【Side：マリア】
「はあ……」
思わず溜め息が漏れる。昨日から、ここ教会本部で開かれている国際会議の様子を思い起こしてのことだ。
会議の内容は当然、聖地で起きた事件が主な争点となっていた。
いま学院のあった場所は大地の崩落によって跡形もなく姿を消し、荒れ果てた景色が広がっている。
そのため、瓦礫の撤去作業も思うように進まず、調査の方も捗っていない。
原因の究明は勿論、消えたガイアとババルン軍の消息も掴めないまま時は過ぎるばかりだ。
そうしたなかで開かれた会議が荒れるのは必然だった。
ババルンの暴走を止められなかったシトレイユの責任を追及する教会の主張と、ババルンの反乱はガイアの存在を各国に隠し続けてきた教会にも原因があるとするシトレイユの主張が真っ向から対立し、結論のでないまま平行線を辿るのは当然のことで、初日から会議は教会派の国々とシトレイユに味方する国の二つに割れて議論は紛糾していた。
シトレイユに味方する国は教会のやり方に不満を覚え、ガイアの一件で不信感を持つ国が大半で――
教会派に所属する国は、現状維持を望む保守的な国が多い。特に正木商会に対して良い感情を持っていない人たちが集まっていた。
ハヴォニワはババルン軍の聖地侵攻に関しては中立的な立場を示してはいるが、教会から見ればシトレイユ寄りと思われても仕方がない立場にいる。
お兄様と婚約をしているラシャラさんがシトレイユの皇なのだから、教会の反応も当然と言えば当然だ。
しかもシトレイユはハヴォニワと同様に、お母様が提唱する連合構想の中心となる国の一つだ。
まだシュリフォンから色よい返事をもらえていないが、もし三国が手を結ぶことが出来れば、この夢のような話も現実味を帯びることになる。
アウラさんのこともあるし、お兄様がいればシュリフォン皇を説得できる可能性は十分にあると私は考えていた。
しかし教会からすれば許容できる話ではない。
ハヴォニワ、シトレイユ、シュリフォンの三大国が手を結べば、これまで教会が築いてきた管理体制が崩壊しかねない。
教会の権威を失墜させる難事だ。だからこそ、連合構想の鍵となる正木商会に対して教会は圧力を強めていた。
今会議でも『世界が協力してガイアの脅威に立ち向かうことが必要』と説き、それを理由に正木商会が保有する物資や資金だけでなく技術の開示を派閥に所属する国々と連携して教会は求めている。もっとも、そんなバカげた要求を商会が呑むはずもなく、顔を真っ赤にして怒り狂う教会関係者をランは軽くいなしていた。
恐らく次に教会が求めてくるのは、カレンさんと剣士さんの身柄の引き渡しだろう。
商会に対しての人質としても使えるし、あの二体の聖機人はガイアに対する戦力と捉えても切り札になる存在だ。
もっとも、二人を教会に引き渡すなんて真似が出来るはずもない。そこはランや他の国々と連携して対応する必要があった。
「お疲れさまです」
「ありがとう。ユキネ」
会議のことを記したレポートに目を通し終えると、ユキネの淹れてくれた紅茶で一息吐く。
お母様もこのレポートの内容を見たら、きっと呆れるだろう。
まあ、裏でゴールド叔母様と手を組んで教会派の切り崩し工作を行っているようなので、すべて承知の上だとは思うけど……。
むしろ、こうした教会の反応を楽しんでいそうで困る。あの二人なら嬉々として、教会の影響力を削ぎ落とす好機と捉えていそうだ。
「――ッ！」
カップの底に敷かれたソーサーにメモらしきものが挟まっていることに気付き、私は無言でユキネを見る。
私の視線に気付き、周囲に気を配りながら小さく首を縦に振るユキネ。
ここは教会の総本山だ。監視の目が付いていてもおかしくはない。恐らく密偵が近くにいるのだろう。
盗聴の可能性を疑っているのだとすれば、このメモは――
（お姉様？）
水穂お姉様の字だと気付く。
そのメモの内容が、この会議の行く末を暗示する内容だと言うことを理解するのに、然程時間は掛からなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第279話『心の傷と感謝のキモチ』
作者 193
【Side：太老】
「おっちゃん、串焼きを三本おくれ」
「あいよ。塩とタレがあるけど、どっちにする？」
「三本とも塩でいいや」
「毎度あり」
お金を渡して、屋台の親父から串焼きを三本受け取る。
なんの肉かわからないが香ばしくて良い匂いだ。
試しに一口食べてみると、口のなか一杯にジューシーな肉汁が溢れ出す。
塩加減も丁度よくて、これはアタリだった。
「……太老ずるい」
「ちゃんと、お前の分もあるから」
ドールに物欲しげな視線で睨まれ、串焼きを一本差し出す。相変わらず、食べ物に対しては凄い執着だ。
ここに来るまでにテーブルに載りきらないほどの料理を平らげ、デザートに名物の焼き菓子を口にした後とは思えない食欲だった。
人造人間っていうのは燃費が悪いのだろうか？
いや、しかし現在のドールの身体はネイザイと同様、俺が用意したものだ。
コアクリスタルに記憶された情報を元に再現しただけで、燃費が悪くなるような特別な調整は施していない。
だとすると、ドールは元から大食いの素質があったと考えるのが自然だ。
食べる喜びを知って、これまで我慢していた欲求が、そうした方向に発揮されたのだと考えれば合点が行く。
「太老、また何か失礼なことを考えてない？」
「……気の所為だ」
太るなよ、と言いたいがグッと我慢する。俺だってバカじゃない。女性にその手の話が禁句であることは百も承知だった。
まあ、生体強化された身体である以上、太るようなことはないんだが……。
俺たちの世界の技術では、食べ過ぎや老化と言った現象で見た目が大きく変わるようなことはない。
意図的に姿を偽装でもしない限りは、老衰で死ぬまで若い姿のままだ。
生体強化の一般的な寿命が千年から二千年と言われているしな。
樹雷の皇族のように特別な生体強化を受けた者なら、一万年を超す歳月を生きる者もいる。
俺の場合、鷲羽がいろいろと弄ったみたいなので、どのくらいの寿命があるのか正確にはよくわからないんだが……。
ドールとネイザイは取り敢えずミツキと同様に俺の生体組織をベースにしているので、同じくらいの寿命があるはずだ。
「え……？」
「ネイザイの分。食べるだろ？」
「い、頂きます」
残りの一本をネイザイに手渡し、俺も自分の分を完食する。
ちなみにメザイアはと言うと、零式と一緒に船で留守番をしていた。
赤ん坊もといユライトの世話をする人間を、船に残しておかなくてはいけなかったからだ。零式だけじゃ不安だしな。
それに赤ん坊を連れ回しながら調査をする訳にはいかない。結果、メザイアが残ることが決まったと言う訳だ。
留守番を言い渡されて最後まで渋っていたが、ジャンケンで負けたのだから諦めてもらうしかない。
「それで、これからどうするの？」
「幸い、金には余裕があるしな。一先ず宿を取って、明日の朝一番でコロシアムを覗いて見るつもりだ」
持ってきた宝石の類が思いの外、高値で換金できたのは助かった。何をするにも金は必須だしな。
出来ることならすぐにでも調査を始めたかったが、一番楽しみにしていたコロシアムの試合が今日はもうやっていないという話なので明日に回すしかなかった。
だから情報収集を兼ねて酒場や屋台を回っていたのだが、たいした情報は得られていない。ドールの食欲を満たしただけだ。
「お金に余裕があるなら、あそこに泊まらない？」
「……あれか？」
ドールの指さす方向には、如何にもな雰囲気を醸し出す古い旅館が立っていた。
なんでも建国神話にも登場する英雄の血筋が女将を務める地元でも有名な温泉宿らしい。
他と比べると少し割高だが、料理は美味しくサービスも充実しているという話をドールに聞かされ、俺は呆れる。
旅人を装って、どんな情報を集めているのかと思いきや、観光スポットや温泉宿の紹介をしてもらっていたとは……。
ドールがあの旅館に惹かれたのは、温泉の方ではなく食い気の方だろうと察しが付く。
凄くエンジョイしてるな。メザイアが最後まで渋っていた理由が、なんとなく察せられる気がする。
「ところで……なんで、そんなに後ろを歩いてるんだ？」
ドールのオススメする旅館に向かう最中、俺たちの後ろを十歩くらい距離を取って歩くネイザイが気になって尋ねる。
目覚めてから数日が経つが、ネイザイの様子がおかしい。他人行儀というか、距離を置かれている気がしてならなかった。
特別、ネイザイに嫌われるようなことをした覚えはないんだが……。そんなことを考えていると、
「ほんとに頭が固いわね。まだ〝受け入れ〟られないの？」
ドールが呆れた様子で、そうネイザイを挑発する。だが――
「そんなことないわ。もう納得しているわよ。ただ……」
俯きながら何かを呟くネイザイの手は震えていた。
【Side out】
【Side：ネイザイ】
「重症ね」
月明かりが射す露天風呂に浸かりながら、ドールがそう言って肩をすくめる理由はわかっている。
彼は悪くない。そう思ってはいても、手の震えが止まらないのだ。
頭では納得していても、本能が拒絶する。正木太老を心の何処かで恐れているのだと、私は気付いていた。
「もしかして、ガイアとの戦いがトラウマになってるとか？」
「……否定はしないわ。私自身、余り自覚はないのだけど」
亜法結界炉を暴走させることでガイアの動きを止め、封印することに成功したが、私はその時に一度命を失っている。
身体に刻まれた恐怖。心に負った傷。それがコアクリスタルに継承され、再び生を得た今も私の精神を蝕んでいた。
ユライトという半身を失ったことで、抑圧されていた不安と恐怖が再燃したように思える。
私が思っていた以上に、ユライトとは互いに依存する関係であったと言うことだ。
「だからって、太老にそうした感情を向けるのはやめなさい」
「……わかってるわ。理屈の上ではね」
ガイアに植え付けられた恐怖が、正木太老に向いている理由も自ずと察しがついていた。
命を費やしても封印することしか叶わなかったガイアを、軽々と超える力を持った彼が怖いのだ。
勿論、彼がガイアのように理性を失い、世界を滅ぼすなどと思ってはいない。
でも、私はユライトを止めることが出来ず、彼と戦うことを選んだ敵側の人間だ。
助けられたからと言って、ドールのように心から彼を信頼することは出来なかった。
それが恐怖というカタチで、彼に反応しているのだろう。自分でも抑えの利かない感情として――
「太老がその気なら、アンタたちを助けたりはしなかったはずよ」
「わかっているわ。ユライトの件だって、本当は感謝してる」
感謝……なんて言葉では足りないくらいの恩が彼にはある。
ドールに言われるまでもなく、そんなことはわかっていた。
「なら、少しは気持ちを隠しなさい。それが、いまのアンタに出来る唯一の贖罪よ」
そう言って温泉から上がると、脱衣所の方へと姿を消すドールを見送って、私は深い溜め息を漏らす。
ユライトを救ってもらったばかりか、新たな身体まで用意して貰って――
どう感謝したところで、支払えるような対価は存在しない。
私に出来ることと言えば、彼のために彼から貰った〝この命〟を使うことくらいだ。
「自分のことながら、情けないわね……」
だけど、彼がそんなことを望んでいないことはわかっていた。
それにガイアを倒すために生み出され、戦うことしか知らなかった私が、それ以上の力を持つ彼の助けになれるとは思えない。
私の命を差し出した程度では、到底釣り合うはずもない。彼から受けた恩に報いる方法を考えながら、私は夜空を見上げるのだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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