「なんだか、二人とも表情が硬いわね」
「無理もないわ。あれから、もう七年も経つのだから……」

 そう隠れて話すアンジェラとヴァネッサの視線の先には、窓際の席でテーブルを挟んで向かい合うキャイアとイザベルの姿があった。
 キャイアとヴァネッサがラシャラの買い物が終わるのをデパートのベンチで待っていると、そこにイザベルが現れたのだ。
 丁度良いタイミングで買い物を終えて戻ってきたラシャラたちとばったり会い、一緒に昼食を取るという流れになったのだった。

「ゴールド様がいらしている時点で、イザベル様がご一緒の可能性は予想していたけど、こんな場所で会うなんて偶然よね」
「偶然、ね……」

 デパートに来ることを言いだしたのはラシャラだ。
 最初はキャイアを気分転換に連れ出すための口実かと考えていたのだが、この状況を考えるとただの偶然とは思えない。
 有り体に言うと、ヴァネッサはラシャラの仕込みを疑っていた。
 アンジェラもそのことに気付き、確かめるようにラシャラに尋ねる。

「ラシャラ様……まさか、最初からそのつもりで?」
「ああ、うーん。まあ、そのなんじゃ……」

 言葉を濁してはいるが、その反応からラシャラがキャイアのために、この状況を整えただと言うことはアンジェラにも察することが出来た。
 以前からラシャラがキャイアのことを気に掛けていたのは、アンジェラもよく知っているからだ。
 ゴールドに貸しを作るような真似は、ラシャラの性格を考えれば絶対にしたくはないはずだ。
 それでもイザベルに連絡を取ったということは、キャイアのことをそれほどに心配していたということなのだろう。
 ラシャラの心遣いに感動を覚えるアンジェラだったが、

「買い物に夢中で忘れてらしたんじゃないですか?」
「ぐっ……」

 ヴァネッサの一言で唸るラシャラを見て、我に返る。
 しかし、その件でヴァネッサと一緒になって、ラシャラを非難することは出来なかった。
 キャイアそっちのけで買い物に夢中になっていた自覚は、アンジェラにもあるからだ。

「戻ったらマーヤ様に叱って頂きますので」
「ちょっ、ヴァネッサ! ラシャラ様はキャイア様のためを思って――」
「そうじゃ! 買い物はそのついでで――」

 このままでは自分も巻き込まれると悟ったアンジェラは、ラシャラと一緒になって弁明の声を上げる。
 あくまで買い物はついで≠セと主張するラシャラとアンジェラ。
 だが、訝しげな表情を浮かべるヴァネッサの視線の先には、

「ついで、ですか?」

 持ちきれないほどの荷物が、ベンチに積み重なっていた。
 すべて、ラシャラとアンジェラがバーゲンセールで勝ち取った戦利品だ。

「では、これは必要ありませんね?」

 にべもないヴァネッサの一言に、ラシャラとアンジェラは主従揃って肩を落とすのだった。





異世界の伝道師 第313話『護衛機師』
作者 193






「久し振りね。あれから、もう七年が経つのね」

 紅茶のカップを皿に戻すと、懐かしむようにイザベルはそう話す。
 七年前、ゴールドがシトレイユを出奔したのが、丁度その年だった。
 イザベルもカルメンと共にゴールドに付き添い、シトレイユを出奔したのだ。
 当時、皇妃だけでなくシトレイユを代表する聖機師の二人が出奔したことは大きな騒ぎとなった。
 先代のシトレイユ皇の取りなしがなければ、グウィンデルとの間で戦争が起きていても不思議ではない大事だったのだ。

「懐かしむような話でもないでしょ? あの後、私たちがどれだけ大変な思いをしたか……」

 当時のことは忘れたくても忘れられない。キャイアにとっては苦い思い出の一つだった。
 娘のキャイアとメザイアは当然、イザベルとの関係を疑われ、しばらく軟禁生活を余儀なくされたのだ。
 その時、間に入ってくれたのだが、まだ六歳に満たないラシャラだった。
 だから今も、キャイアはラシャラの護衛機師をしている。
 ラシャラにとっては親の不始末を買って出ただけなのだろうが、それでも恩を感じているからだ。

「まあ、そうよね。恨まれて当然のことをしたとは思っているわ。でもね、私はゴールド様の護衛機師≠ネの」

 その言葉の意味がわからないキャイアではなかった。
 護衛機師は主に付き従うものだ。主の剣となり、主の盾となる存在。常に主の傍にあることを要求される。
 イザベルやカルメンがお咎めを受けていないのは、二人は護衛機師としての職務を全うしただけ。あれはすべてゴールドの独断と、先代のシトレイユ皇とゴールド自身が認めているからだった。
 二人に罪がない以上、娘のキャイアやメザイア。それにカルメンの息子のダグマイアに責任を問うことは出来ないというのが公式見解だ。
 故に、このことでイザベルを責めるのは間違いだということは、同じ護衛機師としてキャイアもよくわかっていた。
 しかし、それでもイザベルが家族よりも仕事を選んだことに変わりはない。理解はしても納得は出来ない。
 幼い頃に受けた心の傷が原因で、キャイアは今も母親に対して複雑な感情を抱いていた。
 ラシャラがゴールドに対して、トラウマのような苦手意識を持っていることと似たようなものだ。

「話はそれだけ? なら、私はラシャラ様の護衛があるから――」

 そう言ってキャイアが席を立ち、逃げるように立ち去ろうとした、その時だった。

「カルメンの息子といろいろ≠ったそうね」

 イザベルの放った一言で、ピタリとキャイアは動きを止める。
 カルメンの息子。それがダグマイアのことを言っているのだというのは、すぐに察せられた。
 そして聖地での一件をイザベルも知っているのだと、キャイアは理解する。
 恐らくはラシャラから事情を聞いたか、ゴールド経由でイザベルに話が伝わったのだろうと考えた。

「あなたがダグ坊に好意を抱いていることは知っていたつもりだけど、もう少し賢い子だと思っていたわ。まさか、ラシャラ様の護衛機師の身でありながら、彼を助けようとするなんてね」

 キャイアの痛いところを突くかのように、まくし立てるイザベル。
 一方的に非難の言葉を浴びせられ、険しい表情を浮かべるキャイア。
 幾ら相手は生みの親とはいえ、ここまで好き勝手言われて黙ってはいられなかった。

「何がわかるの!? 家族を捨てたあなたに――」
「わからないわ。母親と言ったって、所詮は他人。私はキャイアちゃんじゃないもの」

 だが、そんな反論の声を上げるキャイアに、イザベルは冷たい言葉を返す。
 ラシャラからキャイアの話を聞いて心配していたのは確かだが、いまは少し呆れていた。

「でも、一つだけはっきりと言えることがあるわ」

 ここまで自覚≠ェないとは、思っていなかったからだ。

「甘えるのもいい加減になさい」

 はっきりと厳しい口調で、威圧するかのようにイザベルはキャイアを嗜める。
 キャイアがただの一般人なら、こんなことで叱ったりはしない。
 しかし彼女は聖機師だ。しかもラシャラの護衛機師という身分だ。
 聖機師になるのを夢見て、聖地学院へと入学した女生徒たちの多くが、実際には聖機師になれないまま学院を去って行く。
 彼女たちが憧れ、手を伸ばしても届かない――そんな高みにキャイアはいるのだ。
 巡り合わせや運も実力の内だ。才能もあったのだろうが努力もしたのだろう。
 キャイア自身が勝ち取った立場である以上、そのことをイザベルはとやかく言うつもりはない。
 しかし、立場には責任が伴う。大きな力には相応の覚悟が必要だ。

「何も知らない子供の頃なら、それも許された。でも、あなたはラシャラ様の護衛機師なのよ?」
「それは……」
「あなたの迂闊な行動が主の立場を貶める。あなたは考えたことがある? あなたの我儘のためにどれだけ多くの人たちが心を痛め、労力を割いてくれているのか?」

 あなたは本当にそのことを理解しているの? と問われれば、キャイアも何も言えなかった。
 ラシャラに迷惑を掛けている。ラシャラの優しさに甘えているという自覚はあったからだ。

「はっきりと言うわ。護衛機師を――いえ、聖機師を辞めなさい」
「そんなこと出来る訳……」
「出来るわ。聖機人に乗れない聖機師なんて幾らでもいる。あなたの代わり≠ネんて幾らでもいるもの」

 大国シトレイユの女皇の護衛機師だ。なり手は幾らでもいる。本来ならキャイア一人では足りないくらいなのだ。
 これまでにもキャイア以外の護衛機師を推す声はあった。なのに、それを拒み続けてきたのは他ならぬラシャラ自身だ。
 アンジェラやヴァネッサのような腕の立つ従者が傍に控え、マーヤが今も現役を続けているのは、そんなラシャラの我儘を通すためだ。
 キャイアがラシャラの護衛機師を辞めれば、その必要もなくなる。
 腕が立ち、主の命令に逆らったりなどしない従順な聖機師が、ラシャラの護衛機師に推挙されるだろう。
 その方がシトレイユのためだと、心の底からイザベルは思う。

「私だって自分なりに考えて……あれから剣の腕だって磨いて強くなったよ! いまなら、お母様にだって!」

 ――勝てる、と口にしようとしたところで、キャイアは息を呑む。
 イザベルの放つ獣のような気配に、圧倒されたからだ。
 現役時代のフローラに匹敵するとさえ噂されるゴールドの懐刀。
 グウィンデル最強の聖機師。それが、いまのイザベルの肩書きだった。

「前に進むことも後ろに進むことも出来ないまま、ただ状況に流されているだけ……そんなものは強さ≠ニは言えないわ」

 どれだけ剣の腕を磨こうと、心が伴わなければ本当の強さを得たとは言えない。
 キャイアのやっていることは無駄な努力だと、イザベルは切り捨てる。
 悔しげな表情で何も言えずに俯くキャイアを見て、イザベルは深い溜め息を吐くと、

「ついてきなさい」

 席を立ち、そう言ってキャイアに背中を向けた。
 そんなイザベルに「何処に?」と尋ねるキャイア。
 この期に及んでラシャラの護衛があると言い訳するようなら、首根っこを掴んでも連れて行く気で、

「あなたが自分で決められないのなら、私が引導を渡してあげるわ」

 イザベルはそう告げるのだった。


  ◆


「何がどうしてこうなったのですの?」
「う、うむ……我にも何がなんだか……」

 マリアが怪訝な顔で、ラシャラに説明を求めるのは無理もない。
 何の前触れもなくイザベルが連絡を寄越してきたかと思えば、『練兵場を貸して欲しい』と頼まれたのだ。
 直接、会ったことはないが、ゴールドの護衛機師を務めているイザベルの噂はマリアも耳にしていた。
 嫌な予感を覚えて足を運んでみれば、そこには剣呑な雰囲気のイザベルとキャイアの姿があった。
 しかもラシャラと従者の二人も一緒なのだから、何事かと心配するのは当然だった。

「ラシャラ様がイザベル様を焚き付けたみたいで」
「ちょっ! 我は焚き付けてなどおらぬぞ!? ただ、キャイアのことを少し相談しただけで!」

 ヴァネッサの裏切りとも取れる一言に抗議するラシャラ。
 だが、そのやり取りだけで大凡なにがあったかをマリアは察する。
 キャイアとダグマイアの関係を話に聞いた時から、いつかはこうしたことが起きるのではないかと以前から思っていたからだ。

(心配していた通りになりましたわね)

 イザベルは学院に通う女生徒たちが、憧れの聖機師の一人に名前を挙げる人物だ。
 勤勉で、職務に忠実。将来を約束された身でありながら国を捨て、主に付き従った聖機師の鑑≠ニされる人物。
 他人に厳しいだけではなく自分にも厳く、あのゴールドでさえ、頭の上がらない高潔な女性だとマリアはイザベルの話を聞いていた。
 あの余り他人のことを話さないユキネが、イザベルのことを『聖機師の中の聖機師』とまで評したのだ。
 そんな彼女だからこそ、いまのキャイアを見ていられなかったのだろうとマリアは考える。

「準備が出来たみたいですわね」

 動甲冑に乗り込んだキャイアとイザベルが練兵場の中央で対峙する。
 こうなってしまっては、今更止めることなど出来ない。
 仮に、この場にゴールドがいたとしても、いまの二人を止めるのは難しいだろう。
 マリアたちに出来ることと言えば、無事に終わってくれることを女神に祈ることだけだった。





 ……TO BE CONTINUED



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