【Side:太老】

 ――女神と交信する方法がある。
 この世界の人間に銀河結界炉を与えたのが訪希深だとすれば、ありえない話ではない。
 まあ、実際には呼べば現れそうなものだけど、あれでも一応は神様≠轤オいしな。
 となると、祭壇のようなものがあるのだろうか? と、そのことをキーネに尋ねてみると、

「祭壇……とは少し違うけど『天地』と言ってね。女神と交信できると伝えられている岩山があるのよ」
「天地?」

 まさか、ここで『天地』の名を耳にするとは思ってもいなかった。
 偶然か? いや、訪希深が絡んでいるとすれば、ただの偶然とは考え難い。
 銀河結界炉の件だって状況から考えると、俺に押しつけるつもりだったことが窺え知れるしな。
 どこからどこまでが訪希深の思惑で、いつから計画していたのかまではわからないが、一つだけ確かなことがある。
 少なくとも訪希深は、俺や剣士がこの一件に関わることを、断片的な未来を知っていたと言うことだ。

 正直なところ俺は鷲羽や津名魅を始め、訪希深たち『頂神』を彼女たちが言うような全知全能の存在だと思っていない。
 時間を巻き戻したり、死んだ人間を蘇らせたり、神のような力を行使することが出来る彼女たちだが、それでも知らないことはある。その最たる例が天地≠セ。
 すべての次元、空間、時間に存在すると自称する訪希深だが、彼女の未来視だって絶対じゃない。
 彼女が視ている未来は確定された未来≠ナはなく、起こり得る可能性から予測される不確定な未来だ。
 そこにはイレギュラーは含まれない。そうでなければ、天地のような存在を生み出すために試行錯誤を繰り返す必要などないからだ。

(尋ねたところで、素直に教えてはくれないだろうけどな……)

 訪希深の場合、数多の管理神を束ね、時間や次元の調整と管理を担う立場上、姉二人よりも自身の定めたルールに厳格なところがある。
 どれだけ親しげに見えても、ちんちくりんの幼女にしか見えずとも、あれでも一応は世界を管理する神≠フ頂点に立つ存在と言うことだ。
 必要以上に手を貸してくれないという意味では鷲羽もそう変わらないのだが、訪希深の場合は余計に思うところがあるのだろう。
 神様の干渉なんて碌なものじゃないと一番よくわかっているのは、彼女だろうしな。

(その割に、俺には結構絡んでた気がしなくもないけど……)

 今回の件もそうだが、訪希深は何かというと俺に厄介ごとを押しつけてくる。
 鷲羽が育ての親と言うこともあって、家族ぐるみの付き合いをしていることも理由にあるのだろうが――

(まさか、まだあの時のことを根に持ってるんじゃないだろうな……)

 よく『ママ』と呼んで欲しいと冗談半分で迫ってくる鷲羽だが、同じようなことを訪希深に言われたことがある。
 しかし仮に鷲羽が母親だとすれば、訪希深は叔母という扱いになるはずだ。
 そこで、当時まだ五歳の俺は『おばちゃん』と訪希深に向かって言ったことがあるのだが――
 日本神話に登場する天照大神の如く『天岩戸』もとい『次元の狭間』に、訪希深が引き籠もってしまったことがあった。
 その結果、訪希深の管理する世界の至るところで天変地異が起き、時間や空間に管理神ですら調整の追いつかない歪みが発生するという大事件に発展したのだ。
 そのことを知った俺は責任を感じて訪希深を連れ戻そうとしたのだが――

(その結果、どうなったかは記憶が定かではないんだよな……)

 気付けば天地の家で眠っていて、布団のすぐ傍には鷲羽がいた。
 丁度、鷲羽と通信でやり取りをしていた水穂にも凄い心配をされたのを覚えている。
 その後、シャトルで突っ込んできた天女にしっちゃかめっちゃかにされて、散々な目に遭った記憶しか残っていない。
 あれからだ。訪希深のことが苦手になったのは……。
 鷲羽の目を盗んで俺に構ってきては、厄介ごとや面倒を持ち込む毎日だったしな。
 決まって最後はそのことがバレて、俺も一緒に罰を受けるというまでが一連の流れだった。
 そのことを考えると、今回の件も嫌な予感しかしない。姉二人に隠れて、訪希深が何かを企んでいることは間違いないからだ。

(やっぱり、早めに確かめる必要があるな)

 素直に教えてくれるとは思わないが、それでも何もしないよりはマシだろう。
 鷲羽はともかく津名魅――もとい砂沙美を怒らせるのは出来るだけ避けたい。
 本気で怒った砂沙美は、あの鬼姫ですら逆らえない凄みがあるからな。
 そこにノイケも加われば、もはや俺に為す術はない。水穂も味方になってはくれないだろう。
 少なくとも、そうならないためにも訪希深の目的を知っておく必要がある。共犯者扱いされたら、たまらないしな。
 そうと決まれば、善は急げだ。

「早速で悪いが、その場所へ案内を――」

 そこに行けば、何か手掛かりを掴めるかもしれない。
 そう考え、キーネに案内を頼もうとした、その時。

 大きな揺れが建物を襲った。





異世界の伝道師 第302話『パパチャの罠』
作者 193






 建物を激しく揺さぶる振動。地震の揺れとは違う。

「攻撃を受けているのか?」
「まさか! ここには結界が……って、嘘でしょ!? 結界が解かれてる!?」

 俺の疑問に対して一瞬間を置いたかと思えば、困惑した様子でキーネは悲鳴にも似た声を上げる。
 結界というのは、この建物を覆っていた空間凍結の結界のことだろう。
 時間や空間に直接干渉できるような兵器でもない限り、あの結界を破ることは不可能だ。
 そして少なくとも俺の知る限りでは、この世界にそんな兵器は存在しない。
 以前、闘技場で戦ったマジンでさえ、そこまでの力はなかった。
 しかし結界が破られ、外部からの攻撃を受けていることはキーネの様子を見る限り、確かなようだ。
 でも、一体どうやって――

「――マリアちゃんは?」

 ふと、幼いマリアの姿がないことに気付き、俺はその場にいる全員に尋ねる。
 しかし彼女たちも気付いていなかったようで、マリアの姿を捜して辺りを見渡す。

「まさか……キーネさん! いま、マリア皇女はどこに!?」

 何かに気付いた様子で、キーネに確認を取るラシャラ女皇。
 キーネも女皇が何を危惧しているのかを察したのだろう。
 システム管理者の力を使い、すぐさま建物内のスキャンを開始する。
 すると、空間に投影されたモニターには――

 青白い光に包まれ、虚な目で銀河結界炉の前に佇むマリアの姿が映しだされていた。

【Side out】





「フハハハ!」

 雲一つない澄み渡るような青空の下、パパチャの高笑いが響く。
 高度一万メートルの上空より、戦場を俯瞰する巨大な宇宙船。銀河帝国で建造されたパパチャの専用シップだ。
 その船の特等席に座り、太老たちのいる遺跡に向かって一斉に放たれる砲撃を、勝利を確信した表情でパパチャは眺めていた。

「目的のためなら我が子すら平然と利用する外道っぷり。さすがはパパチャ様です」
「なにやら癇に障る言い方だが、この作戦に不満でもあるのか?」

 結界を突破できないのであれば、なかへ送り込めばいい。それがパパチャの考えた作戦だった。
 そのためにマリア皇女を、ラシャラ女皇に近付けさせたのだ。
 段取りは随分と違ってしまったが、結果的には上々と言っていい。
 パパチャの命令£ハりにマリアは行動し、内側から銀河結界炉の機能を一時的に麻痺させることに成功したのだから――

「不満など、とんでもない! でも、いいんですか?」
「何がだ?」
「遺跡が崩れてしまったら、アレも手に入らないのでは?」

 マジンをも圧倒した黄金の聖機神の力は脅威だ。それ故に、不意打ちで太老を生き埋めにするという作戦には納得が出来る。
 最強の聖機師と言えど、生身の人間だ。聖機神に乗っていないところを狙えば、殺すのはそう難しい話ではない。
 しかし同時に、パパチャがラシャラを口説いてまで手に入れようとしていたものを、当然ポチたちは知っていた。
 遺跡が崩れてしまっては、目的のものも手に入らないのでは? と疑問を抱くのは必然だった。

「フンッ! 銀河結界炉のある遺跡の中枢は、クリスタルで覆われているのだぞ? あの程度の攻撃でビクともするものか」

 そんなポチの疑問を、パパチャは鼻で笑う。
 クリスタルとはこの世界特有の物質で、数センチの厚さですら音速の高密度物質の直撃に耐える代物だ。
 外面は古びた石造りの遺跡にしか見えないが、その中枢はクリスタルで覆われた一種の要塞とも言える造りをしていた。
 例え、聖機神の一撃でも傷一つ付かないような物質だ。あの程度の砲撃でどうこうなるはずないとパパチャは余裕の笑みを浮かべる。

「でも、それだと……不意打ちの意味がないのでは?」
「だから、お前たちは浅はかだと言うのだ」

 その程度のことは折り込み済みだと、自信ありげに語るパパチャ。
 目的のものさえ手に入れば、犠牲者が何人でようと問題ではないが――

「連中には、私が味わった数万倍の屈辱と絶望を与えてやらなければ、この怒りは収まらん」

 わなわなと拳を振わせながら、パパチャはモニターに映った遺跡を睨み付ける。
 プライドの高いパパチャのことだ。何を考えているかは想像が付く。
 しかし――

(ああ、また悪い癖が……)

 パパチャのことをよく知るポチたちが、呆れた表情を浮かべるのには理由があった。
 パパチャは決して無能ではない。銀河帝国が繁栄を極めた時代には英雄と謳われ、皇女の婚約者候補に名乗りを挙げたこともある実力者だ。
 しかし彼には悪い癖があった。自身の容姿・実力に絶対の自信を持つ彼は、とにかくプライドが高い。
 富や権力に執着し、宇宙一のハーレムを築くという野望も、自身の偉大さを周囲に知らしめるための自尊心の表れと言っていい。
 だからこそ、プライドを傷つけられることを彼は何よりも嫌う。ぶっちゃけると根に持つタイプだ。
 周囲に呆れられながらもラシャラ女皇に千年もの間、告白を続けたのも自分がフラれるなどありえないという自信があってこそだった。
 本人的には、本気で彼女に嫌われているとは、欠片も思ってはいないだろう。照れ隠しくらいに受け取っている可能性が高い。
 そんなパパチャの性格をよく知るポチたちからすれば、今回のことも何かのフラグ≠ノ思えてならなかったのだ。

「それで、結局どうされるつもりなんですか?」
「簡単なことだ――」

 連中の甘さにつけ込めばいい、そう言ってパパチャは笑みを漏らすのだった。





【Side:太老】

「太老、これって……」

 ドールも気付いたようだ。
 そう、マリアのこの状態。これは――

「……人造人間。そう、そういうことね」

 メザイアも気付いたのだろう。
 青白い光を放つマリアの全身に浮かび上がる紋様。
 それは人造人間に埋め込まれた命令への服従キー。
 レイアだけでなく、ドールやネイザイに埋め込まれていたのと同じものだ。

「やはり……」
「もしかして気付いていたのか?」
「いえ……ですがパパチャ≠ネらやりかねない。そう思ったら……」

 そう話すラシャラ女皇の表情は苦しげだった。
 どこかに予感はあった。しかし考えずにいたのだろう。いや、信じたくはなかったのかもしれない。
 パパチャの娘だと思っていたマリアが、実はドールたちと同じ人造人間だった。
 だとすれば、マリアに植え付けられた記憶も偽り≠ナある可能性が高いと言うことだ。

「太老……」

 ドールに声を掛けられ、我に返る。女皇と同じく、俺も酷い顔をしていたのだろう。
 正直、あのエセ貴族の顔をぶん殴ってやりたいくらい頭にきている。
 この世界の人造人間に代わる技術は俺たちの世界にもあるし、命を弄ぶなと綺麗事を言うつもりはない。
 しかし生まれや過程はどうあれ、自ら生み出したものに対して愛情と責任は持つべきだと俺は考えている。
 道具のように使い、道具のように切り捨てる。
 そんな奴を俺は一人の技術者として、白眉鷲羽の弟子≠ニして認めることは出来なかった。

「迂闊に近付いては危険よ! マスター!」

 キーネの呼び止める声が聞こえる。
 確かに罠である可能性が高いことは俺も理解している。
 しかし、マリアをこのままにしておけるはずもない。
 パパチャには報いを受けさせる。だが、その前に――

「大丈夫だ。俺が絶対に――」

 マリアの小さな手に、俺の指先が触れる。
 その直後――眩い光に視界が覆われ、

「太老――ッ!」

 ドールの叫び声がこだます中、俺とマリアは世界≠ゥら姿を消すのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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