特に心配はしていなかったが、上手く伊織たちが繋いでくれたようだ。
 街角に浮かぶ立体映像にはステージの様子が中継され、会場を埋め尽くすファンの歓声が響いていた。

「なら、次は俺の番だな」

 彼女たちにしか出来ない仕事があるように、俺にしか出来ないことがある。
 窓のないビルを見上げることが可能な距離へ近付くと、俺は小型端末を操作して転送装置を起動する。このビルには窓は勿論のこと出入り口が存在しない。そしてビルの周囲には外からの転送を阻む亜法の結界が張られていて、その結界内にも〈MEMOL〉にパーソナルデータが登録された一部の関係者しか出入り出来ない二重の仕掛けがされていた。
 無事にビルのなかに転送されたことを確認すると、俺は〈MEMOL〉のある中央制御室を目指して走る。
 侵入者に対する備えとはいえ、転送可能な場所には制限が設けられていて、直接目的の場所に飛べるようには出来ていないためだ。
 しかも中央制御室へと続く道は迷路のように入り組んでいて、簡単には辿り着けないようになっている。
 まあ、トラップが作動しないだけマシだけど……俺と直属の侍従以外が、この通路に入るとトラップが作動する仕掛けになっているからな。
 実際のところ、ここまで侵入されたことがないため、トラップを起動したことは一度もないのだけど、一応の備えと言う奴だ。

「なっ――!?」

 廊下の天井から光弾が発射され、俺はバックステップを踏んで咄嗟に回避する。
 なんで、トラップが!? 目を瞠り、俺は驚く。
 本来であれば俺がいる限り、ここのトラップが作動するはずがないのだ。
 しかし――

『最重要機密ブロックヘノ侵入者ヲ確認。迎撃モードへ移行シマス』

 冗談のような機械音声が廊下に響く。
 そして次の瞬間、天井から放たれる光弾の嵐を目にした俺は、床を蹴って廊下を走り抜けるように回避する。
 だが、当然その程度で攻撃が止むはずもなく、宙を漂うビット兵器から放たれた光弾が更に襲い掛かる。

「ちょっ!? さすがにそれは洒落になってないんだけど!?」

 光剣を抜き、直撃する寸前で俺は光弾を迎撃し、壁を蹴ってビット兵器との距離を詰めると剣を一閃する。
 そして斬られた箇所からスライドするように二つに分かれ、爆散するビット兵器を背に俺は再び走り出す。

(なんか昔を思い出すな……)

 鷲羽の工房にも、こんな感じで無数のトラップが仕掛けられていて、俺も子供の頃はよく引っ掛かっていた。
 俺が開発した『虎の穴』や『冥土の試練』も、そうした子供の頃の体験が元になっていると言っていい。
 このビルに仕掛けられているトラップもそうだ。それ故に――

「それならそれで一気に突破するまでだ」

 すべてのトラップの位置と内容を把握している俺には通用しない。
 そうして俺は中央制御室を目指し、無数のトラップが待ち受ける通路を駆け抜けるのだった。


  ◆


 ――と、啖呵を切ったのはよかったが、

「さすがに疲れた……」

 肩で息をしながら、俺は壁に手を付ける。
 トラップの対処に慣れているとは言っても限度がある。
 空間圧縮された廊下は一種の亜空間と化し、仕掛けられたトラップの数は万を超える。
 それにここ最近、デスクワークばっかりで訓練を疎かにしていたからな。
 生体強化の恩恵がある以上、筋肉が衰えるということはないが、どうしても勘は鈍る。
 そう言う意味では、良いリハビリにはなったのだろうが……もう一度やれと言われても無理だ。精神的な疲労が大きい。

「零式の奴、どういうつもりかしらないが覚えてろよ……」

 トラップが作動した原因については心当たりがある。
 実験都市のシステムを麻痺させたのと同様、こんなことが出来るのは零式しかいないからだ。
 壁に備え付けられた端末を操作して、中央制御室の扉を開ける。
 ここに入れるのは限られた関係者だけ。俺以外だと水穂や林檎、直属の侍従しか立ち入ることが出来ない場所だ。
 建物のなかとは思えない広大な空間の中央には、異様な存在感を放つオベリスクがそびえ立っていた。

 そう、これが実験都市の〈MEMOL〉だ。

 ジェミナーにあるオリジナルの量産型。第二世代型と呼ぶべきか?
 とはいえ、性能がオリジナルに劣っていると言う訳ではない。後期に作られたこちらの方が機能性や安定性では上回っている。
 まあ、オリジナルに関しては、いろいろとシンシアやグレースが弄っていることもあって、かなりピーキーな性能になっているしな。
 特別な力はないが、演算処理能力だけなら〈皇家の樹〉に迫るものがある。零式にも引けを取っていない。
 そんな〈MEMOL〉が外部から乗っ取られるというのは、やはり考え難い。となれば、やはり零式の仕業と考えるのが自然なのだが――

「取り敢えず、調べてみるか……」

 都市のシステムを復旧しつつ、手掛かりが残されていないかログを調べていく。
 林檎の言うように〈MEMOL〉へのアクセスに、零式のアストラルコードが用いられたのは間違いないようだ。
 しかし妙な違和感を覚える。これは――

「まさか」
『気付いたようだな』

 声のした方を振り返ると、変な髪型をした老人の立体映像が視界に入る。
 ゆで上がったタコの足のように、クルクルと巻かれた髭と髪。
 そして勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるその老人の顔に俺は――

「……誰だっけ?」
『ふざけるな! 忘れたとは言わせんぞ!?』

 ちょっとした冗談なのに沸点の低い奴だ。
 Dr.クレー。こんなのでも一応は白眉鷲羽と並び称されるアカデミー有数の哲学士だ。
 まあ、並び称させるは言い過ぎか。

「タコだろ? ちゃんと覚えてるって」
『その名で儂を呼ぶな!』

 こんな老害は『タコ』で十分だ。
 鷲羽とアカデミーの理事長の椅子を争ったことがあるという話だが、どれだけ優れてはいても俺はこいつを好きにはなれなかった。
 すべての作品に完璧であることを求め、不完全なものは一切認めない。
 その作品も自身の知識欲や金銭欲を満たすための道具に過ぎず、己が作品に愛情を注げない科学者。
 そんなものは『哲学士』とは呼べない。アカデミーから追放されたとうのも頷ける話だ。
 何より――

「お前なんて『タコ』で十分だろ。ロリコン」
『それを貴様が言うな!? 貴様の所為で、どれだけ儂が苦汁を舐めたか!』

 そんなの知ったことじゃない。幼女の敵は、俺の敵だ。
 こいつは過去、幼い少女を操り、本人の意思を無視するカタチで俺を拉致したことがある。
 俺が捕まったことはどうでもいい。それは俺自身の油断が招いたことだと納得できる。
 しかし嫌がっている少女に命令し、傷つけ、泣かせたことは絶対に許すことが出来ない。
 第一、世間に広まっている噂の大半も嘘とは言えない。こいつがロリコンの変態であることは事実だしな。

『師匠が師匠なら弟子も弟子と言ったところか。貴様がそういう態度でいるつもりなら、こちらにも考えがある』
「へえ……具体的にどうするつもりだ? 確かに、ここのシステムに介入できたのは凄いが……」

 そこまで口にして、俺はずっと感じていた違和感の正体に気付く。
 クレーはどうやって、ここのシステムに介入した?
 MEMOLの管理下にあるこの場所に、こうして立体映像を送り込むこと自体、本来であれば不可能だ。
 幾ら鷲羽に次ぐ技術力を持った哲学士とはいえ、ここのセキュリティを容易く突破できるとは思えない。
 だとするなら――

『気付いたようだな』
「お前、まさか」

 一つの可能性に行き着いた、その時。
 俺は嫌な気配を感じ取り、その場から転がるように距離を取る。
 先程まで俺がいた場所を襲う光線。
 焼け焦げた床を一瞥し、その光線を放った犯人へ視線を向けると、

「零式!? いや……」

 そこには青い髪をなびかせた少女――戦闘用のラバースーツに身を包んだ零式が立っていた。
 だが、違和感を覚える。確かに外見は零式そっくりに見えるが、

「コピーか」
『ほう、よく気付いたな』
「本物はもうちょい胸がある。お前やっぱり……」
『なっ! バカな!? 人格以外は完璧にコピーしたはずだ! そんなはず――』
「冗談だよ。タコ」

 俺が目の前の少女が本物の零式ではないと気付いたのには、ちゃんとした理由がある。
 俺と零式は、ただの船とマスターという関係ではなく、〈皇家の樹〉と契約者のようにアストラルリンクで繋がっている。
 その繋がりがまったく目の前の零式からは感じ取れないというのもあるが、本物の零式ならクレーの指示に従って不意打ちなんて真似はしない。
 洗脳されているという可能性は確かにあるが、それがそもそも間違いなのだ。
 洗脳程度で、あの性格を矯正できるようなら苦労はない。だからクレーも、人格だけは敢えてコピーしなかったのだろう。
 忠実に命令だけを聞く、人形を作りだすために――
 しかし、それは――

「バカなことをしたもんだな……」
『フンッ、強がりを! 船も、その街も儂の完全な支配下にある。この状況でどうするつもりだ?』
「何も?」
『は?』
「いや、むしろ……する必要がなくなったと言うべきか?」

 クレーが何を企んだのか、想像は付く。
 零式のコピーを作り出すことで管理者権限を疑似的に獲得し、〈MEMOL〉のシステムに介入することに成功したのだろう。
 確かに、この方法なら街のシステムを支配下に収め、こちらの目と耳を封じることが可能だ。
 上手く行けば、この街だけでなく〈MEMOL〉を介してネットワークで繋がっている商会のシステムを混乱させることも可能だろう。
 俺に対する復讐。嫌がらせという一点においては効果的だ。物理的に攻撃を仕掛けられるよりも厄介と言える。
 となると、海賊はやはり囮。簾座から盗みだした天騎も、本来の目的を隠すための餌と考えるのが自然だ。
 とはいえ、

「零式を完全≠ノコピーしたことは褒めてやるよ。だけど、お前は一つ重要なことを見落としている」
『見落としだと? この儂が? 貴様、何を言って……』

 クレーは一つ、大きな失敗をしていた。
 クレーの背後で何かの爆発音が響いたかと思うと、ザザッと立体映像にノイズが走る。
 そして、

『爆発だと!? 一体なにが起きて――』

 その言葉を最後に、クレーと零式の姿が消える。
 俺の危惧したことが、恐らくクレーの身に降りかかったのだろう。

「だから忠告してやったのに……」

 零式が素直に言うことに従うようなら苦労はしない。
 マスターのためにと行動すればするほど、周囲に火種を撒き散らす。それが俺のよく知る零式という船だ。
 本人には一切悪気がないから、たちが悪い。
 そんなトラブルメーカーを手元に置けば、どうなるか?
 結果は自ずとわかるだろう。それに――

「零式をコピーしたってことは、そのデータを船に一度取り込んだってことで……」

 零式が俺のことを『お父様』と呼ぶ理由。
 それは零式のAIを構築するデータに、俺のパーソナルデータが使用されているためだ。
 そして、俺のパーソナルデータはどう言う訳か、機械との相性が悪い。本来の意図に沿わない暴走を引き起こすことがわかっていた。
 自分で言うのもなんだが、鷲羽の工房すら混乱に陥れたものだ。
 クレーの背後で起きた爆発も、その辺りが関係していると予想することが出来る。
 それに捕まった零式が大人しくしているはずもないからな。恐らく今頃は――

「まあ、この程度で諦めるような奴ではないだろうけど……」

 しかしクレーのことだ。だからと言って諦めたりはしないだろう。
 しつこさにかけては、鷲羽も認めるほどだ。
 あの執念深さは筋金入りだしな。

「……手は打っておくか」

 俺は〈MEMOL〉の端末に目を向ける。
 零式がコピーされたということは、船はクレーに拿捕されていると考えていい。
 連絡の取れない水穂たちも船に閉じ込められていると予想される。
 なら、俺に出来ることは――

「管理者モードでアクセス。パスワードを入力――」

 端末のパネルに手を触れ、アクセスコードを音声入力すると〈MEMOL〉に搭載された、もう一つのシステムが立ち上がる。
 水穂や林檎、零式すら知らない〈MEMOL〉の裏技。亜空間に固定された俺の工房にアクセス可能な直通回線。
 そして、このビルには『超空間』を超える上位の転送装置で俺の工房と繋がった格納庫が地下に存在する。
 そこに眠るのは、タチコマや聖機人のデータを元に開発された地球防衛のための切り札。

『Immortal Defender of Legatee』

 ――起動。
 俺が密かに開発を進めていたアイドルマスタープロジェクト。
 それが今、産声を上げようとしていた。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.