「パパチャ様、よかったんですか? あの人たちにアレ≠譲って」
そう話すポチ三号の視線の先には、王城の地下で発見された一隻の白い船があった。
先史文明の遺産、銀河帝国の叡智の結晶。ラシャラ女皇の船だ。
「構わん。ブレインクリスタルがなければ、あんなものただの置物に過ぎん」
女皇の船に残されているブレインクリスタルのエネルギーは残り僅か。大気圏の脱出は疎か、満足に船を動かすこともままならない状態だ。
それに皇族の船とは言っても、マジンと比べれば特出した性能を有しているわけではない。
パパチャからすれば、スペアの船が一隻手に入る程度の価値しかなかった。
だから権利を主張しなかったのだ。それに――
(大体、あの手の連中に関わると碌なことはないからな……)
貴族の礼装の上に白衣を纏った男が、女皇の船を狂気に満ちた表情でペタペタと弄り倒していた。
男の名は、ガルシア・メスト。百年に一人の天才と噂の技術者だ。
所謂、マッドサイエンティスト。自身の研究のためなら、どんな汚いことでも平然とやってのける狂人。
ガルシアが宰相に協力しているのは、研究のため――マジンをも超える究極の兵器≠生み出すことこそ、彼の願いだった。
そんな男から船を取り上げれば、どういう反応を見せるかなど考えるまでもない。
出来るだけ、ああいった輩の相手はしたくないと言うのがパパチャの本音だった。
「まあ、負けちゃいましたしね。そのことを考えると、交渉で強くはでれませんよね」
「ぐっ……」
ポチ三号の胸を刺す遠慮のない言葉に、顔をしかめるパパチャ。
誰の目から見ても完全な敗北。回収されたマジンは、いまも無残な姿を晒している。
しかし勝算はあったのだ。まさか、マジンが敗れるなどと想像も出来るはずがない。
幾ら全盛期には及ばない不完全な状態とはいえ、この時代の聖機神程度なら圧倒するほどの力がマジンにはあった。
だと言うのに――
「一体なんなのだ。あの聖機神は……」
操縦技術で劣っていたなどと、パパチャは思っていない。敗因は機体の性能差にあると考えていた。
しかし、マジンを圧倒する性能を持った聖機神が存在するなど、いまでも信じられない。
少なくとも、この世界の技術力で作れるようなものではないと感じていた。
正木太老が異世界人であることはもはや疑いようはないが、仮に異世界の技術が使われているとしても、あの機体の性能は異常だった。
特に黄金の聖機神が最後に使った光輝く盾。どれほどのエネルギーを用いれば、あんなものが作り出せるというのか?
少なくとも聖機神に搭載できる程度のブレインクリスタルでは、到底賄えるエネルギーではないと断言できる。
「まあ、いい。アレ≠ウえ手に入ってしまえば、恐れるものなど何もないのだからな!」
そう言って、パパチャは高笑いを上げる。
確かにパパチャの言うようにアレ≠手に入れれば、十分に状況を覆すことは可能だ。
黄金の聖機神に対抗することも可能だろう。その点をポチ三号も否定するつもりはなかった。
しかし、
「でも、封印はどうやって解くんですか?」
ポチ三号の疑問は当然だった。
聖域周辺の空間は時間が凍結していて、外部からの干渉を一切受け付けない。
例え、マジンの攻撃と言えど、力ずくで突破することは不可能。
これまで女皇を口説き落とすと言った遠回しな方法を取ってきたのは、彼女しか聖域に施された封印を解くことが出来ないからだ。
「既に手は打ってある。外から封印を解けないのあれば、なかに送り込めばいいのだ」
ポチ三号の疑問にそう答えると、パパチャは意味ありげな表情でニヤリと笑うのだった。
異世界の伝道師 第293話『キーネ』
作者 193
【Side:太老】
「どうやら先回り出来たみたいだな」
女皇の案内で、俺たちは聖域に展開された結界の手前まできていた。
見上げると、まず目に入ってくるのは結界の中央にそびえ立つ尖塔だ。
その塔を中心に聖域を囲うように空間凍結の結界が施されており、尖塔のある小島へは一本の橋が架かっていた。
「おっきな塔だね! それにキラキラしてる!」
ユライトの世話があるのでネイザイは零式と共に船に残っているが、メザイアとドールは一緒だ。
そして、もう一人。俺の肩の上には、小さなマリアの姿があった。
本当は船に置いてくるつもりだったのだが、どうしても一緒に行きたいと言って、俺から離れようとしなかったためだ。
こんな我が儘を言うような子には見えなかったので少し意外だったが……考えてみれば、まだ六歳なんだよな。
パパチャとの仲は良好とは言えないようだが、母親のことは慕っているみたいだし……ホームシックにかかっても不思議ではない。
そう思って連れてきたのだが、マリアの元気な声を聞き、少し安心した。
こんなことで寂しさを紛らわせることが出来るのなら、連れてきた甲斐は十分にあると考えたからだ。
俺には母親の代わりなんて出来ないしな。出来ることと言えば、一緒にいてやることくらいだ。
出来ることなら両親のもとへ帰してやりたいと思うが、貴族に誘拐されそうになったことを考えると不安が残る。
それに父親はあのパパチャだしな。理想は直接、母親のもとへ送り届けることだが、そう簡単に行くような話でもなかった。
パパチャは銀河帝国の元貴族だった人物だ。
ブレインクリスタルの製法を始め、いまは失伝した銀河帝国時代の技術を数多く秘匿しているとの話だ。
統一国家が幾ら大きくとも、それほどの技術力を持つ帝国と戦争をすれば、お互いに無事では済まない。
借金を多く抱える帝国が現在もこうして一定の勢力を保てているのは、その技術力に支えられている側面が大きいのだろう。
そして女皇の話によると、マリアの母親は恐らく帝都の皇居にいるとの話だが、そこが王都とは比べ物にならないほど警戒が厳重らしい。
以前、女皇が俺の船の接近を察知したように、近付けば姿を消していたとしても捕捉される可能性が高いとの話だ。
強引に突破することも可能だが、出来ることなら余り犠牲はだしたくないからな。
母親に会わせるために帝都に被害をもたらせば、それを知ったマリアはきっと心を痛める。
なら、あとは正規の手順を踏んでマリアを帰国させるしかない。となると、女皇を復権させるのが解決の早道なのだが、クーデターを引き起こした貴族たちは決して認めないだろう。
となると、言ってきかないのであれば、力尽くでどうにかするしかない。まずは、こちらへ向かってきている軍を無力化するのが先だ。
守蛇怪を使えば連中の兵器を無力化することは、そう難しい話ではない。しかし犠牲者をゼロに抑えるのは不可能だ。
だが、
「でも、一人の犠牲もださないで兵器を無力化するって、一体どうするつもりなの?」
当然の疑問を口にするドール。それは俺も思っていたことだ。
女皇の話によると、一人の犠牲もだすことなく軍を無力化する手段が聖域にあるとの話だった。
しかし聖域に向かってきている聖機神の数は凡そ二千。王都に残っている聖機神の数と合わせると三千を超える。
簡単に止められるような数では決してない。
「聖機神を始めとした彼等の兵器には、すべて亜法が用いられています」
聖域にあるのは、亜法の根幹を支えるもの。
それは使い方によっては、亜法を無力化することが可能だと女皇は説明する。
ようするに亜法を停止させてしまい、彼等の兵器を無力化してしまうという話だ。
「あら? それって……」
メザイアも気付いたのだろう。一斉に視線が俺に向けられる。
こちらのラシャラの話ではなく、現代のラシャラの戴冠式の時のことだ。
タチコマより放出されたエネルギー波が、船や聖機人の亜法結界炉を停止させるという事件が起きた。
正確にはタチコマと繋がっている〈MEMOL〉が原因だと判明しているが、どうしてそうなったのかは未だによくわかっていない。
世界を震撼させた青いZZZ。そもそもそんなものを〈MEMOL〉にインストールした記憶は、俺にはなかったからだ。
まあ、記憶にないと言ってところで信じてもらえるわけもなく、皆には散々疑われたりしたのだが――本当に身に覚えがないんだよな。
「そんなことが……」
事件の話をメザイアから聞いて、女皇は納得した様子でしきりに頷く。
何度も言うが冤罪≠セ。しかし、ここで俺じゃないと言ったところで信じてもらえないことはわかりきっていた。
「その話を聞いて確信しました。やはり、私は間違っていなかった。タロウさん、あなたになら託すことが出来ます」
そう言って微笑む女皇を見て、どういうことかと尋ねようとした、その時。
女皇が首から提げた宝石を空にかざすと、聖域の中央にある尖塔から、白い光が立ち上った。
そして――
「これは――転送の光!?」
光の球体に身体が包まれたかと思うと、一瞬にして周囲の景色が変わる。
そうして視界に飛び込んできたのは、白い空間だった。
「この部屋は……」
一切の継ぎ目がない白い壁と床。
左右の壁際には、何かの端末と思しき機械が並んでいる。
まるで宇宙船≠フ制御室を思わせる景色。そして部屋の中央には――
「彼女≠ェ、この世界の鍵。亜法の源にして、根幹を司るもの」
――銀河結界炉≠ナす。
そう話す女皇の視線の先には、一糸纏わぬ姿の女性が宙に浮かび、膝を抱えて眠っていた。
【Side out】
ハヴォニワには地上の街とは別に、先史文明の遺跡を利用して造られた地下都市が存在する。
現在急ピッチで開発が進められているその街の更に地下深くに、正木商会の工房はあった。
素人目には用途のわからない複雑な機械が所狭しと並び、その中央には異様な存在感を放つオベリスクがそびえ立っている。
そう、これこそが太老が双子の天才少女と共に完成させた複合型亜法演算処理装置〈MEMOL〉だ。
タチコマを始めとした商会のありとあらゆるシステムは、この〈MEMOL〉を通してネットワーク制御されている。
「…………」
そんな〈MEMOL〉と真剣な表情で向き合い、軽快なリズムで端末を叩き、画面に意識を集中する幼い女の子の姿があった。
メイドを服を身に纏い、くるりと内側に跳ねた金髪が特徴の少女。彼女が双子の天才少女の片割れ、グレースの姉のシンシアだ。
聖地の事件から一ヶ月半が過ぎようとしているが、未だに太老の消息は掴めていない。
そんななかグレースは太老がマリアたちに配った指輪の反応を頼りに、太老の行方を追っている。
一方でシンシアはと言うと聖地の事件以降、一歩も工房の外にでることなく〈MEMOL〉の端末と向かい合っていた。
「……見つけた」
目的のものを見つけると、シンシアは作業のペースを上げる。
MEMOLには開発に携わったシンシアでさえ、中身を把握できていないブラックボックスが存在する。
最初は技術の漏洩を防ぐため、太老が敢えて重要な部分を読み取れないようにしたのだと考えていた。
しかし、前提そのものが間違っているのだとしたら?
MEMOLの開発に携わっていたからわかる。
いまなら太老の力を借りずとも〈MEMOL〉の量産は可能だと――
グレースと二人なら〈MEMOL〉と寸分劣らないものを、一から造り上げる自信がシンシアにはある。
なら、あのブラックボックスはなんなのか?
そうして思い起こされるのは、シトレイユの戴冠式で起きた事件のことだ。
青いZZZ。あれが〈MEMOL〉の暴走が引き起こした事件だと言うことは、シンシアも知っていた。
しかし、そのような機能を〈MEMOL〉に持たせた記憶はシンシアにはない。グレースも同様だ。
だとするなら、考えられる可能性は一つしかない。〈MEMOL〉のなかにあるブラックボックス化された情報。
そこにあの事件の真相と、太老に関する重要な秘密が隠されているのではないかと、シンシアは考えたのだ。
罪悪感がないかと言えば、嘘になる。
太老が敢えて秘密にしようとしたものを暴くということは、太老の意思に背くと言うことだ。
怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。
しかしそれ以上にシンシアは、このまま太老に会えなくなることの方が怖かった。
だから――
「パパ、ごめんなさい。でも……」
パパに会いたい。そんな思いを込めて、シンシアは最後のボタンを押す。
これで、太老が隠そうとしたもの。あの事件の真相に迫る秘密が明らかになる。
そうすれば、きっと――
「……え?」
そんなシンシアの希望を打ち砕くかのように、展開されていた空間モニターが一斉に消失する。
失敗した? 最後の最後でトラップに引っ掛かった?
予期せぬ事態に困惑するシンシア。
慌てて装置を再起動し、解析を進めていたデータの確認をするが、
「あ……」
解析が終了したはずのデータも、そして〈MEMOL〉のなかにあったブラックボックス化されたデータも綺麗に消滅していた。
唯一の手掛かりが失われたことに気付き、目の前が真っ暗になるシンシア。
その表情が絶望に染まり、力が抜け落ちたかのようにストンと両手が落ちる。
「パパ……」
涙が溢れ、子供のように泣きじゃくるシンシア。
会いたい。パパに会いたい。
そんな少女の嗚咽が工房に響く中、それは起きた。
――あなたが見つけてくれたのね。
オベリスクが白い光を発すると、そこからアメジストの色をした長い髪の女性が姿を現す。
衣服は身に着けておらず、陶器のように白い肌は文字通り透き通っていた。
まるで実体を持たない幽霊のようにふわりと宙を舞い、女性はシンシアの前に着地すると、
「はじめまして、私の名前はキーネ。キーネ・アクアよ」
そう名乗り、微笑みを浮かべるのだった。
……TO BE CONTINUED
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