『メリークリスマス!』
パーティー会場に乾杯の音頭が鳴り響く。
今日は十二月二十五日。クリスマスライブが無事成功に終わり、その慰労を兼ねてクリスマスパーティーが開かれていた。
六日後には実験都市での年越しライブが控えている。そのため、今のうちから出演者たちの結束力を高めておきたいという狙いもあるのだろう。
ちなみに会場の料理と飲み物は、俺の方から提供させてもらった。
パーティーにだすケーキと酒のことで、特に一部のアイドルから強い要望があったらしい。
まあ、この程度のことでやる気をだしてくれるなら安い物だけど……。
「……あそこには近づかないようにしよう」
会場の一角には、子供には見せられない醜態を晒す大人たちの姿があった。
川島瑞樹と片桐早苗のコンビに挟まれ、困った顔で酒を勧められている武内プロデューサーの姿が確認できる。
ニュージェネの三人は物陰に隠れて様子を窺っているみたいだが、さすがにあの輪の中には入っていけずにいるようだ。
君子危うきに近寄らずとも言うしな。武内プロデューサーには悪いが、見なかったことにさせてもらおう。
「太老さん!」
逃げるように会場の外へ移動すると、誰かに名前を呼び止められる。
振り返ると、ホテルのロビーの方から駆けてくる美嘉の姿があった。
「いま着いたのか?」
「はい。雑誌の取材が少し長引いちゃって」
そう言って、美嘉は頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。
他にも志希とフレデリカは既に会場入りしているが、周子と奏はクリスマス特番のロケがあって今日は来られないそうだ。
年越しライブに向けた全体練習もあるため、クリスマス以降は出来るだけ仕事を減らす方向で調整しているとの話だが、それでもやはりトップアイドルともなると大変なようだ。
そう言えば、いつもはあの二人≠ニ一緒の楓も今日は姿が見えない。
カルティアも忙しそうにしてたしな。パーティーには一応誘ったのだが、仕事で参加できそうにないと残念そうに肩を落としていた。
ライブ前日には合流する予定だが、あの様子ではリハーサルに参加するのが精一杯と言ったところだろう。
「太老さん。いま、少しいいですか?」
「改まって、どうしたんだ?」
「実はホテルのフロントで、太老さんのことを尋ねている女の子に会ったんですけど……」
俺のことを、見知らぬ女の子が?
美嘉の様子から察するに、346や891の関係者ではないのだろう。
詳しく尋ねようとした、その時だった。
「――太老さまぁぁぁぁ!」
足音と共に俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
ツインテールをなびかせ、手を振りながら駆け寄ってくる浅黒い肌をした女の子。
それは――
「舞九!?」
よく知る舞姫≠セった。
◆
その頃、水穂は実験都市で一人の女性を出迎えていた。
一緒の部屋にいるだけで同じ女性であっても、自然と溢れでる色香に酔ってしまいそうになる。
水穂の向かえの席に座る女性こそ、レセプシーの頂点に立つダンサー。
舞貴妃その人だった。
「出迎え、ありがとうございます。水穂様」
「……いえ、ようこそお越しくださいました」
水子が鷲羽を仲介してレセプシーの舞貴妃に二人分のチケットを転売したことは、水穂も林檎から報告を受けて知っていた。
だからこうして他の誰に任せるでもなく、自分が舞貴妃の出迎えを買ってでたのだ。
(正直、私も彼女の相手は、余り得意ではないのだけど……)
瀬戸や鷲羽と言った名だたる人物と接してきた水穂から見ても、舞貴妃は決して見劣りしない魅惑的な女性だ。
こうして対峙しているだけでも気を抜けば、舞貴妃の放つ雰囲気に呑まれそうになる。
だが、彼女はダンサーであって、瀬戸のように政治に長けているわけではない。その括りで言えば一般人だ。
舞貴妃の本領はステージの上にある。彼女が舞っている姿を目の当たりにすれば、水穂ですらその魅力に抗うことは難しいだろう。
子供から大人まで見る者すべてを魅了し、耐性の低いものであれば潜在意識すらコントロールが可能な卓越した技術を有する。
数千年に及ぶ修練と技術の蓄積の果てに、魔性の域まで芸を極めた存在。それが、レセプシーの舞貴妃だった。
「お二人でいらっしゃると聞いていたのですが?」
「申し訳ありません。途中までは一緒だったのですが好奇心旺盛な子で、いてもたってもいられなくなったみたいで……」
目を離すといなくなっていたと話す舞貴妃の説明に、水穂は「よくもぬけぬけと」と言った感情を押し殺す。
互いに顔にはださずとも、既に女同士の駆け引きは始まっていた。
舞貴妃が以前から太老の子種を狙っていることを、水穂は当然知っていたからだ。
(まさか、今頃になって霧恋ちゃんたちの苦労が身に染みるなんてね……)
実のところ、これが初めてと言う訳でもなかった。
以前にも舞貴妃はGPの英雄『山田西南』にアプローチを繰り返し、娘を一人嫁がせることに成功していたからだ。
一人で済んだと言うべきか、まんまと思惑に乗せられたと見るべきか?
西南を慕う女性たちが舞貴妃の思惑に嵌まり、苦労していたことを水穂は思い出しながら、心の中で溜め息を漏らす。
有能な人物の血を一族に取り入れるという一点においては、誰よりも積極的で手段を選ばない相手だ。
勿論、相手の了承を得ずに無理矢理と言ったことはしないが、そうせざるを得ない方向へ流れを持っていくことに関しては、男女の付き合いに疎い水穂では到底敵わない老獪さが舞貴妃にはある。
目を離した隙に娘がいなくなったと言ってはいるが、水穂は当然その言葉を真に受けてはいなかった。
(……狙いは確実に太老くんよね)
太老の血をレセプシーに取り込むことが舞貴妃の狙いだ。
その相手は舞貴妃自身であっても娘であっても、どちらでも構わないという考えなのだろう。
とはいえ、
(太老くんが引っ掛かるとも思えないのよね……)
責任は取らなくていい。一夜限りの夢。一発やって子種を貰えれば十分と、これほど男に都合の良い話はない。
だが誰彼と構わず、そんな話に乗るような性格なら、とっくに子供の一人や二人こしらえていても不思議ではない。
それほど太老を慕う女性は大勢いるのだ。結婚相手の候補だけでも、両手の指では足りないほどの数がいる。
そのなかの誰ともまだ男女の関係を結んでいないことを考えれば、幾ら相手がレセプシーの舞姫とはいえ、簡単になびくとは思えなかった。
(いえ、だからこそ、瀬戸様や鷲羽様もレセプシーの行動を黙認しているのかもしれないわね)
政治的な事情など、いますぐに太老が結婚できない理由は他にもいろいろとある。
――が、良くも悪くも子供っぽいところが太老の魅力だと思う一方で、もう少し大胆に太老の方から迫って欲しいと考えている女性も大勢いるはずだ。
物作りに向ける情熱の一割でいいから、そっち方面に発揮してくれればと思うところが、水穂もまったくないわけではなかった。
だからこそ、鷲羽や瀬戸が舞貴妃の好きにさせているのも、何かの切っ掛けになればと考えている可能性は十分にある。
だが、このままで良いとは思わないまでも、水穂はその考えに否定的だった。
そんな彼だから好きになった。
太老のそうした性格を、ある意味で哲学士≠轤オいと感じていたからだ。
子供がそのまま大人になったかのような自由奔放さで周囲を困らせるかと思えば、ドキっとするような思慮深い一面を垣間見せたり――
母親を通して哲学士という生き物をよく知る水穂には、太老の行動の意味がわからなくはなかったからだ。
実際、太老を慕い集まってきた女性の多くは、そうした太老の本質≠ノ気付いているのだろう。
逆に言えば、そこまで気付くことが出来なかった者や覚悟を伴わない者は、自然と太老のもとから離れていくことになる。
舞貴妃や舞九がどうなるかはわからない。
しかし、それでも待ち続けることが出来るのなら、彼女たちとも仲良く出来るかもしれないと水穂は考える。
だからこそ、強引に関係を進めようとする鷲羽や瀬戸のやり方には賛同できないのだ。
しかも太老の幸せを純粋に願っているのならまだしも、半分は自分たちの悪癖を満たすためとなると尚更だ。
今回のことも賭けの対象になっていたとしても、まったく不思議ではない。むしろ、その可能性が高いとさえ、水穂は思っていた。
「わかっていると思いますが……」
「ご心配なさらずとも何もしませんよ? 太老様が見込まれた少女たちも出演するという話ですから、純粋に観客として地球の舞台を直に一度見ておきたかっただけです」
「……それはレセプシーとしての判断ですか?」
「そう捉えて頂いて構いません。半分は仕事できていますから」
891に移籍が決まっている美嘉たちも、何れレセプシーの舞台に立つことがあるだろう。
ようはレセプシーの舞台に立つに相応しい者かどうか、その見定めも含んでいると言うことだ。
どこまで本気にしていいかはわからないが、取り敢えずは信用してもいいかと水穂が判断を下しかけた、その時だった。
「それに、あの子も自分の目で確認しておきたいでしょうから」
「……はい?」
「あら? 鷲羽様から聞いておられないのですか?」
◆
「891に移籍する? え? 舞九ちゃんが?」
「鷲羽様から、お聞きになっていないんですか?」
舞九がレセプシーの舞姫を辞め、891へ移籍するという話を聞いて俺は驚きを顕にする。
慌てて端末を取りだし関係書類をチェックしてみると、確かに舞九の移籍の話が報告に上がっていた。
今朝、確認したときには、こんな報告書は上がってなかったはずだ。恐らく舞九の言うように、マッドの仕業だろう。
とはいえ、マッドがレセプシーから舞九を引き抜いたところで、俺も美嘉たちの件があるので余り強くは言えない。
「――そうなんだ。じゃあ、アタシと一緒だね」
「そうなんですか? こちらには知り合いが少ないので、仲良くして頂けると嬉しいです」
「こちらこそ、アタシなんかでよかったら……あ、それじゃあ、今日は下見に? 住むところは、もう決まってるの?」
「はい。親切な方に手頃な物件を紹介して頂いたので、年明けには引っ越してくることになりそうです」
美嘉の質問に、そう答える舞九。
商会を通さず、舞九の知り合いで不動産関係にツテを持っていると人物となると、一人しかいない。
恐らく天地と天女。そして剣士の父親、信幸のことを言っているのだろう。本職は建築家だしな。
「そう言えば、舞九ちゃんって前はどこの事務所にいたの?」
「事務所というか……劇団で踊り子をしていました。なんとか人様にお見せ出来る程度の末席に過ぎませんが……」
「そんなことないでしょ? 見た感じでも、凄く鍛えてるみたいだし、それでなんて劇団?」
「レセプシーと呼ばれています。ご存じないかとは思いますが……」
「レセプシー!?」
声を上げて、立ち上がる美嘉。何事かと言った客の視線が集まる。
ハッとした様子で、バーの客に頭を下げながら席に腰掛ける美嘉。
ゆっくりと話も出来ないからと、パーティー会場を抜け出してきたのは正解だったな。
こんなところを他の誰かに見られていたら、面倒なことになっていた可能性が高い。
「ご存じだったのですか?」
「水子さんから、ちょっと……」
美嘉の回答に驚いた様子で、舞九は俺の方を見る。
「城ヶ崎美嘉。彼女は宇宙の秘密を知る一人だ」
それで納得した様子で、「なるほど」と舞九は得心がいった表情で頷く。
まあ、同じ事務所に所属すると言うことで、薄々は感じていたのだろう。
「城ヶ崎美嘉……そう言えば、水子さんからそのような名前を聞いた覚えがあります。大変、地球で人気のある歌手だと」
「そ、そんなことは……アタシなんて、まだ全然で……」
そう言いながらも満更でもない様子で、美嘉は照れた仕草を見せる。
だが、
「ですが、噂ほどではなかったようですね」
「え……」
「太老様が見初めた逸材と聞き及んでいたのですが、期待外れだったと言っています」
余りに直球な舞九の物言いに、ポカンと呆気に取られた表情を見せる美嘉。
無理もない。褒められたかと思いきや、一気に上げて落とされたのだ。
しかも、自分より幼く見える少女に――
先程までと一転して、美嘉に敵意を伴った探るような視線を向ける舞九。
そんな舞九の視線に気圧され、困惑を隠せない様子を見せる美嘉。
険悪とまでは言わないまでも、微妙な空気が漂う中、
「喧嘩はいけませんよ。そういう時は、ホットコーヒーでほっと∴齣ァいれませんか?」
どこからともなく割って現れた楓のダジャレが、場の雰囲気を一蹴するのだった。
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