【Side:太老】
「……本当に大丈夫なのか?」
唐突だが、俺がこんなことを尋ねるのには理由があった。
「大丈夫よ。父さんは役所に用事があって街へ行ってるから。信幸くんも出張でしばらく帰ってこないしね。いまがチャンスなのよ!」
「チャンスって……」
話の流れからも察することが出来ると思うが、俺は今、清音に案内されて〈皇家の樹〉がある沼へ向かっていた。
しかし、皇家の樹は契約者とアストラルリンクで繋がっている。樹に何かあれば、勝仁に知られるのは時間の問題だ。
どう考えても後でバレて叱られるパターンだと思わなくもないのだが、清音のすることだしな。言ったところで止まるとは思えない。
とはいえ――
(他に思いつくような手はないしな……)
皇家の樹の力を借りるのが一番手っ取り早いということは俺もわかっている。
戦艦クラスの動力炉なんて、金があったら買えるというものでもないからな。
他に手がない以上、清音の案に乗るしかない。
「着いたわ」
森を抜けると、そこには小さな沼があった。
沼の中央に佇む大きな樹。あれが柾木神社の御神木――皇家の樹〈船穂〉だ。
清音の後を追って沼に足を踏み入れると、光のシャワーが俺たちのことを歓迎するかのように降り注いだ。
その光を通じて、樹の感情や意思のようなものが伝わってくる。
――アイタカッタ。
――オカエリナサイ。
この時代の〈船穂〉と会うのは、これが初めてのはずだ。
なのに、こいつは俺のことを知っている。
そのことに驚き、考えに耽っていると――
「太老くん、あなた……」
清音が困惑と驚きの混じった表情で、俺の名を呼ぶのだった。
異世界の伝道師 第299話『再会と喜び』
作者 193
誤魔化しは許さないと言った表情の清音に詰め寄られ、俺は未来からきたことと樹雷の人間であることを清音に告白した。
まさか〈船穂〉が原因で俺の素性がバレるとは思っていなかったが、天地のこととか肝心なことは伏せたので大丈夫だろう。
清音も黙っていてくれると約束してくれたしな。だ、大丈夫だよな……?
「未来人ね。〈船穂〉がこんな反応を示すってことは、もしかして……」
「ああ、うん。詳しくは話せないけど、正木の人間だから」
「なるほど。やっと合点が行ったわ」
清音の反応を見るに、以前から疑われていたらしい。
そんな気はしていたが、自分で言うのもなんだが怪しいしな。
「何も聞かないのか?」
「うーん。気にならないと言えば嘘になるけど、未来のことを知りたいとは思わないわね」
「……どうして?」
「だって、人生なにがあるかわからないから楽しいんじゃない」
わかってしまうと損した気分になるでしょ?
と言って笑う清音を見て、そういう考え方もあるかと思わず納得する。
同時に、彼女らしい答えだとも思った。
「でも、嬉しい誤算ね。樹の力を借りられるかどうかわからなかったから」
「ちなみにダメだった場合は、どうするつもりだったんだ?」
「祠にある剣≠拝借するつもりだったわ。まあ、ちょっと大変なことになったかもしれないけど……」
清音の話を聞いて、そうならなくてよかったと胸をなで下ろす。
祠に封印されている剣とは、〈船穂〉のマスターキーのことだ。
あれをあそこから持ちだすということは、魎呼を封印から解き放つことを意味する。
下手すると、原作崩壊を引き起こすところだった。
既にいろいろと手後れな気がしなくもないのだが……。
「それで、どう? いけそう?」
「ああ」
さすがは〈船穂〉と言ったところか? 第一世代の〈皇家の樹〉の力は伊達じゃない。
零式でさえ数日の時間を要したと言うのに、必要なエネルギーを取り出すのに半日と掛からなかった。
小型端末に繋がられた丸い装置の中央で、ルビーのような赤い輝きを放つ結晶体。
あれが〈船穂〉より取り出したエネルギーから精製したブレインクリスタルだ。
「凄いエネルギーね。これは、まるで……」
清音の言いたいことはわかる。
そう目の前のブレインクリスタルは、魎呼の宝玉に見た目がよく似ているのだ。
皇家の樹は、津名魅の眷属。魎呼の宝玉は鷲羽が人間に転生する際、頂神の力を封じたものだ。
どちらも元は同じ力から生み出されたもの。似ているのは当然と言えるだろう。
しかし――
「もしかしたらと思っていたけど、剣を見たことがあるのか?」
「一度だけね。まだ小さかった頃、興味があって祠に忍び込んだことがあって」
父さんにこっぴどく叱られたと話す清音を見て、血は争えないなと溜め息を吐く。
もしかしたら天地よりも前に、清音が魎呼の封印を解いていた可能性があるのか。
そう考えると、なんとも不思議な気分だ。
「よし、用事も済んだし帰るか」
「そうね。父さんが帰ってくる前に撤収しましょ」
ブレインクリスタルと機材を回収し、沼から立ち去ろうとした、その時だった。
「そう急がんでも、もう少しゆっくりしていけばよかろう」
後ろから掛けられた声に驚き、ピタリと動きを止める俺と清音。
振り返ると、そこには――
「いろいろと聞きたいこともあるしの」
勝仁がいた。
◆
「酷い目に遭った……」
よろよろとした足取りで清音の家に着くと、俺は靴を脱ぎ捨てて玄関に倒れ込む。
幸い、俺が未来からきたことは隠し通せたが、樹雷の関係者であることは勝仁にバレてしまった。
元より〈船穂〉に接触した時点で、勝仁には素性を知られる可能性は考えていたので仕方がないと割り切る。
「お兄さん!?」
玄関に倒れ込む俺の姿を見つけ、心配した様子で駆け寄ってくるレイアに「大丈夫だから」と返事をする。
そして一緒に出掛けたはずの清音の姿が見当たらないことに気付き、俺に尋ねてくるレイア。
「……清音姉さんは?」
「神社にいる。たぶん、朝まで帰らないと思う」
そう話すと「ああ……」と納得の表情を浮かべるレイア。
俺は巻き込まれただけという扱いだったので軽く事情を話して解放されたが、清音はまだ神社に拘束されていた。
あの様子では、朝まで説教コース確定だろう。信幸も出張中だし、助けてくれる者はいない。
しかしまだこちらの世界にきて一ヶ月と経たないレイアでさえ、これだけで事情を察せられるのだから、この家での清音の扱いがわかるというものだ。
「夕飯、出来てますよ。清音姉さんと比べたら、余り美味しくないと思いますけど……」
「そんなことない。ありがたく頂くよ」
アイリの娘だけあって、清音の料理の腕はプロ顔負けだ。
しかし、そんな清音から手解きを受けているレイアの料理もなかなかのものだった。
特に、この川魚の甘露煮が絶品だ。酒が欲しくなる味というか、俺好みの味に仕上がっている。
懐かしい、ほっとする味だ。柾木家の味は、清音の料理が味の基本になっているという話だしな。
砂沙美やノイケもよくレイアから天地の好みの味なんかを教わっていた。
それを食って育った俺も好みが似るのは当然だろう。
「あの……お兄さん」
「ん?」
料理に舌鼓を打っていると、レイアが箸を置き、俺に声を掛けてきた。
何か話したいことがあるのか、言葉に詰まるレイアを見て、俺は逆に質問を返す。
「ここでの生活には慣れたか?」
「え、はい。皆さん、よくしてくれますし……」
そう話すレイアの言葉に嘘はない。
この村で育った俺が言うのもなんだが、正木の村の人たちは良い人ばかりだ。
村社会故の閉鎖的なところはあるが、一度懐に入ってしまえば、皆が温かく迎えてくれる。
元々、遥照の血を引く子孫が集まって出来た村だし、全員が親戚のようなものだしな。
地球人と比べて、全員が長命なこともある。誰にでも話せることではない秘密を多く抱えているため、団結力が強いのだろう。
しかし――
「不安か? 平穏な日常に身を委ねることが……」
ピクリと肩を震わせるレイアを見て、やっぱりそうかと確信する。
レイアは責任感が強い。元いた世界が滅びようとしているのに、自分だけ安寧とした時を過していて不安を覚えないはずがない。
それにネイザイやドールに、ガイアとの戦いを押しつけてしまったという罪悪感が彼女にはある。
焦る気持ちはわかる。出来ることなら、ガイアとの戦いに自分も駆けつけたいという思いがあるのだろう。
しかし、レイアには別にやることがある。本来は彼女の姉、ネイザイが負うべきだった使命が――
それも、すぐにと言う訳にはいかない。相手の問題もあるが、現在のレイアの歳で子供を作るのは無理があるからだ。
だからこそ余計に不安が募り、気が急くのだろう。
「大丈夫だ。レイアは自分に出来ることから始めればいい」
「……お兄さん?」
レイアの頭を撫でながら、俺はそう話す。
未来のことを話すわけにはいかないが、俺はレイアが信幸と結ばれ、剣士が生まれることを知っている。
それにネイザイやドールだって、いろいろとあったが今は結構楽しそうにやってるしな。
いつか彼女たちと、また会える日がやってくる。だから、その時のためにも――
「こう見えて、宇宙一の天才科学者の弟子だからな。あとのことは俺に任せろ」
少しでも彼女が安心できるように――
俺に出来るのは、転送装置を完成させることだけだった。
【Side out】
「何を聞かれても、太老くんやレイアちゃんのことは話せないわよ?」
「頑固じゃな」
「父さんと母さんの子供ですから」
そう言われては、勝仁もそれ以上なにも言うことは出来なかった。
元より清音を尋問したところで、望むような答えは得られないだろうとわかっていたからだ。
それよりも知りたかったのは、清音が二人の事情をどの程度理解しているのかと言ったことだった。
何も知らないまま協力しているのと、事情を知って力を貸しているのでは大きく意味が違うからだ。
「一つだけ答えてくれぬか。御主たちのやろうとしていることは、村を危険に晒すようなことではないのだな?」
「それは大丈夫。むしろ、その心配があるから話せないのよ。母さんにバレると大変ね」
なるほど、と清音の話に納得する勝仁。
アイリに話せないということは、哲学士が興味を持つような秘密をあの二人が抱えていると言うことだ。
確かにそれは清音が隠そうとするのも頷ける。一番理解しやすい答えだった。
それに――
(あのような反応を〈船穂〉が見せるとはな……)
アストラリンクを伝わって勝仁が〈船穂〉から感じたのは親愛≠フ感情だった。
勝仁の知る限りで〈船穂〉があれほどの感情を顕にしたのは初めてのことだ。
「よかろう。詮索はせぬ。好きにするがよかろう」
「ありがとう! 父さん!」
そう言って抱きついてくる清音の姿に、勝仁はやれやれと言った様子で頬を掻く。
拒絶されず、樹が太老を受け入れたのであれば、これほどの保証は他にない。
それに勝仁の読み通り、太老が樹雷の関係者だとわかっただけでも得るものはあった。
とはいえ――
「じゃあ、そういうことで……」
「待て。詮索はせぬとは言ったが、まだ説教は終わっとらんぞ」
有耶無耶のままに立ち去ろうとする清音の襟首を掴み、再び正座させる勝仁。
「大体、御主は――」
今回の件だけでなく過去の悪行まで話に持ちだされ、こってりと絞られる清音。
結局、太老の読み通り、清音が家路に着いたのは翌朝のことだった。
……TO BE CONTINUED
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