「どういうことか詳しく$燒セしてくださいますわよね?」
お母様、と詰問してくるマリアの厳しい視線を、フローラは額に汗を滲ませながら受け止める。
ユキネに目で助けを求めるも首を横に振られ、ならばとラシャラやリチアたちに視線を向けるも、さっと顔を背けられる。
しかし、実の娘すら欺いていたのだ。この結果は、ある意味で当然の報いだった。
「ハハハ、ハヴォニワの女狐も娘の前では形無しだな」
そんななかシュリフォン王の豪快な笑い声が響く。
若干不愉快そうに眉根を吊り上げるも、相手がシュリフォン王では愚痴を溢す訳にもいかず、マリアは溜め息を吐く。
だが、マリアも今ここでフローラを責めたところで意味がないと言うことには気付いていた。
この場に集まっている錚々たる顔ぶれを見れば、欺かれたことなど些細な問題だ。
何よりも優先して、いま確認しておかなければならないことは――
「これだけは聞かせてください。お兄様を裏切ってはいませんよね?」
これまで、ずっと静観を決め込んでいたシュリフォン王に、ほぼ敵対関係にあった教会のトップが共にいるのだ。
裏でどんな取り引きがあったのかは知らないが、フローラの裏切りをマリアが危惧するのも当然の流れだった。
実際、ハヴォニワのためなら血を分けた娘ですら利用するような女王だ。
そのくらいでなければ、そもそも分散統治されていたハヴォニワを僅か数年で統一すると言った偉業を成し遂げられるはずもない。
グウィンデル出身のフローラがハヴォニワのトップにいるのは、マリアの父親でもある先王から全権を委譲されたからだ。
まだ幼いマリアに国を継がせることを、父親として心苦しく思ったからだろう。
何より、ハヴォニワの統一はフローラだから成し遂げられたことだ。
幼いマリアが王位を継げば、再び内乱へと発展しかねない。
そこで、マリアが成人するまでの間、フローラが後見人として国を治めることを先王は願ったのだ。
だが、その先王の死にもフローラが関与していたという黒い噂≠ェあった。
そんな確かな証拠もない噂をマリアは信じていないが、フローラが抱える心の闇≠ノは気付いていた。
ありとあらゆるものを利用し、不要なものを切り捨てることでフローラはハヴォニワの繁栄と発展を築いてきた。
フローラが太老を拾ったのも利用価値≠ェあると考えたからだ。
どれだけの功績を為そうと、素性の知れない平民を辺境伯に取り立てるなんて真似は普通しない。
そうしたのは、太老をハヴォニワに繋ぎ止めるため――
それがハヴォニワの益になると、直感で見抜いたからだろう。
実際そうしたフローラの勘は当たっていた。
だが今、太老の存在がハヴォニワにとって重荷になりつつある。
最初の内は利用できると思っていたのだろうが、太老はそんなフローラの思惑を軽々と越えてきた。
そして、いなくなって改めて太老の存在の大きさ、影響力の高さをマリア自身も思い知らされている。
いまになってフローラが太老を危険な存在と捉え、切り捨てたとしても不思議な話ではない。
いや、大公国として辺境伯領を独立させる話も、ハヴォニワから太老を隔離するのが狙いだとすれば説明がつく。
このままでは、国自体を太老に乗っ取られる。そんな危惧をフローラが抱いていたのだとすれば――
「まあ、そう考えるわよね……」
マリアが太老を慕っていることはフローラも知っている。
当然そうした疑惑を抱かれることも承知していた。
実際、マリアの考えを否定できない。太老を利用しようとしていた。いや、現在進行形で利用しているのは事実なのだ。
半分以上は間違っているとは言えなかった。
だが、
「私に太老殿を害する気持ちはないわ。その証拠に、もし私が太老殿に敵意≠持っていたのなら、ハヴォニワという国は繁栄するどころか、滅亡してなくなっていたでしょうから」
少なくとも太老の敵ではない、とフローラはマリアの問いに答えるのだった。
異世界の伝道師 第333話『報われない力』
作者 193
「お兄様に敵意≠持つと国が滅びる? それは一体……」
何をバカなと思いながらも、マリアはフローラの話を明確に否定できずにいた。
それはマリア自身ありえないと思いつつも、或いは太老ならと考えていた可能性の一つだったからだ。
「そのままの意味よ。これまで太老殿やその周りに対して、敵意や悪意を抱いた貴族や聖機師は一つの例外もなく酷い目に遭っているわ。まあ、彼等の場合は自業自得と言えるのだから同情の余地なんて一切ないのだけど、仮にその力がハヴォニワに向けられたら、どうなると思う?」
フローラは仮定としているが、太老と敵対した時点で答えはでている。
ハヴォニワは間違いなく滅びる。最低でも、国の衰退は免れないだろうとマリアにも容易に想像ができた。
それだけの力を太老は示してきた。現在のシトレイユがまさにその状況に直面していると言っていい。
ラシャラは太老に敵意など持っていないが、他の者たちは別だ。
ババルンが太老と事を構えた時点で、シトレイユの運命は決まっていたのかもしれない。
「マリアちゃんの考えている通り、太老殿は民に優しい。でも、それは皆が彼を慕っているから。逆に言えば、山賊などには容赦がない。それは彼等が正木太老を恐れ、敵意を抱いているからよ」
善意には善意を、悪意には悪意を――
太老は皆に優しく、家族や身内に甘いところがあるが、敵には容赦のない冷酷な一面も兼ね備えている。
フローラが何を危惧しているのかを察して、マリアは尋ねる。
「皆がお兄様を恐れるようになれば、この国は……いえ、世界は滅びる。本当に、お兄様にそのような力があると?」
「わからないわ。でも太老殿がいなければ、僅か二年でこれほどの発展をハヴォニワは遂げることが出来なかった。まるですべてを見透かしているかのように間違えることなく最善の一手≠打ち続ける。そんな真似、私にだって出来ない。仮に未来を知っていたとしても、これほど上手く立ち回るのは容易なことではないわ。まるで運命が味方をしているかのように、太老殿に都合良く物事が進んでいる。少なくとも私には、そう思えてならなかった」
それはマリアも感じていたことだった。
幾ら頭が良い。読みが鋭いと言っても限界がある。
しかし、太老は最善≠フ結果を最小≠フ被害で最短≠ナ成し遂げてきた。
まるで世界に愛されているかのように、太老は運すらも味方につけて結果を示してきたのだ。
同じことはフローラにだって出来ない。それはもはや、神の所業と言えるものだ。
だから、
「そろそろ答えを聞かせて頂けるのかしら?」
フローラは答えを尋ねる。
いつから、そこに立っていたのか?
マリアたちが存在に気付き、視線を向けた先には――
「お姉様?」
着物に身を包んだ水穂が立っていた。
◆
「概ね、間違っていないわ。私たちは、そうした能力の持ち主のことを『確率の天才』と呼んでいるけど」
隠すことなく、フローラの問いに答える水穂。
それは、いつかこういう日が来ると予感してのことだった。
「無意識に因果律にすら干渉する力を持った異能力者。太老くんは、そのなかでも飛び抜けて高い能力を持っている」
因果にすら干渉するという俄には信じられないような話を聞いた面々は、驚きに声を失う。
それは人間に為し得ることではない。まさに、女神の所業とも言えることだったからだ。
「無意識に……ですか?」
「ええ、だから自覚がないのでしょうね。そんな能力に頼らずとも結果をだせるだけの実力がある分、余計にね」
自然と口から漏れたマリアの疑問に、そう答える水穂。このように敢えて説明したのは、誤解を与えたくはないからだった。
無意識に因果律に干渉していることは間違いないが、それが太老の実力のすべてではない。
本人は二流だなんだと言っているが、銀河でも有数の超一流の実力者と比べているからであって、どれも達人の域に達していると言っていい。
すべてにおいて高い水準でなんでもこなす太老は、水穂から見ても異常≠ネ存在だった。
白眉鷲羽から受け継いだ哲学士の知識を万全に使いこなせるのは、その才能があってこそだと思うくらいだ。
確率の天才は厄介な能力であることは間違いないが、そうした太老の能力の前ではおまけ≠ノ過ぎないというのが水穂の評価だ。
しかし、
「もしかして、お兄様がこちらの世界に送られてきたのは……」
「やっぱり、そこに気付いちゃうわよね……」
そのおまけ≠ェ原因で、太老は今のような状況に陥っている。
こうした話をすれば、当然そこに気付かれるということも水穂はわかっていた。
だが、気付いてしまった以上、話さないわけにはいかない。
この世界の人たちのことを考えれば、黙っておけるような話ではないからだ。
「太老くんの力は余りに大きい。そして、常に世界に影響を与え続ける。最初の内は良くても、段々と周りの対応が追いつかなくなっていく。心当たりがあるでしょ?」
「それは……」
いまの状況がまさにそうだ。心当たりがあるだけにマリアは複雑な表情を見せる。
本当はとっくに気付いていたのだろう。
しかし太老が理想を掲げ、大勢の人たちを幸せにするために頑張ってきたことをマリアは知っている。
その努力が報われるどころか、頑張れば頑張るほどに破滅的な未来へ近付いていくなど、そんなことを考えたくはなかったからだ。
「太老くんのこと、怖くなった?」
「そんなことはありません!」
仮に水穂やフローラの話が本当だったとしても、それだけは絶対にありえないとマリアは断言する。
「どのような力を持っていようと、お兄様の行動によって救われた人たちが大勢います。私もその一人です」
そう話すマリアの隣で、ユキネも同意するかのように頷く。
そして、
「マリアの言うとおりじゃ。ようは、太老に敵意を向けなければ良いのであろう? 仮に皆が太老を恐れ、世界が滅びるというのなら、それは太老の責任ではない。我等の問題じゃ」
そんなことはありえぬがな、とラシャラも断言する。
それに、ここまでのことしてもらって太老を恐れるなど、恩を仇で返すようなものだ。
その結果、世界が滅びるというのであれば、それも仕方なしとラシャラは考えていた。
「私も太老殿には恩がある。与えて貰ってばかりで、まだ何も返せていないからな……」
シュリフォンが管轄する森の使用許可と引き替えにキノコを譲ってもらったとはいえ、それで対価を支払ったとアウラは思っていなかった。
保存が利くため、ある程度の数なら安定供給が可能だからと、信じられないような価格で譲ってもらったからだ。
しかも交渉の末、正木商会を通じてシュリフォンにも輸出されるようになり、いままでは限られた者しか口にすることが出来なかったキノコが、値は張るものの少し無理をすれば一般家庭でも手に入るようになったのだ。稀少なキノコの流通を開拓したアウラの功績は、シュリフォンで高い評価を得ていた。
「わたくしも彼には多くのことを教わり、助けられました。恩を仇で返すような真似は絶対にしません」
リチアも他の四人と同じ考えだった。
学院行事や生徒会の仕事を通じて、太老から教わったことは多い。
そして、ここ最近リチアの体調が良いのも、太老から貰った薬≠フ効能によるところが大きかった。
生徒会の仕事が忙しく疲れ気味なリチアの身体を心配して、太老が差し入れてくれたものだ。
「あなたたち……」
そんなマリアたちの話を聞き、水穂は感じ入った様子で微かに声を震わせる。
仮にマリアたちが拒絶するのであれば、水穂はガイアの件が片付き次第、太老と共にこの世界を去るつもりでいた。
薬も与えすぎれば毒となる。太老が世界に与える影響に、この世界の人たちも対応できなくなってきている。
このまま無理を続ければ、いずれ破綻する。どのみち限界が近いことは感じ取っていたからだ。
だが――
(本当に良い子たちね)
仮にこの世界を追い出され、また別の世界に跳ばされたとしても、太老はマリアたちを嫌いになったり恨んだりはしないだろう。
それでも傷つくことに変わりはない。愛した人たちから、世界から太老が拒絶されることを水穂は危惧していたのだ。
でも、それは杞憂だったと思い知らされる。
そんな水穂とマリアたちのやり取りを黙って見守っていた教皇は学院長と目を合わせ、何かを決意した様子で静かに頷くとフローラに声を掛ける。
「フローラ女王。先の話だが、教会は全面的に支持することを約束する」
「……よろしいのですか?」
先の話というのがなんのことかはわからなかったが、真剣な表情で尋ね返すフローラを見て、教皇の進退を決める重要な話だということはマリアたちにも理解できた。
「元は教会の失策が招いたこと。この老いぼれの首一つで済むのであれば、安いものだ。あとのことは若い者たちに任せたい」
そう口にする教皇の覚悟を感じ取って、フローラは「感謝します」と答える。
そんな教皇の考えに追従するように、シュリフォン王も賛同の意志を示す。
「本来であれば、正木太老を試してからにしたかったが、概ねシュリフォンも賛同しよう」
「あら? ずっと渋っていたのに、どう言う風の吹き回しかしら」
「少なくとも信頼に値する男だというのは、この者たちを見ればわかる。それに……」
シュリフォン王はフローラの問いに答えながらアウラをチラリと一瞥して、
「このままでは民だけでなく、娘からも見放されそうだからな」
そう言って肩をすくめる。
ずっと静観を貫いていたシュリフォン王が重い腰を上げたのは、アウラが流通を開拓したキノコによるところが大きかった。
アウラと同じように太老のことを讃えるダークエルフたちも少なくなく、その声に押されるカタチでシュリフォン王はハヴォニワとの対話に応じたのだ。
ダークエルフは恩を忘れない。このまま意地を張ってシュリフォンだけが孤立するようなことになれば、民が黙ってはいないだろう。
あとは太老の人となりを確認したかったのだが、それも概ね叶ったと言っていい。
これほど才覚に満ちた多くの女性に慕われているのだ。
優れた雄に雌が惹かれるのは自然の道理。少なくとも無能≠ネ男と断じることは出来なかった。
「あの……お母様、先の話というのは?」
教会やシュリフォンも巻き込んで何をするつもりなのか気になって、マリアはフローラに尋ねる。
そんなマリアの問いに対して「たいしたことではない」と答えつつも、
「ただ、三国の同盟を取り纏める盟主≠ノ太老殿を擁立する。そういう話を進めていただけよ」
次代を担う少女たちが目を丸くして驚くような話を口にするのだった。
……TO BE CONTINUED
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