国際会議二日目。会議場には喧騒とした空気が流れていた。
各国の代表たちが見ているのは、マリアがナウアやワウアンリーから聞いた話をまとめた〈五色の聖機人〉に関するレポートだった。
この際、情報は共有しておいた方が良いとの判断からマリアが作らせ、公表することにしたのだ。
「ふざけるな!? こんなものは出鱈目だ!」
教会関係者の怒声が飛び交う。これまで自分たちが信じてきた教えと、まったく異なる考えのものが出て来たのだ。
青銅の聖機人に関する情報が少しでも欲しいのは確かだが、これまでの常識を覆すような話を受け入れるのは難しかった。
当然そのような反発があることは、マリアも承知の上で公表に踏み切ったのだ。
何も知らずにババルン軍と衝突することになれば、被害の拡大を招くだけだと危惧したからだ。
「出鱈目だと断じる根拠はなんでしょうか?」
「そんなもの決まっている! 学院でも、このようなことは教えていない!」
「それは根拠とは言えませんわ。実際、正木商会は結界工房ですら解析不能な技術を多数保有しています。それは何故だと思われますか?」
基本的な考え方や発想そのものが、これまで常識とされてきたものと異なっているからだと、マリアは説明する。
学院の教えがすべて間違っているとは言わないが、常識に囚われ新しいものは認めないという考えでは科学の進歩はない。
重要なのは柔軟な思考と恐れずに新しいことに挑戦する勇気だと、ずっと近くで太老を見続けてきたマリアは知っていた。
その志がワウアンリーたちにも受け継がれ、正木商会の原動力となっていることは間違いないからだ。
「教会の方が劣っていると……無知だと言いたいのか!?」
声を荒げ、激昂する教会関係者。そんな彼等を見て、マリアは冷たい笑みを浮かべる。
ここまで教会が衰退することになった理由。彼等の反応が、いまの教会の在り方そのものを表しているかのように思えたからだ。
正直に言って、この話を教会が信じる信じないは、マリアにとってどうでも良いことだった。
実際に戦場で戦うのは彼等ではなく、各国より集められた聖機師たちだからだ。
重要なのは、現場が確かな情報を共有することだ。
教会の反応はともかく正木商会から出て来た情報と言うことで、真剣に受け止めている者たちも少なくはなかった。
それだけの実績を正木商会はこれまでに積み重ねてきているからだ。
利に聡く賢いものであれば、このレポートの価値が理解できるはずだとマリアは考えていた。
実際、教会のオブザーバーとして会議に参加しているナウアは、真剣な表情で配られたレポートに目を通していた。
「一つ質問があるのじゃが……」
そんななか手を挙げて、マリアに質問するラシャラ。
ラシャラ自身は、このレポートの中身が間違っているとは思っていない。しかし、気になることが一つあったのだ。
黄金、白銀、青銅、白と――既に四色の聖機人に関しては存在が確認されているが、黒に関しては未だに目撃情報がない。
聖機師の性格や好みと言った精神的なものに左右され、白と黒――二色の聖機人に分類されるのだとすれば、黒い聖機人に乗る聖機師とは、どういう人物なのだろうか?
剣士とは逆の性格をしていると考えれば、それは純粋な悪なのか? 危険な思想の持ち主なのか?
今後に備える意味でも、マリアの考えを確認しておきたいと思ったのだ。
悔しくはあるが、太老のことを一番よく理解しているのはマリアだと、ラシャラは考えていた。
そんなラシャラの質問に対して、マリアは少し逡巡した素振りを見せると――
「以前、お兄様にこんな話を聞いたことがあります。異世界では、純粋な心の持ち主のことを天然≠ニ呼ぶ一方で、それとは対照的に素直になれない人のことを――」
ツンデレと呼ぶと――
真剣な表情で、そう答えるのだった。
異世界の伝道師 第328話『過去と未来を繋ぐもの』
作者 193
【Side:太老】
「相変わらず、ドールは素直じゃないな」
根は良い奴だと思うのだが、ドールは基本的に素直じゃない。
「ほら、本当は欲しいんだろ?」
「べ、別に欲しくなんてないわ」
「熱々だぞ。意地なんて張ってないで、素直になれよ」
「いらないって言ってるでしょ!?」
そう強がりながらも、チラチラとこちらを見ているのに気付き、俺は苦笑する。
「ドールも強がってないで、こっちにいらっしゃいな。太老くんの濃くて美味しいわよ」
艶やかな笑みを浮かべながら、ドールを誘惑するメザイア。
メザイアの口元から溢れる白い液体を見て、ドールの咽がゴクリと音を立てる。
「こんな……こんなものなんて……」
恐る恐るレンゲを手に取り、口元に運ぶドール。
そして――
「ん〜〜〜〜〜ッ!」
レンゲにすくった液体を口にした瞬間、身体を震わせ、声にならない喜悦を上げる。
そう、もうお分かりだろう。俺たちは今――
「本当に美味しいわ。この豆乳鍋」
コタツに入って鍋を囲んでいた。
頬に手を当て、満足そうな笑みを浮かべるネイザイ。
メザイアやネイザイが褒めるだけあって、我ながら改心の出来だと思う。
「な? 美味いだろ?」
「……悔しい。でも、美味しい」
悔しげな表情を浮かべながらも、食欲を抑えきることが出来ず、鍋に箸を伸ばすドール。
剣士には及ばないが、俺もまったく料理が出来ないと言う訳ではない。
簡単な料理なら幾つか作れる。そのなかでも自信があるのが、鍋料理だった。
比較的マシと言ったレベルではあるが、鍋は作り方さえ知っていれば、誰でもある程度の味にはなるからな。
材料はすべて船内の亜空間に固定された人工プラントで生産されたものを使っている。
天地の畑のものと比べれば味は落ちるが、うちの領内で作っている野菜と比べても遜色のない出来だ。
しかも、これはノイケ直伝の豆乳鍋だ。美味いに決まっている。
「昨晩、ドールが作った料理とは大違いね」
メザイアのその一言で、ピシリと空気が凍り付く。ネイザイも昨夜のことを思い出してか、なんとも言えない表情を浮かべていた。
基本的にこの船は料理から掃除まで、すべてが自動化されている。食堂で注文すれば、自動的に選択した料理が出て来る訳だが、味の方は画一的で今一つだ。
不味いと言う訳ではない。材料が良いこともあって、一般的には十分美味しい料理と言えるだろう。
だが、ノイケや砂沙美の手料理を幼い頃から食べ慣れている俺からすると、どうしても満足の行く味とは言えなかった。
たまに食堂やファミレスのような味も食べたくはなるが、それも毎日続けば飽きが来る。だから、夜だけは料理を当番制にすることにしたのだ。
材料があるのだから普通に料理をしたって問題はない。で、昨晩はドールの担当だったが訳だが――これが酷かった。
料理なんてしたことがないのだから推して知るべしと言ったところなのだが、それならば他の誰かにレシピを聞いたり、助力を求めることも出来ただろう。
しかし、ドールはそれをよしとはしなかった。
厨房に籠ること半日。試行錯誤を繰り返し完成したのは、料理とは形容しがたい物体X≠セったのだ。
箸を付けた瞬間に汁が弾け飛び、奇声を上げる料理など初めて見た。一体なにを材料に作ったのか、非常に気になる一品だった。
当然、誰も食すことが出来ず、ドールには厨房への立ち入り禁止令が言い渡され、昨夜のことを引き摺って今日は朝からずっと拗ねていたと言う訳だ。
とはいえ、ここまでドールが不器用だとは思わなかった。少なくともメザイアは料理が出来ることから、ドールもそれなりに食べられるものを作れると思っていたのだ。ちなみに凄く美味しいと言う訳ではないのだが、家庭的な味で俺はメザイアの料理を気に入っていた。ネイザイも教会の孤児院で働いていたことがあると言うだけあって、非常に家事全般のスキルが高い。このなかで戦力外通告をされたのは、ドールだけだ。
俺も仲間に引き込みたかったのだろうが、残念だったなと言うほかなかった。
◆
食事を終え、零式が撮り溜めした地球のドラマを見ながら寛いでいると、ふとドールが思いだしたかのように尋ねてきた。
「ねえ、太老。ラシャラのこと、本当によかったの?」
「無理強いする訳にはいかないしな。それに彼女は、あの時代の人間だ」
珍しく他人のことを気に掛けるドールに驚きつつも、俺は素直に自分の考えを述べる。
元の時代に帰還する目処が立ったのはいいが、ラシャラ女皇は国と民を放っては置けないと、あの時代に残ったのだ。
別れが寂しくないと言えば嘘になるが、彼女はあの時代の人間だ。本人の意思を無視して、未来に連れて行く訳にもいかない。
大切な友人だと思っているからこそ、むしろ彼女の気持ちを尊重し、応援すべきだと思ったのだ。
ちなみにアウンだが、彼女は俺たちと一緒に行くことを選んだ。いまは調整液の中で眠ってもらっている。
新たに用意した肉体にアストラルを定着させたのは良いのだが、まだ細かい調整が終わっていなかったためだ。
まずは助けることを優先したため、急ごしらえだったしな。もう二日ほどは調整液の中にいてもらう必要があった。
とはいえ、
「また会えそうな気がするんだよな」
なんとなくではあるが、ラシャラ女皇とはまた再会できそうな予感が俺の中にはあった。
普通に考えればありえない話だが、数千・数万年の時を生きているような人物を俺は何人も知っている。
ラシャラ女皇が生体強化を受けていることはわかっているのだ。
既に二千歳を超えるようだが、残りの寿命が僅かと決まった訳では無い。船のバックアップも生きているみたいだったしな。
あのままエネルギーを補充できなければ、いつか船の機能が失われ、延命調整が出来ないままに死んでいた可能性はあるが――
(ブレインクリスタルの問題も解決したことだしな)
あの船を解析して分かったことだが、かなり高性能な船であることが判明している。
解析ついでに改造――もとい古くなっている部分には改良を施しておいたしな。
少なくとも船の機能が失われない限りは、あと数千年くらいで死ぬことはないだろう。
「驚かないんだな?」
「今更だしね。太老が言うなら間違いないんでしょ?」
なんか呆れた様子で言われるのは納得が行かないが、説明の手間が省けて助かる。
船に施した改良とか、そのあたりを一から説明するのは面倒だしな。
しかし、
「お前が他人のことを気に掛けるなんて珍しいな。そんなに仲が良かったっけ?」
「そんなんじゃないわよ。ただ……」
そこまで口にして「なんでもないわ」とドールはそっぽを向く。
気にはなるが、こうなると何を言っても答えてはくれなさそうだ。
「……何よ?」
「いや、もうちょっと素直なところを見せてくれれば、可愛いのにと思ってな」
「なッ!?」
素材は良いのに勿体ないと思う。
このツンケンした態度がなければ、きっとドールも人気者になれると思うんだよな。
いや、逆にこういうのが良いって連中もいるのか? ツンデレって属性もあるくらいだしな。
ドールの場合、ツンツンばかりで、なかなかデレてはくれないのだが……。
素直なドールと言うのも見てみたい気はするが、
「ドールはやっぱりツンツンしてないとな」
「なんとなくバカにされてる気がするわ」
こうでないと、ドールと言う気がしない。
決してバカにしているつもりはなかった。
【Side out】
【Side:マリエル】
太老様の消息が分からなくなって、そろそろ二ヶ月が経とうとしている。
心配なことには違いないが、太老様のことを良く知る者は誰一人として、太老様の無事を疑っている者はいなかった。
私も、その一人だ。太老様は約束されたことを決して破ったりはしない。
どれだけの時間が掛かろうと、絶対に私たちの元へ帰ってきてくれる。そう信じているからだ。
「マリエル様。ゴールド商会から、例の計画の経過報告を預かってきました」
「ありがとう。こちらに頂けますか?」
私と比べても背の低い、小柄な体型の侍従が扉をノックする音と共に姿を見せる。
彼女は屋敷で働く侍従の中でも、私と共に最初の頃から太老様に仕えている最も古い侍従の一人だ。
太老様直属の精鋭部隊〈お側御用隊〉の隊員。普段は太老様が治める領地の館の管理を任せられていた。
「大丈夫? ここ最近、余り休んでいないみたいだけど……」
報告書を机の上に置くと口調を改め、友人として体調を気遣ってくれる彼女に、私は心配を掛けないように笑みを返す。
彼女の言うように、ここ最近は睡眠の時間が減っていることは確かだ。
でも、マリア様たちが頑張っているのに、私だけが手を抜くわけにはいかなかった。
太老様の留守を守るのが、私たち侍従部隊の役目だからだ。
「大丈夫よ。あなたは自分の仕事に戻って頂戴」
「……無理はしないようにね?」
同期と言うこともあるのだろうが、彼女はいつも私の体調を気に掛けてくれる。
いや、彼女だけではない。太老様にお仕えする侍従たちは皆そうだ。
きっと皆、太老様の影響を少なからず受けているのだろう。
太老様から与えられた優しさを、幸せを、温もりを、たくさんの人に分け与え、笑顔に出来る――そんなメイドになりたい。
だから、私も――
「あれ……」
報告書を手に取った直後、視界がぼやけ、立ち眩みがして私は机に手をつく。
すぐに体勢を立て直そうとするも、思うように身体に力が入らない。
重力に逆らえず、床に倒れ込む直前、
――お兄ちゃん。
幼い少女の声が聞こえた気がした。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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