「ユキネ、聖機人は大まかに分けて幾つの属性があるか答えてくれますか?」
「火、水、風、土の四属性ですよね?」

 聖機人の属性についてマリアに尋ねられ、ユキネは訝しげな表情を浮かべながら質問に答える。
 マリアは聖機師ではないが、聖機師でなくとも誰でも知っている基本中の基本とも言える内容だったからだ。
 聖機人の色は、この属性によって変化する。
 火の属性を得意とする聖機人は赤に、水の属性を持つ聖機人は青に――
 属性の強弱によって色の濃さが変わったり、複数の属性を持つ場合は混ざったような色合いに変化する。
 ユキネが得意とする亜法の属性は『氷』だ。故に、透き通るような涼しげな青をしていた。

「なるほど。では、光と闇の属性について知っていることを話してくれますか?」
「……教会の伝承にある上位属性のことですね」

 光を纏いし者、世界を救い。闇を纏いし者、世界を滅ぼす。教会の古い文献で言い伝えられている上位属性のことだ。
 現在のところ、この上位属性を持つ者は〈白い聖機人〉を操る剣士しか確認されていないため、水面下で剣士の所属を巡って激しい駆け引きが繰り広げられている。
 現在開催中の国際会議の場でも、剣士の立場を巡る問題は重要な議題として取り扱われていた。
 そんなユキネの説明に満足そうに頷くマリア。そして、

「火、水、風、土。そして光と闇。これが基本の四属性と、二つの上位属性。教会が定めた属性の定義ですわ」

 亜法は世界の理に倣い、自然にある現象を再現する力だ。
 しかし、何事にも例外がある。教会が定義する属性から外れたもの――

「では、黄金、白銀、青銅の三属性とは一体なんなのでしょうね?」 

 マリアの問いにユキネは何も答えられなかった。
 ユキネが無知と言う訳ではない。学院の教師ですら知らないのだ。

「結界工房では、これを〈名も無き女神〉に当て嵌め、神の属性と呼んでいるそうですが……」

 それは言い換えれば、神のみぞ知る。何もわからないと言っているに等しかった。
 青銅については結界工房にそれなりの数の資料が残されていたそうだが、他の二つについては謎のベールに包まれたままだ。
 最後に白銀が確認されたのは、ガイアによって文明が滅ぼされる前の話だ。
 黄金に至っては、それより更に過去へ遡る。
 当時の資料がほとんど現存していない状況では、推測に推測を重ねた曖昧な答えしか出て来ない。
 こればかりは、はっきりと答えられないのも仕方がないとマリアも考えていた。
 だが、

「ワウアンリー。あなたの意見を聞かせてくれますか?」

 資料などに頼らずとも、答えに近付く方法はある。
 少女とは思えない艶やかな笑みを浮かべ、マリアは呆然と立ち尽くすワウアンリーにそう尋ねるのだった。





異世界の伝道師 第327話『五色の属性』
作者 193






「急に商会の工房を訪ねてきて何事かと思ったら、ナウア様から説明はお聞きにならなかったんですか?」

 訝しげな視線を向けながら、マリアにそう尋ねるワウアンリー。
 ナウアが教会のアドバイザーとして、この街へやってくることをワウアンリーは事前に聞かされていた。
 ガイアを止めるための手段が結界工房にあること。それをマリアに託したいという相談を受けていたからだ。
 そのことを事前にマリアへ伝えなかったのは、ナウアから口止めされていたと言うよりは、嘗ての恩師と古巣に対する義理のようなものだった。
 それに自分が先に説明をして、変な先入観をマリアに与えたくないという考えもあったからだ。
 ここにきたからには、ナウアから説明を受けたのだろうとワウアンリーは察する。
 なのに、どうして今更そんなことを尋ねてくるのかと言った疑問が頭を過ぎる。

「聞きましたよ? ですが、あなたの意見も聞いておきたくて」
「……私の?」
「一番答え≠ノ近い位置にいるのは、ワウアンリー。あなただと、私は思っていますから」

 思いもしなかったことをマリアに言われ、目を丸くするワウアンリー。
 蒸気動力や火薬と言った前時代的な技術に拘る彼女は、結界工房の技術者の中でも異端な存在として扱われていた。
 高地出身と言うこともあるのだろうが、発想そのものがエナの海で生活する人々とは懸け離れているからだ。
 ワウアンリーがナウアのもとを去り、結界工房を飛び出したのも、実のところそうした閉鎖的な空気に馴染めなかったと言った部分が大きかった。

 だからこそ、こうして自分に意見を求めてくるマリアに驚いたのだ。
 そもそもナウアの考えは、結界工房の公式見解と言ってもいい。
 技術力が優れているだけでなく、先史文明を含めた過去の歴史についても最も多くの資料を秘蔵し、詳細を把握している組織だ。
 その組織の言葉を疑い、一介の技術者に意見を求めるなど、普通なら考えられない話だった。

「どうして、私なんですか?」
「簡単な話ですわ。あなたは、お兄様の弟子≠ナもあるのですから」

 ワウアンリーに技術者としての基礎を叩き込んだのはナウアだが、現在の彼女があるのは太老のお陰と言ってもいい。
 実際、いまのワウアンリーはタチコマやフェンリルの開発に携わった経験を活かし、まったく新しい独自の聖機人を開発するまでに成長していた。
 元々は太老の力に耐えられる聖機人を開発しようと始めた計画だったのだが、現在その試作機は剣士とカレンの専用機となっている。
 太老の活躍に隠れて目立たないだけで、ワウアンリーも革新的と言える技術をたくさん生み出しているのだ。
 その功績が認められ、現在は正木商会が保有する工房≠フ統括責任者に任じられていた。
 謂わば、現在のワウアンリーは正木商会の中核を占める幹部の一人。
 工房のナンバー2の座に就いていると言うことだ。太老の直弟子と言っても間違いではない。

「……わかりました。そうまで言われては、弟子として師匠に恥を掻かせるわけにはいきませんから」

 太老の名前をだされては真面目に答えるしかないと、ワウアンリーは観念した様子で両手を挙げる。
 自分からそう名乗ったことは無いが、太老の弟子のようなものだというのはワウアンリー自身も認めていることだった。
 実際、太老に感謝もしているし、尊敬もしている。太老の弟子と呼ばれて、悪い気はしない程度にここでの生活が気に入っているのだ。
 それに、少なくとも常識に凝り固まった結界工房の技術者よりは、いまの自分の方が上だという自負がワウアンリーにはあった。
 自分が一番優れているなどと言うつもりはない。だが一部においては、いまの自分はナウアすら凌駕する知識と技術力があるとワウアンリーは自信を持っていた。
 正木商会で過した二年近くの歳月は、結界工房で学んだ百年近くに及ぶ時間よりも、ずっと濃密なものだと感じているからだ。

「マリア様が仰っていた考え方が、現在の主流≠ネのは確かです」

 ユキネとのやり取りを聞いていて思ったが、よく勉強していると感心した様子でマリアを褒めるワウアンリー。
 実際、マリアが口にした説明が、教会や結界工房で広まっている主流の考えなのだ。
 しかし、

「私の考えは、違いますけど」

 ワウアンリーは否定する。
 すべてが間違っているとは言わないが、ナウアの話や学院で教えている内容は正確ではない≠ニワウアンリーは考えていた。
 はっきりと、そのことが理解できるようになったのは、太老のもとで聖機人の開発に携わるようになってからだ。
 ずっと常識とされてきた考えた方が間違っていると指摘されたところで、今更その考えを改めるのは難しい。
 固定観念がないからこそ、あれほど太老の発想は自由なのだろうと考えさせられる。
 そこが正木商会と、現在の結界工房の間にある明確な差なのだと、ワウアンリーは捉えていた。
 だからこそ、自身の考えが一般的ではないと自覚しつつ、マリアが語った聖機人の属性に関する説明をワウアンリーは訂正する。

「私は大まかに分けて、五色の属性に分けられると考えています」

 火、水、風、土。そこに加えて、光と闇。これで六属性だ。
 黄金、白銀、青銅の三つを加えれば、九つになる。
 だが、ワウアンリーの考えは教会や結界工房の見解とは大きく異なっていた。

「光や闇の属性って、教会が言うほど特別なものでもないんですよね。例えば――」

 チラリとマリアからユキネに視線を移すと、ワウアンリーは尋ねる。

「氷には、闇の属性が含まれてるって知ってる?」
「え?」

 突然、ワウアンリーに話を振られ、困惑するユキネ。
 聖地学院でも、そんな話は一度として教わったことがないからだ。
 ユキネの認識では、氷は水の属性に含まれるというのが常識だった。
 しかし、ワウアンリーはその常識が間違っていると指摘する。

「聖機人の属性は単一で存在しているのではなく、すべて混ざってるんです」

 同じ水の属性でも回復亜法に特化したものや、ユキネのように氷の属性を得意とするものまで様々だ。
 その違いはプラスとマイナス。光と闇のどちらの属性に傾いているかによって、亜法の効果や性質が変化するのだと、ワウアンリーは説明する。

「教会は『四大属性』なんて呼んでますけど大きく分けるなら、すべて光と闇の属性に分類されるってことです」

 そもそも四つの属性に分類されるなら、属性付与のクリスタルで後天的に属性を変えられるのは説明がつかない。
 聖機人の属性とは、白いキャンバスに色を足すようなものだとワウアンリーは考えていた。
 それでも敢えて分類するなら、聖機師が持つ属性とは大きく分けて二つに分けられると考えられる。
 白と黒。どんな人間でも持っている二つの相反する精神。正と負の感情だ。
 例えば、ダークエルフに風の属性を得意とする者が多いのは、種族的な特性の他に環境による要因が大きいとワウアンリーは話す。
 それは、聖機師の才能とは女神より与えられた祝福だとする教会の考えを、真っ向から否定する主張だった。
 だが、言われて見れば思い当たることはあるのだ。
 聖機人の属性は、聖機師の性格や好みに結び付く点が多く見受けられるからだ。

「ワウアンリーが公の場で、自分の考えを主張しない理由がわかりますわね……」
「はい。このような話をすれば、異端と言われても仕方がありませんから……」

 マリアとユキネが言うように、ワウアンリーも自分の考え方が他と違うと言うことは自覚していた。
 だから結界工房に戻ることよりも、正木商会で研究に携わりながら働く道を選んだのだ。
 元より、マリアやユキネが相手だから正直に自分の考えを述べただけで、これを公の場で発表する気はなかった。
 新型の聖機人にもこの発想を元にした技術が用いられているのだが、いまの結界工房では再現することは疎か、解析することも難しいだろうとワウアンリーは考えていた。
 正木商会が求める人材とは、有能な聖機師でも優秀な技術者でもない。常識に囚われない柔軟な思考と自由な発想力を持つ人材だった。
 ワウアンリーには、その資質があったと言うことだ。

「では、剣士さんはどうなのですか?」
「良くも悪くも純粋≠チてことだと思いますよ。例えるなら、コロみたいに」

 ワウアンリーの説明に、なるほどと納得した様子で頷くマリア。
 剣士を見ていると、どこか動物染みているとは感じる時があるのだ。だが、それは悪い意味ではなく、子供のように純粋という意味でだった。
 男性聖機師とは思えないほどに親しみやすく、コロのように可愛いと女性聖機師の受けもいい。
 白い聖機人の聖機師と言うことも理由にあるのだろうが、剣士のもとにはラブレターやプレゼントが正木商会を経由して大量に送られてきていた。
 太老の場合はマリアとラシャラが防波堤になっていたと言うのもあるが、高嶺の花過ぎて手が届かないというイメージが定着していたのだろう。
 その点で言えば、剣士の方がまだ望みがあると考えている女性聖機師が多いと言うことだ。

「話をまとめると、聖機人の属性は光と闇――いえ、白と黒の二色に大別できると言うことですか」
「はい。その二つに相対する属性があるとすれば、それは反亜法――〈青銅〉だと思っています」

 白と黒。その反対に位置するのが〈青銅〉――反亜法を宿した聖機人だと、ワウアンリーはマリアの疑問に答える。

「ですが、黄金と白銀に関しては、その三つとは違う。亜法というルールの外側にある存在だと、私は考えてます」
「……ルールの外ですか?」
「はい。あれ、厳密には亜法と別の力が働いているんですよね」

 基本的に聖機人とは、エナの力で動くものだ。
 それは反亜法を利用している〈青銅〉の聖機人も例外ではない。
 エナの海の中、亜法というルールの枠の中でのみ、聖機人は本来の力を発揮できると言う訳だ。
 しかし〈黄金〉と〈白銀〉は亜法とは別の力で動いていると、ワウアンリーは持論を展開する。

「どうやっても〈黄金の聖機人〉が出しているような出力は、従来の亜法結界炉じゃ得られないんですよね。フェンリルでも無理。聖機神の結界炉を使っても不可能だと思います。特に闘技場を消滅させた光とか、仮に聖機神の結界炉を暴走させても、あれほどのエネルギーは絞り出せないと〈MEMOL〉の計算でも結果がでていますから」
「え? でも、お兄様は確かに……」

 ワウアンリーは無理だと言うが、実際に太老は大勢の人々が見ている前で闘技場を消滅させているのだ。
 なら、あれは一体どういうことなのかと、マリアが疑問を挟むのは当然だった。
 だが、確かに言われてみれば、他にも不可思議な点が幾つもある。
 例えば、競武大会。モルガとの対戦のなかで太老が見せた力など、その最たる例だ。
 少なくとも動甲冑にあんな力があるなんて話を、マリアは聞いたことがない。
 動甲冑はあくまで訓練用の装備だ。大気中のエナを圧縮するどころか、本来は圧縮弾を作り出すような能力そのものがなかった。
 しかし、実際に太老は大気中のエナを圧縮することで巨大な花火を打ち上げ、モルガに勝利している。
 しかも動甲冑にエナを供給している亜法結界炉をオーバーロードさせ、その余波で聖地の機能を一時的に麻痺させるというオマケ付きでだ。

「これ、見てもらえますか?」

 そう言って端末を操作すると、ワウアンリーは聖地での戦闘記録をモニターに映し出す。
 そこには、ババルン軍の旗艦バベルより脱出した白銀の聖機人が眩い光を放つ姿が映し出されていた。
 マリアも事件後に何度か確認をした映像だ。
 一見すると何もおかしなところはないように思えるが――

「バベルはこの時、喫水外にまで高度を取っていたはずなんですよね。だけど……」

 ワウアンリーが何を言わんとしているのかを察して、マリアとユキネは目を瞠る。
 バベルは船底からエナを吸収することで、普通の船では取れないような高度まで上昇することが出来る。
 実際その機能を使って高地を越え、聖地に奇襲を仕掛けた訳だ。
 カレンがバベルに潜入した直後、剣士とモルガの聖機人を近付けないためにバベルは喫水外にまで高度を上げていた。
 聖機人は、エナの海の中でなければ動かない。コクーンを起動できるはずがないのだ。だが、カレンは聖機人を奪ってバベルを脱出した。

「そこから考えられるのは、この二つの聖機人はエナに依存することなく、別のエネルギーの供給を受けて動いていると言うことです」

 聖機人の開発や整備に携わる聖機工が耳にすれば、何をバカなと一笑するような話だ。
 ワウアンリー自身、何度も検証を重ねてそういう結論に行き着くまでは、自分の立てた推論を信じられなかったくらいなのだ。
 だが、エナとは異なる未知のエネルギーの供給を受けていると考えれば、すべてのことに説明がつく。
 何よりワウアンリーは、その答えに最も近いものを知っていた。
 いや、マリアやユキネも知っているはずだと、ワウアンリーは話す。

「女神の加護?」

 ふと何かに気付いた様子で、マリアはポツリとそう呟く。
 白銀の聖機人は女神の加護を宿す者の証だと、ナウアは言っていた。
 ワウアンリーが言っている力が、女神に関係しているのだとすれば――

(剣のダンジョンでしか、ブレインクリスタルが確認できないのも、もしかして……)

 欠けていたピースが埋まることで、マリアは何かに気付いた様子を見せる。

「ワウアンリー。あなた、もしかして正解を知っているのではなくて?」
「まあ、なんとなく予想は出来てますけど……本当に聞きたいです?」

 ワウアンリーが敢えて核心に触れないのは、この世界の常識を覆す――いや、聞けば後戻り出来ないような秘密を隠しているからだとマリアは考えた。
 ユキネの意志を確認するように視線を合わせるマリア。
 無言で頷くユキネを見て、マリアも覚悟を決める。

「聞かせてください。お兄様に関することは、すべて知っておきたいのです」

 太老に関わることで、マリアが妥協するはずもない。
 なんとなくこうなることを予感していたのか、ワウアンリーは溜め息交じりに頷く。
 そして、

「私から話を聞くより、まずは当事者から話を聞いた方が早いと思います」

 ワウアンリーが手元の端末を操作して〈MEMOL〉にアクセスすると、目の前のモニターが眩い光を放ち――

『はい、はーい。呼んだ?』

 画面から長い髪の幽霊――
 もとい、キーネが飛び出してくるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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