【Side:太老】
 ここは温泉宿の客室。目の前には地元の幸を使った豪華な懐石料理が並んでいた。
「まだ、うじうじ悩んでるの? 食欲がないなら、私が貰ってあげるわ」
「あ、こら! 食べないとは言ってないでしょ!?」
 ドールとネイザイのやり取りを他人事のように眺めながら、俺もお刺身を頂く。
 この浴衣といい、料理といい、ここが異世界であることを忘れそうになるな……。
 料理を運んできてくれた仲居さんの話では、これもどうやら異世界人から伝わった文化らしい。
 この時代から召喚の儀式をやっていたと言うのは驚かされたが、よく考えてみると納得の行く話だった。
 恐らく現代に伝わっている召喚の儀式も聖機人と同様に、先史文明の技術が後世に伝わったものなのだろう。
「ようこそ、当旅館へお越しくださいました。女将のアウン・フレイヤ≠ニ申します」
 料理に舌鼓を打っていると、落ち着いた色合いの着物に身を包んだ女性が客室に姿を見せた。
 波打つ桜色の髪に、ふっくらとした優しげな顔立ち。見た感じ二十代半ばから後半くらいの年若い女将だ。
「料理のお味は如何でしたか?」
「ええ、美味しかったです。故郷の味によく似ていて――」
 何気ない会話を交わしながら旅行者を装って、この辺りのことについて色々と聞かせてもらう。
 しかし、やはり街で耳にしたような話ばかりで、目新しい情報はない。
 ただ気になる話を一つだけ女将から聞くことが出来た。
「鬼の汲み湯ですか?」
「ええ。昔、一人の探検家が見つけた『神の眠る洞窟』と呼ばれている場所です。ただ――」
 源泉があるらしく、この辺りの温泉宿が使っている湯も、そこから引いているものらしい。
 しかし現在は、通路が塞がっていて中へ入ることは出来ないそうだ。
 崩落の危険があるため、国の許可無く近づくことも禁止されているとか。
(神の眠る洞窟か……)
 なんとなく気になるフレーズだ。
 まあ、さすがに神様が本当に眠っているとは思っていないが、いたらいたらで文句の一つも言ってやりたい。
 俺の知る神≠ニ名の付く奴は、ろくなのがいないしな。
「お客さん、学者さんか何かで?」
「ええ、まあ……そんなものです」
「お若いのに凄いですね。そういうことでしたら――」
 一旦客室を後にすると、女将は参考になればと幾つかの資料を持ってきてくれた。
 代々この旅館で受け継がれているという巻物や文献の類だ。なかには家系図もあった。
「私のアウンという名前も、建国神話の英雄と結ばれた祖先の名前を頂いているんですよ」
「え? ということは、皇家の――」
「いえ、私はただの庶民ですよ。それに千年も昔の話で、ほとんど今は血の繋がりなんてありませんしね」
 女将の話では、英雄は三人の女性と結ばれたそうだ。
 その一人が建国の母とされるラシャラ・ムーン≠ニいう女性らしい。
 現在、この統一国家を治める女皇の名も、確かラシャラと言ったはずだ。
 勿論、千年も生きていると言う訳ではなく、名前を継承しているだけだとは思うが――
(ラシャラちゃんと同じ名前の女皇か……)
 先史文明を治めた女皇の名だ。
 現代のラシャラの名前も、過去の偉人から取ったと考えれば別に不思議な話でもない。
 しかし、なんとなく気になる。
(他に手掛かりもないし、まずはその線を調べてみるか)
 神の眠る遺跡。そして建国神話の英雄と結ばれた三人の女性。
 ここに現代へと繋がる何かがあると、俺は予感を覚えるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第281話『交わる世界』
作者 193
「不思議なものね」
 そう口にして、机の片隅に置かれた手の平サイズの機械のスイッチを入れるアウン。
 浮かび上がる立体写真には、どことなく太老に似た雰囲気を持った黒髪の青年の姿が映し出されていた。
 これは代々この旅館の女将に受け継がれている神器≠ナ、保存されたデータを立体写真として浮かび上がらせる記録装置だった。
 アウンが太老に協力的だったのは、この写真の人物に太老が似ていたからだ。
 それはアウンにとって、この旅館を代々受け継いできた女将にとって意味のあることだった。
 彼女と同じ名を持つアウンという祖先は英雄との間に子供を作ると、姉の後を継いでこの旅館の女将になった。
 神の眠る洞窟に封じられた何か≠見守るために、この地に残ったとも伝えられている。
 勿論、ただの伝承だ。それが真実であるかどうかは、アウンにもわからない。
 しかし、
「ご先祖様は、いつかこういう日が来ることを知っていたのかもしれないわね」
 代々、旅館の後を継ぐ女将にだけ伝えられている話。
 ご先祖様の言葉どおりに、英雄の面影を感じさせる黒髪の青年が訪ねてきたことは確かだった。
 千年も昔の話だ。あの青年が建国神話の英雄と同一人物だとは、さすがにアウンも思ってはいない。
 他人の空似。ただの偶然と考えるのが自然だ。それでも――
「ご先祖様の友人だったあの御方≠フためにも――」
 あの青年が待ち続けた人物であることを祈る。
 それは千年に渡り、祖先の想いを代々受け継いできた女将の願いでもあった。
【Side:太老】
 翌日、旅館を後にした俺とドール、ネイザイの三人は当初の予定通りに街の中心部にあるコロシアムへきていた。
 聖機人のモデルにもなった聖機神を使った競技というものを一度見ておきたかったからだ。
 巨大なロボットが競い合う姿は、なかなか迫力がある。
 スピードを競うレースに始まり、パワーを競う綱引きや、繊細な動きを競う積み木崩しと――
 多種多様な競技に分かれ、パイロットの腕やロボットの性能を競い合っていく。
 恐らくこうして競い合わせることで聖機神の開発を促進させ、技術の発達を促す狙いもあるのだろう。
 そして――
 会場が大きな歓声と熱気に包まれる。
 観客席から眺める俺たちの視線の先では、本日のメインイベント、聖機神を使った決闘が始まっていた。
 血の気の多い話だが、こういったイベントが一番盛り上がるのは、どの世界も共通だ。
 安全には配慮しているとの話だが、事故も絶えないそうで死人がでることもあるそうだ。
 しかし、それでも観客は刺激を求め、コロシアムへと足を運ぶ。
 ただまあ、最近は死亡事故も減ってはいるらしい。その理由がコアクリスタルだ。
 パイロットは促成できるものではない。なのに簡単に死なれてしまっては、育成に費やした時間と金が無駄になる。
 一方で人造人間は記憶を蓄積したコアクリスタルが破壊されない限り、どんな致命傷を負っても再生することが可能だ。
 人命に対する配慮なども当然あるのだろうが、そうした思惑が絡み合って開発されたのが人造人間だと言う話だった。
 とはいえ――
「……太老、もしかして怒ってる?」
「何かの参考になればと思ったけど、こういうのはな……」
 ドールやネイザイのことを知っていると、余り気分の良い話ではない。
「気にすることはないわ。あの子たちは人じゃない。ただの人形≠ネんだから……」
 確かにドールの言うように、あそこで戦っている聖機神の動きはどこか機械的だ。
 アストラルを持つ人工的に造られた存在というのは珍しいがいないわけじゃない。ドールやネイザイが良い例だ。
 しかし、あそこで戦っている人造人間からは、そうした人間らしさ≠ェ感じられなかった。
 俺たちの世界にも『バイオロイド』と呼ばれるものがある。
 モデルとする人物のパーソナルデータがあれば、姿だけでなく性格や精神構造さえを完璧に模倣することが出来る人造生命体。
 しかし与えられた命令に悩むことも、マスターを疑うことも知らない意思のない人形。それが、バイオロイドだ。
 ここにいる人造人間たちも、俺たちの世界にいたバイオロイドと同じような存在なのだろう。
 人間に近い姿をしていても、中身はプログラムされて動くロボットと大差はない。客観的に見れば人≠ナはなく物≠セと言うことだ。
 しかし例え魂を持たない人形に過ぎなくとも、人間の身勝手で見世物のために生みだし、使い捨てるような真似は好きにはなれなかった。
 自分の作ったものに愛情と責任を持てない奴は科学者とは呼べない。それは、よく鷲羽が口にしていた言葉だ。
 マッドのことは苦手だが、そこだけは同意できる。だから認めることは出来ない。これは『伝説の哲学士』に育てられた俺の矜持の問題でもあった。
「行くか」
 こんな気分で最後まで見ている気にはなれなかった俺は二人に声を開け、席を立つ。
 そして会場から外へでようとした、その時だった。
 観客席から悲鳴が上がったのは――
「きゃあああああ!」
 直後、建物が大きく揺れる。
 よく見ると、聖機神の一体が試合会場の壁を殴りつけている姿が確認できた。
 もう一方の聖機神は両脚を破壊され、地面に横たわっている。
「暴走……まさか、こんな早くに!?」
 目を瞠りながら、ネイザイは驚きの声を上げる。
 状況が理解できず、何か心当たりがあるのかと尋ねようとした、その時。
「ちっ!」
 視界の端に小さな女の子の姿を捉え、俺は脇目も振らずに走り出す。
 コロシアムは開閉式のドーム型構造をしている。
 その屋根の一部が衝撃で崩れ、瓦礫の塊となって観客席にいる少女に迫っていたからだ。
 そして――
「はあああッ!」
 俺は寸前のところで間に割って入り、全力で拳を瓦礫に叩き付ける。
「太老!」
「大丈夫だ。その子を安全なところへ!」
 粉々に砕け散った瓦礫を一瞥すると、ドールに指示をだす。
 危ないところだった。今更ながら、この身体のスペックには感謝したい。
 怪しげなドリンクを飲ませ、勝手に身体を改造した鷲羽には感謝の気持ちなど微塵もないけど。
 だが、どうする?
 幾ら、この身体が高い生体強化レベルを持つとは言っても、さすがに生身で聖機神を相手にするのは厳しい。
 水穂なら生身でも対処できそうだが、俺はちょっと身体が丈夫なだけの普通≠フ人間だ。
 せめて、武器くらいは持ってくるべきだったか。調査だけのつもりだったからな……油断した。
「ここに聖機神があれば……」
 ありますよ? と、頭の中に声が響く。
 こんなこと前にもあったような――
「零式か!?」
 空を見上げた瞬間、青天を突き破り、コロシアムに一条の光が降り注ぐ。
 その光の中から現れたのは、俺もよく知る聖機神だった。
【Side out】
 白いドレスに身を包んだ長い髪の女性は、貴賓席から光が降り注ぐ試合会場を眺めていた。
 彼女こそ、この世界の八割を統べる統一国家の女皇、ラシャラ・ムーンその人だった。
 建国千年を祝う式典の準備のため、コロシアムの視察に訪れていた最中に事件が起きたのだ。
「陛下、お逃げください! ここは危険です!」
 傍付きの侍従は危険を承知で女皇に近付き、避難を促す。
 しかし空をじっと見上げ、動かない女皇。
 その視線の先には、黄金に輝く聖機神の姿があった。
「黄金の聖機神……」
 誰が呟いた声なのか、息を呑む音が貴賓席に響く。
 地上に降り立つと同時に、黄金の聖機人は暴走状態にあった赤い聖機神を片手で地面に押さえ込む。
 そして、もう一方の手で腹部のコクーンに拳を突き出すと、強引にパイロットを操縦席から引き摺り降ろした。
 ――あれは一体なんなのか?
 貴族が財の限りを尽くし作り上げた聖機神でも、あれほどの動きをするものは見たことがない。
 会場にいる誰もが恐怖に心を支配され、得体の知れないものを見るような視線を黄金の聖機人に向けた、その時だった。
「ようやく、この日が来たのですね」
「陛下、そちらは危険です!」
 侍従の言葉を無視して、女皇は前へでる。
 そして――
「お待ちしておりました。この日が来るのをずっと=\―」
 脅える侍従たちとは対照的に、この日を待ち焦がれたとばかりに女皇は貴賓席のテラスから手を伸ばす。
 それは千年もの間、ずっと待ち続けてきた再会≠フ瞬間。
 始まりと終わりを告げる歴史の分岐点。過去と未来を繋ぐ運命の歯車が、ゆっくりと回り始めようとしていた。
 ……TO BE CONTINUED
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