荒れ地と化した聖地にテーブルや椅子を並べ、優雅に寛ぐ桜花の姿があった。
ポップコーンをつまみながら映画鑑賞をするかのように、空間に投影された映像を鑑賞する桜花。
映像には、大渓谷へ向かって真っ直ぐに進軍するババルン艦隊の姿が映し出されていた。
「なんで、このタイミングで仕掛けてくるかな……。それに――」
空を見上げ、双眸を細める桜花。
桜花の両眼は、衛星軌道上に浮かぶ〈星の船〉の姿を捉えていた。
とはいえ、いまの桜花には宇宙空間にまで攻撃を届かせる手段がない。
いや、まったく打つ手が無い訳では無いが、奥の手まで使うつもりはなかった。
そこまでする理由が桜花にはないからだ。
桜花の目的は、あくまで太老と再会することだ。
太老から頼まれたのならともかく、この世界の問題に積極的に首を突っ込むつもりはなかった。
だから水穂や林檎にも接触せず、ゴールドと密約まで交わして自分に繋がる情報を徹底的に隠蔽させたのだ。
太老との再会に余計な邪魔を入れさせないために――
「もう少し時間を稼げると思ってたのにな……」
なのに、どうしてこうなるのかと桜花は溜め息を吐く。
このタイミングでババルン軍が侵攻してきたのは、桜花に取っても予想外のことだった。
偶然と片付けるには、余りにタイミングが良すぎる。
だとすれば、ババルンも太老が帰還する大凡の位置と時間を掴んでいる可能性が高いと桜花は睨んでいた。
それに――
『……私ではありませんよ?』
「別に疑ってる訳じゃ無いよ? 私との密約がバレて困るのは、ゴールドお姉ちゃんの方だしね」
『う、ぐっ……』
もう一つの映像には、黄金の船〈カリバーン〉の姿が映し出されていた。
通信越しに、自分が情報をリークしたのではないと無実を主張するゴールド。
とはいえ、桜花も本気でゴールドを疑っている訳ではなかった。
(なんか隠してるなと思ったけど、あの子をあのまま解放したのは失敗だったかもね……)
あの子と言うのは、グレースのことだ。
道中で知り合い、何か怪しいとは思っていたのだが、太老の知り合いと言うことで見逃したのだ。
しかし、それは失敗だったと、いまになって桜花は後悔していた。
「まあ、今更悔やんでも仕方がないか。それよりも――」
これから、どうするべきかを考える方が先だと、桜花は意識を切り替える。
恐らく聖地に向かっているのは、グレースの仲間だろう。
噂に聞くハヴォニワのお姫様≠煦齒盾フ可能性は高いと、桜花は推察する。
なら、その目的も自ずと察せられると言うものだった。
それは即ち――
「遠慮は要らないってことよね?」
敵と言うことだ。
太老との再会は誰にも邪魔をさせない。
そのためにも――
桜花は映像を眺めながら、獰猛な笑みを浮かべるのだった。
異世界の伝道師 第342話『風雲を告げる城』
作者 193
開戦の幕は突然上がった。
「おのれ、ババルンめ! 宣戦布告もなしに攻撃を仕掛けてくるとは!?」
苦々しげな表情で、映像を睨み付けるシュリフォン王。
通信での呼び掛けに一切応じないばかりか、不意を突くかのようにババルン軍の方から先に砲撃を放ってきたのだ。
今更、言葉は不要。勝つか、負けるか? 滅ぶか、滅ぼすしかない。
そういう意思表示だと、シュリフォン王は受け取った。
「シュリフォン王。どちらへ?」
「勿論、戦場だ。この手でババルンに引導を渡してくれる!」
聖機人で出撃する気なのだろう。
威勢良く飛び出して行くシュリフォン王の背を見送りながら、フローラは肩をすくめる。
とはいえ、シュリフォン王の気持ちがわからない訳では無かった。
これだけの大戦だ。武人であれば、血が騒ぐのは当然。本音で言えば、フローラも出撃したいところだった。
しかし、シュリフォン王だけでなくフローラも戦場にでれば、指揮系統に混乱をもたらす可能性が高い。
そうした判断を見誤るほど、フローラは愚かではなかった。
それに、
「私の出る幕はないでしょうしね」
聖機師の数が足りていないのならともかく、ここには世界有数の聖機師が集っている。
太老がいなくとも太老の鍛えた聖機師たちなら、きっと上手くやってくれるはずだとフローラは信頼していた。
それに、剣士たちもいる。数では負けているが、彼等がいれば十分に勝算はあるはずだ。
少なくとも、自分が出る幕はないとフローラは考えていた。
『フローラ様! 大変です!』
「何があったの?」
まずはお手並み拝見と言った様子で映像を眺めていると、侍従からの通信にフローラは眉をひそめる。
そして、切り替わる映像。最前線の様子が映し出され、
「まさか、あれは……」
フローラは目を瞠る。
敵の聖機人が手にしている黒い盾。
それは〈ガイアの盾〉にそっくりだったからだ。
「ガイアの盾のレプリカ。見ている限り、オリジナルほどの力はないようだけど……」
恐らくは、ガイアの盾を解析して作ったレプリカだとフローラは推察する。
艦隊の砲撃が通じていないことからも、少なくともオリジナルに迫るほどの防御力はありそうだった。
そんな盾をすべての聖機人が装備しているのだ。確かに脅威と言っていい。
しかし、
「備えがあるのは、こちらも同じよ」
そう、フローラが口にした直後のことだった。
剣士の乗った〈白い聖機人〉によって、盾ごと敵の聖機人が両断される。
そんな〈白い聖機人〉の手には、光輝く黄金の太刀が握られていた。
それは、カリバーンやマーリンの装甲にも使われている新素材を使い、新たに開発された聖機人用の武器。
――その名もゴルドシリーズ。
最強の盾ならぬ最強の矛。ワウアンリー・シュメ渾身の作品だった。
「黄金の戦士たちよ! 愚かな者たちにババルンについたことを後悔させてやりなさい!」
フローラの号令が戦場に響き、黄金の武器を手にした聖機人が〈白い聖機人〉の後に続くのだった。
◆
圧倒的な強さで、敵の数を減らしていく白い聖機人。
そんな剣士の活躍に続こうと、カレンやモルガを筆頭に連合軍の聖機人が次々と敵陣へと切り込んでいく。
剣士ほど軽々と〈ガイアの盾〉のレプリカを斬り裂くような真似は出来ないが、それでも効果は覿面だった。
「いまのところは優勢みたいね」
そう言って、真剣な表情で映像を眺める水穂。
聖機人の数で負けていようと、聖機師の質では圧倒的に連合軍が勝っている。
それに左右を絶壁に囲まれた大渓谷では、大部隊を展開しにくい。
それは即ち、一度に投入できる戦力に限りがあると言うことだ。
この戦いの流れは、十分に予測の出来たことだった。
しかし、
「時間が経てば、自然と連合軍の方が不利になる」
剣士たちが強いとは言っても、体力には限りがある。
そして、聖機人にも組織の劣化による稼働時間の限界があった。
ワウの開発した新型聖機人は従来のものと比べれば稼働時間が大幅に延びているが、それでも完全に組織の劣化を防げる訳では無い。
亜法結界炉の出力を上げれば上げるほど、聖機人の稼働時間は短くなっていく。
戦闘が激しさを増すほどに、消耗が激しくなると言うことだ。
それは即ち、剣士一人に頼っていては、この戦争に勝てないことを意味していた。
それを証明するかのように、敵の聖機人は積極的に攻撃を仕掛けて来ない。
ガイアの盾のレプリカを構えた聖機人を前面に押し出し、後方に控えた艦隊が砲撃による支援を行なう。
そうすることで、じわじわと消耗を誘うのが敵の狙いのだろう。
とはいえ、ここで剣士たちを後ろに下げてしまえば、今度は物量で押し切られてしまう。
まさに一進一退。綱渡りのような戦いが、映像の向こうでは繰り広げられていた。
「はあ……本当なら、もう少し手を貸してあげたいのだけど……」
それが出来ない理由が水穂にはあった。
直属の上司――『樹雷の鬼姫』こと神木瀬戸樹雷からの手紙を、林檎から受け取ったからだ。
その手紙には、ババルン軍との戦いに水穂自身が直接介入するのを禁止すると書かれていた。
水穂は情報部に籍を置く樹雷の軍人だ。『神木家第三艦隊司令官』兼『情報部副官』という肩書きがある。
軍人である以上、上からの命令には逆らえない。異世界に送り込んだ張本人が、その上司だとしてもだ。
とはいえ、
「まあ、それでも林檎ちゃんの協力を得られたし、瀬戸様には後でたっぷりと痛い目を見て貰うとして……」
このままで済ませるつもりはない。しかし、歯痒いものを感じずにいられなかった。
この世界のことは、出来る限りこの世界の人たちで解決するべきだという考えには水穂も同意だった。
しかし、太老が介入した結果でもあるため、状況がそれを許してはくれない。
だから水穂は少しでも影響を小さく、問題を最小限に抑えるために努力してきたのだ。
それを今更、行動を縛るような手紙を送り付けてくるなど、水穂が納得が行かないと感じるのは当然だった。
「……妙な命令よね。瀬戸様らしくないというか」
水穂の行動を制限したからと言って、解決する問題ではない。
家族や友人を大切にする太老であれば、黙って見ているはずがないからだ。
そのくらいのことは、水穂にだって予想できることだった。あの瀬戸が気付いていないとは考え難い。
ましてや、太老をこの世界に送り込んだのは鷲羽と瀬戸だ。
いまになって、慌てて行動を制限する理由が腑に落ちなかった。今更としか思えなかったからだ。
それに、
「そもそも私と林檎ちゃんの行動を制限したところで、それほど意味があるとは思えないのよね……」
太老を放置している時点で、水穂の行動を制限したところで意味がない。
本気で戦争に介入させたくないのなら、真っ先に行動を縛らなくてはならないのは太老の方だ。
それこそ、樹雷に呼び戻すくらいのことをしなければ、効果は無いだろう。
なのに、そうとわかっていて林檎にあのような手紙を持たせたことが、水穂は引っ掛かっていた。
むしろ、この状態で水穂の行動を制限すると言うことは、状況の悪化を招きかねない愚行だった。
だが、あの瀬戸が何の考えもなしに、そんな命令をだすとは思えない。
だとすれば、そうした状況を作りだすことこそが瀬戸の狙いなのかもしれないと、水穂は考える。
「覚悟はして置いた方が良さそうね……」
何を企んでいるのかまではわからない。
しかし、瀬戸が絡んでいる以上、面倒なことが起きるのは確実だと――
溜め息を吐きながら、確信めいた予感を水穂は抱くのだった。
◆
「……これは?」
船のブリッジで、マリアは困惑の声を漏らす。
何事もなく聖地に到着したかと思えば、そこには見慣れぬ建物がそびえ立っていたからだ。
分かり易く言えば、日本のお城≠セ。
天守閣の屋根には、金のシャチホコならぬオットセイが光輝いていた。
どうしてこんなものが、とマリアたちが呆然とした表情で城を眺めていると、
『よくきたわね!』
どこからともなく少女の声が聞こえてきた。
『この城は、お兄ちゃんの作った発明品〈虎の穴〉の亜種。キャッスル型ダンジョン――その名も風雲タロウ城!』
突然のことに頭がついていかず、マリアたちは呆然と立ち尽くす。
しかし、そんなのお構いなしとばかりに話を続ける少女。
『あなたたちのお兄ちゃんへの愛が本物なら、天守閣まで辿り着いて見せなさい!』
私はそこで待っているわ、と一方的に告げると声が途切れる。
正直なところ状況について行けず、いまもマリアの頭の中は混乱していた。
だが、一つだけはっきりとしていることがあった。
声の主。あれは――
「お兄様の妹で間違いありませんわね……」
間違いなく太老の妹≠セと、その場にいる全員が確信するのだった。
……TO BE CONTINUED
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