【Side:太老】
「マスターキーの再設定ですか?」
大地に突き刺さった巨大な剣〈絶無〉の処分に困った俺は、マスターキーの再設定もしくは解除が出来ないかどうかを零式に尋ねた。
元の塔に戻した上で、以前のように岩山に見えるようにカモフラージュを施せないかと考えたからだ。
しかし、
「えっと、ご期待に添えなくて申し訳ありませんが、マスターキーの存在そのものがイレギュラーですから……」
わかりません、とションボリした顔で答える零式を見て、俺は頭を掻く。
言われてみれば、確かにその通りだ。本来〈皇家の樹〉ではない〈守蛇怪・零式〉にマスターキーが存在すること自体イレギュラーなことだ。
恐らくは剣のカタチで顕現したことといい、俺のなかにあるイメージが関係しているのだと推察できる。
銀河結界炉を取り込んだ零式の力を効率良く管理・制御するための方法として、マスターキーのカタチが取られたと言うことだ。
「このままでも別に良いのではないか?」
と、投げ遣りな言葉を発したのは訪希深だった。
何をバカな……と思うが、確かにそう言われて見ると特に問題はないような気がしなくもない。
これが〈皇家の樹〉のマスターキーと同じような性質を持っているなら、誰にでも使えるようなものではないからだ。
零式に認められる……は無理だな。となると、マスターキーの機能を一部でも使うには、訪希深のように管理権限を一部委譲するカタチを取るしかない。
(そいや、なんかのアニメか漫画で世界の中心に巨大な剣が突き刺さった話があったな)
そう考えると何も問題ない気がしてきた。
どのみちファンタジーな世界なんだから、バレたところで大地に剣が突き刺さっているくらい大きな問題にはならんだろ。
だがまあ、悪用されないように対策は講じておく必要はあるか。
「ちょっと相談があるんだが……」
そう言って、俺は訪希深と零式の二人に相談を持ち掛けるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第313話『剣のダンジョン』
作者 193
ババルン軍に奪われたガイアの奪還、もしくは破壊を目的にハヴォニワ、シトレイユ、それにシュリフォンの三大国の他、教会の関係者を加えた独立部隊が組織されたのが丁度二週間前のことだった。
カリバーンやマーリンの他にも合計七隻の船が編隊を組み、二十体を超える聖機人を擁した大部隊になっていた。だが、これほどの戦力を持ってしても、ガイアの盾を擁するババルン軍に真っ向勝負を挑むのは危険が大きいという戦力分析がなされていた。教会と結界工房からもたらされた情報を分析した結果、現状の兵器ではガイアの盾にダメージを負わせることは困難との見方が強かったからだ。
そこで各国の代表の間で協議がなされ、浮上した案というのがガイアに対抗する武器を用意するという計画だった。
聖機人の能力の一つである圧縮弾。その力を使って、巨大な岩塊を圧縮することでガイアの盾に対抗する究極の武器を作るという案が計画されたのだ。
そうして、候補に挙げられたのがハヴォニワの片田舎。ユキネの故郷に御神体として奉られている巨大な岩〈天地岩〉だった。
並の聖機師ではガイアの盾に傷を負わせられるほど巨大な岩塊を圧縮することなど出来ないが、教会の伝承に伝わる〈白い聖機人〉を操る男性聖機師の柾木剣士と、黄金の聖機人と対を為す存在と噂される〈銀の聖機人〉を操る女性聖機師のカレン・バルタであれは不可能とは言えない。
元々、正木太老に迫る実力を持つと注目される二人の所属を巡って議論が紛糾した結果、この独立部隊が組織されるに至ったのだ。
ハヴォニワの提案を受け入れ、教会が独立部隊の設立に首を縦に振ったのは、それだけガイアの力を恐れているからだった。
他に良い手がない以上、ババルン軍が再び活動を再開する前に準備を整える必要がある。
そうしてユキネの故郷に足を運んで見れば――
「……のう、マリア。岩山を圧縮してガイアに対抗する剣を作るという話だったと思うのじゃが……」
「ええ、確かにそういう話でしたわね」
「我の見間違いか? 既に剣があるように見えるのじゃが……」
「いえ……私の目にも巨大な剣が映っていますわ」
マリアとラシャラが見上げる先には、天を突くかのような巨大な剣が大地に突き刺さっていた。
「どういうことじゃ!?」
「どういうことですの!?」
思わず叫びながら振り返り、ユキネを睨み付けるラシャラとマリア。
二人の気持ちも言いたいこともわからなくはない。
これを最初に見た時のユキネも同じ気持ちだったのだから――
「昨晩、急に〈天地岩〉が発光したかと思うと、この巨大な剣に変わっていたそうです」
「……岩山が剣に?」
「……そのようなことがあるのか?」
ユキネの説明に、益々意味がわからないと頭を抱えるマリアとラシャラ。
それはそうだろう。一晩で岩山が剣に化けたなど、常識を疑うような話だ。信じられるはずもない。
だが、どんなに叫ぼうとも目を背けようとも、目の前で起きていることがすべてだ。
現実にこうして剣がある以上、何が起きているのかはわからないが現実を受け入れるしかない。
「じゃが、これで武器の問題は解決したのではないか?」
「これだけ巨大な武器なら確かにガイアにも通用しそうですけど、どうやって振り回す気ですか?」
もっともなマリアの指摘に、ラシャラは「うぬぬ」と唸り声を漏らす。
岩山の代わりに剣があった。常識を疑うような話だが、この際そのことには目を瞑るとしよう。
しかし、だ。こんな巨大な剣を振り回せるような聖機人は存在しない。そもそも持つことさえ困難な大きさだ。
ふと、頭を過ぎったのは聖機人で使えるサイズにまで圧縮すると言う方法だが、岩を圧縮するのと剣を圧縮するのでは意味や条件が大きく異なる。
それが可能なのかどうか? もう一度、専門家に相談して検討しなおしてみなければ、わからないようなことだった。
それに目の前の剣が何なのかわかっていない以上、迂闊に手を出すのはリスクが高すぎるというのがマリアやラシャラ――為政者としての考えだ。
「剣士さん、申し訳ないのですが――」
一旦この件は教会と国に報告を上げ、判断を仰いだ上で調査を進める必要があるとマリアは判断した。
そして作戦の中断を指示しようとしたところで、剣士とカレンの姿がないことに気付く。
一緒に船を降りてきたはずなのに、どこにいるのかと二人の姿を捜すと――
「爆発音!」
「な、なんじゃ!? まさか、ババルンの襲撃か!」
突然、響いた爆発音に警戒を強めるマリアとラシャラ。だが慌てる二人とは違い、ユキネの反応は静かだった。
この爆発がババルン軍の襲撃によるものではないと、彼女は気付いていたからだ。
爆発があった場所。それは、大地に突き刺さった剣のすぐ近くだった。
黒煙の中から全身を煤だらけにして姿を見せる剣士。こほこほと咳をする剣士を見て、カレンは心配そうに尋ねる。
「……大丈夫?」
「な、なんとか……ちょっと危ないところだったけど……」
本人も言うように多少の火傷の跡は見られるが、大きな傷を負っている様子はない。
ほっと安堵の息を吐くカレン。しかし剣士は、内心それどころではなかった。気になって剣に近付こうとしたら、突如トラップが作動したのだ。
剣士でさえ、突破は容易ではないと思われるトラップの数々。その上で致死性の高い罠は設置されておらず、あくまで侵入者を追い返すための配置がされていた。だが、恐らく入り口付近に設置された罠は前座だ。鳥居のように多重構造で張り巡らされた結界の先は隔離空間になっていて、段階的にトラップの難易度を上げていく構造になっていると剣士は見立てていた。
これと同じようなものを過去に剣士は体験したことがある。そう、あれは――
(これ、太老兄の仕業じゃ……)
虎の穴だ。しかも過去に剣士がクリアしたものよりも、更に難易度が上がっていた。
正直、入り口付近に仕掛けられたトラップですら、攻略できる者はほとんどいないと思われる難易度だ。
この先に何が隠されているのかはわからないが、太老が絡んでいることは間違いないと剣士は確信するのだった。
◆
「え……本気ですか?」
「本気です。この先にお兄様に繋がる手掛かりがあるのなら、調査をしないという選択肢はありませんから!」
呆然とした顔で剣士が尋ねると、気合いの入ったマリアの声が返ってきた。そんなマリアの言葉に力強く頷くラシャラ。
何も報告しないわけにもいかず、それとなく太老の作ったトラップに癖が似ているようなことを剣士は口にしたのだが、その結果がこれだった。
なんでこうなったと頭を抱える剣士。遂さっきも酷い目に遭ったばかりだ。
巻き込まれる前に逃げるべきだと即座に判断した剣士は「頑張ってください」と声を掛けようとするが、
「剣士さん、よろしくお願いします」
「うむ。太老の弟なら、剣士が適任じゃろうしな!」
マリアとラシャラに先手を打たれて、苦い表情を浮かべる。
出来ることなら、あんな大量のトラップが設置された人外魔境に足を踏み入れたくはない。
しかし、
「観念した方がいいわよ。そもそも剣士くんしか、あの結界を通れないわけだし……」
カレンの言うように巨大な剣の周囲には結界のようなものが敷かれていて、試して見たところ剣士しか通ることが出来なかったのだ。
ユキネに話を聞くと、女神の加護を持つ者にしか、結界を抜けることは出来ないと伝えられていると説明されたのだ。
女神の加護なんて言われても、まったく身に覚えのない剣士は困惑を隠せなかったが、他に誰も通れない以上、調査は剣士がやるしかない。
ここで断ったところで、太老が関係しているとなるとマリアとラシャラは絶対に諦めないだろう。
この二人の説得に成功したとしても、他に太老の帰還を心待ちにしている女性たちが、次々と押し寄せてくる可能性が高い。
(ダメだ。完全に詰んでる……)
断るに断れない状況に立たされていることを理解した剣士は項垂れる。
異世界ものの定番とはいえ、まさかダンジョン攻略をさせられる羽目になるとは、さすがの剣士も思ってはいなかった。
【Side:太老】
我ながら良い仕事をしたと思う。自信作だ。
試して見たところ、塔に戻すことは出来ずとも元の岩山に偽装することは難しくなかった。そこで以前のように訪希深に剣の周囲に結界を張って貰い、結界の内側は空間を歪めることで七つのエリアに分割し、これまでに培った経験や技術の粋を集めたトラップを張り巡らせたのだ。
それに今回はトラップだけではない。異世界ものでは、ありがちなモンスターや階層ボスなんかも配置済みだ。
銀河結界炉の力を使って用意した力場体だが、動きなんかは地球のゲームやアニメを参考に結構リアルに再現してある。
モンスターを倒すと、力場体を構成する核に使用した亜法の結晶体――ブレインクリスタルが残るという設計だ。
倒したモンスターの強さや大きさで、手に入るブレインクリスタルの質も変わる仕組みになっていた。
挑戦者にも多少の旨味はないとな。
「随分と手の込んだことをしておると思ったら、まさかダンジョンを作ってしまうとはな……」
最初は侵入者除けのトラップを設置するだけのつもりだったのだが、やり始めると熱が入ってしまって、こうなっていたのだ。
反省はしている。だが、後悔はしていない。それにダンジョンを造ったのは、ちゃんとした理由がある。
ダンジョンを表にだすことで、その裏に隠されたマスターキーの存在を隠すことが狙いだ。
「だが、折角のダンジョンも挑戦者が現れぬのでは意味はなかろう? 我の結界を突破できる者がいるとは思えぬが……」
「元々は悪用されないための備えだしな。それに加護≠ェあれば、結界は素通りできるんだろ?」
「うん? まあ、確かにそうだが……まさか……」
「しっかりと管理を頑張ってくれ」
最初から訪希深に丸投げするつもりだった。だから自重せずに張り切ることが出来たとも言える。
世界の調整と一緒に、ダンジョンもとい〈絶無〉の管理も訪希深に任せるのがベターだと俺は考えていた。
加護を与えられた人間しか結界を通ることが出来ないなら、ダンジョンに入れる人間も選別できると言うことだ。
これなら悪人に利用される心配もない。上手くダンジョンを使えば、村の発展にも寄与するだろう。
随分と零式が迷惑を掛けてしまったみたいだしな。このくらいは村にもメリットがあって良いと思う。
「ううむ……出来れば、余り世界に干渉するような真似は控えたいのだが……」
「今更だろ? それにずっと面倒を見ろと言っているわけじゃないさ」
――少しは責任を果たせ、と訪希深に言う。
今回の零式のやったことなどを考えると俺も偉そうなことを言えるような立場にはないが、少なくとも責任は感じている。
そのために何が出来るかじゃない。まずは行動を起こすことが大事だと俺は考えていた。
だから、その責任を果たすためにも、
(帰らないとな。俺のいるべき場所へ――)
皆の顔を思い浮かべながら、俺は現代への帰還を決意するのだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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