【Side:太老】

 知らない天井だ。
 ――と、お約束の言葉を呟きながら、俺は身体を起こす。
 そして周囲を見渡すと、ベッド以外は何もない無機質な空間が広がっていた。

(なんで、こんなところで寝てるんだっけ?)

 こんな場所でどうして寝ているのか? 状況がさっぱり呑み込めない。
 ラシャラ女皇に案内されて、銀河結界炉のある遺跡に向かったことは覚えているのだが、確かそこで――

「あ」

 そうだ、キーネ。銀河結界炉のシステム管理者を名乗る女に俺は――
 その瞬間、蘇る記憶。懐かしい故郷の風景。清音に拾われ、そしてレイアとの出会いと別れ――
 まるで夢を見ていたかのような感覚に襲われる。

「太老!」

 考えごとをしていると声を掛けられ、振り返るとそこにはドールがいた。
 そして返事をする間もなく、飛び掛かるように俺に抱きついてくるドール。
 一体なにが……いつもと違うドールの姿に、どう反応していいものか迷う。
 そうすること数分。短くも長い静寂を破ったのは、メザイアの声だった。

「あらら……お邪魔だったかしら?」

 入り口に佇み、からかうような声音で、そう尋ねてくるメザイア。
 ドールもようやく我に返った様子で、ハッと顔を上げる。
 そして――

「ち、ちがッ!」
「血? もう最後までやっちゃったの?」
「違う! これは、そういうのじゃ――」

 顔を真っ赤にして否定するドールをからかうメザイア。

(ああ……帰ってきたんだな)

 いつもの光景だ。突然のことで働いていなかった頭も、ようやく回り始める。
 なんとなくではあるが、状況は察することが出来る。俺は意識≠失っていたのだろう。
 恐らく、それは夢≠フ出来事と関係しているに違いない。いや、あれは本当に夢だったのか?
 夢のなかの俺は一つの確信を得ていた。そして、それは俺のなかにもある。

(……確かめる必要があるな)

 その鍵を握っているのは一人しかいない。
 俺は自分のなかにある答えを確かめるべく、キーネのもとへ向かうのだった。





異世界の伝道師 第301話『神子』
作者 193






 で、キーネが待つ部屋へメザイアに案内してもらったのはいいのだが――

「なんで、土下座?」
「ぐっ……これはラシャラが……」
「キーネさん? ちゃんと反省したと仰いましたよね?」
「言いました! 謝ります! 心から反省してますから!」

 地に頭を擦りつけるように、深々と土下座をするキーネの姿があった。
 許してください。反省してます、と何度も何度も言葉を繰り返すキーネ。
 一体、俺が眠っている間に何があったというのか……。

「このように反省しているみたいなので、許しては頂けないでしょうか?」
「ああ、うん」

 しかし、そのことを尋ねる気にはなれず、俺は曖昧に返事をする。
 本気で怒った時のノイケや砂沙美に通じる迫力を、女皇から感じ取ったからだ。
 これに逆らうのは俺にも無理だ。キーネがこうなった理由も、なんとなく察せられなくはない。

「一つ、尋ねたいことがあるんだが……」
「なんでも聞いてください!」

 即反応するキーネ。
 性格が変わりすぎだろうと思いながらも、後ろで女皇に睨まれていては当然かと納得する。
 キーネがあんな真似をした理由には察しがついている。
 なら、俺が聞きたいことは一つだ。

「俺は合格≠オたと思っていいのか?」
「……! ええ、あなたは銀河結界炉≠フ正式なマスターに選ばれました」

 予想通りの答えに「やはりそうか」と俺は呟く。
 キーネが俺に課したのは試練≠セ。銀河結界炉を託すに足る人物かどうか、その適性を見るための試練。
 俺が体験したことは夢ではなく現実。本体と精神の繋がった力場体――アストラルコピーを、最も鮮明に残る記憶の場所へ飛ばしたのだろう。
 考えて見れば、ここは過去の世界だ。最初はタイムスリップしたのかと思っていたが、清音が生きていた時代とリンクしていても不思議な話ではない。実際、俺が飛ばされてからレイアが地球に転移してくるまで二週間の開きがあった。
 この世界と地球の時間はリンクしていない。その時差も常に一定ではなく、地球での一日が異世界では数ヶ月。数年もしくは数十年と変化する。星の配置が召喚に関係しているとの話だったが、恐らくは召喚に必要なエナを集めるのに必要な時間以外にも、次元ホールの安定した時期を条件として組み込んでいるからだと推察できる。
 言ってみれば、浦島太郎のような話だ。案外あれは、異世界から帰還した人間がモデルとなった話なのかもしれない。
 そのことから俺が飛ばされたタイミングとレイアが現れた時期を考えると、数十年から百年程度の誤差があっても不思議ではない。 
 こうしてみると清音やレイアと会えたのは、ただの偶然のように思える。しかし俺は仕組まれた偶然≠ナあると考えていた。
 その理由が――

「合格の条件は二つだな。一つは自力でアストラルコピーの存在に気付くこと、もう一つは――」

 銀河結界炉の起源――名も無き女神の正体を暴くこと。それがキーネの課した試練に合格するための条件。
 しかし、そうなると一つの疑問が浮かび上がる。誰が、こんな条件を設定したのかと言うことだ。
 キーネは銀河結界炉のシステム管理者だと自称したが、恐らく彼女ではない。
 彼女が用意した合格のための条件は、この世界の人間には達成することの出来ないものだ。
 名も無き女神の正体に気付くことが出来るのは、女神の名を知る者のみ。
 ましてやアストラルコピーに気付くことが出来るのは、その手の知識≠持ち、可能性に至れる者に限られる。
 明らかに俺を的に絞ったかのような条件だ。だとするなら、そんな条件を設定できる人物は一人しかいない。

「最初から、俺に丸投げするつもりだったな。あの駄女神……」

 訪希深だ。
 すべての次元、時間に存在すると自称する彼女なら、俺に的を絞って条件を設定することなど造作もない。
 本人は直接関与していないと否定していたが、十中八九、俺が過去の世界≠ヨ飛ばされることを知っていたと考えるのが自然だ。

「少しよろしいですか? もしかして、この件に女神様が……」

 困惑した表情で、そう尋ねてくるラシャラ女皇。
 メザイアも詳しく聞きたいと言った顔で、こちらの様子を見守っていた。
 ドールは興味なさそうな素振りをしているが、それでも気にはなっているのだろう。
 誤魔化すべきか? 正直に答えるべきか? 俺が判断に迫られ、迷っていると――

「関係あるも何もマスター≠ヘ女神様の神子≠諱Bあれ? もしかして知らなかったの?」

 キーネが爆弾を投下するのだった。


  ◆


 今度はキーネに代わり、地に頭を擦りつけて平伏する女皇の姿があった。

「頭を上げて欲しいんだけど……」
「と、とんでもない! 何も知らなかったとはいえ、畏れ多いことを――」

 一国の女皇に土下座をされるなんて、むしろ畏れ多いのはこっちだ。

「これが普通の反応だと思うわよ? 女神の信仰は古代文明の時代からあったという話だし、その神子ともなれば……」

 私も平伏した方がいい?
 と尋ねてくるメザイアに、俺は「やめてくれ」と肩を落とす。

「てか、そんなに驚くほど有名なのか、あの女神は……」
「銀河帝国の黎明期には、既に信仰はあったわね。帝国の国教にも指定されていたはずよ」

 キーネの話によると、女神の信仰は銀河帝国の黎明期には既にあったものらしい。
 実在するかどうかわからない偶像としての神じゃない。銀河結界炉――そして亜法という力が実在するのだ。
 嘗て銀河結界炉を手中に収め、宇宙を支配したという銀河皇帝なら女神について何かを知っていた可能性はある。
 そして目の前の彼女、ラシャラは銀河帝国の元皇女だったという話だしな。この反応も理解できなくはない。
 しかし、

「でも、あの駄女神がなあ……」

 理解することと納得することは別だ。
 それほどの信仰を集めるような対象とは、俺には到底信じられなかった。

「さっきから駄女神って……女神様をそんな風に言えるのは、あなただけよ。絶対に教会には聞かせられないわね」

 メザイアはそう言うが、今更あれを敬えと言われても無理だ。
 津名魅ならまだしも、あの幼女神を敬う気にはなれない。
 そもそも何が神子≠セよ……。明らかに俺へ丸投げする気、満々じゃないか。
 恐らくここはZの生まれた世界のように、訪希深が干渉して歪みが生じた世界の一つなのだろう。

(となると、例の英雄も怪しいな……)

 訪希深の力が世界に影響を及ぼしていたとすれば、反作用体が生まれるのもわからなくはない。
 ずっと感じていた違和感の正体が、これではっきりしたと言う訳だ。
 問題は黄金の聖機人の能力。女皇の言うように俺が反作用体なのかどうかと言う点だが、これは明確に否定も肯定も出来ない。
 こうも状況証拠が出揃えば、俺がなんらかの特異点≠ニなっている可能性は否定できない。
 しかし反作用体と呼べるほどの根拠≠ェないのも事実だ。
 黄金の聖機人は別として、俺自身には何か特別な能力があるわけでもないからだ。

 マジンを生身で倒すような英雄的な力も、ましてや天地やZのような超常の力を持ち合わせているわけでもない。
 前世の記憶を持ち、生まれが少し特殊なだけの一般人≠セからな。俺は……。
 そもそも前世の記憶は曖昧なので、はっきりとしたことは言えないが、反作用体って頂神にとっては毒≠ンたいなものじゃなかったっけ?
 そんな特殊な能力があるなら、鷲羽は勿論のこと訪希深や津名魅が気付かないとは思えないんだが……。
 普通に接して、一緒に暮らしていたしな。その線は薄いだろう。

「ドールは余り驚いてないみたいね」
「太老だから、そのくらいは当然かなって」
「なるほど、一理あるわね」

 そうこう考えごとをしていると、微妙な納得のされ方をしていた。
 一度、ドールとは真面目に話をする必要があるみたいだ。恐らく剣士と同類だと思われているのだろうが、俺をあんな天然チートと一緒にしないで欲しい。
 後から剣術を学び始めたのにあっさりと俺を追い抜くし、料理の腕も砂沙美やノイケに次ぐ程だしな。
 サバイバルの方も知識はともかく技術の方は完全に負けているし、俺が勝っているのってマッドから継承した知識くらいのものだ。
 工学関係――機械弄りは俺の方が得意だったからな。

「とにかく頭を上げてくれ。第一、神子というのもキーネが勝手に言ってるだけで、俺は認めたわけじゃないから」

 説得の末、渋々と言った様子だが、ラシャラ女皇も納得してくれた。
 これというのも、すべて訪希深の所為だ。
 俺にとっては幸運の女神などではなく、疫病神と言ってもいい。

「勝手じゃないわよ? 私はフォトンがオリジナルを鍵≠フ役割から解放するため、女神様と交渉して生まれた存在なんだから――」
「折角、まとまりかけていた話を蒸し返すな……って、ちょっと待て。いま、なんて言った?」
「だから、勝手に言ってるんじゃないって――」
「そこじゃない。オリジナルを解放するために、女神と交渉した。そう言ったのか?」
「ええ。再び利用されないために鍵の役割を私に託して、女神様が条件を設定されたのよ」

 何気に重要な話を、サラリと口にするキーネ。
 これで訪希深がこの件に関与していることは確定したわけだが、もう一つ大きな疑問が浮上した。
 英雄は――フォトンは何処でそのことを知った?
 仮にも神の頂点に立つ高次元の存在だ。話をしたいからと言って、簡単に会えるような存在でもない。
 まあ、名前を呼べば現れそうな気もするが、そもそも名前を知られていないわけだしな。
 だとするなら――

「……女神と交信する方法があるのか?」
「あるわよ」

 俺の疑問に、あっさりとキーネはそう答えるのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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