「ちょっとおおおおお! そんなのってアリ!?」

 奇声を上げながら地団駄を踏む桜花。
 無理もない。順調に一人も欠けることなく幾つもの試練を突破したマリアたちは城への潜入を果たしていた。
 そして『冥土の館』と称された迷路へと足を踏み入れたのだが、そこでも桜花の予想を上回る活躍を見せたのだ。
 迷路の中を徘徊する鬼(武装メイド)に捕まると失格というルールなのだが、ミツキが逆に鬼を捕縛してしまったのだ。
 その隙にシンシアがいつも連れ歩いている小さなタチコマを使って正解のルートを割り出し、悠々とゴールする姿が映像には映し出されていた。

「鬼を逆に捕まえるとか。やっぱり、お兄ちゃんの影響を受けてるわね。彼女たち……」

 普通はそういう発想に至らない。捕まったら失格とルールに書かれていれば、鬼から逃げるのが普通だ。
 なのに逆に鬼を罠に掛けて捕まえるなどと、非常識も良いところだった。
 しかし、ルール上は問題ない。鬼を捕まえてはいけないとルールには書かれていないからだ。
 太老の用意した試練には、そうしたルール上の抜け道が幾つも用意してあった。
 力だけでも知識だけでも、すべての試練をクリアすることは出来ない。必要なのは常識を覆す柔軟な思考だと言う訳だ。
 これは哲学士に通じるところがある。哲学士とは既存の技術を組み合わせ応用することで、新たな発見をする職業でもあるからだ。

 ようするに――哲学士の作ったものに常識≠ヘ通用しない。

 必要なのは、固定観念を捨て去ること。
 常識を覆す非常識だった。

「残る試練は三つ……」

 マリアたちが天守閣までやってくる可能性は高いと桜花は考える。
 当初は一人も辿り着けないと思っていたが、それは大きな誤りだったと計算違いを認めていた。
 いざとなれば自分だけ外へ抜け出すことで、ここにマリアたちを閉じ込めるつもりでいたのだが、それも今では叶わない。
 桜花自身も、この結界の中から抜け出すことが出来なくなってしまったからだ。
 なら、この中からでる方法は一つしかない。――ゲームを終わらせることだ。
 一番簡単なのは、桜花がマリアたちに倒されればゲームは終わる。
 とはいえ――

「勝つのは、この私よ!」

 マリアたちに負けてやるつもりなど、桜花には微塵もなかった。
 その方が手っ取り早いとわかっていても、女には譲れない戦いというものがある。
 桜花はマリアたちに、『太老への愛が本物なら天守閣まで上ってこい』と宣言したのだ。
 同じことは桜花にも言える。マリアたちに敗北すると言うことは、太老への愛で負けると言うことだ。
 自分から仕掛けて敗北するなど、恥さらしも良いところだ。太老に合わせる顔がないと桜花は意気込む。
 しかし、そこまで計算してマリーとマリエルが暗躍していることに、まだ桜花は気付いていなかった。





異世界の伝道師 第347話『真のガイア』
作者 193






「何よ、あれ……」

 得体の知れないものを見るかのような表情で、声を震わせるキャイア。
 ガイアの盾が突然カタチを変え、黒い泥のようなものに変化したかと思うと、ダグマイアの乗った〈青銅の聖機人〉を呑み込んでしまったのだ。
 そして現れたのは――全身を漆黒に染め、悪魔のような羽を生やした異形の聖機人だった。
 辛うじて二つの足で立ってはいるが、既に人のカタチをしていない。御伽話に登場する竜≠フようだ。
 だが、ガイアの変化はそれだけで終わらなかった。

「ダグマイア様! 何を――」

 剣士たちを狙うのではなく、味方の聖機人を捕食≠オ始めたのだ。
 青銅の聖機人と同じようにガイアの生み出した泥に呑まれていくババルン軍の聖機人。
 その光景にキャイアだけでなく、連合軍の兵士たちも恐怖に震え、呆然とする。
 そして――

「うわあああッ! 助けてくれええええ!」

 連合軍、ババルン軍。どちらの兵士が先に発した悲鳴かはわからない。
 得体の知れないものに対する恐怖。敵味方を問わず襲い掛かるガイアを見て、戦場はパニックに陥る。
 ガイアから少しでも距離を取ろうと、我先にと逃げ出す兵士たち。
 しかし、そんな彼等に向かってガイアの口から放たれた光が迫る。

「やめろおおおおおッ!」

 その光景を前に、真っ先に飛び出したのは〈白い聖機人〉――剣士だった。
 ガイアの頭部目掛けて、体重を乗せた回し蹴りを放つ剣士。その直後、大気を震わせるような衝撃が走る。
 しかし、

「な――ッ!?」

 ビクリともしないばかりか逆にガイアの尻尾に足首を絡み取られ、放り投げるように〈白い聖機人〉は岩壁に叩き付けられてしまう。
 操縦席で苦悶の表情を浮かべ、肺から息を吐く剣士。
 そんな剣士を助けようと、モルガとカレンも左右からガイアに襲い掛かるが――

「くッ!?」
「きゃあッ!?」

 腕の一振りで弾き飛ばされてしまう。
 無数の聖機人を取り込んだガイアは質量を増し、通常の聖機人の三倍ほどの大きさに変化していた。
 しかも、まだ完全に成長が止まったわけではなかった。
 邪魔者がいなくなったことを確認すると、再び食事に戻るガイア。
 逃げる兵士たちに襲い掛かり、敵味方を問わず手近な聖機人をその身に取り込んでいくのだった。


  ◆


「先程の一撃で、七番と十二番の船がやられました」
「救助と手当てを最優先! 前線の部隊にも撤退の指示を! 他の船も一旦下がらせなさい」

 ガイアの放った光に呑まれ、連合軍の部隊にも甚大が被害が出ていた。
 被害状況を確認したフローラは、すぐに旗艦から指示を飛ばす。

「……また、とんでもないのが出て来たわね」

 モニターに映るガイアの姿を眺めながら、そう呟くフローラ。
 戦争をしているどころではなくなった、と言うのがフローラの本音だった。
 そもそもガイアの暴走で、既にババルン軍も統制が取れていない。
 ガイアから逃げるのが精一杯で、前線では敵と味方が入り乱れていた。
 この状態では、戦争の継続など不可能だ。

『フローラ女王! あれはなんだ!?』

 割り込むように通信が入り、ガイアの映し出されたモニターにシュリフォン王の顔が映る。
 無理もない。あんな光景を見せられれば、誰だって恐怖を感じる。
 それでも闇雲に逃げるのではなく前線に残って指示をだし、少しずつ味方を後退をさせているのは、さすがと言ったところだろう。

「なんだと聞かれても……ガイアだとしか」
『ガイアと言うのは、聖機人を食べる化け物なのか?』

 そこはフローラも疑問に思っているところだった。
 先史文明を滅ぼした最強の聖機神。それが『ガイア』だということくらいしか、フローラも聞かされていないからだ。
 教会から渡された資料にも、このようなことは一切書かれていなかったのだ。
 とにかく今は少しでも情報が欲しい。教皇に話を聞くべきだと考えたフローラは端末へと手を伸ばすが――
 タイミングを見計らっていたかのようにリチアから通信が入る。

「その様子だと、やはり教会はこのことを知っていたのね」
『……知っていたと言うよりは予想≠オていたと言った方が正しいかと』
「どういうことかしら?」

 教会の秘密主義は今に始まったことではないが、既に敵味方共に甚大な被害がでているのだ。
 これ以上の隠しごとは許さないと言った顔で、フローラはリチアに詰問する。

『ガイアとは聖機神を示す名称ではなく、本来は人造人間の研究から生まれたものだったそうです』

 人造人間を開発したとされる人物、ガルシア・メスト。
 黄金の聖機神を超える最強の聖機神≠作るには、機体だけでなく操縦者の方も重要だと彼は考えた。
 そうして始まったのが、最強の聖機神ならぬ最強の聖機師≠生み出す研究だったと言う訳だ。
 そして、気の遠くなるような歳月を掛けて研究と実験を重ねた結果――

『偶然手に入れた英雄≠フ遺伝子を用いることで、遂にガルシア・メストは完成させたのです』

 それが、最強の人造人間――ガイアと呼ばれる存在。
 そして、ガイアの力を十二分に発揮するために開発された兵器こそが〈ガイアの盾〉だとリチアは話す。

『待て。ガルシア・メストの意志を継いだ研究者が、ガイアを完成させたのではないのか?』
『それも嘘ではありません。ですが、彼等が完成させたのは〈ガイアの盾〉であって、ガイアではないと言うことです』

 そういうことかと、シュリフォン王はリチアの話に納得する。
 機体だけでも操縦者だけでも意味がない。二つが揃って、初めて真のガイアとなるのだと理解したからだ。
 そして、ガルシア・メストの死後。彼の研究を受け継いだ者たちは〈ガイアの盾〉を完成させた。
 そうして生まれたのが、人類を滅亡の寸前にまで追い込んだ最凶最悪の聖機神――ガイアだったと言う訳だ。

「偶然手に入れたと言ったわね。その英雄って……」
『先史文明は、統一国家と呼ばれる一つの国が世界を支配していました。その国で建国の英雄≠ニ呼ばれていた人物です』

 名は、フォトン・アース。
 どこで、どうやってフォトンの遺伝子情報を手に入れたのかはわからない。
 しかしガルシアは、マジンをも倒したとされる英雄の力に着目したのだ。
 亜法を無効化する力。それがあれば、黄金の聖機神とも渡り合えると考えたからだった。

『その英雄は亜法を無効化する力を使い、マジンを倒したと伝えられています』
「それって、まさか……」
『はい。ダグマイアさん……〈青銅の聖機人〉が使っていた力です』

 リチアの説明を受け、フローラのなかですべてが繋がる。
 ダグマイアが急速に力を付けた理由。そして、目の前で起きているガイアの変化。
 それは即ち――

「ダグマイアの身体に、ガイアのコアが移植された。そういうことね?」
『はい』
『待て……では、ババルンとは一体何者なのだ?』

 ガイアの秘密は教会でさえ、一部の者しか知り得ないような話なのだ。
 ババルンが元は聖機工だったとは言っても、幾らなんでも知りすぎていることにシュリフォン王は疑問を持つ。

『恐らくは、ガルシア・メスト本人』
『な――』

 リチアの話を聞き、驚愕の表情を浮かべるシュリフォン王。

『正確には、ガルシア・メストの記憶と知識を持った人造人間だと、お祖父様は考えているようです。恐らくはガイアのコアに自身の人格を転写していたのではないかと。それが、子孫の手へと渡り――』
「……ババルンの身体に埋め込まれたと言う訳ね」
『恐らくは、そんなところかと……そして、今度はダグマイアさんがガイアのコアに浸食された』

 昔のババルンは身体は丈夫ではなかったものの優秀な聖機工で、真面目な性格の男だったという話だった。
 そんな男が変わってしまったのは、ダグマイアが生まれてすぐの頃のことだ。
 死の間際、父親からガイアのコアを託されたババルンは徐々にガルシアの人格に浸食され、次はダグマイアが――

「と言うことは、既にババルンは……」
『運が良ければガイアの支配から解放され、元の人格を取り戻している可能性はありますが……』

 少し言い淀みながらも、悲しげな表情でフローラの疑問に答えるリチア。
 普通の人間にコアクリスタルを移植すれば、肉体の方が耐えられない。恐らくは先代のメスト家当主――ダグマイアの祖父が早くに亡くなったのも、コアの浸食に肉体が耐えられなかったのだろう。だからこそ、次の依り代としてガイアのコアはババルンを選んだ。しかし、それも十数年の歳月によって浸食が進み、肉体が限界に近付いていたのだと察せられる。だから今度はダグマイアの身体に乗り換えたのだと、リチアは話す。

『恐らくは既に亡くなっているか。もしくは……』

 生きていたとしても無事である可能性は低い。
 通常は廃人と化し、二度と意識が目覚めないまま死を迎える。
 それが、コアクリスタルを身体に移植された者が辿る末路だった。





 ……TO BE CONTINUED



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