『取り敢えず、マリーちゃんのことはマリアちゃんの妹ってことにしておくわね』
何が取り敢えずなのか?
ユキネに連れて行かれて執務室で仕事をしていたはずなのだが、そんな書き置きを残してフローラの姿は消えていた。
周りを振り回すような言動と行動が目立つフローラだが、いつも以上に嫌な予感をマリアは覚える。
マリアの妹と言うことは、フローラの娘と言うことだ。
それは即ち、ハヴォニワの第二王女と言うことになる。
こんなものを公表すれば、「父親は誰なのか?」と貴族たちが騒ぎだすのは確実だ。
「お母様は一体なにを考えて……」
しかし、そんなマリアの考えなどお見通しと言った様子で、手紙には続きが記してあり――
『心配は要らないわ。もしもの時は、私と太老殿の子供ってことで周りを納得させるつもりだから』
マリアは無言でフローラの書き置きを破り捨てるのだった。
異世界の伝道師 第336話『封じられた記憶』
作者 193
「すみません。扉には鍵がしてあったのですが、少し目を放した隙に窓から逃げたみたいで……」
「ユキネが責任を感じることはありませんわ。悪いのは、お母様ですから」
一国の女王が三階の窓から飛び降りて脱出するなど、普通は想像しなくて当たり前だ。
しかも観念した素振りを見せて、政務に集中したいからとユキネを部屋から追いだしての犯行だった。
フローラにそう言われては、ユキネの立場からすると従わざるを得ないだろう。
「取り敢えず、城の女官たちに手配書を回して、水穂お姉様にも報告しておいてください」
「はい」
あっさりと母親を水穂に売り渡し、指名手配するマリア。
冗談でも言って良いことと悪いことがある。太老が絡む話であれば、尚更だ。
フローラが突拍子もない行動にでるのはいつものことだが、さすがに今回は悪ふざけが過ぎた。
(少しは痛い目を見て頂かないと。あとは……)
ユキネが部屋を退出したのを確認して、書類の山に手を付けるマリア。
それは、太老が不在のために滞っている屋敷の管理や領地経営に関する決済書類だった。
普段はマリエルが優先順位を付けて、マリアや水穂の元へ丁寧に分類したものを送っていたのだ。
「メイドの仕事を完璧にこなしながら、毎日これをマリエルは一人でやっていたのですか……」
いなくなって、マリエルの有能さがよくわかる。
毎日のように領主のもとには、多くの要望と問い合わせが送られてくる。
経済が潤っている。領地の発展速度が目覚ましいと言うことは、同時に対処すべき問題も多いと言うことだ。
出来るだけマリアや水穂の手を煩わせないように、それらに優先順位を設けることでマリエルは対処していたのだろう。
しかも、屋敷の管理というメイドの仕事にも一切手を抜くこと無く、すべて完璧にこなしてだ。
「……人造人間ですか」
ポツリと、そう呟くマリア。
あのミツキの娘だからとマリアは少し違和感を覚えながらも、これまでマリエルの能力に疑問を抱くことはなかった。
しかし、太老にメイド長に取り立てられるまでは、マリエルは城で働く一介の使用人でしかなかったのだ。
それが僅か二年ほどで水穂に次ぐ程の人材に成長するとは、太老以外は誰も予想しなかっただろうとマリアは考える。
確かに太老のもとで働く侍従たちの能力には目を瞠るものがあるが、それを考慮しても異常な成長速度と学習能力だ。
だが、マリエルの正体が先史文明の技術の粋を集めて造られた人造人間だと聞かされれば、納得の行く話だった。
元々はパパチャが借金の返済を誤魔化すために、両国の友好の証として統一国家に差し出す人質に用意したのがマリーだ。
だが、それは表向きの理由に過ぎない。余計な知識を与えず無垢な子供を演じさせることで油断を誘い、銀河結界炉が眠る遺跡へ入るための鍵となるラシャラ・ムーンのパーソナルデータをマリーに盗ませるつもりでいたのだ。
だが、太老の介入によって計画通りにはいかず、未来へと跳ばされたマリーは本来ラシャラ・ムーンに使用する予定だった能力をミツキとその夫に使い、コアクリスタルに二人の遺伝子情報を取り込むことで新たな人格を形成し、九死に一生を得たと言う訳だ。そうして生まれたのがマリエルだった。
他の人造人間と比べると、マリーのオペレート能力はそれほど高くない。
平均的な女性聖機師と比べても、亜法耐性や操縦技術と言った聖機師に必要な適性は劣るくらいだ。
だが、様々な環境に適応する能力がズバ抜けて高く、それがマリエルの学習能力の高さに結び付いていた。
「マリーちゃん? どうしてここに?」
マリアが少し考えごとしていると、いつの間にかマリーが隣にちょこんと座っていた。
そして書類を手に取ると流れるようなスピードで目を通し、種別ごとに書類を分けていく。
その手際の良さに驚くマリア。とても見た目、六歳の少女の仕事とは思えなかったからだ。
「手伝うね。お姉ちゃんに仕事を全部押しつけたら、マリエルが気にするだろうから」
マリエルは現在、マリーのなかで眠っている。
目覚めた時、マリアに余計な負担を掛けてしまったと知れば、マリエルは気に病むだろう。
そうなることをマリーは望んでいなかった。
「……悔しいですが、私がやるよりも速く、的確な仕事ですわ」
「私はマリエルの記憶や知識も持っているからね。でも、マリエルはもっと速いよ?」
明らかに自分の倍以上のペースで書類を片付けていくマリーよりもマリエルの方が上だと聞かされ、驚くマリア。
太老が才能を見込み、メイド長に指名したマリエルの実力を、改めてマリアは思い知らされるのだった。
【Side:太老】
「太老いる? 食事の用意が出来たって、アウンが呼んでるわよ」
「ああ……今日はアウンの当番か」
工房に籠って作業をしていると、後ろからドールに声を掛けられて俺は一旦コンソールから手を放す。
夕食だけは料理を当番制にしていると前に話したと思うが、それを知ったアウンが自分も参加したいと言いだしたのだ。
だが、正直なところドールという前例があるだけに、俺はそこはかとなく不安を感じていた。
「……何よ?」
「いや、何も……」
ドールに訝しげな視線を向けられ、俺はそっと顔をそらす。
相変わらず、勘の良い奴だ。だが、俺の勘もこういう時はよく当たる。
アウンは自信満々の様子だったが、まともな料理が出て来るとは思えないんだよな。
なんとなく、ヘビやモグラの丸焼きとか平然とだしてきそうだ。
まあ、そのくらいならサバイバルの経験もあるし、調理次第で食べられなくはないんだが……。
「太老、そこに映ってるのってマリエルよね?」
「ん? ああ……」
空間に投影されたモニターには、ドールの言うようにマリエルと思しき女性が映しだされていた。
だが、マリエルによく似ているが、この映像の女性はマリエルではない。
これは俺の持つ前世の記憶≠ゥら再現した映像だ。
「似てるけど、別人だ」
「そうなの? それにしては、よく似てるわね。あ、でも耳が少し尖ってる。ダークエルフの血でも入ってるの?」
似てはいるが、ドールの言うように映像のマリエルは耳が尖っていた。だから、俺も気になっていたのだ。
少なくとも俺が知る限りでは、前世は普通の世界≠セったはずだ。エルフなんてものが実在するなんて話を聞いたことがない。
だが、皇歌の例もある。俺が知らなかっただけで、実際には存在した可能性は否定できなかった。
それに前世の記憶があると言っても、俺も生まれ変わる前のことを詳細に記憶している訳では無い。
よく覚えていることもあれば、忘れていることもある。原作知識などもそうだ。
登場人物やストーリーをよく覚えている作品もあれば、なんとなく名前は知っているけど内容はよくわからない曖昧なものもある。
だから、この映像が頭を過ぎった時も、アニメや漫画で見たシーンを現実と混同していると思っていたのだ。
「……何か、気になることでもあるの?」
「それがよくわからないから、こうして手がかりを探ってるんだけどな」
もう一人の桜花ちゃん。皇歌が言っていた『最後の鍵』という言葉。
最初はマスターキーのことかと思っていたが、どうにも違う気がしてならない。
それに皇歌が言っていた前世の話。俺と彼女は前世で知り合っていたという話だった。
実のところ、まったく心当たりがない訳では無い。名前は覚えていないが、彼女と同じくらいの歳の少女と遊んだ記憶はあるのだ。
そして、少女の家族と思しき人たちとも、家族ぐるみの付き合いをしていたような気がする。
白い一戸建ての家。その庭でバーベキューを楽しむ人たちの笑顔が、いまも俺の記憶に残っていた。
(……待てよ?)
そうだ。少女の家に初めて招待された、あの日。
俺はメイド服を纏ったマリエルとよく似た女性に出会っていた。
名前は確か――
「ベアトリス」
と頭に浮かんだ名前を口にした瞬間、俺の意識は闇に呑まれるのだった。
【Side out】
「太老くんが倒れたって、どういうこと!?」
「……わからない。話をしてたら、急に倒れて……」
こうなった経緯を強い口調でドールに尋ねるメザイア。
ベッドの上には静かな寝息を立てて横たわる太老の姿があった。
いつもと違って覇気の無いドールを見て、メザイアは戸惑いを隠せない様子を見せる。
そんななか、太老が倒れた時の状況を尋ねるネイザイ。
「倒れる前に、何を話してたの?」
そこに何か原因を探る手掛かりがあるのではないかと考えての質問だった。
ネイザイの問いに、ドールは必死に太老との会話の内容を思い出そうとする。
そして、
「今日の料理当番はアウンだって話をして……」
「ちょ! その言い方だと、私の料理が原因で倒れたみたいじゃない!?」
酷い言い掛かりだとアウンは抗議するも、メザイアとネイザイはそっと顔をそらす。
二人はアウンの料理を目にしているからこその反応だった。
ドールほどではないにせよ、アウンの料理も太老が予想した通り、料理とは呼べない代物だったからだ。
「その後、マリエルによく似た女性の映像を一緒に見たわ」
マリエルに似た女性と言われてもなんのことかわからず、メザイアたちは首を傾げる。
だが、ドールの話を聞いて一人納得した様子で頷く人物がいた。
そう、零式だ。
「なるほど……お父様が倒れた理由は、そういうことですか」
「何か、心当たりがあるの!?」
「まあ、私とお父様は繋がっていますから」
詰め寄るドールに「お父様のことなら知らないことはない」と零式は胸を張る。
そして皆の視線が集まる中、零式は――
「お父様のプライベートに関わることなので、原因を説明することは出来ません。ですが、目覚めさせる方法がない訳ではありません」
「どうやるの!? 太老が目を覚ますなら、なんでも協力するから! お願い――」
教えて、と悲痛に満ちた声で、ドールは零式に頭を下げる。
太老には助けられてばかりで、自分はまだ何一つ太老に返せていない。
それどころか、太老が目の前で倒れたというのに見ているだけで何も出来なかった。
それが情けなくて、悔しくて堪らない。そんなやるせない気持ちをドールは胸の内に秘めていた。
だから、太老のために出来ることがあるのなら、なんでもする覚悟を決めていたのだ。
しかし、
「キスです」
「……え?」
予想外の答えが返ってきて、ドールはポカンと呆気に取られる。
だが、理解が追いつかずに固まるドールに零式は――
「だから、口付け、接吻です!」
と、お約束とも言える方法を、自信に満ちた表情で告げるのだった。
……TO BE CONTINUED
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