「回収部隊から報告です」

 目を瞠り、少し慌てた様子で報告を読み上げる女官。
 それは天騎と美星のシャトルを回収に向かった部隊からの報告だった。
 美星の回収には無事成功。しかし天騎のコクピットには――

「パイロットがいない?」
「はい。恐らく機体に装備されていた緊急脱出用の転送装置で逃亡したものと思われます」

 女官の報告に眉をひそめると、林檎は手を口元にあて考え込む仕草を見せる。
 地球人が考えるような戦争と違い、宇宙での戦いは驚くほど死亡率が低い。
 戦闘艦に限らず人が搭乗する乗り物には、緊急時に備えた脱出用のシャトルや転送装置が必ず用意されているからだ。
 そのことを考えれば、地表に落下する前に機体から脱出したというのは何もおかしな話ではない。
 しかし――

「ルレッタさんに通信を繋いでください」

 林檎は嫌な予感を覚え、会場で指揮を執っているルレッタに通信を繋ぐように指示をだす。
 そして――

「そちらに異常はありませんか?」
『はい、特には……どうかされたのですか?』

 既に大多数の海賊が捕縛され、太老が〈MEMOL〉を確保したことでシステムも八割方復旧を完了している。
 あとは宇宙に展開された戦力を無力化し、元凶であるクレーを捕らえれば、すべては解決だ。
 ブレインクリスタルで強化された聖機人を駆るドールたちなら、天騎に後れを取ることもないだろう。
 林檎が何を心配しているのかわからず、通信にでたルレッタは尋ね返す。

「地上に落ちた天騎のパイロットが、実験都市上空で消息を絶ちました。恐らく……」

 林檎の言葉の意図を察し、ルレッタは頷く。
 天騎を囮に何者かが街の中へ侵入した可能性を林檎は考えていた。
 もし偶然ではなく意図した行動であるのなら、最初から落とされることを読んでいたと言うことだ。
 手練れである可能性が高い。

「もし人手が足りないのであれば……」
『いえ、外への警戒は必要ですし、女官の方々をお預かりするわけには……』

 林檎が会場から離れた場所で指揮を執っているのは、海賊に対する備えだけが理由ではない。
 どさくさに紛れて仕掛けてくる国や、その他の敵対勢力がでないように牽制する狙いがあった。
 瀬戸配下の女官は、こうした対応に慣れた精鋭揃いだ。だからこそ会場の守りを商会のスタッフや侍従たちに任せ、林檎は女官たちの指揮を執って外への対応に当たっていた。
 そんな女官たちの力を借りれば会場の警戒は楽になるが、元海賊のルレッタからすれば瀬戸配下の女官と言えば天敵の中の天敵。それも遥か雲の上の存在だ。
 林檎から預かったとしても扱いきれる自信がないというのが、ルレッタの本音だった。

『幸い〈MEMOL〉も復旧しましたし、人手の方もタチコマたちの力を借りればどうにか足ります。こちらのことは、お任せください』

 逡巡した様子を見せるも、ルレッタの力強い言葉に納得の表情を見せ、頷く林檎。
 総合的な能力は瀬戸配下の女官に劣るとはいえ、特定の分野においては類い稀な力を発揮する実力者が太老の配下には揃っている。
 ルレッタもそのうちの一人だ。純粋な戦闘力では水穂や林檎に及ばないが、彼女は正規の軍人ではなく元海賊だ。
 会場周辺の警備や海賊捕縛の現場指揮をルレッタが任されたのも、そうした裏の人間の行動や考えを誰よりも熟知しているからだった。
 しかし――

「彼女に任せておけば問題ないはず。でも、この不安は……まだ何かを忘れているような」

 打てる手は打った。
 それでも不安を拭いきれず、林檎は思考に耽るのだった。


  ◆


「水子! また、サボってると水穂様に叱られるわよ!?」
「大丈夫、大丈夫。あらかた海賊は捕まったんでしょ? ドールちゃんたちも出撃したし、もう解決したようなもんでしょ」

 林檎が三人のことを忘れいている頃、水子はというと屋台で買った串焼きで夕食を取っていた。
 そんな水子を見つけて、音歌は眉間にしわを寄せながら近付き、怒鳴り声を上げる。
 しかし水子の言うように一先ずの危機は去り、事態は終息に向かっている。
 天騎のことは水子たちも聞いてはいるが、ドールたちが後れを取るとは思えない。
 GPの戦闘艦でも、ブレインクリスタルで強化された聖機人に囲まれては為す術がないはずだ。
 あとは首謀者のクレーを捕縛すれば終わりというのが、水子の考えた楽観的なシナリオだった。
 しかし相手は、あの白眉鷲羽と競い合ったこともある哲学士のDr.クレーだ。このまま終わるとは、音歌には思えなかった。

「風香も何か言ってやって!」
「いや……でも、もう出来上がっちゃってるみたいだし……」
「え……」

 顔を真っ赤にしてケラケラと笑う水子を指さしながら、風香はそう言って溜め息を吐く。
 よく見れば、屋外に設けられたテーブルの傍らには、空になった酒瓶が幾つも転がっていた。

「水穂様とは連絡が取れないし、林檎ちゃんは太老くんから頼まれた仕事をこなすのに必死で、こちらに構っている余裕なんてない。羽目を外したくるなる気持ちもわからないではないんだけどね……」

 風香の言うように、それは水子を抑える人物がいないことを意味していた。
 あとでこのことが明るみになれば無事では済まないだろうが、そんなことを言って止まる水子ではない。
 とはいえ、このまま水子を放置すれば、自分たちにも被害が及びかねないと音歌と風香は考える。
 三人一組のセットで扱われ、水子が何か問題を起こす度に尻拭いをさせられるのは、一緒にいる二人と相場が決まっているからだ。

「とにかく、このままにしておけないわ」
「そうね。こんなところを誰かに見られたら……」

 これ以上騒ぎが大きくなって人目に触れる前に、水子をどこかに閉じ込めておこうという考えで一致する二人。
 そして酔っ払った水子を無理矢理にでも連れて行こうと行動にでた、その時だった。

「いない!?」
「嘘! 一体どこに!?」

 目を瞠り、思わず大きな声を上げる音歌と風香。
 一瞬目を放した隙に水子の姿が消えていたのだ。
 慌てて周囲を捜すも、屋台で賑わう夕方の繁華街は混雑していて水子の姿を特定できない。

「ああ、もう! とにかく急いで捜さないと!」
「私はこっちに行くわ!」
「それじゃあ、私はこっちね! 見つけたら、すぐに連絡を頂戴!」

 そうして音歌と風香の二人は互いに別々の方向に足を向け、水子の姿を捜して人混みの中へと消えていくのだった。


  ◆


『キャッ・ロット・ケーキ!』

 気合いの入った掛け声と共にステージへと飛びだす、未央、凛、卯月。
 ライブ開始から一時間半。予定されていた演目も半ばを超え、後半戦へと突入しようとしていた。

(まだいける――)
(もっと高みへ――)
(皆と一緒なら――)

 昨年の冬に開かれた『シンデレラの舞踏会』から一年。
 会場を包み込む熱気。夜空の星のように瞬くサイリウムの輝き。
 自分たちの成長を確かめるように、三人は沸き立つ歓声を前に笑顔で、全力で歌う。

「……うん」

 そんな三人のステージをモニター越しに見守る少女たちのなかに、美嘉の姿があった。
 駆け出しの頃から知る三人。そんな彼女たちが初めてステージに立ったのは、美嘉のステージのバックダンサーだった。
 あの頃から美嘉は、未央、凛、卯月の三人に特別な何かを感じていた。
 トップアイドル。それは誰もがなれるわけではない。
 才能と努力。偶然と必然。一部のチャンスを掴み取った者だけが、そこまで辿り着くことが出来る。
 そんな輝きを、可能性を、初めて三人と出会ったあの日から美嘉は感じ取っていたのだ。
 そして、あの出会いから一年半余り。彼女たちは才能を開花させ、美嘉と同じ領域(ステージ)≠ノ手が届くところまで昇ってきていた。

「どうしたの? 優しい笑み浮かべて。孫の成長を見守るおばあちゃん≠ンたいな顔してるよ」
「おばあちゃんって……そこは後輩の成長を喜ぶ先輩とか、お姉さんとか、他に言い方あるでしょ?」

 余りな周子の例えに、美嘉は苦言を漏らす。

「大体こんなところで歳の話なんかしてると……」

 背筋に悪寒が走り、ブルリと肩を震わせる美嘉と周子。

「もう、この話はやめとこうか」
「……うん」

 美嘉の提案に、周子は黙って頷く。
 一人一人の個性を何より重視する346プロには多種多様な人材が揃っているが、そこに年齢制限のようなものは存在しない。
 なかにはアイドル(?)と頭に疑問符が付くような歳の女性も所属しているため、この手の話題は禁句として扱われていた。
 それに『永遠の十七歳』を自称する年齢詐称アイドルも存在するくらいだ。
 まあ、彼女は既に346のアイドルではないのだが――

「アタシも、うかうかしてられないなって実感してたところ」
「ああ、ニュージェネの三人のこと? いま、凄く人気でてきてるからね」

 LiPPSほどではないにせよ、いまや『ニュージェネレーション』は346の看板を背負えるほどのユニットへと成長を遂げていた。
 個々の活動も実を結び、城ヶ崎美嘉や高垣楓に続く次代のアイドルとして卯月たちの名前は売れ始めている。
 それに彼女たちだけではない。シンデレラプロジェクトでデビューしたアイドルたちの活躍は目覚ましく、四月からは新たなシンデレラを迎えるプロジェクトが進行していた。

「でも、アタシだって」

 成長を続けているのは彼女たちだけではない、と美嘉は気合いを入れる。
 夢に終わりはない。トップアイドルになることがゴールではないのだ。
 その先にある輝きを、美嘉は今も追い続けていた。

「周子はどうするの?」
「あたしは……」

 そんな質問をされれば、これまでの周子なら『気楽に、いつも通りにやるだけ』と答えただろう。
 でも無理矢理押しつけられたリーダーの役だが、学んだこと、少しだけ変わったことがある。

「一緒なんだよね。和菓子屋のきびしい修行とか、昔はないわーって思って見てたけど、アイドルも同じなんだって」

 どんな夢も叶えるには努力が必要だ。
 才能だけでは決して辿り着けない場所がある。それは、どんな仕事も同じ。
 プロデューサーにスカウトされて、なんとなくで始めたアイドル。
 自分の好きなことを程々に気楽にやって生きていけるなら、それが一番良いと思っていたけど、周子が思っているほど楽な世界ではなかった。
 上を目指すには、才能だけでなく強い意志と努力が必要だ。
 そう、ニュージェネレーションの三人や美嘉のような――
 でも――

「どういうアイドルになれるのか? 考えたけど答えはでなかった。テキトーな自分を変えようとしても、そうそう変えられるもんじゃないし。でも、それでいいんだって」

 簡単に自分の生き方を、性格を変えられるなら苦労はしない。
 心を入れ替えて頑張ります。努力しますと言ったところで、周子は周子だ。他の誰かになれるわけじゃない。

「気の向くままに流されて、こんな大役を押しつけられて、でも受け入れて、変わりながら行き着いた先が――」

 だから受け入れることにしたのだ。
 流されるのは悪いことばかりじゃない。今回のように、そうして見えてくるものもある。
 きっと、その先に――

「誰にも真似できない、アイドルシューコちゃんなんだよ。だから、あたしはあたしの道を行く」

 ――そして夜空に輝く一番星≠ノなって見せるから。
 自分の目指すアイドルの理想(カタチ)がそこにある。
 そう周子は話す。

「らしいね」
「でしょ?」

 顔を合わせ、笑顔を浮かべる二人。その時。
 廊下の向こう側から美嘉と周子を呼ぶスタッフの声が聞こえてきた。
 自分たちの出番がきたのだと察して、二人はステージへと続く道に足を向ける。

「なら、一番になりに行こうか。太老さんからも伝言(メッセージ)をもらっちゃったしね」
「……会長さんから?」

 訝しげな表情で、美嘉に尋ねる周子。
 確かに流されても受け入れると発言したが、それとこれは別の話だ。
 太老が絡むと毎回のように面倒なことに巻き込まれるとわかっているだけに、周子が警戒するのは無理もなかった。

「うん。『最高のステージを期待してる』ってさ」

 そう言って笑みを浮かべ走り去る美嘉の背中を、呆気に取られながらも周子は追い掛ける。
 期待してる。そんなことを好きな人に言われたら、美嘉が張り切るのも頷ける。
 それに――

(期待、か)

 周子も悪い気はしていなかった。
 どちらにせよ、すべてを出し切ると決めたのだ。
 太老に、両親に、大切なファンの皆に、いまの自分を見て欲しいから――

「遅いわよ。二人とも」
「ごめん、奏――って、志希ちゃんが、先にきてる!?」
「にゃ?」

 準備を終え、先に集まっていた奏たちに声を掛けるも、一緒にいる志希の姿を見つけて美嘉は声を上げて驚く。
 時間通りに集合場所に志希がいるのは珍しく、大抵はライブの直前まで全員で捜し回るのが常だったからだ。
 出番を控え、ワイワイといつものやり取りをする仲間を眺めながら、ふと周子はフレデリカの様子がおかしいことに気付く。

「どうかしたの?」
「なんか、マシュマロちゃんの元気がなくて」
「んー?」

 フレデリカの胸に抱かれ、ふるふると身体を震わせるマロをジーッと見詰め、周子は首を傾げる。
 元気があるのかないのか? 普段との違いが、周子にはさっぱりわからなかったからだ。
 しかしそんな周子とは違い、心配そうにマロの様子を見守るフレデリカ。
 そして――

「空? 空に何かあるの?」

 マロが空を気にしているのに気付き、フレデリカもステージの袖から一緒に夜空を見上げる。
 その時だった。

 ――トクン!

 フレデリカの心臓が激しく脈打った。
 何かの声が、感情が流れ込んでくるかのような感覚。
 それは〈皇家の樹〉の声。マロを通じて流れてくる樹たちの感情。
 マロが何を考え、何を不安に思っているのか、その心を感じ取ったフレデリカは、

「大丈夫だよ。皆が一緒にいるから」

 優しく声を掛け、マロを抱きしめるのだった。



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