「この様子では、他の連中は全員やられたみたいだな……」
「くそッ! 警戒が厳重なのはわかっていたが、まさかここまでとは!」
光学迷彩で姿を消した海賊の男たちは、関係者しか立ち入ることが出来ない会場の地下で密談を交わしていた。
別働隊が騒ぎを起こし、その隙を突いて彼等が太老と特に親交の深い、346のアイドルを拉致する計画になっていたのだ。
しかし予定の時刻になっても仲間からの合図がない。それどころか、騒ぎが起きる兆候すら見受けられない。
こうした事態を想定していなかったわけではないが、だからと言って素直に受け入れられる事態ではなかった。
「……どうする?」
「仕方ない。俺たちだけでやるしかないだろう」
それが危険な賭けだと言うことは、男たちもわかっていた。
しかし仲間との連絡が取れない以上、独自の判断で動くしかない。
人質を取りさえすれば、逆転の目はある。
少なくとも、この街から離れるくらいの時間は稼げるだろうと男たちは考える。
そして――
「いくぞ」
「おう」
人目を避けて行動に移ろうとした、その時だった。
ガラガラと何かが崩れ落ちる音がして、男たちは慌てて顔を上げる。
物凄い速さで、階段を滑り落ちてくるコンテナの影。
それが、男たちが意識を失う前に見た最後の光景だった。
◆
「私の不幸≠フ所為で……ひぐっ、ごめんなさい……」
「いえ、これは私のドジ≠フ所為で!」
「いえ、私の……」
「いえ、私ですから!」
互いに自分の所為だと譲り合う二人の少女。
一人は891プロ所属のアイドル『白菊ほたる』と、もう一人は346プロ所属のアイドル『道明寺歌鈴』だ。
事の発端はバナナの皮に歌鈴が足を滑らせ、交換用の機材を入れたコンテナに頭から突っ込んだことにあった。
不幸なことに連結用の金具がしっかりと止められていなかったのだろう。
体当たりの衝撃でバランスを崩したコンテナは、階段を滑り落ちるように奈落へと落下。白煙に包まれ、下は酷い有様になっていた。
幸いコンテナの落ちた先で作業をしているスタッフ≠ヘいなかったが、大惨事に繋がっていた可能性もある。原因を作った歌鈴が責任を感じるのは当然のことだ。
一方で、何故ほたるも頭を下げているかと言うと――
「……お二人は、あそこで何を?」
「どっちが原因かで譲り合ってるみたい。ほたるちゃんって偏り≠ェ酷いから、自分の周りで良くないことが起きると責任を感じちゃうみたいでねー」
「偏りですか?」
「そ。運が偏ってるというか、悪い方の確率を引き寄せちゃう体質みたいでね」
そんなオカルトな……と胡散臭そうな顔を浮かべながらも、ありすは志希の話を完全に否定できなかった。
実際そのオカルトのような体験を、太老と出会ってから繰り返し目にしているからだ。
「でもまあ、今回は結果的に運≠ェよかったのかもだけど」
状況を見る限りでは、志希の言うように運が良かったようには見えない。
誰も怪我人はいなかったとはいえ、予備の機材を入れたコンテナは使い物にならなくなってしまったのだ。
ただでさえ時間が押しているというのに、後片付けを考えると頭の痛い話だろう。
「……何か隠してません?」
「フフン、大人の女性には秘密が多いのだよ」
「子供扱いしないでください」
胸を張って誤魔化す志希を、ありすはそう言って睨み返すのだった。
◆
「バカなッ! どうなっているの!?」
次々に消えていくマップ上のマーカーを見て、女は焦りを含んだ悲痛な声を上げる。
彼女はジュライギルドの代表、パルティー・ジュライの母親だった。
一応は樹雷皇族の傍系と言うことになってはいるが、権力闘争に敗れて国を追放され、海賊となった者の子孫だ。
皇族としての地位も、権力も、現在は持ち合わせてはいない。あくまで先祖が樹雷の皇族だった、というだけの一般人に過ぎない。
だが、その現実を彼女は受け入れることが出来ないでいた。
樹雷皇族の傍系であるというプライド。権力への異常なまでの固執。
自分は産まれながらにして特別な存在だと、優遇されて当然だとする固定観念。
だから彼女は、何度も樹雷に対して皇族への復権を求め続けてきた。
権力闘争に敗れて追放されたのは先祖のことで、むしろ自分は被害者であるとも訴えた。
しかし、それが認められることはなく、女は禁忌に手を染めることになる。
レセプシーを通して外部へと流出した樹雷皇族の遺伝子データ。
その遺伝子を使い、人工授精によって生まれたのが彼女の娘、パルティーだ。
彼女は娘を使い、皇族への復権を企てた。しかしその企みが発覚し、逮捕されたのが三年前のことだ。
計画に関わった医師の殺害。そして、遺伝子の無断使用。
二つの罪で彼女は裁判に掛けられ、刑に処されるはずだった。
だが、彼女はここにいる。すべては――
「……正木太老!」
計画を邪魔し、希望を奪った者たちに復讐するため――
正木太老、山田西南、駆駒将。特にこの三人だけは、絶対に許すことが出来ない。
だからDr.クレーの誘いに乗り、協力することを決めたのだ。
実験都市の作戦に投入した海賊は数こそ多くはないが、ダ・ルマーギルド崩壊の後もGPの追跡から逃れてきた経験豊富な海賊ばかりだ。
勝てないまでも、それなりに時間を稼げると読んでいた。なのに――
「時間稼ぎも出来ないなんて情けない」
忌々しげな表情で唇を噛む女。
彼女にとって海賊など、目的を遂げるための駒でしかない。クレーでさえ、そうだ。
復讐を果たし、そしてパルティーを取り戻す。皇族への復権もまだ諦めたわけではない。
そのためにも、ここで足踏みをしている暇はない。結果を残せなければ、意味はないというのに――
『焦っているみたいだな』
「お前は――」
突然、目の前に現れた映像の男を、女は鬼のような形相で睨み付ける。
男の名は、アラン。ルレッタの元夫だ。
嘗ては西南と共に守蛇怪のクルーをしていたこともあるが、度重なる業務違反とギャンブルによる借金を理由にGPを逃走。
その後は海賊へと身を落とし、借金取りから逃げるように各地を転々としていた。
だがそんな彼も盤上島の一件で逮捕され、クーデターを企てた海賊たちと共にGPに移送されるはずだった。
しかし――
『最初からあんな奴等あてにならないってわかってて、俺に協力を持ち掛けてきたんだろ?』
「何を言って……」
『俺もアイツ等には個人的な恨みがあってね。だから助けてやるよ。俺とこの天騎≠ェさ』
へらへらと笑いながらそう話すアランを見て、女は顔をしかめる。
――天騎。噂では〈皇家の樹〉を動力に使用しているという簾座の決戦兵器。
正直なところ、アランのような小心者には過ぎたものだと女は考えていた。
しかし、それを決めたのがクレーである以上、彼女も声を上げて反対することは出来なかったのだ。
アランは優れた能力はなく実力こそ低いが、口だけは上手い。特に目上のものに取り入ることにかけては、際立った才能を持つ。
クレーに取り入り、五体しかいない天騎の一つを与えられたのも、その口の上手さが功を成した結果と言えた。
だが、いまになって思えば、どんな手を使ってでも止めるべきだったと女は考える。その結果がこれ≠セ。
(力に呑まれているわね。なんと愚かな……)
復讐心に取り憑かれているのは、彼女も同じだ。
しかし調子に乗るアランを見て、逆に頭が冷えていくのを女は感じていた。
「具体的に、どうするつもりなのかしら?」
『そんなの簡単だろ? こいつであそこへ乗り込んで、全部破壊してやればいい』
「……バカね」
『なんだと!?』
「そんな真似をしたら、GPと樹雷に口実を与えることになるわ」
そうなってしまえば、お終いだ。GPはともかく樹雷だけは絶対に本気にさせてはならない。
互いにルールを守っているからこそ、どうにか成立している戦いとも言える。
ここでなりふりを構わずに都市へ攻撃を仕掛けるような真似をすれば、樹雷も相応の反撃をしてくるだろう。
そうなってしまえば、勝ち目はない。それは海賊≠ナあれば、誰もが当たり前のように知っていることだ。
――泣く子はいねがぁ、鬼姫がくるぞ!
と、海賊の子供たちは幼い頃から樹雷を敵に回す危険性を教え込まれる。
何より傍系とはいえ、樹雷の皇族を先祖に持つ彼女は、樹雷の恐ろしさを海賊たちよりもよく理解していた。
だからこそ、皇族への復権を願いながらも表立って樹雷と敵対するような真似は避けてきたのだ。
娘を使い、情に訴えようとしたのも、正面を切って樹雷と争う愚かさを知っているためだ。
『ああ、そうかよ。なら、アンタはそこで震えてろよ。そんなに怖いなら俺一人でやってやるよ!』
「あ、待ちなさ――」
静止を終える前に一方的に通信を切られ、女は呆然とした顔で立ち尽くす。
天騎は最後の手段。あくまで相手に〈皇家の船〉を始めとした強力な兵器を使わせないための抑止力だ。
だが、カードは切ってしまえば意味がない。
「ああ、もう!」
女は苛立ちを隠せない様子で、端末に激しく拳を打ち付ける。
海賊たちの狙いは別にあったようだが、女の狙いは〈MEMOL〉そのものにあった。
正木商会の――太老の弱味≠ェ〈MEMOL〉に保管されているとの情報を、密かに掴んでいたからだ。
海賊たちを囮にそのデータを手に入れることが出来れば、樹雷との交渉に使える。
娘を取り戻すだけでなく、皇族への復権も叶うかもしれない。
だが、実験都市を破壊してしまえば、樹雷を本気にさせるだけでなく肝心のデータも手に入らなくなる。
「どうして、こんなことに……」
頭を掻きむしり、女は疲れきった表情で悲痛な声を漏らす。
欲と復讐心に駆られ、掴み取った最後のチャンス。
しかし、それも不甲斐ない海賊と、アランの暴走によって手からこぼれ落ちようとしている。
希望が潰えた先に残されたのは、後悔と恐怖。
そして――
「……パルティー」
頭に浮かんだのは、これまで道具のように扱ってきた娘の顔だった。
◆
「フンッ! 使えない連中だ」
そうアランは吐き捨てると、衛星軌道上で待機するようにと命じられていたにも拘わらず〈天騎〉を地上へと向かわせる。
目標は実験都市。この力があれば、正木太老なんて恐れるに値しない。
自分をバカにした連中に復讐が出来る、とアランは意気込みを顕にする。
そして復讐を遂げた、その後は――
「この星も、ギルドも、国も――みんな俺が屈服させてやる!」
そうすれば、誰もが認めざるを得なくなる。
「もう誰にもバカにさせない!」
子供のように喚き、言い訳を重ね、これまで彼は生きてきた。自分の過ちを認めることが出来なかったからだ。
それは、彼の心の弱さ≠ナもあった。
恐らく西南も、そんなアランの心の弱さに気付いていたのだろう。
だから罪を償って、今度こそ真っ当な人生を送って欲しい。そう願い、自身の手で彼を捕らえたのだ。
しかし――罪の意識など、彼には微塵もなかった。
悪いのは自分ではなく、助けてくれない薄情な連中だ。
そう、彼は心の中で怨嗟の言葉を繰り返す。
「そうだ。俺は悪くない。悪いのはアイツ等なんだ。全部、アイツ等が――」
壊れた機械のように同じ言葉を繰り返し、アランは狂気に染まった顔で実験都市を目指す。
そう、彼の心はとっくに壊れていた。
周囲を欺き、自分を騙し続けてきた結果がこれだ。
西南がくれた最後のチャンスも、彼は自らの手で振り払ってしまった。
ルレッタの愛情も、メリッサの笑顔も、アランの心には届かなかった。
残されたのは、ちっぽけなプライドと復讐心。
「が――」
視界に実験都市の姿を捉えた直後、天騎を衝撃が襲った。
余りの衝撃に肺から息を吐き、コクピットの壁に頭を打ち付けるアラン。
「一体なにが……」
額から血を流しながら外の様子を確認しようとした、その時。
『うわああああん!』
通信越しに聞こえてきたのは、泣き叫ぶ女性の声だった。
それは哲学士の天敵にして、九羅密の名を冠する偶然≠フ天才。
『ごめんなさいいい!』
GP一級刑事、九羅密美星。その人だった。
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