【Side:太老】

 遂に転送装置が完成した。
 不足していたエネルギーの問題は、皇家の樹の力を借りることで解決した。
 座標の特定も既に終わっているし、レイアを元いた場所へ帰すことは難しくないだろう。
 ただ、一つ問題があるとすれば――

「転送装置は完成したんでしょ? なのに帰れないって、どういうこと?」
「こちらとあちらの世界では、時間軸がリンクしていないんだ」

 清音の問いに、俺は少し困った顔で答える。
 こちらとあちらの世界では時間の進み方が違う。
 恐らく、あちらの世界では既に百年近い歳月が経過していて、ガイアとの戦いにも決着がついているはずだ。
 そのことを話すとレイアの心中を察してか、清音は複雑な表情を浮かべる。

「……どうにもならないの?」

 と尋ねられても無理なものは無理なので、首を横に振るしかない。
 ただ転送するだけならまだしも、時間軸を移動するのは、また別の問題だ。
 技術的に不可能かと問われると無理ではない。俺自身も体験したことだし、再現することは可能だろう。
 ただ、それには世界間転送より更に多くの――それこそ比べ物にならないほど膨大なエネルギーを必要とする。
 第一世代とはいえ、〈船穂〉だけでは賄いきれないほどのエネルギーだ。
 樹のリミッターを外し、力を暴走させれば可能かもしれないが、地上でそんな真似をすれば地球は跡形もなく消滅するだろう。

「そう……」

 そのことを説明すると、肩を落とす清音。
 お姉ちゃんに任せなさい! と啖呵を切った手前、レイアにこのことをどう伝えるべきか迷っているのだろう。
 その時だった。
 ――ガタッ。物音がして振り返ると、そこにはレイアが立っていた。

「……レイアちゃん?」

 清音が呆然とした声で名前を呼ぶと、レイアは背中を向けて走り去る。
 これは話を聞かれていたと思って間違いないだろう。
 そんなレイアを追って、工房を飛び出す清音。

「……仕方ないか」

 清音には話さなかったが、まったく手がないわけじゃない。
 この状況。俺の予想した通りのものなら、少なくともあちらの世界の状況を知る術はある。
 だがそれは俺からすると、出来ることなら最後の最後まで取りたくのない手段でもあった。
 とはいえ――

(このままにはしておけないよな)

 深い溜め息を吐き、俺は二人の後を追うのだった。





異世界の伝道師 第300話『原因と元凶』
作者 193






「早まっちゃダメよ!」
「放してください! 私一人だけ安全な場所で、使命を果たせずに、皆に合わせる顔が――」

 やっぱりこうなったか、と川岸で揉み合う二人を見つけて、俺はまた一つ溜め息を漏らす。
 いま、あちらの世界へ帰れば浦島太郎の状態だ。知り合いも既に亡くなっている可能性が高い。
 ひょっとしたら自身に与えられた使命でさえ、無駄になるかもしれない。そんなことを知れば、ショックも大きいはずだ。
 レイアの気持ちもわからなくはないのだが、だからと言ってそんな真似をしても誰も喜ばないだろう。

「逃げるのか?」

 だから、俺はそう尋ねた。
 何を――と言った顔で、視線を向けてくるレイアに俺は再度尋ねる。

「使命を放り出して逃げるのか? まだガイアを倒せたと決まったわけじゃないのに」

 俺の知っている通りの歴史なら、ガイアを封印することは出来ているはずだ。
 そもそもレイアが与えられた使命は二次的なもので、本命はガイアの封印にあるのだから――
 だが、だからと言ってレイアの行動が無駄になるかというと、そうではない。
 封印ということは、完全に倒したわけではない。ガイアが復活する可能性はまだ残されていると言う訳だ。
 実際ガイアの復活に、俺は立ち会っているしな。

「でもっ……」

 何かを言おうとしたところで、両手で胸を押さえ、その場に蹲るレイア。
 苦しげな呻き声を上げるレイアを見て、清音が心配そうに駆け寄る。

「大丈夫なの?」
「……はい。私に拒否権はないのですね」

 まだ少し苦しそうな表情で、心配する清音に対してそう答えるレイア。
 この反応――なんとなく、そんな予感はしていたのだが、

「ドールやネイザイと同じ、人造人間に組み込まれた命令プログラムか」
「え……」

 ポカンと口を開けて驚いた様子で、俺を見るレイア。
 ユライトとネイザイ。そしてメザイアとドール。彼女たちのアストラルを分離し、それぞれの身体を用意したのは俺だ。
 当然その際にドールたちの身体についても解析を済ませている。
 だからマスターの命令に逆らうことが出来ないプログラムが、彼女たちに仕込まれていることを俺は知っていた。
 与えられた使命を全うしない限りは、レイアに自由はない。自殺も許されないと言うことだ。

「どうして、ネイザイのことを……それにあの子≠フことまで」
「最初から知っていたからな。まあ、そうは言っても理解はし辛いだろう」

 清音には以前話したが、未来からきたと話したところで、俄には信じがたいだろう。
 それに未来からきたという説明だけでは、ドールやネイザイと顔見知りの理由にはならない。
 証拠を見せろと言われても、俺には難しい。
 だから――

「元凶≠ノ話を聞くのが一番だ。なあ、いまも視て≠驍だろ?」

 ――訪希深。
 俺がその名を口にすると視界が暗転し、世界が黒く染まるのだった。


  ◆


「え? ……え?」

 状況についていけず、困惑を隠せない様子で辺りを見渡すレイア。
 森のなかにいたと思ったら、何もない真っ暗な空間に放り込まれたのだ。困惑するのも無理はない。
 現在ここには清音の姿はない。俺とレイア、そして――

「さすがだな。何時から気付いておったのだ?」
「すべての次元、空間、時間に存在する。そう言ったのは、アンタだろ?」

 見上げるとそこには、三頭身ほどの人形のような姿をした少女が浮かんでいた。
 彼女こそ鷲羽や津名魅と並ぶ、三命の頂神の一人。

「え……!?」
「訪希深だ。いや、名も無き女神≠ニ言った方が分かり易いか」
「――女神様ッ!?」

 心底驚いた様子で、悲鳴にも似た声を上げるレイア。
 目の前にいる少女が、お前たちの世界で崇められている創造神だと言われれば、驚くのも当然だ。
 俄には信じがたいことだと言うのは、俺も理解している。しかし――

「戸惑いを隠せぬと言った顔だの。ならば――」

 心せよ。
 訪希深がそう口にして腕を上げると、景色が変わった。
 足下に広がる宇宙。ミニチュアのような星々が周囲に現れ、無限の広がりを見せる。

「気付いたようだな。そこにあるものは、すべて本物≠セと」

 訪希深の一言で背筋を震わせ、身体を強張らせるレイア。
 彼女も理解しているのだ。ここにあるものが、すべて夢や幻などではなく本物≠セと――本能で。
 そして声のした方を確かめるように顔を上げた時、

「ひッ!」

 レイアは小さな悲鳴を上げた。
 そこには視界に収まらないほどの巨体を誇示する大人の訪希深の姿があったからだ。
 この宇宙に、次元に、収まりきらないほどの無限の大きさを持って、訪希深は俺たちを静かに見下ろしていた。
 これが謂わば、訪希深の本来の姿だ。もっとも、これでも随分と力を抑えてはいるのだが――
 彼女が本来の力を発現すれば次元の殻が破れ、この世界は簡単に消滅してしまうからな。

「もういいだろ? 演出に拘るのは勝手だが、普通の人間にその姿は毒≠セ」
「……太老は平気そうではないか」
「慣れじゃないか?」
「慣れるようなものではないのだがな……」

 そう言われても、慣れとしか言いようがない。そもそも他の二柱とも面識があるわけで、俺の場合は耐性が付きやすい環境に身を委ねていたからな。
 まあ、最初から普通に耐性があったような気がしなくもないが、原作知識から事前に心構えが出来ていたからだろうと俺は思っている。
 それに今更『神様だ』と偉ぶられても、普段の姿を知っているだけに敬うと言った気持ちにはなれないのもあるのだろう。
 俺が心の底から感謝しているのは津名魅(砂沙美)だけで、マッドと目の前の駄女神には世話になった以上の厄介ごとと迷惑を押しつけられた思い出しかないからな……。

「……うっ、そんな目で我を見るな。これは、そう! 姉様に頼まれて仕方なく――」

 と口にしながらも、結構ノリノリだったのは明白だ。
 第一、マッドが何も知らなかったとは思わないが、今回の件に関しては訪希深に原因があると俺は考えていた。
 いや、こうして俺の言葉に応じて訪希深が姿を見せた時点で、予想が確信に変わったと言ってもいい。

「これで良いじゃろう?」

 渋々と言った様子で力を抑え、再び少女の姿に戻る訪希深。
 すると周囲の景色も消え、再び何もない無の空間≠ェ姿を見せる。

「まあ、信じられないと思うけど、これでも一応神様≠轤オいから、聞きたいことがあるなら素直に尋ねるといい」
「え、あの……」

 そうは言われても、いざ尋ねるとなると覚悟がいるのか?
 戸惑いを見せるレイアに対し、先に口を開いたのは意外にも訪希深だった。

「ガイアのことなら心配は要らぬ。作戦は上手く行き、現在は人間たちの手によって結界に封印されている」

 レイアが一番気になっているであろうことに、そう答える訪希深。
 心を読んだのか? 状況から察したのかはわからないが、訪希深なりに驚かせたことに対する謝罪のつもりなのだろう。
 いや、あの世界が現在あんなことになっているのは、すべて訪希深に原因があると俺は考えている。
 だから清音はこの場に呼ばなかったのに、あの世界の出身であるレイアだけは残したのだろう。
 訪希深が原因とする根拠は一つだ。

 ――銀河結界炉。

 皇家の樹に匹敵。
 いや、凌駕するようなものを人の手で一から造りだすような真似が出来るとは到底思えない。
 荒廃した地球。滅びた文明。残された古代文明の遺産。あの世界の法則を司る銀河結界炉の存在。
 そこから予想される答えは一つだ。

「銀河結界炉。あれを人間に与えたのは――」

 訪希深は世界に干渉し、調和を乱し、敢えて歪みを作ることでイレギュラーを生みだそうとしていた。そうすることで生まれたのがZ≠セ。
 そのことから、あの世界を管理しているのが訪希深だとすれば、あの世界も訪希深の実験場≠セった可能性が高いと俺は考えたのだ。
 そして訪希深の反応を見るに、その予想は当たっていたことになる。

「そこに気付くか」
「よく言う。最初から、そのつもりで俺たちを過去に飛ばしたくせに……」
「それは違う。試練に介入し、この状況を作ったのは確かに我だが、最初に太老たちを過去に飛ばしたのは別の力だ」
「……は?」

 最初から、すべて訪希深が仕組んだことだと思っていただけに、俺は驚きを隠せなかった。
 てっきり自分の尻拭いを俺にさせるつもりで、過去の世界に送ったのだと考えていたからだ。

「怒られるのが嫌で、言い逃れしているわけじゃないよな?」
「この期に及んで嘘は吐かぬ。そもそも……我をどう言う目で見ておるのだ?」
「嘘は吐かないけど、本当のことも言わないだろ? それに姉二人に頭が上がるとは思えないから……」

 そう俺が口にすると、何も言い返さずに顔を背ける訪希深。その態度からも、まだ何か隠していると見て間違いなかった。
 とはいえ、尋ねたところで素直に答えが返ってくることはないだろう。
 家族同然の付き合いをしているとはいえ、仮にも神球だ。特に訪希深は他の二人と違い、世界を管理するという立場上、厳格なところがある。
 実験の結果、世界に歪みを生じてしまったことに責任を感じてはいるが、自分が介入して事態を解決するのは好ましくないとでも考えているのだろう。
 だから原因を取り除くために、俺たちを過去の世界へ送ったのだと俺は思っていたのだ。

(こういうところは姉妹そっくりだよな)

 マッドも多少のアドバイスや手助けはしてくれるが、出来るだけ当事者たちに問題を委ねようとするところがある。
 そういうところは姉妹よく似ていると思う。まあ、柾木家の家訓にも『自分のケツは自分で拭け』と言うのがあるしな。
 そもそも訪希深が介入して銀河結界炉が誕生したのだとしても、その力をどう使うかはその世界の人間次第だ。
 訪希深に原因があるとしても、人間にもまったく責任がないとは言えないと俺は考えていた。
 だから、この件で俺は訪希深を責めるつもりはない。
 なんの了解も説明もなく、俺たちを巻き込んだことについては文句があるけど……。

「悪いな。なんか、いろいろと……」
「い、いえ……」

 まだ状況を上手く呑み込めないと言った様子のレイアを気遣うように、俺は声を掛ける。
 レイアはあの世界の人間だ。無関係とは言えないが、彼女も被害者の一人に違いない。
 出来ることなら、彼女が抱える問題もどうにかしてやりたいと考えてはいたのだが――

「太老。悪いが、もう余り時間は残されていない」
「やっぱりか。そんな予感は薄々してたんだけど……俺は合格≠オたと思っていいのか?」
「心配はしておらんかったがな。さすが我≠フ太老だ」

 時間がもう余り残されていなかった。
 訪希深は『試練に介入した』と言っていた。
 ならばどういう結果にせよ、役目を終えれば消えるのはわかっていた。
 次元ホールの痕跡を見つけられなかったのも当然だ。
 転移したのではなく、最初から俺はここ≠ノ生まれたのだから――

(銀河結界炉が魎呼の宝玉や〈皇家の樹〉に匹敵する力を持つのなら、可能性としてはありえたことだが……)

 ここにいる俺≠ヘ本体≠ナはなく、銀河結界炉が生み出した正木太老のアストラルコピーだ。
 この世界の俺は消えるが、その記憶と知識は共有される。
 恐らく、この試練とは〈銀河結界炉〉との相性――適性を見るためのものだと俺は考えていた。
 試練に失敗していれば、どうなっていたか? それは訪希深の反応を見れば、大凡のことは察せられる。

「皆にも別れの挨拶をしておきたかったが、そろそろ時間みたいだ」
「お兄さん……」

 まだ上手く事情を呑み込めていないようだが、お別れの時間が迫っていることはレイアも察したのだろう。
 寂しそうな――どこか不安げな表情で、俺の顔を見上げるレイアの頭を優しく撫でてやる。
 そして、

「工房に置いてある転送装置を使えば、元いた研究所に戻れるはずだ。どう使うかはレイアに任せる」

 戻ろうと思えば、元の世界に戻れる。
 でも、きっとレイアはそうしないだろうという予感が俺にはあった。
 彼女に埋め込まれた命令は絶対だ。彼女が人造人間≠ナある以上、その命令に逆らうことは出来ない。
 恐らく、あの転送装置を最初に使うことになるのはレイアの息子――剣士だ。
 だが――

「……これは?」
「御守りだ。きっと役に立つ時がくる。どうしようもなく困ったことが起きたら、それをカニ頭のマッドサイエンティストに渡して頼れ」

 レイアに渡した守り袋には、一枚のデータチップが入っていた。
 正直、余り頼りたくはない相手だが、信頼はしている。
 なんだかんだと一番頼りになることはわかっているからな。
 鷲羽なら、きっとレイアのことも――

「お兄さん!? 身体が――」

 もう声もでない。
 ここにいる俺は役目を終え、消えるのだろう。

『よいのか? 気付いているのだろう?』

 頭の中に訪希深の声が響く。
 そう、俺にはまだレイアに伝えていないことがあった。
 本来、俺はここにいるはずのない存在だ。それは俺が消えれば、皆の記憶の中から俺の存在が消えることを意味する。
 折角、託した守り袋や転送装置も、ひょっとしたら何の役にも立たないかもしれない。
 でも、それを伝えたところで覚えていないのであれば、意味はないだろう。余計に彼女を不安にさせるだけだ。

『大丈夫さ。彼女(レイア)は一人じゃない』

 俺が心配せずとも頼れる仲間が、家族が、レイアにはこれからたくさん出来る。
 だから――

「――ッ!」

 レイアが何を叫んでいるのか、もう俺にはわからなかったが、ただ一つだけ言えることがあった。
 これは最後の別れじゃない。ここから、はじまるのだ。

『また、な』

 俺たちは、またここで再会するのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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