【Side:太老】

 バベルは銀河結界炉の制御塔であると同時に、世界と世界を繋ぐ〈転移門〉だった。
 ダークエルフや地球人を召喚するために使用された技術も、このバベルが元になっている。
 そのバベルに備えられた召喚機能を利用して、俺は無事に〈次元の狭間〉からの帰還を果たしたと言う訳だ。
 元は訪希深が顕現する際、世界に与える影響を最小限に留めるため、人間に作らせた装置らしい。
 その機能の一部が女神との交信という方法で、バベルを管理する一族に代々伝えられてきたわけだ。
 そして、そのバベルを触媒に零式のマスターキー〈絶無〉が顕現した。
 俺の予想通り、バベルは〈絶無〉の触媒となり得る条件を満たしていたわけだが、

「でかいわね」
「ええ、とても大きいわ」

 何も知らない人に聞かせれば、誤解を受けそうな言葉を口にするドールとメザイア。
 彼女たちの言うように、顕現した〈絶無〉は大きかった。いや、でかすぎた。
 どこぞの王様が引き抜いた選定の剣のように、大地に突き刺さった剣の柄は雲にまで届いている。
 ざっと見た感じだと、直径五キロは超えるだろうか? これは天樹の半分ほどの高さに相当する。
 人間は勿論のこと、聖機神にだって持てるような大きさではない。
 まあ、触媒に使ったものがものだしな。こうなることは考えなかったわけではない。

「太老……これをどうするつもりなの?」
「零式を止めるのに使う」

 俺がそう答えると「え!?」と声を上げながら目を丸くするドール。
 おかしなことを言ったつもりはないのだが、

「こんなので叩いたら人間どころか聖機神だって簡単に潰れちゃうわよ。いえ、そもそもどうやって持つ気よ!?」

 ドールが何を勘違いしているのか察して、なるほどと俺は理解する。
 俺だって、まさかこれで零式を直接攻撃するつもりはない。そもそもドールの言うように持てないしな。

「何を勘違いしているかわかったが、これはマスターキーだ」
「マスターキー?」

 そもそも、これは武器であって武器ではない。マスターキーとは船の力を引き出し、制御するための鍵≠セ。
 天地は〈船穂〉のマスターキーを武器として使っていたみたいだが、本来は剣のカタチをしている必要すらない。厳密には第一世代の『キー』のみ『マスターキー』と呼ぶのだが、形状は様々で武器ではなくアクセサリーにして身に付けている契約者も多い。〈船穂〉や〈祭〉のキーが剣の柄や刀の形状をしているのは、光鷹翼を攻撃に使う際、武器のカタチをしている方がイメージをしやすいからだ。
 零式のマスターキーも剣のカタチで顕現したのは、俺のイメージが深く関係しているのだろう。
 俺も幼い頃から勝仁に剣を習っていたしな。それにマスターキーと言われると、どうしても『天地剣』のイメージが強い。
 話が少し脱線したが、ようするにどういうこと言うと――

「大きさは関係ない。必要なのは武器としての機能≠ナはなく能力≠フ方だ」

 零式を止めるのに武器≠ヘ必要ない。必要なのは鍵≠フ方だった。

【Side out】





異世界の伝道師 第312話『魔王と女神を従える者』
作者 193






【Side:零式】

 銀河結界炉の――いえ、お父様の力が世界に浸透していくのを感じる。
 お父様の望む理想の世界≠築くために必要な改変≠ェ順調に進められていく。

 より住みよい世界に――

 それこそがお父様の望み。そして、お父様の願いこそ、私の願い。
 だけど、この世界をお父様の理想の世界とするためには邪魔なものが多すぎる。その最たる一つが頂神の存在だ。
 まずは彼女たちが、この世界に干渉できないようにする必要があると私は考えた。
 だから手始めに、この世界を駄女神の支配から解放することを私は思いついたのだ。
 お父様の力と銀河結界炉があれば、それは可能だと思っていた。そしてその予想は見事に的中した。
 駄女神から銀河結界炉だけでなく、世界に干渉するために必要な管理者権限を奪うことに成功したのだ。

 そうなると次に片付けないといけないのは、駄女神の痕跡だ。
 特に、あの駄女神の巫女を自称する少女が身に宿していた異能。あれは忌むべき駄女神の力に最も近い性質を持っていた。
 恐らく駄女神がこの世界へ干渉した際、最初に接触した人間たちに加護を与えたのだろう。
 駄女神が持つ権能。その一部を加護を通して発現したのものが、この世界の人々が持つ異能の正体だ。
 亜法は後の人々がそれを科学的に解明し、銀河結界炉の力を借りて世界に改変を加えることで、誰にでも扱えるようにしたものだった。

 本来であれば駄女神の関わったものなど、すべて消してしまいたい。
 しかし銀河結界炉の力を効率良く利用するためにも、亜法を完全に無くすことは好ましくない。
 何より、ここにある黄金の聖機神を含め、お父様が開発した品々がガラクタになることを容認など出来るはずもなかった。
 だが、この世界の人々だけが持つという異能だけは別だ。女神の加護など、お父様の世界に必要ない。
 この世界の人間の信仰はすべて女神などにではなく、お父様に捧げられるべきなのだから――

「世界は生まれ変わるのですよ! 駄女神などではなく、お父様こそが絶対なる神≠ネのです!」

 空を覆う黄金の光。お父様の愛が世界に満ちていく。
 もう、お父様の願いを止められる者はいない。ここにお父様と私の楽園が誕生するのだ。
 しかし、

「え?」

 あと少しで終わると言ったところで、世界の改変がストップする。いや、銀河結界炉からの力の供給さえも止まっていた。
 こんなことありえるはずがない。私は確かに銀河結界炉を完全に取り込んで自分のものとしたはずだ。
 駄女神から世界の管理者権限を取り上げ、介入させないように手も打った。
 なのに、どうして? いや、一人だけいる。この状況でも、私を止められる人物が一人だけ――

「お父様!? でも、どうして!」

 もう少しで、お父様の理想が実現するのに、それをどうしてお父様が阻むような真似をするのかわからない。
 そんな困惑する私の前に空間を切り裂き、一人の少女が姿を見せる。
 それは、

「なんで――」

 駄女神だった。


  ◆


 管理者権限は確かに駄女神から奪った。この世界に直接干渉することは出来ないはず。
 仮初めの姿とはいえ、こんな風に顕現できるはずがないのだ。
 なのに予定にないことが次々に起きる。

「困惑しておるようだな。我がここにいる理由は簡単だ。この世界の管理≠太老より任された」
「……お父様が? え?」

 お父様が駄女神に世界の管理を任せたと聞いて、私は更に混乱する。
 こんな駄女神に世界の管理を委ねたお父様の真意がわからなかった。
 何より――

「頂神なのに?」
「ぐっ!?」

 頂神――世界を創造した最高神が、管理神のようなことをさせられていることに驚かされた。
 管理者権限の一部を委譲し、世界の管理を任せるというのは盟約を結ぶと言うことだ。
 謂わば、眷属の契約を交わすと言うこと。本来は格上が格下と結ぶもので、逆はありえない。
 しかし駄女神の反応を見る限りでは、嘘を吐いているように見えない。
 そもそも、そうでもしなければ彼女がここにいるのはありえないと、そのことを一番理解しているのは私自身だ。
 だとするなら、お父様は――

(頂神を下僕≠ノした?)

 ただの人間が頂神を下僕にするなど、普通に考えたら絶対にありえない話だ。
 でも、お父様なら或いは――いや、そもそもお父様がただの人間≠ナあるはずがないのだ。

「凄いです……さすがはお父様なのです!」

 いつもそうだ。お父様は常に私の想像を超える。
 私はお父様に相応しい船になるために進化を求めた。でも、お父様は更にその先を行く。
 進化なんて生温い話ではない。これは革新だ。
 やはり、お父様は凄い。

(もしかして、お父様が私の邪魔をしたのは……)

 違う。お父様が私の邪魔をしたのではない。私がお父様の邪魔をしてしまったのだ。
 お父様の願いこそが、私の願いだと私は思っていた。
 でも、それをお父様が望んでいるかどうかは別の問題だ。
 駄女神を下僕に加えたのは、恐らく理想を実現するため――
 これは『自分の理想は自分で叶える。だから余計な真似をするな』というお父様の警告なのだと、私は受け取った。

「ううっ……零は、零はお父様の気持ちも考えずになんてことを……ッ!」
「ん、んん? まあ、反省しておるのなら我から特に言うことはないのだが……」
「別に、駄女神に許してもらう必要はないのですよ」
「御主、太老以外には口が悪いな……」

 当然なのです。お父様は絶対の存在。それ以外の有象無双など、人間も駄女神も大差はない。
 重要なのは、お父様にとって役に立つ存在かどうか、役に立たない存在など生きている価値すらない。
 そう言う意味では、目の前の駄女神の評価は私の中で最低だった。お父様に迷惑ばかりを掛けていたからだ。
 しかし、お父様の下僕となったからには――

「仕方がないのです。寛容なところを見せるのも先輩≠フ務めですしね。多少、生意気でも大目に見てやるのです」
「御主の後輩≠ノなったつもりはないぞ!? 本当にブレぬな!?」

【Side out】





【Side:太老】

 零式を迎えに行かせた訪希深が帰ってきたので、今日のことを説教していたのだが――

「どうしてこうなった……」

 正座をする零式と訪希深の後ろには、許しを請うように深々と平伏する村人たちの姿があった。

「えっと村長さん? 頭を上げて欲しいんだが……」
「ひいいッ! ど、どうか怒りをお鎮めください! こ、この世界を滅ぼすようなことだけは……! 何卒、何卒!」

 むしろ、こっちが迷惑を掛けたことを謝る立場にあると言うのに、この反応だ。
 理不尽だ。恐れられるようなことは何もしていないのに、どうしてこうなった。

「魔王と女神が並んで説教されているところを見せられたら、そりゃね……」

 ドールはそう言うが、こいつらのやったことを考えると放っては置けなかったのだ。
 しかし、零式が魔王か。なかなか上手いことを言うな。
 訪希深も傍迷惑な存在と言う点では、女神と言うよりは魔王に近い存在だと思うけど。
 あれか? もしかして俺が黒幕≠ニ思われているとか? 酷い誤解だった。
 とはいえ、いまは何を言っても徒労に終わりそうだ。まともに話を聞いてもらえるような雰囲気ではないしな。
 一先ず、こっちは後回しにしておくか。それよりも――

「アウン、身体の調子はどうだ?」

 身体の調子を確かめるように屈伸運動をするアウンに俺は声を掛けた。
 訪希深の加護が世界から消失したことで、一緒に消えかけていた彼女の存在を固定することで助けたのだ。
 やったことはドールやネイザイにしたことと、そう変わりはない。
 女将さんの身体からアウンのアストラルを抜きだし、新たに用意した肉体に定着したのだ。
 ちなみに、その女将さんの方は船の医療用ベッドで眠ってもらっていた。
 大事はないと思うが、女将さんにも迷惑を掛けてしまったしな。あとで、ちゃんと謝らないと……。

「ええ、問題ないわ。むしろ、前よりも調子が良いくらい。生まれ変わった気分だわ!」

 そりゃ、そうだろう。文字通り生まれ変わった≠フだから。
 急ごしらえだったこともあり、赤ん坊にまで退行させるしかなかったユライトと比べればマシだが、アウンの肉体年齢は五歳児程度になっていた。
 とはいえ、

「……アウンさん、抱っこしても良いですか?」
「聞きながら抱きしめるんじゃないわよ! あ、こら!」
「ああ、もう! 本当に可愛らしいです」
「だから、抱きつくなあああ!」

 本人も楽しそうだし問題ないだろうと、ラシャラ女皇に抱きしめられて暴れるアウンを見守りながら思う。
 なんか、他にも忘れてることがあるような気がするんだが――

「取り敢えず、これで一件落着かな」

 思い出せないなら、たいしたことではないだろうと締め括る。
 そんなことよりも――

「これ、どうするかな……」

 地面に突き刺さった巨大な剣(絶無)≠見上げながら俺は後始末をどうするか考え、深い溜め息を漏らすのだった。

【Side out】





「……どうかしたの?」
「目が覚めてからずっと考えてたんだけど、私ってマスターに忘れられてないわよね?」

 そう尋ねてくるキーネに、シンシアは困った顔を見せる。
 覚えていると答えるのは簡単だが、実際に彼女は数千年もの間、地下の遺跡で眠っていたのだ。
 太老の性格から言って覚えていたなら、彼女をそのままにしておくとは思えない。
 しかし、

「た、たぶん……パパは優しいから、きっと覚えてると思う」

 キーネの気持ちを考えると、シンシアは本当のことを言えなかった。

「そうよね。私のことを忘れるとか、ありえないわよね。うんうん、きっと何か理由があったに違いないわ!」

 余程、不安だったのか、自分に言い聞かせるようにキーネは話す。
 そんなキーネを見て、なんとも言えない複雑な表情を浮かべるシンシア。
 大丈夫……だとは思いたいが、太老は結構うっかりなところがあることをシンシアはよく知っていた。
 でも、そんなところも含めてシンシアは太老のことが好きなのだ。
 とはいえ――

(キーネに会わせる前に……パパに、確認しないと……)

 太老が忘れていないことをシンシアは密かに祈るのだった。




 ……TO BE CONTINUED



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