「一体なにが起きている!?」

 船内に響く警報。それは船の異常を報せるものだった。
 すぐにメインコンピューターの端末に駆け寄り、原因を調査するクレー。
 その表情が段々と険しいものへと変わっていく。

「船のデータにトラップを仕掛けていたのか。それも儂の探知に引っ掛からないほど、ステルス性の高いものを……」

 信じられん……と言った表情で驚愕するクレー。
 彼は自身の作品に、己が手掛けたシステムに絶対の自信を持っていた。
 守蛇怪をベースに作られた〈零式〉のように、この船はGPの最新鋭戦闘艦〈双蛇〉を改修……もといクレーが改造を施したものだ。
 言ってみれば、クレーが持つ技術の粋を結集して造られた船。当然そのセキュリティも強固なものが使用されていた。
 守蛇怪を拿捕し、そのシステムを解析した際にも念には念を入れて調査を行い、危険がないことを確かめたのだ。
 だと言うのに、一体どうやって? という疑問がクレーの頭を過ぎる。
 そこには出し抜かれた悔しさと共に、自分の知らない技術、未知の力に対する知識欲も見え隠れしていた。

「幸いサブシステムの方は浸食を免れていたのが幸いしたな。これで、しばらくは時間を稼げるはずだ」

 本来であれば被害の拡大を待つばかりのはずだが、クレーは違っていた。
 アカデミーに在籍していた時代、白眉鷲羽と理事長の椅子を争い、ライバル関係にあった哲学士だ。
 その性格はともかく、銀河でも有数の知識と技術力を持つ。
 すぐに浸食されたシステムに見切りを付け船から切り離すと、緊急用に用意してあったサブシステムを立ち上げる。
 そしてウイルスの浸食を抑制するため、即興で組んだ対抗プログラムをクレーは回線に流し込んだ。
 しかし、それも時間稼ぎにしかならない。船の演算装置をフルに使って解析を行っても、ウイルスの浸食速度に計算が追いつかないためだ。

「師弟揃って忌々しい連中だ。この儂を虚仮にしおって! だが、まあいい……」

 時間稼ぎになればいい、とクレーはウイルスの駆除を諦める。
 船は惜しいが、それでも二度と手に入らないようなものではない。
 それよりも大切なことが、いまのクレーにはあった。

「奴の秘密≠ヘ確保した。これを公表すれば……」

 空間モニターを眺め、ニヤリと笑うクレー。
 最初からクレーの目的は実験都市そのものにはなく、〈MEMOL〉に隠されたデータを盗み出すことにあった。
 そう、水穂や林檎でさえ、その中身を知らない――〈MEMOL〉のブラックボックス。
 太老が自らの手で秘匿したデータが、そこには隠されていた。
 やられたからには、同じことを十倍にして返す。それがクレーの考えた太老に対する復讐だ。
 太老の秘密を暴き、それを世間に公表する。そうすることで、太老を社会的に抹殺しようと企んだのだ。

「なんだ、あれは……天騎? いや、違う……くッ! あんなものまで用意しているとは!」

 再び船内に鳴り響く警報。そして、クレーは目を瞠る。
 モニターに映っていたのは、地球の衛星軌道上で四体の天騎と互角以上の戦いを繰り広げる聖機人の姿だった。
 その数は六機。なかでも黒い聖機人は四体のうち二体を相手取り、圧倒する動きを見せていた。

「こちらも奥の手をだすしかあるまい。時間を稼いでいる内に、盗みだしたデータの解析を……」

 MEMOLからデータを盗み出したはいいが、まだ中身の解析は終わっていない。
 そのための時間を稼ぐため、クレーは奥の手を切ることを決断する。
 そして――

「……わかっているな?」
「はい、ドクター」

 従順な零式の返事を聞き、満足げな様子で頷くクレー。だが、彼は気付いてなかった。
 計画の成功を疑わず笑みを浮かべるその後ろで、零式が喜悦に満ちた表情を押し隠すかのように口元を歪ませていることに――


  ◆


 その頃、コンサート会場は集まったファンの熱気に包まれ、これ以上ないほどの盛り上がりを見せていた。

「ステージ、十分あったまってるよ。準備の方はどう?」

 美嘉の問いに、出番を今か今かと待ち侘びていたアイドルたちは気合いの入った声で応える。
 美嘉や伊織たちが稼いでくれた時間を無駄にしまいという思いと、負けたくないという思いがそこには込められていた。

「周子ちゃん」

 楓に名前を呼ばれ、少し戸惑いながらも覚悟を決めた様子で皆の前へでる周子。
 実績で言えば、楓がリーダーを務めるのが順当なのだろう。
 しかし選ばれたのは周子だった。そして周子を選んだのは太老だ。
 正直に言って、迷いがないかと言えば嘘になる。
 自分なんかでいいのか? こんな大舞台で本当にリーダーなんて役が自分に務まるのか?
 そんな考えが、周子の頭の中を駆け巡るが――

(……らしくないよね)

 それは奏に――皆に言われたことでもあった。
 適当に楽しくやれればいい。いままでは、そんな風に考えていた。
 アイドルになったのも、いまのプロデューサーにスカウトされたからで――
 上を目指したいとか、有名になりたいとか、そういう自分だけの目標を周子は持っていなかった。
 だから、尋ねる。

「正直、リーダーがあたしで『なんで?』って思ってる人も結構いるんじゃない?」

 そう言って周囲を見渡しながら、苦笑する周子。
 そんなことないと言う者もいれば、図星をつかれて戸惑う者、対抗意識から厳しい眼を周子に向ける者もいる。
 これが楓や芸歴は浅くとも社会経験豊富な年長者の瑞樹あたりがリーダーをしていれば、不満の一つも出ることはなかっただろう。
 だが、それだけの経験と実績が自分に足りていないことは、周子自身が一番よくわかっていた。
 いま話題沸騰中のユニット〈LiPPS〉のメンバーとは言っても、周子が公の舞台に姿を見せたのは昨年のプロジェクト・クローネの騒動の時が初めてだ。カリスマギャルとして知られ、デビュー前からモデルとして活躍していた美嘉と比べると知名度は低い。同じくモデル経験のある奏や、フランス人の母を持ち、日本人離れした容姿と個性的なキャラクターを売りにしているフレデリカ。海外の大学を卒業し、既に幾つもの特許を持つ天才少女の志希。そんな個性的なメンバーのなかで、自分は余り目立たない存在だと周子は思っていた。
 それは周子自身が感じていることで、周りから見れば十分に彼女も個性的な性格をしてはいるのだが――閑話休題。
 いずれにせよ、楓に比べて実力が足りていないことは確かだ。
 その上で、これまで適当に生きてきたことを考えれば、

「でも、任されたからには期待に応えたい。裏切りたくないと思ってる。何が返せるのかとか、何が出来るのかとかわからないけど――」

 真剣にアイドルをやっている他の子たちに、偉そうなことを言える立場にないこともわかっていた。
 運も実力の内と言うが、チャンスに恵まれなかった子たちに、そんな話をしても心の底から納得はしないだろう。
 実際、運が良かっただけと言われても納得するくらい、周子は自分が恵まれていると自覚している。
 そんな自分がリーダーに相応しいとは、いまでも思わない。でも、いまだけは――

「せめて、応援してくれるファンの皆に、このライブの成功を願って力を貸してくれたすべての人たちに――現在(いま)のあたしたち≠見て欲しいと、そうあたしは思ってる」

 ――だから一緒に頑張ろう。
 それが周子がいま言える精一杯の気持ちだった。

「当然! アタシがお姉ちゃんにも負けないカリスマギャルだってところを見せてやるんだから!」
「うん! みんなにいーっぱいいっぱい! 元気を届けよう!」

 莉嘉やみりあの言葉に、自然と頷くアイドルたち。
 確かに彼女たちはライバルだ。
 しかし同じ事務所に所属し、同じステージに立つ仲間でもある。
 年齢や性格、仕事に対する情熱や目標も、何もかもが異なる彼女たちだが一つだけ共有しているものがあった。

 ――このステージを成功させたい。

 自分自身のため、そして応援してくれるファンのために。
 そのために、今日まで頑張ってきたのだ。
 いまは自分に出来ること、目の前のことに意識を集中する。
 全力をだすとは、そういうことだ。
 それは周子だけでなく、ここにいる全員の共通した想いでもあった。

「良い子たちですね」
「でしょ? 自慢の――って、カルティアさん!?」

 声を掛けられて振り向くと、そこにカルティアの姿を見つけ、美嘉は声を上げる。
 まだカルティアの出番までは時間がある。それに、ここは346プロに割り当てられた控え室だ。
 本来ここにいるはずのない人物を目にして、美嘉が驚くのも無理はなかった。

「どうやら余計な心配だったみたいです」

 その一言で、カルティアがどうしてここにいるかを察し、美嘉は安堵の笑みを漏らす。
 はじめての実験都市でのライブ。慣れない場所での大舞台。
 機材のトラブルによる開演の遅れに、アクシデントの最中765プロが見せたパフォーマンス。
 楓や瑞樹と言った例外を除けば、ほとんどのアイドルは精神的に未熟な少女ばかりだ。
 いろいろな要素が、これからステージに望む少女たちの負担になっていると見抜いていたのだろう。
 実際、少し気負いすぎかな? と、周子の話が始まる前は美嘉も感じていたのだ。
 適度な緊張は良い。しかし、それも過ぎれば大きな失敗へと繋がる。
 楓が本番を前に周子に声を掛けたのは、そうした彼女たちの緊張をほぐす――期待もあったのだろう。

「周子は……ううん、ここにいる皆は自慢の仲間で」

 このライブを最後に、美嘉は346を去る。
 だからこそ、事務所に残していく仲間や後輩のことが、彼女も気になっていたのだろう。
 でも、カルティアの言うように、そんな心配は必要なかった。

「ライバルなんだから」

 そう話す美嘉の瞳は、ここにいるアイドルたち全員を捉えていた。
 当然、カルティアもその視線に気付き、笑みを浮かべる。
 目の前にいるのは、トップアイドルを夢見て、憧れるだけの少女ではない。
 自分を脅かす、一人のライバルなのだと自覚したからだ。
 そんな彼女だからこそ――

「美嘉さん、お話があります」

 カルティアは太老からの言葉を託すのだった。


  ◆


「……ろ、ロボット?」

 呆然と顔を上げる菜々。
 突然891のスタッフに転送ゲートで連れて来られたかと思えば、そこで待っていたのは巨大な人型ロボットだった。
 余りに予想の斜め上を行く急展開に、菜々は混乱の極みにあった。
 しかも、演出に必要だからと菜々が着せられたステージ衣装。
 それはARの舞台で使われているレオタードタイプの衣装とよく似ているが、実は機能が大きく違う。
 聖機師が聖機人に乗る際に着用するパイロットスーツ。そこにGPの戦闘服と同じ環境適応能力と生体強化機能を付与したものだった。

「Immortal Defender of Legatee――通称『iDOL』だ」

 格納庫に足音が響き、声のした方を菜々が振り向くと、そこにはスーツの上に白衣を纏った太老の姿があった。
 一体どういうことなのかと、菜々が太老に詰め寄り問い質そうとした、その時。

「菜々、お前にはこれに乗ってもらう」
「は?」

 想像もしなかったことを告げられ、菜々はポカンと呆気に取られた表情を見せる。
 そんな菜々に現在この都市で起きていることを淡々と説明する太老。
 二人の間に表示された空間モニターには、天騎と戦闘を繰り広げる聖機人の姿が映し出されていた。

「いやいや!」

 困惑しながらも「無理だ」と反論する菜々。
 戦闘経験は勿論のこと、ロボットを操縦したこともないのだから当然の反応だ。
 太老もそういう反応が返ってくることは予想していたのか、ポリポリと頬を掻きながら話を続ける。

「元々はカルティア用に開発したものだし、菜々に戦闘経験がないことは承知の上だ。だけど――」

 そもそも、このロボットには操縦技術など必要ないと太老は話す。
 菜々に求めているのは、ドールのように戦闘で活躍することではなく〈iDOL〉を動かすための鍵≠ニしての役割だ。
 基本的な動きは、すべて〈iDOL〉に搭載されたAIが行ってくれると説明され、菜々は怪訝な表情を浮かべる。
 まあ、だからと言って「はいそうですか」とは納得できないだろう。
 理由はどうあれ、危険な場所へ向かうことは確かなのだ。それに――

「ナナはロボットのパイロットになりたいわけじゃなくて、トップアイドルを目指してるんですけど……」

 当然と言えば、当然の不満だった。
 これでは、なんのために891へ移籍したのかわからない。
 しかし、菜々がそういう反応を示すであろうことは、太老も承知の上で頼んでいた。

「本来ならカルティアか、志希あたりに乗せようと思っていたんだが……」

 状況から言って、いま二人が抜けるのは難しいという太老の言葉に、菜々は渋々ではあるが納得する。
 移籍が決まっているとはいえ、志希はまだ346プロに所属するアイドルだ。LiPPSは今回のステージの目玉とも言えるユニットの一つなので、ここで志希を欠くことは出来ない。
 それはカルティアにも同じことが言える。いや、観客のほとんどが生のカルティアを一目見ようと集まっていることを考えれば、一層の混乱を招くことが予想できる。
 そうなったらステージの開演が少し遅れた程度の騒ぎでは済まないだろう。

「でも、ナナもステージが……」

 そう、カルティアほどの人気はないにせよ、菜々もアイドルだ。彼女にも自分のステージがある。
 これはステージへの影響の大小の問題ではない。菜々にとっては、将来の夢が掛かった大事な舞台なのだ。
 事情はわかるが、だからと言って引くことは出来なかった。

「その点なら心配するな。お前にも悪い話じゃないはずだ」
「え? それって……」
「この件を引き受けてくれるなら、誰の目にも印象に残る特別ステージ≠用意する準備がある」

 何か裏があると思いつつも、『特別』という甘い言葉に心を惹かれる菜々。
 観客のほとんどが、カルティアや高垣楓、それに〈LiPPS〉と言った人気のアイドルを目的に会場へ足を運んでいることは菜々も理解していた。
 その上、プロジェクト・ディーバに選出されたアイドルたちは若く、才能に溢れる粒揃いばかりだ。
 そんななかで印象に残るステージを演じることは、正直に言って、かなり厳しいだろうと菜々は考えていた。

「菜々。本気で銀河の歌姫、目指してみないか?」

 そんな菜々の気持ちを察してか、太老はもう一度あの日の問いを投げ掛ける。

「そんな風に尋ねられたら断れるわけないじゃないですか。ナナは……」

 当然、菜々の答えは――

「アイドルなんですから!」

 決まっていた。



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