聖地崩壊から二ヶ月余り。開催二回目となる国際会議へ参加するため、続々と各国の代表がハヴォニワへと集まり始めていた。
 会場に指定されたのは、嘗ての公爵領。現在は太老の領地となり、開発が進められている〈西の都〉だ。
 そこには、いまや日本でもお馴染みの景色が広がっていた。
 ファミレスや二十四時間経営のコンビニ。更にはファーストフード店にスーパーなど、便利な店が建ち並ぶ。
 そして三ヶ月前にオープンしたばかりのデパートには、家族連れや女性客を中心に大勢の人々が詰め寄せていた。
 そのなかに国際会議に参加するため、昨晩街へ到着したばかりのラシャラたちの姿もあった。
 街の女性たちの間で噂となっている『バーゲンセール』なるものを体験するために、デパートに足を運んだのだ。

「ハヴォニワの工房で作られた最高品質の反物が王国金貨三枚じゃと!? アンジェラ、後れを取るでないぞ!」
「はい! ラシャラ様!」

 貴族や平民など、ここでは身分など大した意味を持たない。そこは、まさに戦場だった。
 お目当てのものを手に入れるために、女性たちは苛烈な競争に自ら飛び込んでいく。
 そんななかベンチに腰を下ろし、ぐったりとした様子で天を仰ぐキャイアの姿があった。
 ラシャラの護衛機師という立場から最初は共にセール品の争奪戦に参加していたのだが、早々に力尽きたのだ。
 体力には自信のあるキャイアだったが、女性の買い物に対する執念には敵わなかったらしい。

「水でハンカチを冷やしてきました。どうぞ、これを」
「あ、ありがとうございます」

 ヴァネッサに礼を言って濡れたハンカチを受け取ると、それを額に載せるキャイア。
 ハンカチから伝わってくる心地の良い冷気が、のぼせて熱くなった身体を落ち着かせてくれる。

「先程よりも顔色がよくなったみたいですし、これなら心配は要らなさそうですね」
「……ご迷惑をおかけします」

 本来であれば、護衛機師の自分がラシャラの傍にいないといけないのにという思いもあり、キャイアは申し訳なさそうに頭を下げる。
 しかし、ヴァネッサは「お気になさらないでください」と微笑みながら言葉を返す。
 恐らく人混みに酔ったのだろうと思われるが、慣れていなければ気分が悪くなるのは当然だ。
 ヴァネッサですら、これだけ大勢の人が一つ所に集まる光景は余り目にしたことがない。まさにお祭りのような賑わいだった。
 そんななか血走った目でセール品に群がる女性たちの群れの中に飛び込むなど、ある意味で自殺行為と言っても良い。
 ラシャラとアンジェラはすっかりと馴染んでいる様子だが、ヴァネッサもあのなかに交ざりたいかと言えば首を横に振る光景だった。

(息抜きのつもりでキャイア様をお連れしたのだろうけど……)

 ラシャラがキャイアのことを気に掛けているのは、ヴァネッサも知っていた。
 だから気分転換を兼ねて外へ連れ出したのだろうが、キャイアをそっちのけでセール品に目を奪われていては意味がない。
 アンジェラもアンジェラだ。こういう時、本来は主人を諫めるはずの従者が一緒になって買い物に夢中になっているのだから呆れて言葉もなかった。
 だが、あの状態になったら言ったところで止まらないだろうと言うことはわかっていた。
 ラシャラのことだ。大方、転売で大儲けとかセコいことを考えているのだと想像が付く。
 あとでマーヤ様に叱って頂かないと、とヴァネッサは心の中で呟くのだった。





異世界の伝道師 第321話『異なる視点』
作者 193






 同じ頃、街一番のホテルには到着したばかりのドレス姿のゴールドと、動きやすいパンツルックに身を包んだカレンの姿があった。

「凄い景色ね。太老くんが領地を拝領して二年足らずでしょ? 実際にこの目で確かめなければ、信じられない発展速度だわ」

 窓から見える景色を眺めながら感嘆の息を吐き、そう話すゴールド。
 見上げんばかりの巨大な建物が林立する光景は、さながら摩天楼と言った様だ。
 シトレイユの皇都ですら、これほどの景色はお目に掛かれないだろう。

「例のタチコマ以外にも聖機人を農耕地の開拓や建設作業で使っているそうですから」

 カレンの話を聞き、確かにそれならこの発展速度にも頷けると思う一方で、他の土地では難しい方法だとゴールドは考える。
 聖機師とは特権階級者だ。自分たちを特別な存在だと思っている彼等が、農業や土木作業に従事することを了承するとは思えなかった。
 ましてや聖機人は国防の要だ。領地の開拓に数を割けるほどの聖機人を保有している国は少ない。
 シトレイユほどの大国なら同じようなことが可能かもしれないが、それこそ特権意識の壁が立ち塞がることは目に見えている。
 しかし、

「百年。いえ、三十年後には、ここと同じような光景が大陸の至るところで見られる日がやってくるかもしれないわね」

 ブレインクリスタルの研究が進み、普及が進めば状況は大きく変わるとゴールドは見ていた。
 オリジナルリングや聖機神の亜法結界炉が量産できるようになれば、これまで亜法耐性の低さから聖機師となれなかった者でも聖機人に乗れる日がやってくる。それは聖機師がこれまでのように、特別な存在ではなくなると言うことだ。亜法耐性などの資質よりも、むしろ操縦技術などの技量の方が重視される時代がやってくると予想された。
 ブレインクリスタルがもたらす恩恵はそれだけではない。教会への依存から脱却した国を中心に技術開発が進むことは確実だ。
 なかには聖機人に代わる兵器を、独自に研究・開発する国も出て来るだろう。
 当然、開発競争についていけず取り残される国も出て来るだろうが、それは仕方のないことだとゴールドは考えていた。
 元より、この世に平等などというものは存在しない。現在の世界のパワーバランスも、教会から供与される聖機人の数に依存しているのだ。

 それに有能な聖機師と聖機人の数は軍事力に直結するため、これまでは教会の顔色を窺う必要があった。
 更には寄付という名目の分担金の額に応じて、各国に供与される聖機人の数が定められていたのだ。
 こうして集められた金は、教会の運営以外にも災害への備えや貧しい国の支援に遣われているが、一部の国からは教会が信者を囲い込むために集めた金をばらまいているという厳しい声も上がっていた。実際、教会から手厚い支援を受けている多くの国が、ハヴォニワの提唱する連合構想に異議を唱えている。
 彼等には彼等の言い分があるのだろうが、金銭的な負担を強いられてる大国からすれば、納得の行かない側面があるのは事実だ。
 どれだけ多額の寄付をしようと、感謝されるのはあくまで教会なのだから――
 ましてや国防の要である軍事兵器を外部の組織に依存している時点で、健全な状態とは言えない。
 フローラも以前から、その問題を危惧していたのだろう。だからこそ、教会への依存の脱却。連合構想を提唱したと言う訳だ。
 しかし、

「そう、上手く行きますか?」

 ゴールドやフローラの考えは理解できるが、そう上手くいくものだろうかとカレンは疑問を挟む。
 教会の技術的な優位が崩れたことは確かだが、まだまだ教会に依存している国は多い。
 ガイアによって先史文明が滅ぼされてから数千年もの間、教会は人々の支えとなってきたのだ。
 そもそも教会が技術供与を盾に国力に応じて各国から分担金を集めているのも、限られた資源を平等に分配するためだ。
 ガイアのもたらした破壊によってエナの海は荒廃し、人々が暮らしていくには厳しい環境にあった。
 そのため、物流の確保や輸送、配分などを取り仕切る組織が必要だったのだ。それが教会の前身とも言える組織だ。

 だが、人は慣れる生き物だ。
 そうした記憶は時代の流れと共に薄れ、享受する側の人々は当たり前のことだと受け取るようになってしまった。
 教会の教えに従ってさえいれば、少なくとも飢えることはない。貧しくとも安定した生活を送ることが出来る。
 豊かな国が貧しい国を支えていく。それが当然かのような風潮が生まれ、現在の教会と教会を支持する国々の関係が出来上がった。
 そもそもの話、自分たちの住む国を豊かにしたいと努力してきたフローラと、教会に依存する彼等では根本的な考え方が異なるのだ。
 教会に依存している国の多くは、現状を良くしたいと考えていなければ変革を望んでもいない。
 彼等は現状に不満を持ってなどなく、疑問すら抱いていないのだから当然だ。

 再びガイアの悪夢を起こさせないため、教会にしてもその方が都合が良かったのだろう。
 最も怖いのは人間の欲望だ。人の欲には際限がない。
 豊かな暮らしを一度知れば、貧しい生活には戻れない。もっと良い暮らしをしたいと考えるのが人間だ。
 だが、資源に限りがある以上、皆が贅沢を出来るわけではない。国を豊かにしようとすれば、どこかにしわ寄せが生じるのは必然だ。
 そして、それはいつか破綻する。その結果、待ち受けているのは限られた富の奪い合い――人間同士よる戦争だ。
 だからこそ、教会はハヴォニワの主張を認めることが出来ない。分担金の負担増額をハヴォニワが渋っていることから、『富を独占し、大陸の平穏を脅かしている』と非難の声が上がっているくらいだ。
 そうした考えの人々と分かり合うことは不可能に近いというのが、カレンの見解だった。
 しかし、

「より住みよい世界に」

 ゴールドはカレンの考えを否定するかのように、そんな言葉を口にする。
 それは正木商会が掲げるスローガンだった。
 皆が未来に希望を持てる世界。笑顔で幸せに過ごせる世界。
 そんなものは理想に過ぎない。ただの甘い幻想だと言う者もいるだろう。
 だが、あの太老が本当に出来もしないことを口にするだろうか?
 しかも商会の理念にまで掲げているのだ。
 なら、答えは一つだ。
 太老だからこそ、為せる解決策があるとゴールドは考えていた。

「ようするに富には限りがある。この世界が狭いから、そんな争いが起きるのよ。でも、彼の見ている世界は違う」

 以前から、この世界の人々と太老とでは見ている世界≠ェ違うのだと、ゴールドは感じていた。
 桜花の話を聞いて、それが確信へと変わったのだ。
 太老が見ている世界。それはハヴォニワという国でも、この大陸でも、星でもない。
 宇宙――いや、その先に広がる無数の世界を、彼は視野に収めている。

「……なるほど。初期文明の惑星で暮らす人々と、宇宙で生活する人々の考え方の違いと言うことですか」

 こちらの生活にすっかりと馴染んでしまっているカレンだが、それでも根本的な考え方までは変わっていない。
 数百から数千年の寿命を持つ彼女たちにとって、この世界で過した十年余りなど瞬くほどの時間でしかないからだ。
 そもそも銀河連盟にしても、二万年以上の歳月をかけて開拓が進められた版図は、銀河の三分の二に過ぎないのだ。
 たった一つの銀河で、それだ。他にも無数に銀河は存在するし、宇宙は一つではない。世界が無限に広がっていることを彼等は知っている。
 資源が欲しいなら戦争なんて非効率的なことをするよりも、星の開拓を進めた方が生産的だと言うのが、宇宙に生活の拠点を置く人々の考えだった。
 自分たちにとっては当たり前過ぎて、盲点だったとカレンは思う。
 そう考えれば、確かに太老のやろうとしていることは無茶でもなんでもないからだ。
 しかし、

「どうやって、それを証明するんですか?」
「そこなのよね……」

 恐らく太老も自分にとっては当たり前すぎて、そのあたりの説明が抜け落ちているのだろうとゴールドは考えていた。
 だが、どのみち説明したところで信じてもらえるかどうかは別の問題だ。確たる証拠でもなければ難しいだろう。
 異世界との交易を確約する何かか、惑星をテラフォーミングでもしてみせれば納得するかもしれないが、いますぐどうこう出来る話ではない。
 そうした話を聞き、カレンはゴールドが何を考えているのかを察する。

「……もしかして、私をここに呼んだのって」
「明後日から面倒な会議があるでしょ? その前にカレンちゃん≠ゥら、あっちの世界の話を聞かせてもらおうと思ってね」
「やっぱり……」

 心の底から面倒臭そうに、やる気の無い素振りを見せるカレン。
 カレンの性格を考えれば、素直に力を貸してくれるようなことはないとゴールドも予想していた。

「正木太老が樹雷の皇族もしくはその関係者だってこと、気付いてて黙ってたでしょ?」
「うっ……」
「相談に乗ってくれるわよね?」

 笑顔で尋ねてくるゴールドを前に、カレンは深い溜め息を漏らす。
 こうなることがわかっていたから黙っていたのだ。
 見知らぬ世界に迷い込んで途方に暮れていたところを拾い上げ、仕事と住む場所を与えてくれたゴールドには感謝している。
 だが〈神樹の酒〉に心を奪われたと言うことではないが、カレンは太老にも義理を感じていた。
 そして少なからず剣士のことも、弟のように大切に想っている。
 だから太老の正体を薄々察していながら、ゴールドにも黙っていたのだ。

「そう言えば、イザベルはどうしたんです?」
「……どうして、ここでイザベルの名前がでてくるのかしら?」
「護衛機師として同行してるんですよね? 何度も説明するのは面倒ですから、彼女にも知っておいてもらった方がいいと思って」

 カレンがどういうつもりでイザベルの名前をだしたか察して、ゴールドは苦い顔を浮かべる。
 セバスチャンに続き、欲をかきすぎるなと釘を刺してきたのだ、と――
 何度も言うようだが、決して〈神樹の酒〉に目が眩んで釘を刺しているわけではなかった。

「イザベルなら、ラシャラちゃんのところへ挨拶に行ったわよ」
「え? それって、まさか――」

 何も答えずに肩をすくめるゴールドを見て、カレンはイザベルの目的を察するのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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