「いまのところは優勢を保っているみたいね」

 しかし、油断はならないと険しい表情でモニターを見詰めるフローラの姿があった。
 船のブリッジに設置された複数台のモニターには、刻一刻と移りゆく戦場の様子が事細かに映し出されていた。
 その一つ一つに一瞬も見逃さないように目を配りながら、フローラは的確に指示をだしていく。
 現在の戦況は、連合軍の優勢。数の上では、まだまだババルン軍の方が上回っているが、完全に流れは連合軍に傾いていた。
 だが、

「でも、このままだとちょっと拙いかしら……」

 いまは優勢を保っているが、それがひっくり返るのも時間の問題だとフローラは見る。
 損耗率はババルン軍の方が大きいが、連合軍も疲弊していない訳ではないからだ。特に聖機人の消耗が激しかった。
 聖機師は幾らでもいるとは言わないが、ローテーションで出撃できるように人数に余裕を持たせてはいる。
 しかし、肝心の聖機人が連合軍には不足していた。

 聖機人は酷使すればするほど組織の劣化を早めることになり、何れ使い物にならなくなる。
 少しでも劣化を遅らせるため、聖衛士に回復亜法を使わせているが、それでもダメージは蓄積されていく。
 それにワウアンリーの開発した〈ゴルドシリーズ〉は確かに強力な武器ではあるが、ブレインクリスタルで作られたオリジナルリングのコピーが使われているため、亜法耐性の高い尻尾付きの聖機師でもなければ本来の力を発揮できない。その上、従来の聖機人では稼働時間が大きく減少してしまうというデメリットを抱えていた。

 だが、フェンリルを搭載した新型の聖機人は量産が遅れていて、ハヴォニワでも十数機しか存在しない。
 すべての聖機人を改修している時間もなかったことから、独立部隊に所属する剣士たちの分しか用意できなかったのだ。
 せめて教会本部が無事だったのなら、新たな聖機人を教会から供与してもらうことも出来ただろう。
 しかし〈星の船〉によって空間凍結された教会本部は、いまは誰も立ち入ることが出来なくなっていた。
 時間を掛ければ結界を解除できる可能性はあるが、いまはそんな余裕もない。
 恐らくは、そこまで見越しての行動だったのだろうとフローラは考える。

「……本当に厄介な男だわ」

 ただの聖機工からシトレイユの宰相にまで上り詰めた男だ。
 有能であることは分かっていたが、こうして敵に回すと厄介極まりない相手だとフローラは顔を顰める。
 とはいえ、負けられない戦いである以上、どれだけ不利な状況であっても弱音を吐く訳にはいかなかった。

「前線の部隊から報告! 青銅の聖機人が現れたそうです!」
「なッ!?」

 いつかは姿を現すと思っていたが、まさかこのタイミングでとフローラは驚く。
 戦い方からも、ババルン軍が連合軍の消耗を狙っているのは明らかだ。
 だから敵の切り札が登場するのは、勝利を確信してから――もう少し後だと思っていたのだ。
 しかし、何れ倒さなければならない敵が自分の方から姿を現してくれたのは都合が良い。

「全部隊に指示を! 青銅の聖機人の相手は剣士殿たちに任せ、全力でサポートを! 何人たりとも剣士殿たちの邪魔をさせてはダメよ!」

 いまならまだ剣士たちの消耗も少ない。
 一か八かの賭けになるが、ここが踏ん張りどころだとフローラは指示を飛ばすのだった。





異世界の伝道師 第344話『特異点体』
作者 193






「……青銅の聖機人」

 いつになく緊張した様子で、息を呑む剣士。
 右手に漆黒の剣を持ち、左手に〈ガイアの盾〉を装備した〈青銅の聖機人〉が剣士たちの前に佇んでいた。

「柾木剣士だな。あの男の弟――」
「……まあ、うん。微妙に答えにくい質問だけど、太老兄のことを言ってるなら……」

 ダグマイアの問いに、剣士は微妙に歯切れの悪い答えを返す。
 同じ家で兄弟のように育ったと言う意味では間違っているとも言えないのだが、正確には剣士と太老は親戚≠セ。
 だからと言って今更否定するつもりはないが、弟と言うことで太老と同じ括りにされるのは、まだ微妙に抵抗を持っていた。

「お前に恨みはない。だが、あの男を超えるためにお前≠ノは俺の糧≠ニなってもらう」

 青銅の聖機人の背から光が噴き出しかと思うと一瞬にして肉薄され、剣士は目を瞠る。

「速い!?」

 それでも咄嗟の判断力と持ち前の反射神経で、青銅の聖機人の一撃を寸前のところで回避する剣士。
 しかし反撃の隙を与えてもらえず、防戦一方に追い込まれていく。
 以前のダグマイアとは、まるで違うパワーとスピード。
 何より気迫の籠もった一撃一撃が、剣士の技術を凌駕する。

(この人……強い!?)

 確かに剣士は優れた技術と才能を持ってはいるが、まだ子供と言うことで実戦の経験が乏しい。
 殺し、殺されるかも知れないという戦いに、彼は慣れていなかった。
 まだ格下が相手なら、それでもどうにかなっただろう。
 しかし、いまのダグマイアは剣の技量はともかく、パワーとスピードだけなら剣士と互角。
 いや、それ以上の力を身に付けていた。

「さすがだ。だが――」

 更に速さを増した〈青銅の聖機人〉の一撃を剣を合わせることで受け止める剣士。
 しかし、ダグマイアの武器に触れた瞬間――どう言う訳か、剣士の武器が一方的に砕け散る。

「な――ッ!?」

 そのまま袈裟斬りに肩に一撃を受け、後ろに大きく仰け反る白い聖機人。
 壁際に追い込まれ、後ろに下がることの出来なくなった剣士に、ダグマイアは〈ガイアの盾〉を向ける。
 その直後、轟音を響かせ、ガイアの盾から放たれた光が――白い聖機人を呑み込むのだった。


  ◆


 もくもくと戦場に広がる土煙。
 白い聖機人のいた場所には、ガイアの盾が放った光によってトンネルのように丸く抉り取られた岩壁の姿があった。
 突如、戦場に訪れる静寂。ガイアの生み出した爪痕を呆然と眺める人々。
 そんななか――

「ダグマイア!」

 ダグマイアの名を叫ぶ、キャイアの声が響く。
 叫びながら〈青銅の聖機人〉に斬り掛かるも、あっさりと盾で受け止められ、弾き飛ばされてしまうキャイア。
 そして、追い打ちとばかりに距離を詰める青銅の聖機人。その間に二体の聖機人が割って入る。
 キャイアの聖機人よりも更に深い赤の〈真紅の聖機人〉と、黄土色の聖機人。
 ――イザベルとモルガの乗る聖機人だった。
 だが、

『な――ッ!?』

 剣士の時と同じように武器が粉々に砕け散り、二体の聖機人はダグマイアの放った尻尾の一撃を受けて弾き飛ばされる。
 岩壁に叩き付けられながら、呆然とするイザベルとモルガ。
 柄だけを残して、二人の装備していた武器は完全に消失していた。

「普通じゃないわね……」
「ええ、確実に捉えたと思っていましたのに……手応えがありませんでしたわ」

 体勢を立て直しながら、互いに感じ取ったことを口にするイザベルとモルガ。
 完全に決まったと思われた不意の一撃が無効化されたのだ。
 盾で防がれたのなら理解できるが、二人の一撃は〈青銅の聖機人〉を捉えていた。

「その武器。〈黄金の聖機人〉を参考に造られたものらしいが、亜法の武器は俺には通用しない」

 そんな二人の疑問に、あっさりと答えるダグマイア。
 コアクリスタルを身体に移植された影響か?
 それとも瀕死の重傷を負ったことで眠っていた力が覚醒したのか?
 どうしてそのような能力に目覚めたのかは、ダグマイア自身もよくわかってはいない。
 しかし、

「俺はこの力≠ナ、正木太老を越える」

 ガイアの盾。そして、この亜法を無効化≠キる力があれば、太老の〈黄金の聖機人〉とも互角に戦える。
 そして今度こそ太老に勝つのだと、ダグマイアは強い口調で決意を顕にするのだった。


  ◆


「まさか、あれは反亜法=c…」

 モニター越しに剣士たちの戦いを見守っていた教皇は驚きの声を漏らす。
 その隣では、学院長も驚きを隠せない様子で固まっていた。

「お祖父様、学院長……反亜法と言うのは?」

 船のブリッジでモニターを眺めたまま呆然と固まる二人に声を掛けるリチア。
 二人の様子からただごとではないと、感じ取ったのだろう。

「古い伝承に残っている話で、私も実際に目にしたことはない。だが――」

 ありとあらゆる亜法を無効化する力のことを、昔の人々は『反亜法』と呼んでいたと教皇は説明する。
 そうしたことから太老の〈黄金の聖機人〉の力も反亜法が関係しているのではないかと、以前から教皇は疑っていたのだ。
 しかし、

「亜法を無効化……それは、もしかして〈黄金の聖機人〉のような……」
「いや、似ているが恐らくは違う。ダグマイア・メスト……彼はもしかしたら特異点体≠ネのかもしれない」
「……特異点体?」

 祖父の口から聞き慣れない言葉を耳にして、リチアは聞き返すように同じ言葉を口にする。
 だが、リチアが知らないのも無理はなかった。
 ここ数千年、実際に特異点体≠ェ現れたという話は聞かないからだ。
 その名が記されているのは、この世界に嘗て存在した統一国家の古い伝承。
 建国期と呼ばれる文章の一節に、僅かに存在が記されているだけだった。

「私も詳しいことは知らない。だが、その者は反亜法の中心に身を置くことでありとあらゆる亜法を無効化≠オ、伝説の魔神をも凌駕する強靱な肉体と力を持つという話だ」

 嘗て、この世界にたった一人だけ存在したとされる特異点体。
 それが、統一国家の建国期にも名が記されている『フォトン・アース』だった。
 勿論、教皇とてそうした話を鵜呑みにしていた訳では無い。
 この手の話は権力者の手によって歪められ、誇張されて伝えられることが多いからだ。
 しかし、仮に伝承が事実であったとすれば、ダグマイアが急激に力を付けた理由にも、ある程度の説明が付くと教皇は考えたのだ。

「よもや、このような日が来るとはな」
「運命なのかもしれませんね。剣士くんのことも含めて――」
「だとすると、正木卿はすべて察していたのやもしれぬな」

 教皇と学院長の話を聞き、どうしてここで剣士の名前が出て来るのかと首を傾げるリチア。
 二人の話を聞く限りでは太老も何かを知っている様子だが、リチアはまったく話について行けてなかった。

「あの……お二人は一体なにを……」
「すべてを語る時が来たのかもしれぬ。しかし、その前にリチア。お前には一つ聞いておかなくてはならないことがある」
「……お祖父様?」

 教皇から鋭い視線を向けられ、背筋を震わせるリチア。
 そして、

「私の後を継ぎ、教皇になると言うことは、この世界の真実≠ニ向き合うと言うことだ。お前にその覚悟≠ヘあるのか?」

 実の祖父から『本当に覚悟はあるのか?』と問われ、リチアは息を呑む。
 あると口にするのは簡単だ。しかし自分が次の教皇になると言うことを、そこまで深く考えたことがあるかと言えば否≠セった。
 他の枢機卿に教会の未来を託すよりは、それが最善の策だと周りに言われ、ほとんど成り行きに身を任せていたに過ぎない。
 しっかりと自分の考えで決めたのかと言われれば、リチアは首を縦に振ることが出来なかった。
 しかし、

「お祖父様のように、しっかりとした考えを持っている訳ではありません。ですが、私はまだ何も皆さんに恩を返せていません。こんな私を信じて支えてくれた友人≠フ力になりたいのです!」

 マリア、ラシャラ。それに他にも多くの人々に支えられ、いまリチアはここに立っている。
 マリアたちが本気で心配して少しでもリチアの立場を良くしようと色々と考え、動いてくれたことはリチア自身も察していた。
 最初は自分の考えではなかったのかもしれない。でも、いまは違う。
 信じて託された以上は、その責任を果たしたい。友人の期待を裏切るような真似はしたくなかった。

「友達の力になりたい、か……。リチアからそのような言葉を聞くことになるとはな」

 昔のリチアからは聞けなかったであろう言葉を耳にして、教皇はしみじみと呟く。
 そんな祖父の反応に頬を染め、恥じらいを見せるリチア。
 そして――

「すべてを話そう。その上で、お前はお前の信じる道を進みなさい」

 一転して真剣な表情を浮かべると、教皇はリチアにそう告げるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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