ハヴォニワ、シュリフォン、シトレイユ。
その三カ国と聖地を結ぶ〈大渓谷〉に集結する艦隊があった。
赤で統一されたフローラが率いるハヴォニワ艦隊。そして、緑で統一されたシュリフォン艦隊だ。
他にもフローラの連合構想に賛同した国々を中心に、各国から戦力が続々と集まって来ていた。
「いよいよだな」
「ええ」
ハヴォニワの旗艦〈マーリン〉の甲板から集結した戦力を眺めながら話すシュリフォン王の言葉に、フローラは神妙に頷く。
以前から準備を進めていたとはいえ、この作戦が決まったのは僅か二日前のことだった。
そのため、まだ半数ほどしか予定していた戦力は集まっていないが、どうしても事を急ぐ必要があったのだ。
それが――
「ババルンめ。まさか、これほどの戦力を隠し持っていたとはな」
そう話すシュリフォン王の視線の先には、空間モニターに投影されたシトレイユの艦隊の姿があった。
そう、シトレイユから大艦隊の――ババルン軍の侵攻が確認されたのだ。
しかも、ハヴォニワとシュリフォンが保有する聖機人の総数を合わせても単純な数では敵わないほどに、ババルン軍の戦力は膨れ上がっていた。
一朝一夕に用意できる数ではない。だとすれば、随分と以前から準備を進めていたと言うことになる。
それに教会から供与された聖機人だけでは数が合わない。考えられることがあるとすれば――
「教会から供与されたものではなく、新しく製造された聖機人。やはり、ババルンはプラント≠確保したみたいね」
ガイアの盾の件で薄々と気付いてはいたが、教会や結界工房と同等の技術や知識をババルンが有していることは、これで確実となった。
教会本部を襲ったのは、聖機人の製造技術を手に入れることも目的の一つにあったのだろうとフローラは察する。
ガイアだけでなく〈星の船〉すらも手にしておきながら沈黙を守っていたのは、このための時間を稼ぐためだったのだと悟らされたからだ。
「数では不利か。しかし、質では勝っているはずだ」
シュリフォン王の言うように聖機人の数では劣っているが、一人一人の聖機師の質では勝っているとフローラも思っていた。
特にハヴォニワの聖機師は『ハヴォニワの三連星』を筆頭に、若手を中心とした精鋭が揃っている。
太老が『ハヴォニワの三連星』に教えた鍛練法が軍全体に広がり、聖機師の質を向上させたのだ。
達人級とまでは言わずとも、ベテランと呼んでも過言ではない一流の腕を彼等は持っていた。
それに、シュリフォンの聖機師たちも負けてはいない。
森で生活をする彼等は主に狩りで生計を立てており、普段から身体を鍛えることに余念がない。
ダークエルフの聖機師は、三大国の中でも随一の練度を誇っていると噂されるほどの精兵だった。
とはいえ、
「ガイアの盾。それに青銅の聖機人。そして、星の船……」
その三つが敵の手にある以上、苦戦は免れないとフローラは険しい表情で話す。
そのことはシュリフォン王もわかっていた。
罠に嵌められたとはいえ、教会の率いる大部隊が何も出来ずに敗北したのだ。
しかも、青銅の聖機人と〈ガイアの盾〉に至っては、ほぼ一機で教会本部の守備部隊を圧倒したという報告がある。
一応、それに対する備え≠してあるとは言っても、不安を拭いきることは出来なかった。
異世界の伝道師 第341話『大侵攻』
作者 193
大渓谷に連合軍の艦隊が集結している頃、密かに聖地を目指す一隻の船があった。
太老の代理としてマリアが艦長を務める黄金の船〈カリバーン〉だ。
「お母様たちが敵の目を惹きつけてくれている内に、私たちはお兄様と合流しなければいけません」
船の一角に設けられた会議室。
通称〈円卓の間〉で、主要メンバーに改めて目的を説明するマリア。
マリアの他には、ラシャラ、ユキネ、シンシア、グレース、ミツキ、マリー(マリエル)と、いつものメンバーが勢揃いしていた。
「じゃが、太老が聖地に帰還すると言うのは本当なのじゃろうな?」
「うーん。絶対とは言えないけど、可能性は高いと思うよ?」
ラシャラの問いに曖昧な言葉を返しながらも、確認を取るようにグレースへと視線を向けるマリー。
そんなマリーの視線に気付き、ハアと溜め息を吐きながらグレースは手元の端末を操作する。
すると、円卓の中心に大陸の地図が浮かび上がり、そこに幾つかの光が点る。
「これは〈皇家の樹〉の反応を地図に示したものだ」
連合軍のところで光っているのは、コノヱたちのものだろうとグレースは話す。
その少し上で幾つかまとまった光が確認できるが、それがラシャラの頭の上にいる〈祭〉の生体端末やマリアたちの指輪の反応だった。
そして、いま向かっている先――聖地の中心で、最も強い光を放つ二つの反応。
それが――
「この一番強い光を放っているのが、桜花の連れている二体の生体端末の反応だ」
桜花の連れている二体の生体端末の反応だとグレースは説明する。
「ふむ。此奴と同じ存在が、まだ二体もおるとはの……」
「ああ、それも太老が作ったらしいぜ」
テーブルに〈祭〉を置き、ツンツンと指でつつきながらグレースの話を聞くラシャラ。
太老がキャイアに代わる護衛にと用意してくれたのが、この薄いオレンジ色の生体端末だった。
本体はハヴォニワの地下都市にあるが、この小さな身体で聖機人を圧倒するほどの力を有していることをラシャラは知っていた。
実際、ダグマイア率いる男性聖機師に襲われたことがあったが、それを〈祭〉が撃退してくれたのだ。
それほどの力を持つ存在を、二体も伴っているという少女。しかも、太老の妹だという話だ。
ラシャラが桜花のこと気にするのも、当然と言えば当然だった。
「桜花が太老の出現位置と時間を知っているって話が事実だとすれば――」
「そこに、お兄様が現れる可能性が高いと言うことですね」
グレースの話にマリアが相槌を入れる。
確認を取るように視線を向けてくる二人に対して、マリーも頷き返す。
そして、
「その桜花さんのことで情報があります。お姉様からお聞きした話によると――」
水穂から聞いた桜花の情報を、マリアは皆に伝える。
しかし、マリアの口から語られる信じがたい情報の数々に、ミツキを除く面々は呆気に取られる。
「生身の戦いでは、太老や水穂よりも強いじゃと?」
なかでも特にラシャラたちが驚いたのが、太老や水穂よりも高い戦闘力を秘めているというところだった。
生身で聖機人を圧倒した水穂の鬼神の如き強さは、ここにいる全員が目にしているのだ。
そんな水穂と互角の戦いをした太老。その二人を凌駕する戦闘力を持つなどと、俄には信じがたい話だった。
「嘘のように思えるかもしれませんが事実です。あのお姉様がこのような冗談を口にするはずもないことは、ラシャラさんもご存じでしょう?」
信じがたい情報ではあるが、確かに嘘ならもう少しマシな嘘を吐くというものだ。
それに、あの水穂がこんな冗談を口にするとは、マリアの言うようにラシャラも思わなかった。
しかし、だとすると問題が一つある。
「……余り考えたくないことじゃが、仮に敵対することになったらどうするつもりじゃ?」
桜花の目的も間違いなく太老にあると見ていい。
仲良く協力できればいいが、グレースの話によると余り友好的な感じではなかったらしい。
実際、桜花は一人で太老の帰りを待っているようだった。
水穂や林檎にも伝えていないことを考えると、独自の行動を取っていると思われる。
協力を持ち掛けたとしても、素直に応じてくれる可能性は低いのではないかとラシャラは考えていた。
「ユキネとミツキさんに抑えて頂くつもりです。もっと戦力を用意できればよかったのですが……」
数を揃えても相手が桜花では怪我人を増やすだけだと水穂に言われれば、マリアも頷くしかなかった。
仮に桜花を相手に少しでも戦える可能性があるとすれば、その二人しかいないとも忠告されたのだ。
可能であれば、剣士やコノヱ。それにキャイアなども戦力に加えたかったが、彼等にはババルン軍の侵攻を食い止めるという重要な役目がある。
ガイアの盾を装備した〈青銅の聖機人〉とまともに戦える可能性があるのは、現状では彼等くらいしかいないからだ。
数で劣っている以上、モルガたちも貴重な戦力だ。むしろ、ユキネやミツキをこちらに連れてくるだけでも大変だった。
「二人の実力を疑う訳じゃ無いけど、大丈夫なのか?」
グレースがマリアの案に首を傾げるのも無理はない。
相手は聖機人を生身で圧倒するほどの非常識な戦闘力の持ち主なのだ。
しかも〈祭〉のような生体端末が、二体も味方についている。
ユキネとミツキが強いとは言っても、水穂や太老ほどではない。
二人掛かりとはいえ、本当に抑えられるのかと心配するのは当然だった。
「……まともにぶつかれば、たぶん一分と保たないと思う」
そんなグレースの疑問に、桜花との戦闘力の差を考えながらユキネは冷静に答える。
むしろ、これでも相当に甘く見積もった結果だとユキネは考えていた。
下手をすると一瞬で負ける可能性すらある。それほどに実力が開いていると考えていた。
だが、その差を少しでも埋められる方法が一つだけあった。
「私たちには指輪≠ェあります」
スッと手の平を見せながら、そう話すミツキ。
左手の薬指に嵌められた指輪。太老が彼女たちに贈った〈祭〉の指輪だった。
ミツキも密かに太老から指輪を受け取っていたのだが、本当ならこれを指に嵌めるつもりはなかったのだ。
しかし、
「水穂様から、この指輪の本来の力の引き出し方を教えて頂きました」
指輪の力を解放すれば、一時的にではあるが〈祭〉の力を引き出すことが出来る。
だが、ユキネとミツキは正当な契約者ではない。彼女たちが〈祭〉に認められているのは、その指輪を贈ったのが太老だからだ。
皇家の樹の加護を受けて戦えるのは、凡そ十分が限界だという注意を水穂から受けていた。
それでも可能性があるのなら、それを試さない手はない。
その結果、自分たちがどうなったとしても――それが、ユキネとミツキの覚悟だった。
「じゃが、条件は相手も同じであろう?」
そう、ラシャラの言うように〈皇家の樹〉を伴っているのは桜花も同じだ。
条件が同じなら、地力で勝る桜花の方が有利だと考えるのは当然だった。
「恐らく、その心配は要りませんわ」
「どういうことじゃ?」
「確実なことはまだ言えませんが、条件が同じと言うことはお兄様≠味方につけた方が有利と言うことです」
ユキネやミツキが指輪の力を引き出せるのは、太老から指輪を贈られたからだ。
そして〈祭〉がラシャラの傍を片時も離れず守っているのも、太老に頼まれたからと言うのが理由として大きい。
同じことは桜花にも言える。〈龍皇〉と〈船穂〉――二体の生体端末を作ったのは太老だ。
だとすれば、その二体を説得≠キる方法はあると、マリアは秘策を考えていた。
◆
「ラシャラさん」
作戦会議も終わり、皆がそれぞれの持ち場に戻る中、マリアはラシャラに声を掛ける。
「なんじゃ?」
「少し様子がおかしかったから気になったのですが、もしかしてキャイアさんのことをまだ気にしているのでは?」
今日のラシャラは、いつもと少し様子が違うことにマリアは気付いていた。
恐らくは従者のアンジェラやヴァネッサでさえ、見逃すような些細な違いだ。
顔を合わせる度に言い争っていても、マリアはラシャラのことを親友だと認めている。
だからこそ、気付けたのだろう。ラシャラが抱えている悩みと不安に――
「まさか、御主に心配される日が来るとはの……」
マリアに心配され、苦笑するラシャラ。
いつもなら言い争いになるところだが、マリアも何も言わない。
それほどにラシャラが心を痛めていることがわかるからだ。
「よかったのですか?」
マリアが何を聞きたいのか?
ラシャラにはわかっていた。キャイアのことだ。
だからこそ、そう尋ねられれば答えは決まっていた。
「キャイアが望んだことじゃ」
キャイアは自分の意志で、剣士たちと共に連合軍に残ることを決めた。
その理由が、ダグマイアにあることくらいはラシャラも察している。
そうとわかっていて、敢えて許可を与えたのだ。
自分の手でケリを付けるつもりなのか?
それとも――
「心配せずとも、キャイアが寝返った時は我が責任を取る」
そう言ってラシャラは、寂しさと不安を押し隠すように微笑むのだった。
……TO BE CONTINUED
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