【Side:太老】

 円錐形を縦に半分に切ったようなスタイリッシュ外見の銀≠ニ青≠フ美しいコントラストが目を惹く船が宇宙空間を漂っていた。

 守蛇怪・零式。俺――正木太老の船だ。

 守蛇怪は樹雷の次期主力戦闘艦として開発された船だ。
 GP(ギャラクシーポリス)の主力戦闘艦の十分の一というサイズでありながら、それに匹敵するほどの戦闘力を持ち、山田西南と共にGPの囮艦として数多の宇宙海賊を捕縛した実績もある船だ。
 さすがは遥照の妻にして水穂の生みの親、銀河アカデミーの理事長〈柾木アイリ〉が設計した船と言ったところだろう。
 余り、あの人を調子に乗らせるようなことは言いたくないんだが、哲学士として腕は確かだからな。厄介なことに……。
 そんな船に俺の師匠、伝説の哲学士こと〈白眉鷲羽〉が手を加え、完成させたのが――この〈守蛇怪・零式〉だった。

 生体金属を用いた自己修復機能を搭載していて整備の必要がなく、艦内環境を含めた船のすべてを人工知能を搭載した船のメインコンピューターが一括管理してくれているため、単独で銀河間航行すら可能な性能を有する。
 だが、それだけの性能を持つ船でも〈皇家の船〉という規格外の存在と比べれば、遠く及ぶものではない。
 幾ら鷲羽(マッド)が手を加えた船だとは言っても、所詮は量産を目的として設計された小型艦だ。
 皇家の船は勿論のこと、哲学士が一から設計したワンオフ仕様の戦艦と比べれば性能で劣る。
 本来、守蛇怪が凄いとされる点は、大型艦に比肩する性能を持ちながら小型艦であるが故の維持コストの低さにあるのだから当然と言えるだろう。
 まあ、それでもGPの主力戦闘艦と互角以上に渡り合えると言う点で、十分過ぎる性能ではあるのだが――

「……おかしい。明らかに前に見た時より性能が上がってるような……」

 そう、そうした理由から本来でれば〈皇家の船〉に迫るほどの力を、この船が持っているのはおかしい。
 だが、現在の零式は第四世代――いや、準第三世代に匹敵するほどのエネルギーを有していた。
 現在、俺がいる工房が建つ小さな惑星(小さいと言っても地球の半分ほどの大きさはある)が収まるほどの亜空間を、艦内に固定できているのが何よりの証だ。
 こんな真似、第三世代クラスの〈皇家の船〉にしか出来ないことだ。
 で、そのことを疑問に思い、この船のメインコンピューター〈零式〉に尋ねてみたのだが、

「成長期ですから! お父様のために頑張って成長しました!」

 と、訳の分からん答えが返ってくるだけだった。実際のところ、零式の奴もよくわかってないんじゃないかと思う。
 鷲羽と共にこの船の開発に携わった天地の姉――天女からは、この船は学習することでマスターと共に成長する船だと聞いている。
 この場合のマスターと言うのは、俺のことだろう。
 特に何かをしたと言う覚えはないが、天女の話が事実だと仮定すれば、零式がこんな風に成長した原因の一端は俺にあると考えるのが自然だ。
 となれば、思い当たる節がないわけではなかった。〈皇家の船〉だ。

 第一世代艦の〈船穂〉や第二世代艦の〈龍皇〉と言った参考にするに事欠かない存在が身近にいたしな。
 本来、参考にするくらいで〈皇家の船〉に匹敵する性能を得られるなら苦労はないのだが、零式は特別だ。
 零式の開発には鷲羽が関わっているだけに、それだけのポテンシャルを秘めていても不思議ではない。
 とはいえ、情報が少なすぎて、零式が急速に成長した原因をこれ以上探るのは困難だ。そのため、一先ずこの件は棚上げすることにした。
 船の性能が良くなるのは別に悪いことではない。
 それに現在≠ィかれているような状況に至っては、正直なところ助かっているのも確かだ。

「まさか、過去に飛ばされるとはな……」

 視線を上げると宙に浮かぶ映像には、青く輝く惑星の姿が映っていた。
 ここは俺たちがいた時代から約三千年も昔。ハヴォニワやシトレイユが存在しない過去の世界≠セった。





異世界の伝道師 第277話『先史文明』
作者 193






 ここ一週間、情報収集に専念した甲斐もあって、この世界について少しずつわかってきたことがある。
 聖機神によって滅ぼされる前の世界。まだ世界が一つの国家に統一されていた時代。
 所謂『先史文明』と呼ばれる時代に相当するのが、俺たちが現在いる世界だ。

 なんでこんなことになっているかと言うと……俺にも原因はよくわかっていない。
 はっきりわかっていることと言えば、次元の狭間を漂っているところを零式に回収されたと言うことだけだ。
 これは私見だが、零式から得た情報から事故≠ノ巻き込まれた可能性が高いと俺は推察していた。
 聖地を襲った強大な力の余波によって時空に乱れが生じ、緊急ワープアウトした場所がこの時代だったのではないかと考えたからだ。
 時空に乱れを生じさせた力の正体についてはわかっていないが、零式に残されていたログから〈皇家の船〉に比肩する力であったことが判明している。
 それも少なく見積もっても第二世代。もしかすると第一世代すら凌駕するほどの力が時空に干渉した可能性が高い。
 それほどの力、心当たりがないと言う訳ではないが確証が持てないんだよな。
 零式でないことは明らかなんだが、だとすると――

(まさかな……)

 元の時代に戻る方法についてだが、こちらもはっきりとしたことは言えない。いまのところ検討中と言うほかない。
 次元の狭間を経由して過去に飛んだわけだが、同じことをしたところで元の時代に帰れる保証はない。
 下手をすると過去どころか、永遠に出口の見えない空間を彷徨うことになりかねない。
 運が良くても、また別の異世界へ飛ばされるなんて可能性も十分に考えられる。
 当然そんなリスクを冒せるはずもなく、他の方法を探っているところだ。
 幾つか手段については考えがあるのだが、すぐにどうこうなるような話ではない。
 そこで――

「地上に降りる?」
「ああ、ここでこうしていても仕方がないだろ? 折角だから、この時代の調査をしておきたい」

 惑星に降りる提案をすると、フライドポテトをつまみながら気のない返事をするドール。
 この時代の文明レベルについては把握が出来ている。その上で危険は少ないと判断してのことだ。
 全体的には地球の文明を凌駕する発展を遂げているが、宇宙開発に至ってはまったくと言って良いほど進んでいない。
 やはりエナを必要とする亜法技術に頼り切っている点が、他の技術の発達を妨げているのだろう。
 幾らステルス機能を使っているとはいえ、衛星軌道上にいる零式の存在にも気付いていないようだしな。
 聖機神という人型兵器の存在がある以上、油断することは出来ないが過剰に警戒するほどでもないというのが俺のだした結論だ。

「調査ね……こんなチカラ≠ェあるのに必要?」
「亜法は俺たちの世界にはない技術だしな。何かのヒントになるかもしれないだろ?」

 ドールには俺が異世界人であることや樹雷のことも、おおまかにではあるが話してある。
 さすがに零式を見られてしまった以上、下手な嘘や誤魔化しは通用しないと考えてのことだ。
 それに、こうなったら元の時代へ帰るために協力して頑張るしかない。だと言うのに隠しごとを抱えたままと言うのは不誠実だ。
 だから話せることは話したわけだが、そのお陰でドールが秘密にしていたことについても教えてもらうことが出来た。
 その結果――

「正直、気乗りがしないわ……」
「あら? それじゃあ、あなたは留守番ね。さあ、太老くん行きましょう。お姉さんが手伝ってあ・げ・る」
「な――ッ! 行かないとは言ってないでしょ!?」

 俺の腕を取って、食堂から連れ出そうとする桜色の髪の女性。そう、彼女はキャイアの姉、メザイアだ。
 何故、彼女がここにいるかを説明すると話は長くなるのだが、ようするにドールとメザイアは二つの精神で一つの肉体を共有する同一存在だったとわかった。
 ユライトやネイザイと同じような症状だったと理解してくれたらいい。
 何かあるとは思っていたが、まさかそういうカラクリだったとは……最初にこの話を聞かされた時は驚かされたものだ。
 で、結論を述べると、船の設備を使ってドールとメザイアの意識を分離することに成功した。それが現在の状況だ。

「太老から離れなさいって言ってるのよ! この年増!」
「なっ! それを言うなら、あなただって私と歳は変わらないでしょ!?」

 俺を間に挟んで、言い争いをする二人。
 これはドールから聞いた話だが、先史文明を滅ぼした存在〈ガイア〉を倒すべく生み出された三体の人造人間。その一人がドールと言う話だ。
 一人を犠牲にすることによって、どうにかガイアの封印に成功したそうだが、その後ドールは赤子にまで退行させられ、ナウアに発見されるまで聖地の遺跡で眠っていたらしい。そしてナウアに引き取られた後は普通の人間として平和な時を過ごしていたそうなのだが、ババルンとの出会いが切っ掛けで記憶が目覚め、ドールの人格が生まれたという話だった。
 一つの肉体を二人で共有していたのだから、この場合は同い歳と言うべきなのだろうが――
 コアクリスタルの知識と経験はドールの方に引き継がれているという話なので、ドールの方が年上と言えるかもしれない。

「太老? なんか失礼なことを考えてない?」
「いや……気の所為だろ」

 ドールに訝しげな目を向けられ、俺はそっと視線を逸らす。
 危ない危ない。女性に年齢の話はタブーだった。下手に考えるだけでも危険だ。
 なんにせよ、地上の調査はしておきたい。宇宙(ここ)では調べ物にも限界があるしな。

「お父様」

 どうやって二人を宥めようかと考えごとをしていると、幼い少女が空間を転移して突然現れた。
 青い髪に青い瞳。ゴスロリ風の衣装に身を包んだ彼女が、この〈守蛇怪・零式〉のメインコンピューターだ。
 俺は彼女のことを、そのまま『零式』と呼んでいる。

「何かあったのか?」
「はい。医務室で寝かせていた女性が目覚めました」

 医務室に寝かせていた女性と言うのはネイザイのことだ。
 かなり衰弱していたので治療用カプセルに放り込んでおいたのだが、ようやく目覚めたか。
 治療のついでにドールやメザイアにしたように別の身体を用意して意識を分離するか迷ったが、身体が衰弱していたのと精神状態が余りよくなかったこともあって、現在のところはそのままにしてある。
 本人の意思を確認する前から、こっちが勝手に処置を施すわけにもいかないしな。
 俺のことや、いま置かれている状況なども説明しておく必要があるだろう。

(まあ、取り敢えず本人に会って話を聞いてみるか)

 まだ飽きずに睨み合っているドールとメザイアに声をかけると、俺はネイザイの待つ医務室へ向かうのだった。

【Side out】





【Side:グレース】

 太老が行方不明になって、もうそろそろ一月(ひとつき)が経とうとしている。
 あのバカのことだ。特に心配なんてしてないし、大丈夫だろうとは思うけど……。

「無事なら無事で連絡の一つくらい寄越せよな……」

 思わず愚痴が溢れる。
 商会の方は水穂やランが頑張っていることもあって、太老がいなくとも問題なく仕事は回っている。
 領地の方もマリエルやメイド隊の侍従たちが『ご主人様の留守を守る』と意気込んでいるそうで、特に問題にはなっていない。
 それどころか、受けた恩を返すのは今しかないと太老を慕っている連中が集まって、以前にも増して街は活気があるらしい。

 ――より住みよい世界に。

 商会が掲げる理念。太老の理想は、太老がいなくとも人々の心に受け継がれていると言う訳だ。
 それは太老が、これまで身体を張って実践してきた行動が結び付いているだけだと、マリアの奴は言っていた。
 そのマリアはと言うと、教会からの招集で各国の代表者が集まる会議に参加するため、教会本部に出掛けている。
 太老がいなくなって一番忙しく動き回っているのは、あの姫様で間違いない。

 そう、太老がいなくとも問題なく時間は流れていく。
 だけど、それは表向きの話だ。皆どこか気が張っていて、太老がいた時のような余裕が感じられない。
 商会だけでなく、ここハヴォニワにある太老の屋敷もピリピリとした嫌な空気が張り詰めているし、シンシアだって――

「はあ……」

 作業の手を止め、もう何度目かわからない溜め息が漏れる。
 あれからシンシアは地下都市の中枢――〈MEMOL〉のある部屋に籠もったままだ。
 何かしているみたいだけど、私にも何の相談もなく作業に集中しているところを見ると、太老絡みだと言うことは想像が付く。
 まあ、そういう私も何かしてないと落ち着かなくて、こうして機械弄りをしているわけだけど……。

「ああ! もう、イライラする!」

 あいつのことなんて心配してないし!
 なんで私が太老の所為で、こんなにヤキモキしないといけないんだ!?
 そう、全部アイツが悪い。余裕ぶって、なんでも一人で抱え込んで、挙げ句に皆に心配を掛けてたら意味はない。
 まあ、私もアイツのことを言えるような立場じゃないってことくらいは理解してるけど、それでも……。

「待つのは性に合わないからな。別に太老が心配だからとかじゃなくて、シンシアが寂しそうだから……」

 待っていたところで、いつ帰ってくるかわからない。なら、こちらから捜してやろうと私は決意を固める。
 だけど、国が調査をしても足取り一つ掴めなかったんだ。
 なんの手掛かりもなしに捜すのは、さすがに無理があることくらいわかっている。
 何か、太老に繋がる手掛かりがあれば――

「あ!」

 指輪だ。
 太老がマリアたちに送ったって話の指輪。あれを太老もつけていたはずだ。
 あの指輪から特殊な力が流れていることはわかっている。
 その反応を辿ることが出来れば、もしかして――

「コノヱ!」

 上手く行けば、太老の消息を掴めるかもしれない。
 やるべきことは決まった。
 工房を飛び出すと、私はコノヱの姿を捜して屋敷へと向かうのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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