「生きてる?」
仰向けに倒れる聖機人の上に立ち、ぐったりとした様子で操縦席に座るエメラに声を掛ける褐色の肌の女。
「コクーンの機能に助けられたね。普通なら死んでるよ」
彼女こそ柾木水穂直属の部下にして、弱冠十六歳で実働部隊を率いる少女、ランだった。
聖機人のコクーンは聖機師の安全を確保するために、特殊なフィールドで守られている。
コクーンの内部を亜空間と繋げることで、攻撃が聖機師まで届くことはないように設計されていた。
もっともコクーンを壊されれば聖機人が動くことはないし、聖機師もダメージがまったく受けないと言う訳ではない。
聖機人とは精神を機体と同調させることで、自分の手足のように動かすことが可能な人型機動兵器だ。
しかし、その代わりに聖機人の受けたダメージは聖機師にフィードバックされる構造となっていた。
あくまで精神的なダメージに過ぎないが、なかには本当に斬られたと錯覚してショック死する者もいる。
剣で胸を貫かれ、まだ意識を保てているのは、それだけエメラが強靱な精神力を持っている証明でもあった。
「ダグマイア様は……?」
「自分の身体を心配する前に男の心配って……」
少し感心したかと思えば、自分のことよりも真っ先にダグマイアの心配をするエメラにランは呆れる。
正直に言って、ランは聖機師のことが余り好きではなかった。
いや、嫌っていた。憎しみすら抱いていたと言ってもいい。
元女性聖機師だった母――コルディネが、未だに特権階級への未練を捨てきれずにいることに気付いていたからだ。
稼働時間が短いのがコルディネが浪人となった要因の一つだが、何より腹を痛めて産んだ子供――ランが聖機師の資質を備えていなかったことが致命的だった。
女性聖機師の務めは戦うことだけではない。聖機師の資質を持つ子供を産むことも女性聖機師に課せられた義務だ。
故に義務を果たせない女性聖機師に価値などない。コルディネが浪人となったのも、それが最大の理由だった。
そのことを知った日からランは社会を憎み、その怒りを聖機師へ向けるようになっていった。
そして、そんな聖機師にまだ未練を抱き続けているコルディネを嫌うようになっていったのだ。
しかし太老との出会いが、そんなランの見方を変えた。
聖機師が嫌いなのは変わらない。聖機人なんてものをありがたがっている連中に碌な奴はいない。それが、ランの考えだ。
でも、太老は違った。太老は聖機人をただの道具≠ニしか見ていない。
プライドの高い聖機師なら、聖機人を領地の開拓に利用しようなどと普通は考えない。
そうした太老の考え方は、聖機師に人生を狂わされたランにとって価値観を破壊するほどに衝撃的なものだった。
更には、そんな太老の考えに感化されて変わっていくハヴォニワの聖機師たちを見ている内に――
自分のしてきたことは、これまで抱えてきた悩みや葛藤はなんだったのかと、考えるようになっていったのだ。
そんな時だった。エメラと出会ったのは――
正木商会へ連れて来られたばかりのエメラを見て、ランはすぐにピンと来た。
彼女は、きっと昔の自分と同じだと――
聖機師なのに聖機人を少しもありがたがってない。
それどころか、どこか聖機師を――このシステムを作りだした社会を憎んでいるところがある。
そう感じたのは、いまでも間違いではなかったとランは思っている。
だから、ランはエメラをここ≠ヨ連れてきたのだ。
「アンタの男なら、あそこだよ」
空を見上げながらエメラの質問に答えるラン。
その視線の先には敵味方を問わず、逃げる聖機人を捕食するガイアの姿があった。
「ダグマイア様をお助けしないと……」
「無理。アンタじゃどうやったって、アレを止めることなんて出来ない」
ダグマイアの元へ向かおうとするエメラに、容赦なく厳しい言葉を放つラン。
鋭い視線でエメラに睨まれながらも、ランは余裕の表情でフンと鼻で笑う。
そもそも戦場にエメラを連れてきたのは、ダグマイアを助けさせるためではない。
周りが何一つ見えていない自分の愚かさ≠理解させるためだった。
「アンタみたいなバカは、口で言っても理解できないだろうからね」
だからここでしっかりと見届けな、とランは昔の自分に言い聞かせるように告げるのだった。
異世界の伝道師 第348話『ランとエメラ』
作者 193
「よろしかったのですか?」
メイド服を着た侍従の一人に尋ねられ、水穂は肩をすくめる。
「ええ、正直に言うと良くはないのでしょうけど」
もう少し様子を見守りたい、と水穂は話す。
ランの行動を水穂は最初から把握していた。その上で、敢えて見逃したのだ。
エメラはよく働いてくれていたが、それでもダグマイアに対する想いは薄れるどころか、日増しに強くなっていることに水穂は気付いていた。
自分の身を差し出してまで助けようとした男だ。そう簡単に忘れられるはずもないことは最初からわかっていた。
放って置けば、何れエメラは暴走していただろう。だから、水穂はランに賭けてみることにしたのだ。
最もエメラのことを深く理解しているのは、彼女しかいないと感じたからだった。
とはいえ、
「帰ってきたら罰は受けてもらいますけどね」
理由はどうあれ、エメラを許可無く連れ出したことは事実だ。
ランにも罰を与えなければ、他の者への示しが付かない。
そのくらいの覚悟は、ランも出来た上での行動だろう。
そう言う意味では、本当に彼女は変わったと水穂は苦笑する。勿論、良い意味でだ。
「しかし、ガイアね。まさか、これほどのものだとは思ってもいなかったわ」
モニターに映し出されたガイアの姿に驚きを隠せない様子で、感嘆の声を漏らす水穂。
樹雷の軽戦艦クラスの火力があれば、十分に対処可能な兵器だと考えていたからだ。
その程度ならワウアンリーに命じて用意させたタチコマと、連合軍の艦隊で飽和攻撃を行なえばガイアを止められると思っていたのだ。
しかし、こうして映像で見る限りでは、その程度でどうにかなる相手には見えなかった。
簾座が有する人型機動兵器『機甲騎』のなかでも最上位に位置する『天騎』と呼ばれる機体に匹敵するほどの力を有しているかもしれないと、水穂はガイアの力を推定する。それは言ってみれば意思を持たない下位の〈皇家の樹〉に近い力を持っていると言うことだ。この世界の技術力から考えれば、オーバーテクノロジーも良いところの代物だった。
事実、水穂は知らないことだが本来の歴史のガイアと、この世界のガイアとでは比較にならないほどの性能差があった。
それは言うまでもなく太老≠ェ原因だ。
光鷹翼を作りだせる〈黄金の聖機神〉に対抗すべく生み出された存在であることを考えれば、当然の帰結と言えた。
「こんなのが暴れたら、文明が滅びるのも当然よね」
むしろ封印しただけとはいえ、よく倒せたものだと水穂は感心する。
普通に考えて、この世界の技術でどうにかなる相手とは思えなかったからだ。
「水穂様でも厳しいですか?」
「生身じゃ無理ね」
侍従の問いに、水穂はそう答える。
聖機人程度なら何体いようと、どうとでもする自信が水穂にはある。
しかし、ガイアを生身で相手にするのは、さすがの水穂でも厳しい。
そもそもガイアに通用する攻撃を生身で放てる人間など、あちらの世界にもそうはいない。
光鷹翼を使えれば話は別だが、こちらの世界へ来てから力を制限されている状態の水穂ではそれも難しかった。
「手がない訳じゃ無いけど」
桜花の顔が頭を過ぎる。林檎から桜花も一緒にこちらの世界へ来ていると話を聞いていたからだ。
しかも〈船穂〉と〈龍皇〉の生体端末も一緒にだ。
本体ではないとはいえ、第一世代と第二世代の〈皇家の樹〉の端末が揃っていれば、大抵のことはどうにかなる。
その気になれば、この星程度は一瞬で塵とするだけの力を〈皇家の樹〉は秘めているのだ。
ガイアを消滅させるくらい十分に可能だろうと、水穂は〈船穂〉と〈龍皇〉の力を見立てていた。
問題は、素直に桜花が言うとおりに動いてくれるかだ。
未だに姿を見せないところから考えても、素直に頼みを聞いてくれる可能性は低い。
「でもまあ、なるようになるでしょ」
本来であれば絶望的な状況だが、水穂はまったく焦ってはいなかった。
ガイアは確かに驚異的な力を秘めているが、それはあくまでこの世界の常識から考えればと言ったところだ。
そして、太老に嫌われるようなことを桜花が率先してするとは思えない。
ならば、少なくともこの世界がガイアによって滅ぼされる前に手を打つだろう。
太老に嫌われるリスクを冒してまで、桜花がガイアを放って置くとは思えないからだ。
それに――
「太老くんが、このまま大人しくしているとは思えないしね」
常に予想の斜め上を行く結果を残して来た太老のことだ。
このまま素直に終わるようなら、異世界に放り出されるようなことにはならなかっただろう。
全財産を賭けてもいい。太老が関わって、このままで終わるはずがない、と――
そんな太老のことを誰よりも、水穂は一番よく理解していた。
【Side:太老】
夢を見ていた気がする。とても懐かしい夢を――
「おはようございます」
目を覚ますと、目の前には銀髪の美少女がいた。
どことなくマリエルに面影が似ている気がするが、別人だと俺はすぐに気付く。
そう、俺は彼女のことを知っている≠ゥらだ。
「ベス?」
「はい」
ベアトリス・ランバート。愛称はベス。元人間で齢四百歳以上のヴァンパイアという設定のメイドだ。
前世で俺は彼女と――いや、待て待てベスと言えば、天地無用と作者を同じくする作品の登場人物のはずだ。
作品名はよく思い出せないが……そもそも、あれアダルトアニメだったはずだしな。
天地無用以外の同作者の作品はマイナーなのが多くて、実際に目にしたことがない作品が多いんだよな……。
おっと話が脱線した。そもそも何がおかしいって、おかしいところだらけだ。
ベスのことは確かに記憶にある。しかし、二次元のキャラクターと俺は前世でどうやって知り合ったと言うんだ?
まだ記憶が混乱しているのか? 現実と夢がごっちゃになっている気がする。
いや、しかし――
「ベスだよな?」
「はい。まだ、記憶が混乱されているのですか?」
「ああ……なんだか、まだ夢を見ているみたいだ」
ここにいるベスが本物であることは間違いない。
(何がどうなってるんだ……?)
正直まだ混乱している。
考えれば考えるほどよくわからないが、なんとなくベスがいるのは不思議でもない気がしてきた。
そもそもそんなことを言いだせば、『天地無用』の世界にマリエルたちや三バカがいるのだって説明が付かない。
なら、別にベスがいたって良いだろう。事実は小説よりも奇なりとも言うしな。
微妙に用法を間違えている気もするが、俺も前世の記憶を持ったまま生まれ変わるなんて経験をしている訳だしな。
「二人だけで良い雰囲気を作って……私がいること忘れてない?」
「ドールもいたのか」
「いたのか、じゃないわよ! 人を心配させておいて!」
何を怒っているのか?
凄い剣幕で近付いてきたかと思うと、俺の頬を両手で引っ張るドール。
痛いんだが……というか、本当にコイツはなんで怒ってるんだ?
怒って――あれ?
「お前、もしかして泣いて……」
「泣いてないわよ! これっぽちも、まったく、アンタのことなんて心配してないから!」
そこまで徹底的に否定されると、さすがに俺も傷つく。
何をやってしまったのかはわからないが、俺はドールを怒らせるようなことをしたらしい。
このまま放って置くのも、あとが面倒だしな。
どうやってご機嫌を取るべきかと考えていると――
『お父様、時空震の前兆を観測しました。五分後に揺り戻し≠ェきます!』
零式の声が艦内に響く。
時空震。揺り戻し――と聞いて、俺は慌ててベッドから起き上がる。
なんでベッドで寝ていたかよくわからないが、とにかく今を逃すと元の時代≠ヨ帰る手段を失ってしまう。
なら、優先すべきことは、はっきりとしていた。
「他の皆は?」
『赤ん坊を連れて、既にブリッジで待機済みです』
「わかった。俺たちも、すぐそっちへ向かう」
ベスから手渡された衣服に袖を通し、素早く準備を整える。
そして、まだご機嫌斜めと言った様子のドールを見て、溜め息を吐く。
「ドール」
「何よ……」
声を掛けると、半目で睨み返してくるドール。
やはり、相当に機嫌が悪いらしい。
急いでいるのは確かだが、こちらも放って置けそうにはなかった。
だから――
「まだ、言ってなかったと思ってな。――ただいま」
直感に従って、頭に浮かんだ言葉を口にする。
普通は目が覚めたら『おはよう』だと思うが、どうしてか『ただいま』という言葉が頭に浮かんだ。
夢でのことは余り良く覚えていないが、何度もドールに呼び掛けられたような記憶が僅かに残っていたからもしれない。
そんな俺に、ドールは仕方がないと言った感じで溜め息を吐き、
「おかえり、太老」
そう言って微笑むのだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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