「どうやら上手く起動したみたいだな」
『え? 心配ないって言いましたよね? 大丈夫だからナナを乗せたのでは?』

 通信越しに怪訝な表情を浮かべ、そう尋ねてくる菜々。

「いや〜。実のところ、その機体が組み上がったのは一昨日の晩のことでな。ぶっつけ本番だったから、ちょっと心配だったんだ。でも菜々のパーソナルが一番高いハーモニクスの数値をだしてたから大丈夫かなと」
『ちょっ!? 聞いてませんよ!』

 言ってなかったからな。そんなことを言えば、絶対に乗るのを拒否しただろうし……。
 とはいえ、安全には配慮してある。
 万が一の時は緊急脱出用の転送装置が起動する仕組みになっているし、コアの強度はガイアの盾を上回るほどだ。
 一番不安だったのは光鷹翼が起動するかどうかだったのだが、それも上手くいったみたいだしな。
 とはいえ、

(まさか、あっちも光鷹翼を使ってくるとはな……)

 あちらに零式がいる時点で可能性としては十分にあると考えていた。
 しかし実際に光鷹翼を使ってくるとなると厄介だ。光鷹翼には光鷹翼でしか対抗できない。
 ドールたちでは、どうやっても双蛇に決定的な一撃を加えることは難しいだろう。
 となると、菜々とアルテミスに期待をするしかないわけだが――
 一撃を防いだとは言っても、〈iDOL〉には天騎のように〈皇家の樹〉が動力として組み込まれているわけではない。
 あの機体は本来単独では、光鷹翼を発生させることは不可能なのだ。
 では、何故アルテミスが光鷹翼を使えるかと言うと、その秘密は――

「心配するな。この戦いの映像は実験都市だけでなく地球全土――いや、銀河全域に放送されている。〈iDOL〉はファンの声援を得て、どこまでも強くなる」

 コアとして使われているオリジナルクリスタルにあった。
 特殊な製法を用い、銀河結界炉の力を借りて精製した巨大なブレインクリスタルだ。
 これそのものでも第三世代相当の〈皇家の樹〉に迫る力を有しているのだが、一番の特徴は亜法が科学ではなく魔法に系統する技術だと言うことだ。
 結界型魔導技術。それがジェミナーで用いられている亜法技術の総称だ。
 そして、この力はエナ――魔素を使い、発動する。所謂、魔法と呼ばれる力と酷似していた。
 魔法とは想いを力とする技術。人が持つ想像力や感情は、時に予想を超えた力を発揮することがある。
 そうした想念を束ね、一つの大きな力とするシステムが〈iDOL〉には組み込まれていた。

『なんか、ナナの知っているアイドルと違う気がするんですけど……』

 iDOLであってアイドルではないからな。しかし偶像≠ニ言う意味では、そう違いはない。
 そもそも簾座の機甲騎や西南の神武が何故、人のカタチをしているかと言えば、それが信仰の対象となっているからだ。
 効率化や実用性を考えれば、人のカタチをしている必要はない。しかしイメージは重要だ。
 古今東西にある伝承や物語には、必ずと言っていいほど人の姿をした異形の存在が登場する。
 異質な存在を人は恐れ、奉る。なかでも人のカタチを模したものは、人間にとって特別な存在なのだ。
 それだけ多くの人々を魅了し、畏敬と崇拝を集める人型巨大兵器と――
 歌と踊りで人々を熱中させるアイドルには、共通したものがあると俺は考えていた。
 何より――

「格好良いだろ?」

 ここ最近、銀河では空前のロボットブームが起きている。
 元々簾座は機甲騎の存在もあって関心が高かったのだが、西南たちがレセプシーに持ち込んだ地球産のロボットアニメに嵌まったみたいで、うちの商会にも結構な問い合わせがきていると聞く。連盟の方でも人型のガーディアンや、合体・変形機構が組み込まれたタイプの宇宙船が人気を呼んでいるとの話だしな。
 俺が〈iDOL〉を造ったのも、そうした時流に乗ってのことだ。
 元々〈龍皇〉の改造や、聖機神・聖機人の開発などでノウハウがあったことも理由として大きい。
 だが俺は〈iDOL〉に兵器としての役割だけではなく、地球と宇宙を結ぶ、架け橋の一助になって欲しいと考えていた。

 正木の村では科学技術の発達によって、隠れ住むのが難しくなってきたことを顧みて、樹雷に移り住むと言った案が真剣に話し合われていた。
 わからない話ではない。俺たちがいることで、余計なものを招き入れる恐れだってあるのだから――
 過去に西南の家族を人質に取ろうと地球へやってきたタラントや、今回の海賊の襲撃も例の一つだ。
 しかし、俺はこの考えに反対だった。生まれ育った故郷ということもあるが、俺は地球(ここ)での生活が気に入っているからだ。

 それに盤上島の一件で、地球は注目を浴びすぎてしまった。
 樹雷が後ろ盾となっていることもあって、いまは他国の干渉を抑えることが出来ているが、それもいつまで続くかはわからない。
 時間が経てば余計なことを企み、地球にちょっかいを掛けてくる連中も出て来るだろう。
 そうなるとわかっていて、村を捨てて樹雷に移住するのは責任の放棄と同じだ。
 ルールは必要だ。大きな力を持つが故の責任。銀河法を重んじる村人の気持ちも理解は出来る。
 しかし、必ずしも受け身であることが正しいとは限らない。時には掟破りとわかっていても踏み込む勇気が必要だ。
 柾木家の家訓には『自分のケツは自分で拭け』というのがある。だから俺は覚悟を決めたのだ。

 ただ待つのではなく、自分から変えてやる、と――

 そのなかには、この実験都市も含まれる。
 ただ与えるのがダメなのであれば、学べる場所と機会を設けてやればいい。
 だが、そうしている間にも宇宙から迫る脅威には備えなければならない。

 iDOLはそのための力だ。

 守られるだけでなく、応援する一人一人の力が〈iDOL〉の力となる。

『これは……』

 菜々の驚く顔が映る。
 通信越しに響くウサミンコール。
 菜々とアルテミスの活躍を見て、熱狂するファンの声が人種や国の垣根を越え、一つの力になる。
 ファンの声援を得た〈iDOL〉は――無敵≠セ。


  ◆


 エマージェンシーコールが響く。
 LiPPSのステージが終わった直後のことだった。
 宙に展開されたモニターに映る緊急を報せる赤い文字。そして鳴り響く警報。

「……こんなの予定にあったかしら?」
「え? あたしに聞いてるの?」
「リーダーでしょ?」
「いやいや!」

 慌てて首を横に振る周子。
 とはいえ、そんな周子の反応は予想されたもので、「それもそうよね」と奏は納得する。
 奏も周子と一緒にステージのプログラムには、すべて目を通していた。
 そのなかに、こんなイベントの予定はない。前日に行ったリハでも変更の報告はなかった。
 だとすれば、突発的な事態と考えるのが自然だ。

「このままじゃ、まずいわね」

 奏の言うように、予期せぬ状況に観客の間に動揺が広がっていた。
 このままでは大きな混乱へと発展する恐れもある。

「あ、もしかして」
「志希ちゃん、何か知ってるの?」
「あーうん。ここは三人≠ノ任せるね」
「あ、待っ――」

 静止する間もなくステージ裏に姿を消す志希を、呆然と見送る美嘉。
 一体なにが起きているのかわからないが、少なくとも志希の反応から太老絡みであることを察する。

「……フレデリカの姿もないわね」

 奏に言われて、慌てて周囲を見渡す周子と美嘉。
 確かにフレデリカの姿も、いつの間にか消えていた。
 そう言えば、志希は三人に任せると言っていた。
 フレデリカの姿がないことに気付いていたのだろう。

「会長さん、今度は何したん……」

 溜め息交じりに呟く周子の言葉に、心の底から同意する美嘉と奏。
 とはいえ、頼まれた以上はやるしかない。
 まずは観客を落ち着かせるのが先だと、マイクを手にステージの上から声を掛けようとした、その時だった。

 ――ピピッ!

 会場に鳴り響く笛の音。そして輝くスポットライト。
 そこに現れたのは、警備員の制服を纏った一人の女性。

「皆、静かに! いけない子は、お姉さんが逮捕しちゃうぞ!」

 元警察官という肩書きを持つアイドル。片桐早苗だ。
 そして美嘉たちの横をすり抜け、一人のアイドルが壇上に立つ。

「楓さん?」

 そう、それは346プロを代表するアイドルの一人。高垣楓だった。
 呆然とする美嘉たちにウインクをすると、会場にいるすべての人たちに向かって楓は声を掛ける。

「皆さん、落ち着いて聞いてください。現在、地球に悪のマッドサイエンティスト、オクトパス博士の魔の手が迫っています」

 マッドサイエンティスト? 映画の販促? サプライズイベント?
 という声が、そこらかしこから聞こえてくる。
 そして菜々の乗るアルテミスが、双蛇の主砲を光鷹翼で受け止めるシーンがモニターに映し出される。
 CGとは思えないリアルな映像に魅入られる観客たちに向かって、楓は更に説明を続けた。

「ですが、安心してください。この脅威に立ち向かうため、立ち上がった巨人。地球の守護者。それが――」

 Immortal Defender of Legatee――iDOLなのです。
 楓がそう言って手を掲げると、アルテミスのアップがモニターに映し出され、会場が熱気に包まれる。
 そして唖然とした表情で状況についていけないと言った美嘉たちに、楓は声を掛ける。

(アドリブで構わないから話を合わせて)
(え? わ、わかりました)

 楓がこうして現れたということは、恐らく何か考えがあるのだろうと察して話に乗る美嘉。
 周子と奏も異論はない様子で、美嘉に合わせて頷く。

「iDOLのマスターに選ばれた少女の名は、安部菜々。ですが、彼女は地球人ではありません。その正体はオクトパス博士によって故郷の星を消滅させられたウサミン星の王女――ウサミンなのです!」

 語られる驚愕の事実。なかには「ウサミン可哀想……」と同情の涙を浮かべる子供たちもいる。

「地球を故郷のようにはしたくないと、彼女は私たちに協力を申し出てくれました。ですが敵は強大です。宇宙のテクノロジーを取り入れ、実験都市の叡智を結集して造られた〈iDOL〉と言えど、苦戦は免れません。だから地球を守るため、皆さんの力を貸りたいのです」

 観客席にいる子供が、不安げな表情で「何をすればいいの?」と楓に尋ねる。

「声を――声援を届けてあげてください。皆さんの声が、心からの声援が〈iDOL〉の力となります」

 そう言って、美嘉たちに視線を迎える楓。
 何を期待されているかを察した美嘉たちは、マイクを手に観客席に声を掛ける。
 そして――

「地球を守るために、皆の力を貸して頂戴」
「皆、せーのでいくよ!」
「一緒に! ウーサミン!」

 奏、周子、美嘉の掛け声に続くように、観客席からウサミンコールが巻き起こるのだった。


  ◆


 会場に設置されたAR発生装置――オベリスク。
 そしてタチコマネットを通じて集められた人々の想念が、エネルギーの塊となって〈iDOL〉に注がれていく。
 宇宙に向かって立ち上る光。アストラル海を彷彿とさせる黄金の煌めきに、地上の人々は魅入られていた。
 そして――

「見事なものね」

 瀬戸の口から漏れた言葉。それは心からの賞賛だった。
 まさか、皇家の樹や魎皇鬼に迫る力を、こんな方法で再現してみせるとは想像もしていなかったからだ。
 亜法は結界型魔導技術――魔法に分類される力だ。
 そして魔法を使うために必要な魔素――万素は、想念の強さで力が増す。
 人間一人一人の想いの力は弱くとも、それが何万、何億、何兆と混じり合えば一つの大きな力となる。

 iDOLは、ただの兵器ではない。
 太老がこれまで学んだ技術の集大成。聖機人を発展させた先にある終着点。
 本来であれば混じり合うことのない――科学と魔法の結晶とも言うべき存在だ。
 鷲羽とは異なるアプローチでその到達点に辿り着いたことを、目の前の光景は証明していた。
 そして、それは即ち――

「もう『鬼姫の寵児』なんて呼べないわね」

 とっくに自分たちの庇護など必要としないくらい、太老は力を付けているのだと瀬戸は考えさせられる。
 助けなど必要としていない。自分たちだけで運命を乗り越えられるだけの覚悟と力が、いまの太老にはあると言うことだ。
 しかし、だからこそ決意を鈍らせずに済む。鏡を役目から解放することは、瀬戸自身が望んだことだ。
 そして瀬戸自身も――

「第三の選択肢か」

 朱螺凪耶でも、神木瀬戸樹雷でもない。これまでは考えもしなかった第三の選択肢。
 アイドルなんかも悪くないわね、と冗談とも取れる呟きを漏らしながら、瀬戸は妖艶な笑みを浮かべるのだった。



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