【Side:太老】
「……銀河結界炉?」
「はい。亜法の根幹を司るもの……そして彼女はキーネ・アクア。銀河結界炉の鍵≠ノしてシステム管理者です」
俺の質問に対して、そう答えるラシャラ女皇。
なるほど……ようは零式のような存在かと、目の前で宙に浮かび、膝を抱えて眠る裸の女性を眺めながら納得する。
見た目は十代後半。いや、女子高生でも通用するくらい若々しい姿をしているが、普通の人間でないことは見れば分かる。
宙に浮かんでいることもそうだが、身体が僅かに透き通っているからだ。
立体映像。いや、ここのシステム管理者という話だし、実体を持たないAIのような存在なのかもしれない。
「キーネさん、起きてください。キーネさん!」
「むにゃ……あと五分……五分だけ……」
朝、学校に行くのを渋る子供のような寝言を繰り返す裸の女性。確か、キーネと言ったか?
これが、銀河結界炉のシステム管理者か。
仕草が妙に人間臭い。やはり、ただのAIではないようだ。
「……ラシャラ? また胸が大きくなった?」
「寝ぼけてないで、ちゃんと起きてください」
「ふわあ……」
大きな欠伸をして、ぐーっと両腕を上げ、背筋を伸ばすキーネ。
そんなキーネの姿を見て、ラシャラは大きな溜め息を漏らす。
そして、
「ん……誰?」
キーネと目が合った。
まだ眠りから完全に覚めないのか?
目を凝らし、探るような視線を向けてくる。
「まさか……」
じーっと眺めていたかと思えば、何かに驚いた様子でキーネは声を上げる。
そして宙を舞い、距離を詰めると――
「フォトン!」
俺に抱きつこうとして、壁に頭から突っ込むのだった。
異世界の伝道師 第294話『故郷の景色』
作者 193
「ううっ……実体がないのを忘れてたわ」
赤くなった額をさすりながら、涙目を浮かべるキーネ。
俺に抱きつこうとして身体を素通りしたかと思えば、モロに頭から壁に突っ込んでいたしな。
予想はしていたが、物に触れたりすることは出来ないみたいだ。
しかし、
「人体に触れることは出来ないのに、壁に頭を打ち付けて痛みは感じるんだな……」
「ああ、うん。この部屋の周囲には結界が張ってあるからね」
そういうことかと、キーネの説明を聞いて納得する。
ということは、彼女は実体を持たないアストラル体のような存在なのかもしれない。
「あはは、ごめんね。知り合いに似てたから、つい感極まっちゃって……」
そう言って右手で頬を掻きながら、謝罪の言葉を口にするキーネ。
知り合いって……フォトンって確か、女皇と共に統一国家を築いた建国の英雄のことだよな?
「さっき口にしてたフォトンって建国神話の英雄のことよね? そんなに太老と似てるの?」
俺が思っていた疑問を口にするドール。
そんなドールの問いに対して、キーネは俺の顔をじーっと見て、少し考え込む仕草を見せると――
「そっくりとまでは言わないけど、雰囲気が似てるわね。えっと確か、このあたりに……」
そう言ってキーネが人差し指をくるりと回すと、一枚の立体写真が目の前に現れる。
そこには、大人の腰ほどの背丈の少年を取り囲む三人の女性の姿が映っていた。
女性の一人はキーネ。もう一人は、ラシャラ女皇だとわかる。
もう一人の少女には見覚えはないが、恐らく中心に映る少年こそ――
「マジンを倒し、世界を救った英雄。そしてキーネの旦那様よ」
英雄の妻を自称するキーネに、ドールとメザイアは驚いた様子を見せる。
しかし、この少年がね……。
俺の方がイケメンだとか、そういうことを言うつもりはないが、自分では似てるように思えない。
黒髪くらいしか、共通点が見出せないんだが……。女性から見ると、違うのか?
「正確には、オリジナルの旦那様ね。銀河結界炉を管理するため、オリジナルが残した複製。それが、私だから」
「クローン? そうか、自分の死後にパーソナルデータを残したんだな。だから……」
俺の言葉に一瞬、目を瞠るキーネ。正体を明かしたところで、理解されるとは思っていなかっただけに驚いたのだろう。
とはいえ、よくある話だ。
ここにいるメザイアとドールも、一つのアストラルが分化して生まれた存在だ。
鬼姫の養女ノイケも神我人の女性体部分が赤子にまで退行させられた際に生まれた別人格なので、そう言う意味では前例がないわけではない。
「そう、私はキーネ・アクアが残したパーソナルデータ。アストラルはオリジナルとリンクしている。でもオリジナルは既に死亡しているから――」
「ああ、なるほど。そういうパターンか」
直接の面識はないが、西南のところにいるDのような存在と言ったところなのだろう。
Dと言うのは、西南が契約した第一世代の皇家の樹〈神武〉と共に封印されていたAIの少女の名だ。
アストラルリンクを利用したクローンは知識や記憶だけでなく経験さえも共有し、オリジナルと寸分違わぬ能力を発揮することが出来る。謂わば『鏡』のような存在だ。だが、彼女の場合は既にオリジナルが死亡しているとの話なので、記憶や経験の共有は随分と前に途絶えているはず。となれば、彼女自身がオリジナル。いや、オリジナルに限りなく近い別人格になっていると言っていいだろう。
そのことに気付いているからこそ、彼女も言葉の節々で元になった人物と、現在の自分を区別しているのだと察することが出来る。
「ちなみにフォトンには三人の奥さんがいて、そこにいる彼女も――」
「そんなことより、いつまでその格好でいるつもりですか!?」
話を遮るように割って入るラシャラ女皇。
昔の話を聞かれたくないのだと言うことは、その態度から察することが出来た。
一方で、ようやく自分の格好に気付くキーネ。
「服、着た方がいい?」
それを俺に聞かれても困るんだが……。
◆
「まあ、こんなもんかな」
壁に映った自分の姿を見て、満足げに頷くキーネ。
周囲の視線が痛かったこともあり、キーネには当然服を着てもらった。
「どう? 似合っているかしら?」
七分袖のシャツに膝下までのパンツと、カジュアルな動きやすさを重視した格好だ。
鼻筋の通った均整の取れた顔立ち、腰元まで届く艶やかな髪、陶器のように白い肌。そしてモデル顔負けのプロモーション。
頭に『超』の文字が付くほどの美人であることは間違いないが、この手の美人に共通した残念さ≠彼女からは感じる。
「なによ、その微妙な顔は……」
「いや、似合ってると思うよ?」
「そう? なんとなく腑に落ちない感想だけど……まあいいわ」
納得の行っていない様子だが、思いの外あっさりと引き下がるキーネ。
そして、
「あらためて名乗らせてもらうわ。キーネ・アクアよ」
そう名乗ってきたので、俺たちも名乗りを返す。
「正木太老だ」
「……ドール」
「メザイア・フランよ。メザイアと呼んで頂戴」
「マリア・ナナダンです!」
「タロウとドール。それにメザイアとマリアね。うん、覚えたわ」
指を折りながら、一人一人名前を確認するキーネ。
そうして自己紹介を終えるとキーネは、
「ここに連れてきたってことは、彼がそうなのね?」
「はい」
女皇にそう確認を取る。
恐らくは銀河結界炉に関することだと思うが、要領を得ない。
女皇からは、ここに『俺の求める答えがある』としか聞いてないからな。
銀河結界炉が亜法の根幹を為すシステムだというのはわかったが、説明が漠然とし過ぎていて全容が掴めないというのが正直な感想だ。
「いい加減、説明してもらえるか?」
「そうね。私には、すべてを話す義務≠ニ責任≠ェある。でも、その前に――」
俺が説明を求めると、キーネはそう口にして言葉を溜め、
「あなたが資格≠得るに相応しい人物か、試させてもらうわ」
◆
資格がどうのとキーネが口にした瞬間、周囲の景色が変わり――
「……ここは一体?」
何処とも知れない森の中に、俺はひとり佇んでいた。
ドールやメザイア。先程まで一緒にいたマリアの姿も見当たらない。
幻覚を見せられているのかとも思ったが、何かが違う気がする。
妙な懐かしさを覚える、この感覚――
「まさか」
俺は草木を掻き分け、走る。
見覚えのある景色。懐かしい匂い。徐々に蘇る記憶。
ここは、この世界は――
「……帰ってきたのか?」
森を抜け、周囲を一望できる場所を見つけると、俺は眼下に広がる景色に目を向ける。
そこには――
「正木の村」
俺が生まれ育った村の景色が広がっていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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