黒い太陽を見上げるガルシアの視線の先には、黄金の煌めきを放つもう一つの太陽≠ェあった。
そう、黄金の聖機神の姿が――
「ハハハッ……遂に、遂にこの時がきた!」
ガルシアは歓喜の声を上げる。
この時を数千年――コアクリスタルに人格をコピーしてまで生きながらえ、待ち続けてきたのだ。
「ガイアよ! いまこそ、我等が力を示す時だ!」
ガルシアの声に応えるようにガイアは瞳を怪しく光らせ、咆哮を上げる。
復讐などに興味はない。ただ純粋に科学者としての興味と本能が、彼を突き動かしていた。
人類の叡智が神に届き、凌駕せんことを夢見て、黄金の聖機神を超えるべくガイアを生み出したのだ。
いまなら黄金の聖機神にも届くはずだと、ガルシアは空に向かって手を伸ばす。
しかし、
「……は?」
輝きを増す黄金の光。
黒い太陽を背に物凄い速さで接近≠キる黄金の聖機神を見て、ガルシアは目を丸くする。
何か様子がおかしい。そう気付いた時には遅かった。
「ぬあ――な、なんだと!?」
全身を打ち付ける衝撃にガルシアは苦悶の声を漏らす。そして、目を瞠る。
背を向ける黄金の聖機神の腕の中には――青いフィールドのようなものを纏った船の姿があったからだ。
それは、守蛇怪・零式。自称宇宙一の天才科学者、白眉鷲羽が太老のために設計した船だった。
「ぬぐ……うおおおおおおおッ!」
小さいとは言っても宇宙船だ。
しかも突発的に発生したエネルギーポケットの影響で、現在の守蛇怪は星を砕くほどの速度まで加速していた。
無数の聖機人を吸収し、小さな山ほどに巨大化したガイアと言えど、正面から受け止めきれる質量ではない。
甘く見たつもりはなかった。しかし、完全に不意を突かれたのだとガルシアは理解する。
「お、おのれええええええ!」
黄金の光が視界を覆い尽くす中、ガルシアは怨嗟の声を上げるのだった。
異世界の伝道師 第354話『もう一人の自分』
作者 193
【Side:太老】
なんとかなったみたいだ。
こんなこともあろうかと、黄金の聖機神を改造もとい改修しておいてよかったと心の底から思う。
銀河結界炉より精製したオリジナルクリスタル≠動力源とする最強の聖機神。
開発コードは『Immortal Defender of Legatee』――略して『IDoL(アイドル)』。
直訳すると、遺産相続人の永遠の守護者。
名も無き女神が人類に託した遺産〈銀河結界炉〉を守護する〈機械仕掛けの神〉と言う意味を持たせて、この名前にした。
機体名はオメガ。単体でも第三世代相当の〈皇家の樹〉に迫る力を有しているが、霊的に船と繋がることで銀河結界炉の力を引き出すことが出来る強力な機体だ。それは即ち、この機体は山田西南の神武のように光鷹翼を自在に使えることを意味していた。
ぶっつけ本番だったので少し心配だったのだが、上手く行ったみたいで一安心と言ったところだ。
やったことは単純だ。地上に衝突する前に守蛇怪・零式をオメガで受け止め、光鷹翼を使って落下時のエネルギーを相殺する。
思っていた以上に船のスピードが速くて焦ったが、
(なんか、ぶつかったような気がするけど……気の所為だよな?)
何かが背中に当たって、そのお陰で地表への衝突をギリギリ避けられたような気がするのだが……まあ、恐らくは気の所為だろう。
落下地点に誰もいなくてよかったと、心の底から安堵する。
幾ら光鷹翼で受け止めたと言っても、落下時のエネルギーを完全に相殺できる訳ではない。
実際、落下地点周辺は、パッと確認しただけでも相当な被害がでていた。
余波だけでこれだ。落下地点に誰かいたら余剰エネルギーの逆流で原型すら残さず消滅しているところだろう。
さすがにそれは後味が悪すぎる。
(場所は……聖地学院から南西に六十キロの地点か。少し予想よりも座標がズレているな)
揺り戻しは基本的に発生した場所で起きるものだが、今回は少し座標がズレていた。
六十キロ程度であれば誤差の範囲とも言えるが、エネルギーポケットのこともあるしな。
とはいえ、周囲を軽く見渡してみても、空間に影響を及ぼすほどの特異点≠ヘ見当たらない。
やはり、ただの偶然と考えるべきなのか?
うーん。可能性はゼロとは言えないが、なんか腑に落ちないんだよな。
『お父様、お怪我はありませんか?』
「ああ、こっちは大丈夫だ。そっちはどうだ?」
『皆さん少し目を回していますけど、船体ともに異常なしです』
ドールたちも無事だったみたいで何よりだ。
安心すると、帰ってきたんだなという実感が湧いてくる。
皆、心配しているだろうな。マリアとか怒ってそうだ。
シンシアには泣かれないかと不安になる。それでも、また皆に会えると思うと嬉しかった。
船も無事なことだし、地球に帰還する算段も立った。
まずは領地に帰って、マリエルに「ただいま」と言おう。
これからのことは、それからゆっくりと考えればいい。
『お父様、大変です!』
その時だった。珍しく零式の慌てた声が操縦席に響く。
同時に鳴り響く警報音。オメガのセンサーが強い重力波を感知する。
「――上か!」
黒い太陽? いや、違う。
揺り戻しによって発生した次元の穴――ゲートが空間に亀裂を走らせていた。
ガラスのようにひび割れる空を見て、俺はすぐに行動にでる。
『お父様! 何を――』
「光鷹翼で空間に干渉して、ゲートを閉じる!」
迷っている暇などなかった。
このまま空間が破壊されれば、この世界は無事では済まないと直感的に悟ったからだ。
空に飛び上がると一気に距離を詰め、光鷹翼を展開する。
オメガの前方に展開された三枚の白い光が、黒い太陽を包み込む。
そして――
「うおおおおおおッ!」
俺はオメガと共に闇≠ノ呑まれるのだった。
【Side out】
黄金の船カリバーン。マリアたちを乗せた船は、フローラの艦隊に合流していた。
「一体なにが……」
何が起きたのか分からず、戸惑いの声を漏らすマリア。
船を激しく揺らすほどの衝撃が走ったかと思うと眩い光が空を覆い、黒い太陽とガイアの姿が消えてなくなっていたのだ。
『どうやら、そちらも無事みたいね』
「お母様? 何が起きているのですか?」
『……分からないわ』
通信越しにフローラは首を横に振り、マリアの疑問に答える。
どうして、黒い太陽が忽然と姿を消したのか? ガイアは一体どこへ行ったのか?
ここからでは、何一つ確認することは出来ない。手掛かり一つない状態だった。
そんななか――
「調査チームを派遣するべきでは?」
『そうしたいところだけど、正直リスクが高すぎるわね』
調査をすべきだと主張するマリアに、迂闊に近付くのは危険だとフローラは答える。
完全にガイアの脅威が去ったと確認できた訳ではないからだ。
下手に部隊を調査に向かわせれば、全滅の危険すらある。
そのことはマリアも理解していた。
しかし、
「あの光……お兄様が帰還されたのでは?」
太老が帰ってきたのだとすれば、この不可思議な現象にも説明が付くとマリアは考える。
少なくとも、このようなことが出来るのは太老おいて他にいないと断言できるからだ。
最も希望的な観測は太老がガイアを倒し、ゲートを閉じたと言うことだ。
もしそうであるなら、この世界は救われたと言うことになる。
すぐにでも現地へ飛んでいきたい気持ちを抑えながら、マリアはフローラの言葉を待つ。
『その可能性は私も考えているわ。でも、安全が確認できるまでは……』
少なくとも艦隊を近付けさせる訳にはいかないと、フローラは答える。
しかし、それは為政者として当然の判断だとマリアも理解していた。
せめてガイアの危機が去ったかどうかを確認しないことには、近付くこともままならない。
ガイアに吸収された聖機人と同様の運命を辿ることになりかねないからだ。
『なら、俺が行きます』
『勿論、私もね』
そう言って回線に割って入ってきたのは剣士だった。
いや、剣士だけではない。カレンの姿も確認できる。
そして、
『私も同行させてもらう』
「コノヱ!?」
『先程から刀≠ェ語りかけてくるのです。あの場所へ向かえと――』
「もしかして、それは北斎様から託されたと言う?」
マリアの問いに、コノヱはコクリと頷く。
皆伝の証として祖父よりコノヱが託された刀の柄には、皇家の樹の枝と樹液の塊が使われている。
本来は指輪などに加工されることが多いのだが、北斎はそれを刀の柄に用いていた。
太老が皆に配った指輪と同様、霊的なパスで〈皇家の樹〉と繋がっている代物だ。
力を引き出すには適性が必要だが、コノヱは北斎の血を引いているだけあって〈祭〉との親和性が高い。
その刀がコノヱに語りかけてくると言うことは――
「やはり、お兄様が――」
太老が帰ってきたのだと、マリアは確信する。
しかしフローラの言うように、まだガイアの脅威が去ったと確認された訳では無い。
すぐにでも駆けつけたい気持ちを抑えて、マリアは想いをコノヱに託す。
そして――
「お兄様のこと、お願い出来ますか?」
『お任せください。必ずや、太老様を連れて帰ります』
マリアの気持ちを汲み、コノヱは約束を交わすのだった。
◆
カリバーンの甲板に一人で佇み、空を見上げる桜花の姿があった。
「お兄ちゃん……」
間違いなくアレは光鷹翼の光だった。
太老が帰ってきたことは間違いない。ガイアの気配が消えたのも、恐らくは太老の仕業だろう。
しかし、
「船穂や龍皇の気配も感じ取れない。それに……」
ゲートは確かに消えたが、空間が完全に閉じた訳では無いと桜花は気付いていた。
恐らくは光鷹翼の力で一時的に崩壊しかけていた空間を繋ぎ止めたのだと察する。
あのまま放置すれば、この世界は滅びていたはずだからだ。
「大丈夫だよね。お兄ちゃんならきっと……」
胸に手を当て、自分に言い聞かせるように桜花はそう呟く。
その時だった。
「え?」
誰かに呼ばれような気がして振り返る桜花。
その直後、船の甲板に立っていたはずなのに周囲の景色が一変する。
真っ白な何もない空間。見上げれば、雲一つない蒼穹の空が広がっていた。
そして――
「……私?」
「そう、私はあなた。あなたは私――はじめまして、もう一人の私」
桜花の目の前には、もう一人の自分が立っていた。
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m