「ようするに、この岩を足場に対岸へ渡れと……」
訝しげな表情で、立て札に書かれているルールに目を通すマリア。
龍神池と記された池には、等間隔で無数の足場が設置されていた。
一人でも反対側に渡りきることが出来れば、クリアとなるようなのだが――
「無理してこんなところを渡らずとも、迂回すれば良いのではないか?」
ラシャラの言うように、こんな不安定な足場を無理に移動せずとも池の周りを迂回すれば良い話だ。
広い池ではあるものの迂回したところで、徒歩で三十分ほどと言ったところだろう。
危険を冒すよりは良いと話すラシャラの考えは理解できるものだった。
しかし、
「……そうして時間稼ぎをするのが、桜花さんの狙いかもしれませんわよ?」
「む……それがあったか」
太老が帰還する場所と時間は桜花しか知らない。
ということは、こうしている今も、太老が帰ってくる可能性があると言うことだ。
ここに足止めし、時間を稼ぐことが桜花の真の狙いだとすれば?
マリアの言いたいことにラシャラも気付いたのだろう。険しい表情を見せる。
「時間を無駄には出来ぬか……」
「ええ、幸いなことに一人でも反対側に渡りきることが出来れば良いみたいですし……ただ、問題が一つ」
ルールには補足事項として『ゲームに参加できるのは三名まで』『ゲームに参加したメンバーは次のゲームに参加できない』と言った幾つかの条件が記されていた。
池に落ちた者は失格とされ、ゲームを攻略できるメンバーがいなくなった時点で全員仲良く牢屋送りとなる。
ようするに、ここで戦力を一気にだしてしまうと、次のゲームが苦しくなると言うことだ。
この先どんなゲームが待ち受けているかわからない以上、出来ればミツキとユキネは温存しておきたい。
とはいえ、自分たちの運動神経では反対岸に渡りきることは難しいとマリアとラシャラは理解していた。
そこで――
「フフッ、私たちの出番みたいだな」
「えへん」
待ってましたとばかりに自分たちの出番を主張して、胸を張るグレースとシンシア。
マリアとラシャラよりも更に幼い二人は、決して身体能力が高いとは言えない。
どちらかと言えば頭脳派で、運動は苦手というイメージの方が強かった。
「……大丈夫なのですか?」
だから、当然のようにマリアは尋ねる。
しかし心配するマリアに対して、グレースとシンシアは自信たっぷりに頷き返すのだった。
異世界の伝道師 第345話『太老の影響と強化』
作者 193
「ぶっ!?」
思わず口に含んでいた飲み物を噴き出す桜花。
その原因は視線の先――空間に投影されたモニターに映っていた。
水飛沫を上げながら池を横断する影。
足場を利用せず、水面を高速で移動するその物体は――タチコマだった。
「ちょっと、それは卑怯でしょ!? ルール違反よね!?」
と桜花は叫ぶも、それに答えてくれる者はいない。
しかし、失格となっていないと言うことは、ルール的には問題ないと言うことだった。
そもそもルールには足場≠使って対岸に移動しろとは書かれていないのだ。
道具を使うのはルール違反にはならないし、ラシャラの言ったように迂回するのもルール上は問題ないと言うこと。
ちょっとした思い込みを利用したゲームだった。
「くッ! 普通は迂回するところでしょ。まさか、あんな方法で……」
一瞬、太老なら同じようなことをしそうだと思う桜花だったが、その考えはある意味で的を射ていた。
タチコマは太老が蒸気動力で動く機工人を元に、ワウアンリーと共に設計した水陸両用の万能戦車だ。
そして、タチコマネットを始めとしたソフトウェア面のシステムを構築したのはシンシアとグレースだった。
言ってみれば、グレースとシンシアも太老の弟子≠ニ言えなくない。
弟子は師匠に似るものだ。発想が似ているのも当然と言えば当然だった。
「フフッ……少し甘く見ていたようね。でも、最初のゲームは小手調べ……本番はここからよ」
悪役のような台詞を口にしながら、クツクツと肩を震わせて笑う桜花。
しかし、彼女はまだ知らなかった。
太老の影響を受けているのは、グレースとシンシアだけではないと言うことを――
◆
「アンジェラ。そこは右の扉じゃ」
「はい、ラシャラ様」
三つの扉が並び、その中で正解は一つだけと言うゲームを一度も間違うことなく進むラシャラとアンジェラ。
何か特別なことをしている訳では無い。ただ、ラシャラは勘≠セけで正解の道を言い当てていく。
「相変わらず、勘の働く人ですわね。お金が絡まない限り……」
元よりラシャラの嗅覚が異常なまでに鋭いことを知っているマリアは、特に驚くことなくゲームを見守っていた。
欲をかきすぎて失敗することの多いラシャラではあるが、頭は良く勘も悪くない。むしろ、金銭が絡まなければ有能なのだ。
歴史に名を残す為政者となる資質と能力を持っているとマリアも認めているからこそ、ラシャラをライバルと認め、親しくしているのだ。
そのなかでも特に凄いと思うのが、勘の鋭さだった。
綿密な計画を立ててから動くマリアと違い、ラシャラは自分の直感を信じて動くところがある。
こう聞けば行き当たりばったりに思えるかもしれないが、その勘が昔から良く当たるのだ。
「……真ん中じゃな」
少しは迷う素振りを見せるも、ちゃんと正解を言い当てるラシャラ。
母親の無茶に幼い頃から振り回されてきたラシャラは、その影響もあってか危険を察知する能力に長けていた。
その能力が太老との出会いで研ぎ澄まされ、本人も気付かない内に少しずつ強化されてきたと言う訳だ。
なんとなく嫌な予感がする扉を避けることで、ラシャラは正解の扉を次々に言い当てていく。
これが金銭が絡むと悪い方向に働くのだから世の中上手くは行かないものだ。
「どうやら、次の扉で最後のようじゃな」
「はい。それに……門番のようですね」
門番と思しき石造りのゴーレムが、ラシャラとアンジェラの前に立ち塞がる。
スッとラシャラを庇うように、ゴーレムの前へでるアンジェラ。
そして、大きく息を吸い込んだかと思うと――
一瞬にして間合いを詰め、ゴーレムの腹部目掛けて掌打を抜き放っていた。
「さすがじゃ」
全長三メートルは優に超えようかという巨大なゴーレムの身体が宙に浮く。
だが、一切の油断なく追撃を仕掛けるアンジェラ。
鋭い踏み込みから回し蹴りを放つと、ゴーレムの身体が砕け散る。
大気を震わせるような衝撃と共に、地面を転がるゴーレム。
ピクリとも動かなくなったゴーレムの残骸を見て、ラシャラは満足そうな笑みで頷くのだった。
◆
「な、ななな……」
モニターを眺めながら、言葉にならないと言った表情を浮かべる桜花。
運の絡むゲームなら一人くらいは脱落するだろうと、ゲームの様子を見守っていたのだ。
しかし一度もハズレを引くことなく最後まで正解の扉を言い当てたばかりか、ゴーレムを瞬殺したアンジェラの戦闘力に驚かされる。
だが、それも当然と言えば当然だった。
アンジェラは聖機師ではないものの格闘術を得意としており、近接戦闘能力は大陸でも数本の指に入る実力者だ。
その上、太老と交流を持つようになってからは、密かにヴァネッサと共に『冥土の試練』で身体を鍛えていた。
そのため、水穂のように聖機人を生身で相手にするような真似は出来ないが、ヴァネッサと手を組めば剣士とも互角以上に戦えるほどの成長を遂げていた。
「くッ! わかったわ。全部、お兄ちゃんの仕業ね」
ようやくマリアたちの背後にいる人物を察する桜花。
ミツキやユキネの動きを見た時から、何かがおかしいとは思っていたのだ。
恒星間移動技術どころか『生体強化』という概念もない異世界の住人が一体どうやって、これほどの力を手に入れたのか?
考えられる答えは一つしかなかった。――太老だ。
「だとすると……」
油断はならないと、桜花はマリアたちの評価を更に上方修正する。
それでも天守閣まで辿り着くのは難しいと思うが、太老が鍛えたのだとすれば可能性がゼロとは言い切れなかった。
一人一人の能力は自分に遠く及ばずとも、光る一点だけを見れば侮れないと感じたからだ。
実際、互いに足りないところをマリアたちは上手く補完し合い、ゲームの攻略を進めていた。
いつものマリアとラシャラなら、こんな風に協力することはありえないのだが、共通の目的を前に一致団結したと言ったところなのだろう。
「もしもの時のことも考えておかないといけないわね。となれば――」
打てる手は打っておくべきだと桜花は考え、端末に手を伸ばす。
しかし、そこでようやく自分の置かれている状況を理解した。
「え? なんで?」
幾ら操作しても、端末の反応がないのだ。
外の様子がモニターに映しだされることもない。
いや、それだけではない。一旦外へでようとするも、どう言う訳か転送ゲートも開かなかった。
原因はわからない。しかし、マリアたちだけでなく自分も――
「え? これって、もしかして――」
この世界に閉じ込められたのだと、桜花は気付くのだった。
◆
「お姉ちゃんたちには悪いけど邪魔をされると困るから、しばらくそこで大人しくしててね」
高台から城を見下ろすマリーの手には、四角いキューブ状の物体が握られていた。
亜空間に様々な道具を仕舞っておけるアイテムだ。
実はこれ、GPの一級刑事・九羅密美星が愛用しているキューブと同型のものだった。
どうして、そんなものを彼女が持っているのか?
それはわからないが、はっきりとしていることが一つだけあった。
「言わなかったけど、本当は私もお兄ちゃんが帰ってくる時間と場所を知ってるんだよね」
マリーがキューブのことを黙っていたのは、最初からマリアたちと桜花をぶつけるのが狙いだったと言うことだ。
少しだけマリアたちに悪いことをしたと言う罪悪感はあるが、それでもマリーには優先すべきことがあった。
他の何よりも大切なこと。そのために、マリエルと一緒にこの計画≠立てたのだ。
「お兄ちゃんの邪魔は誰にもさせない」
すべては太老のために――
誰であろうと、太老の邪魔はさせない。
それが、マリーとマリエル。二人の抱く共通の想いだった。
……TO BE CONTINUED
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