【Side:マリエル】
「やっと、会えたね」
白いワンピース姿の幼いマリア様が、私の目の前に立っていた。
いまのマリア様を数年幼くしたら、こんな感じになるだろうという可愛らしい女の子だ。
「……あなたは?」
「マリア」
ただの偶然だとは思うが、マリア様と同じ名前を口にする少女。
でも、よく似てはいるけど彼女はマリア様ではない。
太老様に仕え、ずっと傍でマリア様に接してきたからこそ、私には彼女が別人だと分かる。
「不思議そうな顔をしてるね。そう、私はマリエルの知ってるマリア≠カゃない。でも、マリエルのことはよく知ってるよ」
「私のことを?」
「うん。マリエルの中でずっと見守っていたから――いつか、こうして話が出来る日を楽しみにしてたんだよ」
俄には理解しがたいことを口にする少女――マリア。
でも、彼女の言っていることが、不思議と私にはすんなりと理解することが出来た。
最初から知っていたかのような感覚。彼女のことが他人≠フように思えなかったからだ。
そう、それはまるで――
「あなたは……私?」
「うん。髪の色や容姿が違うのは、ベースとなった遺伝子提供者が違うからだね」
どこかで聞いたような話を口にする少女。
そう、あれは結界工房から送られてきた資料にも書かれていた――
「人造人間」
「うん。私はパパチャアリーノ・ナナダンによって生み出された人造人間。そして過去の世界から未来に跳ばされて、衰弱して倒れていたところをマリエルの両親に拾われたの」
その際にコアクリスタルの自己修復機能が働き、身近な人物の遺伝子情報を取り込むことで生まれたのが私――マリエルだと少女は説明する。
本来であれば、マリアの人格が表に出て来ることはなかったと少女は話す。
しかし、
「運命に導かれるように、マリエルはお兄ちゃんと出会ってしまった」
「……お兄ちゃん?」
「うん、太老お兄ちゃん。私の正体を知っても怒るどころか、危険を顧みず助けようとしてくれた……優しい人」
少女の口から太老様の名前を聞き、激しく私の胸は脈打つ。
既に私の中で、少女に対する疑いや警戒心は消えていた。
気付いてしまったからだ。認めてしまったからだ。
「マリエルはお兄ちゃんのことが好きなんだよね? 私も同じだから分かるよ」
少女の言うように、私と彼女は同じなのだと――
【Side out】
異世界の伝道師 第334話『二人のマリア』
作者 193
マリエルの目が覚めたとの報告を受けたマリアはユキネを伴い、太老の屋敷を訪れていた。
だが、そこでマリアが目にしたものは――
「小さい頃のマリアちゃんそっくり! 私のことはママ≠ニ呼んでくれていいのよ」
そう言って、幼い頃の自分そっくりの少女に抱きつくフローラの姿だった。
予期せぬ事態に困惑を隠せない様子で、目頭を押さえるマリア。
いろいろとツッコミどころ満載の状況だが、まずは先に尋ねておかなければならないことがあった。
「お母様が、どうしてここ≠ノ?」
昨日までマリアと共に、ハヴォニワの首都で会談に参加していたはずなのだ。
会談の内容を議会へ上げるためにシュリフォン王はアウラと共に自国へ帰ってしまったが、同じようにフローラにも女王として為すべき仕事がある。なのに、連絡を受けてすぐに駆けつけた自分たちよりも、フローラの方がどうして先に太老の屋敷に到着しているのかと、マリアが疑問を呈するのも無理はなかった。
「あら? マリエルちゃんは娘も同然だもの。心配するのは当然でしょ?」
「……正直に仰ってください」
「調整を水穂殿に丸投げして抜き出してきちゃった。ほら、ちょっとした息抜きよ。息抜き――」
「ユキネ」
「はい、マリア様」
マリアの意図を汲み、フローラを小さなマリアから引き離すユキネ。
「え? ちょっと、まだ話は――」
ユキネにズルズルと引き摺られていくフローラを見送ると、マリアは溜め息を吐く。
そして、
「あなた、お名前は?」
「マリア」
少女と視線が合い、名前を尋ねたら自分と同じ名前が返ってきて、マリアは更なる困惑を見せる。
マリアの目から見ても、少女は小さい頃のマリアと瓜二つと言って良いほどによく似ていた。
フローラの隠し子。姉妹だと言われても、違和感がないほどだ。
でも、幾らフローラとはいえ、娘にも内緒でそんなバカなことを――
(ありえないとは言い切れませんわね……)
色物女王などと呼ばれているフローラのことだ。
目の前の少女が妹だと紹介されても、何一つおかしくないとマリアは考える。
だが、フローラは後で厳しく問い詰めるとして、子供には罪のない話だとマリアは思考を切り替える。
(ここは、マリエルの部屋……ですわよね?)
ここはマリエルの部屋のはずだ。しかし、ベッドの上にもマリエルの姿はない。
代わりにいるのは、マリアそっくりの少女だけだ。
これはどういうことかと首を傾げ、マリアは少女に声を掛ける。
「……えっと、マリアちゃん?」
「呼びにくいでしょ? マリーでいいよ。私は『お姉ちゃん』って呼ぶね」
小さなマリアあらためマリーにそう言われ、マリアは納得した様子で「マリー」と言い直す。
「マリーちゃんは、どうしてここに? お母様に連れて来られたの?」
「お母様って、フローラおばちゃんのこと?」
「おば……プッ!」
思わず吹き出すマリア。本人が聞けば確実に訂正を求めるところだ。
(悪い子では、なさそうですわね)
目の前の少女とは気が合いそうだとマリアは思った。
仮に本当の妹だったとしても、仲良くやっていけるだろうと思うくらいには――
「私は前からずっとここにいるよ」
「ここに?」
少なくともマリアの知る限りでは、マリーのような少女が太老の屋敷にいるなんて話は聞いたことがない。
どういうことなのか、とマリアが尋ねようとした、その時だった。
「マリア様、いらしていたのですね」
「あ、ミツキさ――」
「ミツキママ!」
え? と振り返るマリア。
そんなマリアの横を素通りして、ミツキに抱きつくマリー。
その状況にまったくついて行けず、マリアは目を丸くしながら――
「ミツキママ!?」
困惑の声を上げるのだった。
◆
「え? この子がマリエル?」
「はい。信じられないかと思いますが……」
ミツキから聞いた衝撃の告白に、マリアはもう何がなんだかと言った様子で頭を抱える。
自分そっくりの少女の正体が、実はマリエルだと聞かされたのだ。
何をバカなと普通は一蹴するところだが、相手がフローラならまだしもミツキがそんな冗談を口にするとは思えない。
一体どうしてそうなったのかと考え、ふとマリアの頭に過ぎったのは太老の顔だった。
「まさか、お兄様がまた何か……」
太老に関することでは、マリアの勘は良く当たる。
それに、こんなことが可能な人物はマリアの知る限りでは太老以外にいない。
しかも、マリエルに関することだ。マリアが太老の関与を疑うのは無理のないことだった。
「無関係とは言わないけど……」
無関係とは言えないだけに言葉を濁すマリー。そして、どう説明したものかと思案する。
さすがに母親と言うべきか? ミツキには一目で見破られてしまったが、それをマリアに求めるのは酷だろう。
なら、最初からきちんと説明するべきだろうと考え、マリーは口を開く。
「まず、私のことを説明するね。人造人間と言えば、わかってもらえるかな?」
「人造人間……それはユライト先生と同じ?」
「うん。私は別の時代から跳ばされてきて、ミツキママに拾ってもらったの。でも、その時にはもう肉体の崩壊が始まるくらい衰弱しててね。コアクリスタルの自己修復機能が働いて身近にいた人、ミツキママやパパの遺伝子情報を取り込んで生まれたのが――」
「マリエルですか」
そうマリアが尋ねると、「うん」と肯定するように頷くマリー。
話の真偽を確かめるため、ミツキに視線をやるマリア。
すると質問の意図を汲み取って、ミツキは無言で首を縦に振る。
(そう言えば〈結界工房〉から取り寄せた資料には、人造人間は遺伝子情報を読み取り、人間と同じように成長する機能があると……)
だとすれば、ユライトとネイザイのように一つの身体に二つの人格が宿っているような状態なのだとマリアは察する。
恐らくは、いまの幼い姿こそがミツキの遺伝子を取り込む前の――コアクリスタに記録された姿なのだろう。
だが、それだけではマリーが自分にそっくりな理由の説明がつかないとマリアは考える。
(別の時代から跳ばされた?)
マリーの言っていた言葉を思い出し、何かに思い至るマリア。
もし、マリア・ナナダンの遺伝子情報をマリーが持っているのだとすれば、自分そっくりなのも説明がつくと考えたからだ。
だとすれば、マリーは妹などではなく――
(……私とお兄様の娘!?)
何故そこで太老の名前が出て来るのか?
マリアの心の中を覗ける者がいれば、間違いなくツッコミが入っているところだ。
だが、仮に娘が出来るとすれば、それは太老との子供しか、マリアには考えられなかった。
いや、それ以外にありえないと言ってもいい。
何年先のことかはわからないが、太老の伴侶となるのはマリアのなかで確定している未来だからだ。
「マリーちゃん」
「……何?」
ぐいっと身体を乗り出して迫ってくるマリアに、嫌な予感を覚えて聞き返すマリー。
「ママって呼んでくれますか?」
そんな風に目を輝かせて尋ねてくるマリアを見て――
ああ、やっぱりフローラの娘だと、マリーとミツキの心が一つになるのだった。
◆
「……未来ではなく過去からですか」
そう残念そうに呟くマリアに対して、疲れきった表情でマリーとミツキは同時に溜め息を吐く。
「ですが過去ということは、私のご先祖様と関係があったりするのでしょうか?」
これだけ似ているのだ。その可能性は十分にあると考え、マリアは尋ねる。
その問いに対して、ううんと考える素振りを見せるマリー。関係があると言えば、あるのだ。
実のところマリーの遺伝子提供者となった女性は、パパチャが侍らせていた愛人の一人だった。
その女性の名は、マ・マミー。パパチャが行方知れずになった後、パパチャ帝国を『ハヴォニワ』と改め、女王に即位した人物だ。
「マ・マミーって人を知ってる?」
「ええ、それは勿論。ハヴォニワの古い伝承に出て来る『建国の母』と呼ばれている方ですから。私の名前はその女王陛下が愛した娘の一人、マリア王女から頂いたものだと、お母様からは伺っていますわ」
「……え?」
驚きと戸惑いの表情を見せるマリー。
マ・マミーの娘、マリア王女。それは間違いなく、マリーのことだった。
自分は造られた存在。だから自分がいなくなっても悲しむ人はいない。
誰にも愛されていないのだと、マリーは思っていたのだ。
なのに――
(そっか。私は要らない子じゃなかったんだ……)
いまも伝承に残っていると言うことは、少なくともマ・マミーはマリアのことを本当に愛していたと言うことだ。
「え? どうしたのですか? 私、何かまずいことでも!?」
急に涙をポロポロと流し始めたマリーに驚き、オロオロと狼狽えるマリア。
そんな二人を、
(あらあら……)
本当の姉妹のようだと、ミツキは優しく見守るのだった。
……TO BE CONTINUED
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