすは、なんでも知っていると言った印象なのだろう。
頼りにされているのが伝わってくるだけに、誤魔化すことも「わかりません」と答えることも出来ないと考え、
「菜々さんに聞いてみては?」
ありすは心の中で菜々に謝罪しつつ、丸投げすることを決めるのだった。
◆
「……で、また墓穴を掘ったと」
事務所にやってきた菜々に相談を受けた俺は、眉間にしわを寄せながら尋ねる。
「仕方ないじゃないですか! あんな無垢な瞳で尋ねられたら、本当のことなんて話せませんよ!?」
涙目で俺の問いに反論する菜々。まあ、わからなくもないんだが……。
話の経緯を説明すると、菜々のところへコラボ企画に参加する予定のキッズアイドルの少女たちが尋ねてきたらしい。そして宇宙人について質問をされたそうで、純真無垢な少女たちに追い詰められた菜々は『宇宙人は当然います! ウサミン星人の菜々が言うのだから間違いありません!』と言ってしまったそうだ。それを真に受けた少女たちに『見てみたい!』と言われて、流されるまま適当な返事をしてしまったとの話だった。
いつかはやらかすと思っていたが、見事な自爆っぷりだった。
「しかしなあ。宇宙に連れて行くのは無理だぞ?」
子供たちを悲しませるような真似はしたくないが、何も知らない少女たちを宇宙に上げるわけにはいかない。
そもそも『ウサミン星人』なんてものは菜々の考えた創作で、実際にはそんな名前の宇宙人は存在しない。
宇宙は広い。確かに探せばウサ耳の宇宙人くらいいるかもしれないが、漫画やアニメに出て来るような可愛らしい獣人をイメージするのは早計だ。
犬によく似たワウ人の特徴を考えると、二足歩行の顔はウサギのままと言う可能性の方が高いと俺は見ていた。
子供からすれば、軽くホラーだ。トラウマを植え付けかねない。
「そもそもウサミン星≠ネんて星は――いや、どうにかなるかもしれないな」
「ほ、本当ですか!?」
ようは子供たちに納得の行く証拠を見せればいいだけの話だ。それが本物≠ナある必要はない。
「子供の夢を壊すのは本意じゃないしな。今回だけだからな」
菜々に釘を刺しつつ、俺は計画を練るのだった。
◆
そして数日後――
「うさぎさんが一杯です!」
無数にいる白いウサギ(?)の中から、目に留まった一匹を抱きしめる黒髪の少女。
彼女の名前は佐々木千枝。今日、招待した少女の一人だ。
そして彼女が抱きしめている猫とウサギを足したような珍妙な生き物は、魎皇鬼の姿に偽装した第四世代の〈皇家の樹〉だった。
魎皇鬼と言うのは〈皇家の樹〉に匹敵する力を持った宇宙船で、この姿はその生体端末を模したものだ。
俺が〈皇家の樹〉のために用意した生体端末は、ある程度であれば自由に姿を変化させることが出来る。
そこで遊び相手も兼ねて、こんなカタチで〈皇家の樹〉たちに協力してもらったと言う訳だ。
最近、仕事が忙しくて余り構ってやれてなかったからな。子供たちに囲まれて、樹たちも喜んでいるようだ。
「少し変わった子たちですけど、このウサギさんたちがウサミン星人≠ネんですか?」
「そ、その子たちは、まだ子供なので。それに菜々のこの姿も、地球で生活するための仮初め≠フ姿ですから!」
千枝の質問に胸を張って答える菜々に対して、子供たちの「おお!」とか「凄い!」と言った声が聞こえてくる。
子供たちの夢を壊さないために立てた計画だったが、段々と泥沼に嵌まっていっている気が菜々を見ているとしなくもない。
いつか、本当に痛い目に遭いそうだな。まあ、自業自得だけど……。
「すみません。私が軽率なことを言ったばっかりに……」
「いや、元を辿れば、菜々の自業自得だしな。ありすちゃ――橘さんが気にすることないよ」
「クスッ、いいですよ。もう、好きな呼び方で。正木会長に『さん』付けで呼ばれるのは、違和感がありますし」
そう言って笑うありすを見て、俺は頬を掻く。
まあ、呼び名を訂正しないでいいのは、助かることは確かだった。
呼び慣れていないと言うのもあるが「ありすちゃん」の方がしっくりと来るんだよな。
「じゃあ、俺のことも『太老』でいいよ。ありすちゃんとは仲良くしたかったから嬉しいかな」
「え……あ、うっ……じゃあ、太老さんで……あと、もう一ついいですか? あの人たちは?」
菜々と同じようにウサ耳をつけて給仕に勤しむメイド服の女性たちへ遠慮気味に視線を向けると、ありすはそんなことを尋ねてきた。
「なんで、私たちがこんな格好を……」
「え? 私は結構、楽しいけど?」
「ちゃんとやりなさい。また水穂様に叱られても知らないわよ?」
正木風香、正木水子、正木音歌の三人だ。正木の名からも察することが出来ると思うが、俺と同じ『正木の村』の出身者だ。
本来は鬼姫の下で働く女官なのだが現在は商会に出向していて、水穂に相談したところ彼女たちを助っ人に寄越してくれたと言う訳だ。
なんでも水子がまた≠竄轤ゥしたらしくて、その罰も含んでいるとか……。他の二人はとばっちりを受けたと言う、いつものパターンだった。
しかし、ありすが気にするのもわかる。そのくらい、あの三人は目立っていた。
水穂や林檎に見劣りしない美女と言うこともあるが、仕事振りが鬼気迫っているというか、近づきがたいオーラが滲み出ているからだ。
水穂に怒られるのは嫌だ。でも、こんな恥ずかしい格好はしたくない。そうした大人の女性ならではの葛藤があるのだろう。
どう紹介したものかと迷っていると、「太老お兄ちゃん!」と俺の名を呼ぶ元気一杯な声が耳に響いた。
「おっ、久し振り。先週の特番、見たよ。頑張ってるみたいだな」
「ほんと? えへへ、お姉ちゃんだもん。頑張らないとね」
この笑顔一杯の快活な少女の名は、赤城みりあ。昨年、武内プロデューサーが担当した『シンデレラプロジェクト』という企画で選ばれたアイドルの一人で、最近は『L.M.B.G』の活動にも参加していて、先週は『とときら学園』という人気番組の一周年を記念した特番にも出演していた人気上昇中のキッズアイドルだ。彼女と知り合ったのは本当に偶然だったのだが、それから交流を持つ内に『タチコマくん』のCMガールを依頼するようになり、現在に至るまで良好な関係を築いていた。
ちなみに『タチコマくん』と言うのは、人工知能を搭載したペットロボットの名称だ。大きさは子供でも両手で抱きかかえられるくらいで、既に色違いのバージョンが三つ販売されていて、プロジェクト・ディーバの発表を記念したコラボバージョンを今冬に発売することが決まっていた。機能の一つに宴会モードというのがあって、タチコマが音楽に合わせて踊りを披露してくれるのだが、コラボ仕様のものは346の代表曲を収録した特別仕様となっている。今日は建て前上、そのキャンペーンの打ち合わせとアイドル同士の親睦を深めるという名目で、彼女たちを891のビルへ招いたのだ。
あとで891のアイドルとも引き合わせることになるだろう。
特に冬のコンサートに出演が既に決まっている赤城みりあと橘ありすを除く三人は、コラボユニットへの参加が決まっていた。
彼女たちが今回コラボ企画のキャンペーンガールに選ばれたのも、それが理由だ。そして――
「本日はお招きありがとうございます」
「桃華ちゃんも久し振り。少し背が伸びたんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ、正直見違えたよ。その赤いドレスもよく似合ってる」
「と、当然ですわ。わたくしは大人のレディですもの!」
佐々木千枝、龍崎薫に続き、彼女――櫻井桃華が社内オーディションで選ばれ、346からコラボユニットに参加することになった最後の一人だ。
他にも二組デビューすることが決まっているが、一組目は彼女たち三人に891のアイドルを二人加えた五人ユニットを考えている。
先日開かれた『タチコマくん』の新作発表会で第一弾となるコラボユニットが紹介され、世間でも大きな話題を呼んでいるところだった。
ありすも上手くフォローしてくれているようで、護衛対象を一箇所にまとめるのが本来の目的だったとはいえ、正直なところ助かっていた。
「桃華ちゃんも、太老お兄ちゃんと知り合いだったの?」
「はい。わたくしのお父様が正木会長と知り合いなので」
「そうなんだ。私も昔よく太老お兄ちゃんに遊んでもらってたんだ」
「では、わたくしと一緒ですわね」
桃華の親は櫻井財閥の会長で、仕事の関係で俺も面識があった。
桃華と初めて会ったのは二年前に参加した櫻井財閥主催のパーティーで、その時には既に346に所属してたんだよな。
まだデビュー前にも拘らず「まずは家に頼らず、自分の力で頑張りたい」と話す彼女の覚悟に心を打たれたものだ。
しかし、あの時の子が大きく成長したものだ。
みりあちゃんも妹が出来て前以上に頑張っているみたいだし、子供の成長は本当に早い。
「……随分とモテるみたいですね」
「ありすちゃん? なんか怒ってないか?」
「怒ってません。ただ呆れてるだけです」
と感心していると、何故かありすに半目で睨まれた。
頬を膨らませて顔を背けるありすを見て、何がいけなかったのかと俺は戸惑いを覚えるのだった。
◆
「美嘉ちゃん、何を飲んでるの?」
「ん、えっと……栄養ドリンク?」
首を傾げながら自分でもよくわからないと言った様子で、周子の質問に答える美嘉。
彼女が飲んでいるのは、太老から貰った栄養ドリンクだった。
346のアイドルも大変なんだな……とよくわからないことを言われて渡されたので、美嘉も実のところよく理解していないのだ。
ただ飲み口はすっきりしていて、この前に飲ませて貰ったジュースほどではないにせよ、美嘉は気に入って飲んでいた。
「もしかして、お疲れモード? 最近がんばってるもんね。無理してない?」
「心配してくれてありがと。でも、大丈夫。いまは何をするのも楽しくて仕方がないんだ」
充実感に満たされた表情で、美嘉は心配する周子にそう答える。
悩んでいたことが嘘に思えるくらい、いまは仕事が楽しくて仕方がない。
あれから一ヶ月。891への移籍を決めたことは間違いではなかったと、美嘉は考えるようになっていた。
「そういうあたしも疲れ気味なんだよね。一本もらっていい?」
「え? あ、うん。大丈夫だとは思うけど……」
太老からの貰い物をあげていいか一瞬迷う美嘉だったが、一杯あるのに断るのも変な気がしてバックから新しい瓶を取り出して周子に差し出す。
そして美嘉から受け取った瓶の蓋を開け、口を付けたところで周子の動きが固まった。
どうしたのかと心配して美嘉は声を掛けようとするが、それよりも早く周子が大きな声を上げる。
「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい! ラベルが貼ってないけど、どこの製品?」
「えっと、それは……太老さんが……」
「会長さん? ああ、正木商会の試供品か何か?」
いろいろと非常識な製品を作っているという印象があるだけに、正木商会ならと納得する周子。
しかし、それを考慮しても驚きの美味さだった。販売が開始すればヒット商品間違いなしと思えるほどの味だ。
効能の方はまだよくわからないが、普通に飲料として売り出しても売れるだろうと周子は考える。
「騒がしいわね。何を騒いでるの?」
「あ、奏。美嘉ちゃんが会長さんから試供品を貰ったそうなんだけど、これが凄く美味しくてね」
「試供品? その栄養ドリンクみたいなのが?」
事務所に顔を見せるなり、周子に声を掛けられ、奏は微妙な顔を浮かべる。それは前に、マネージャーから貰ったエナジードリンクを思い出してのことだった。
実際には、事務員の千川ちひろが多忙なアイドルやマネージャーの体調を管理するために配っている飲み物なのだが、奏にとっては苦い思い出の味でしかない。
そうした飲み物を差し入れで渡される時と言うのは決まって、イベント前や仕事の忙しい時と相場が決まっているからだ。
実際ここ一ヶ月は美嘉たちの移籍が決まったこともあって、その反響とでも言うように仕事が増え、忙しい毎日を送っていた。
断ろうとするも「騙されたと思って飲んでみて」としつこく周子に言われて、奏は仕方がないと言った様子で飲みかけの瓶に口を付ける。
「あら……本当に美味しい」
自然な甘みが口一杯に広がって、奏は驚きに表情を染める。
こんなに美味しい飲み物を口にしたことは生まれて初めてかもしれない。そう思えるほどの新鮮な驚きがあった。
「美嘉ちゃん。これ、あたしたちの分も会長さんに頼んでもらっていい?」
「聞いてみないとわからないけど、うん……まあ、二人には迷惑を掛けてるしね」
周子と奏には無理を言って、苦労を掛けていることを知っているだけに、美嘉は断ることが出来ずに頷く。
しかし、この行動が後に大きな波紋を呼ぶことになるとは美嘉が知る由もなかった。
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