【Side:太老】
「さて、どういうことか説明してもらおうか?」
船へと戻った俺は、床に正座をするドールを睨み付けながら詰問していた。
俺だって好きでこんな真似をしているわけじゃない。だってな――
「お嬢ちゃんの名前を教えてもらえるかな?」
「マリア・ナナダン! 六さいです!」
メザイアの質問に対して、まったく気後れした様子もなく元気に答える幼い少女。
少し明るい色合いの黒髪を肩口で揃え、質の良い上品な生地で仕立てられた赤いドレスに身を包んでいる。
小さなマリア……もとい、恐らく俺の知っているマリアのご先祖様(?)と思しき少女がここにいるからだ。
お気づきかと思うが、彼女は俺が助けた少女だ。ドールに安全な場所へ連れていけと指示をだしたのだが――
「なんで守蛇怪に連れてくる!?」
「だって、ここが一番安全じゃない!」
否定はしない。確かに、ここほど安全な場所は他にないだろう。だからって……ああ、なんか怒る気も失せてきた。
考えてみれば、もう銀河法とか機密がどうのとか、今更な気もするしな。それに率先して破るつもりはないが、俺は別にGPの人間と言う訳でもない。
それよりも問題は、この少女をどうするかだ。
きっと親も心配しているだろうし、一番良いのは家まで送り届けることだろう。
しかし『ナナダン』か。この時代、ハヴォニワはどうなってるんだ?
フローラが分散統治されていた領地を一つにまとめて、現代のハヴォニワを作ったという話だしな。
「マリアちゃん、幾つか質問したいことがあるんだけどいいかな?」
「うん」
幾つか質問をしてわかったことは、彼女はパパチャ帝国という国のお姫様らしい。
百八人いる子供のなかの一人らしく、建国千年を祝う催しに参加するため、この国へきていたそうだ。
百八人って凄まじいな……。見事に欲望のまま突っ走ってるって感じの皇帝だ。
現在、世界の八割を支配していると言われている統一国家だが、他にも小さな国や独立都市は存在する。
そのなかでも最大の規模を誇るのが、パパチャアリーノ・ナナダン皇帝が治めるパパチャ帝国なのだとか。
この世界で二番目に大きな勢力と言う割には統一国家と比べて随分と小さいみたいだけど、その理由を尋ねてみると――
「んっとね。ママがいうには、パパはロクでなしだから、シャッキンがいっぱいあるんだって」
子供にロクでなしと呼ばれる皇帝って……。
場になんとも言えない空気が漂う中、ドールが街で買った観光雑誌をパラパラと捲りながら指をさす。
「パパチャ帝国って、これのことじゃない?」
ドールが手渡してきた観光雑誌には、かなり詳細にパパチャ帝国について記されていた。
嘗ては世界の半分を支配する大きな国だったそうだが、国の名前にもなっている皇帝が自ら作ったハーレムに溺れ、国の財政を圧迫した結果、独立・離反する都市が続出したのだとか。他にも分不相応に自分のハーレムに加わるようにと、ラシャラ女皇に求婚すること999戦999敗。建国から千年、毎年のようにプロポーズをしているが一度として成功した事例がないそうで、民の間では一種のお祭り、賭けの対象にもなっているらしい。かなり有名な話のようで、周辺諸国の人々からは『バカチャ』の愛称で親しまれているそうだ。
いや、それ絶対にバカにしてるよね? この記事を書いたライターはパパチャ帝国の皇帝に何か恨みでもあるんだろうか?
と、著者の欄を確認すると『ラシャラ・ムーン』の名前が……って、これ書いたの統一国家の女皇かよ!?
いかん、ツッコミどころ満載すぎて、もうどこからツッコミをいれていいかわからない。
いや、そもそも千年もの間、毎年のようにプロポーズしてるって……千年生きてるってことか?
ラシャラ・ムーンも、てっきり名前を継承しているだけかと思ったら、まさか本人ってこと?
生体強化? 延命調整? もしくは俺の知らない長命種とかか?
ここは異世界だ。何があっても不思議ではないが……取り敢えず保留だな。これだけでは判断しようがない。
しかし、利発な子だ。小さい頃のマリアもこんな感じだったのかな?
「マリアちゃん、泊まってたホテルとかわかる? 心配している人もいるだろうから送って行こうと思うんだけど」
「ホテル? んっとね。マリア、おっきなおしろ≠ノいたの!」
「お城?」
城のように大きなホテルなんて、あの近くにあったっけ?
と俺が首を傾げていると、
「お父様、これじゃないですか?」
モニターに映し出されたのは、巨大な塀に囲まれた街の中央にそびえ立つ白亜の城。
「あ、ラシャラおねえちゃんのおしろだ!」
そこは統一国家の首都――ムーンパレスだった。
異世界の伝道師 第282話『特異点』
作者 193
統一国家の首都ムーンパレスは、コロシアムのある遺跡都市から列車で一時間ほどの距離にある。
基本この世界の主な移動手段は電車に自動車と俺たちの世界と大きな違いはないが、亜法にはエナが必要なため飛行船のようなものはあるが、ロケットや高高度を飛行するジェット機などはない。地表から余り離れすぎると、エナの喫水外にでてしまうからだ。そうなるとエナを必要とする亜法は力を失い、発動しなくなる。
そのため、超高高度の空から接近すれば悟られることもなく、安全に近付けると考えたのだが――
「……亜法は喫水外だと力を失うんじゃなかったのか?」
「わ、私に聞かれても!」
困惑した表情を見せるドール。ネイザイやメザイアに確認を取るように視線を向けるが、彼女たちも左右に首を振るだけだ。
首都上空で、守蛇怪・零式は一隻の白い船と向かい合っていた。
まるで、俺たちが来るのを待っていたかのように、そこで待ち構えていたのだ。
だが、ここは高度一万メートルの空の上。亜法の力が働かないエナの喫水外と呼ばれる場所だ。
あの船が亜法で動いているのなら、そもそも動くはずがないんだが……。
「お父様、前方の船から通信が入っています」
「……通信? 種別は?」
「超空間通信を使っているものと思われます」
この世界の先史文明が地球より高い技術力を有しているのはわかっていたが、超空間通信を使えるなんて……。
それに、あの船。形状から察するに大気圏内での運用を目的としたものではなく、宇宙船と考えられる。
一体どういうことなんだ? 最初は先史文明だからと納得しかけていたが、どこかこの世界の技術はアンバランスだ。
一般的に出回っている民間レベルの技術は、どれも地球のものと大差がない。初期段階の文明によく見られるものばかりだ。
しかし聖機神のような機動兵器や、いま目の前にあるような宇宙船を初期文明の技術力で造れるかと言えば、首を傾げる。
勿論まったく可能性がないわけではない。環境に適応するため、ある特定の技術が発達し、特異な発展を遂げた文明というのは過去に例がないわけではないからだ。
聖機神も最初はそのようなものだと思っていた。しかし超空間通信を使える宇宙船が現れたとなると話は別だ。
この惑星以外にも人が住んでいる星系、銀河連盟のような組織が存在する?
もしくは過去にも、俺たちのような存在が来ていた?
しかし、そんな疑問を抱いたところで、それを確かめる術がない。この広い銀河をあてもなく捜索するのは無理があるからだ。
俺たちの世界とて何万年という歳月を掛けて、少しずつ宇宙の航路を開拓していったのだ。そんな途方もない労力を費やす時間は、俺たちにはない。
なら、いま出来ることは一つしかなかった。
「通信を繋いでくれ」
虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言う。
相手が何者かは知らないが、わからないなら直接話を聞けばいい。
そう思って、零式に通信を繋げるように指示をだすと、
『お初にお目にかかります。私の名は、ラシャラ。統一国家の女皇、ラシャラ・ムーンと申します』
モニターに映し出されたのは、統一国家の女皇を名乗る黒髪の女性だった。
◆
あれから、俺は統一国家の女皇を名乗る女性を船へと招待し、詳しい話を聞いていた。
護衛もなしに一人で軽率すぎないか?
と思ったが、この船の存在を知るのは彼女だけらしく、供を連れてくるわけにはいかなかったそうだ。
その理由が――
「銀河帝国……そして帝国を滅ぼす原因となったマジンの存在か」
銀河帝国。そんなものがこの世界に存在したとは、まったく想像もしていなかった。
いや、嘗ては存在したと言った方が正しいのだろう。
女皇の話では、千年前に起きた戦いで銀河帝国は皇帝と共にマジンに滅ぼされ、既に存在していないそうだ。
このマジンというのが、建国神話に出て来る英雄によって倒されたとされる魔神≠轤オい。
女皇はその銀河帝国の元皇女で、ここまで乗ってきた船も銀河帝国時代に造られた宇宙船という話だった。
「じゃあ、神の眠る洞窟っていうのは……」
「マジンが封印されていた洞窟のことですね」
その洞窟も銀河帝国時代のもので、幾つかの機能は現在も生きているらしいが、そこにマジンはないそうだ。
英雄によって破壊され、その残骸を解析して造られたのが聖機神との話だった。
「じゃあ、女皇陛下は銀河帝国の元皇女で、千年前から生きていると……」
「はい。皇族や貴族は幼い頃から高度な生体強化を受けていますから、寿命も二千年ほどあります。そこにいるマリア皇女の父……パパチャアリーノ・ナナダンも、銀河帝国の元貴族です」
普通なら頭を疑うような話だが、それ以上に非常識な世界を知っている身としては、女皇の話を与太話と切り捨てることが出来ない。
先史文明も、更に昔の技術を基に発展した世界だったと考えれば、違和感の正体にも納得が行くからだ。
それは俺たちの世界に近い技術力を持った文明が、嘗てはこの世界の宇宙にも存在したと言うことだ。
「じゃあ、その英雄っていうのも、もしかして……」
「いえ、フォトンさんは普通の地球人でしたから……」
二人も当時のことを知る人物が生きているのだから、噂の英雄も生きていて不思議ではないと考えたのだが違ったようだ。
生体強化や延命調整を行える機材や設備は既に失われれていると聞き、納得が行った。
寂しげな表情を浮かべる女皇を見ると、少し胸が痛む。無神経なことを尋ねたかもしれないな。
しかし、フォトンか。それが英雄の名前なんだろうけど、どこかで聞いたことがあるような……。
いや、そんなことよりも――
「……って、地球?」
「え、はい。この惑星の名前です。嘗ては砂の星≠ニ呼ばれていたこともあるのですが、ご存じ無かったのですか?」
初耳だ。しかし……ああ、だから召喚された異世界人のなかに地球人が多かったのか。
異世界は異世界でもパラレルワールド。ここは異なる発展を遂げた、もう一つの地球と言うことだ。
しかし、そうなると気になることがある。それは以前から気になっていたことだった。
「なんで異世界人を召喚なんて真似を……」
正直なところ俺は、異世界人の召喚に関して否定的な考えを持っている。召喚とは言ってみれば、相手の都合など一切お構いなしに他所の世界から拉致同然に連れてくることだ。それでも俺が黙っていたのは、ハヴォニワを取り巻く世界情勢や聖機人の持つ軍事的な役割を考えれば、各国が戦力の増強のために亜法耐性の高い異世界人を求めるのは理解できなくはなかったからだ。
だが、先史文明と呼ばれるこの世界では、現代のような諍いは起きていない。
統一国家に対抗できるだけの国力や技術力を持った国や勢力が、他に存在しないことが最大の理由だろう。
教会に依存していた現代とは違う。兵器が必要ないとは思わないが、これほどの技術力があるなら聖機神に頼らずともやっていけるはずだ。
「嘗ては『砂の星』と呼ばれていたように、この星は人が住むには厳しい環境の星でした。そのため、まずは自然を取り戻し、人々の生活環境を整えることを目標としたのですが……開拓を推し進めるには、この星の人口は少なすぎたのです。放って置けば遠くない未来に種が絶滅しても、おかしくない程度に……」
「……だから移民を募った?」
「はい。最初は銀河帝国の支配下にあった星系の人々を誘うことも考えたのですが、彼等にも故郷の星がありますから……」
そうして最初にこの星に召喚されたのが、ダークエルフの祖先たちだったそうだ。
勿論、無理矢理にと言う訳ではなく、召喚には幾つかの条件が設定されているらしい。
基本的には元いた世界に対して未練の少ない人物が、召喚の対象となるようだ。
これは俺も初めて聞く情報だった。
そう言えば、随分と好き勝手やっている異世界人が多いと思ったが、あれは元いた世界のしがらみから解放された反動だったのか。
俺も未練がないとは言わないが、マッドや鬼姫から解放されて結構はしゃいでいたしな。そう言われると、わからない話ではない。
「ここ三百年ほどは召喚の儀式も行われることなく、忘れ去られようとしていたのですが……」
技術の発達と共に亜法の研究が進み、異世界人との間に生まれた子供は高い亜法耐性を持つことがわかるようになった。
聖機神とは、謂わば貴族間の揉め事を解決するための代理戦争の手段でもあるらしく、そのことを知った有力者たちが競うように異世界人の召喚を再び始めるようになったそうだ。
最初は止めるべきかと女皇は考えたそうなのだが、そうもいかない事情が出来てしまった。
「自然豊かな嘗ての姿を取り戻すために実行されたテラフォーミング。そして移民を募るため、幾度となく繰り返された異世界人の召喚。それは大きな歪みを生み、新たな特異点を生み出す切っ掛けともなりました」
「特異点?」
「ええ……反作用体。亜法によって歪められた世界の修正力が生み出した存在。……でも、もう見つけました」
そう言って、じっと俺を見詰める女皇。そして皆の視線が俺に集まる。
ん? え? まさか――
「……俺?」
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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