【Side:太老】

「……上手く行ったのか?」

 周囲を見渡し見るが、何もない。真っ暗な虚無の空間が広がっていた。
 恐らくは、次元の狭間。空間を閉じることには成功したのだろうと察する。
 しかし、これは困った。どうやらゲートを内側から閉じてしまったようだ。
 何かに引きずり込まれたような感じもしたのだが、さすがに気の所為だよな?

「ん? どうした?」

 俺の膝の上で周囲を警戒するように〈船穂〉と〈龍皇〉はキョロキョロと視線を泳がしていた。
 念のため、俺も周りに気を配る。その時だった。

「――ッ!?」

 死角から放たれた一撃。自動防御プログラムが作動し、展開された光鷹翼が何かを防ぐ。

『さすがだな。完全に不意を突いたかと思ったが、いまのを防ぐか』

 テレパシーのようなものだろうか?
 頭の中に直接響いてきたのは、見知らぬ男の声だった。
 そして下へと視線を向けると、闇の中から巨大な影が姿を見せる。
 ――大きい。まるで山のように大きな何か≠ェ、奈落の底から俺を見上げていた。

「何者だ。お前――」
『ガルシア・メスト。この名を忘れたとは言わせんぞ』

 ガルシア? 名前を聞いても、まったく思い出せない。
 いや、待てよ。メストと言うからには、もしかしてババルンやダグマイアの家族だったりするのか?
 とはいえ、どれだけ記憶を探って見ても、ガルシアという名前に心当たりはなかった。

「……えっと、ごめん。誰かと勘違いしてないか?」
『貴様! この私を愚弄する気か!?』
「いや、そう言われても……」

 記憶にないものをどうしろと。

『なるほど。私程度では記憶に残す価値もないと言うことか……』

 勝手に一人で納得されても困るんだが、こいつ人の話を聞かないな……。
 そういうところは、ダグマイアの身内ってのは間違いなさそうだ。
 なんか自分に浸っていると言うか、思い込みの激しい印象がある。

『よかろう! ならば、我がガイアの力を見よ! 黄金の聖機神を超えるべく造られた最強の聖機神の力を!』

 咆哮を上げる巨大な影。なんか凄そうな雰囲気だ。
 しかし、これが聖機神? それにガイア?
 どこかで聞いたことのあるような名前の気が――

「ああ!」

 聖地の地下に封じられていたという〈ガイアの盾〉を思い出す。
 これが、ガイア? いやいや、もう盾≠ナすらないじゃないか。
 でかいし、黒いし、なんか聖機神と言うよりは怪獣みたいな姿をしてるし……。
 どちらかと言うと――

(前に戦ったマジン≠ロいな)

 色やカタチこそ違うが、パパチャが使っていたマジン≠ノ近い雰囲気を感じる。

「ちょ――問答無用か!?」

 巨大なビームのようなものがガイアの口から放たれ、オメガを呑み込む。
 しかし、そのくらいの攻撃でやられるほど、この機体は柔ではない。
 全身にはヤタノカガミを採用し、更には光鷹翼を標準で三枚展開できる優れものだ。
 よく分からないが、

「上等! 売られた喧嘩は買う! それが我が家の家訓だ!」

 喧嘩を売ってくるなら、こっちは買うだけだ。
 あれ? これって、うちの家訓だっけ?
 まあ、いいか。マッドもよく哲学士は舐められたら終わりだと言っていたしな。
 なら、俺のやるべきことは一つだった。

【Side out】





異世界の伝道師 第355話『剣』
作者 193






「……とんでもないわね」

 巨大なクレーターを見下ろしながら、聖機人のコクピットでカレンは冷や汗を溢す。
 大地が砕け、木々は薙ぎ倒され、まるで巨大な隕石が落ちた後のような惨状が眼下には広がっていた。
 やはりガイアは見当たらないが、ここで何かがあったことだけは間違いない。

「コノヱさん。反応はどうですか?」
「強くなっている。恐らくは――」

 剣士に尋ねられ、刀の反応を確かめながら下ではなく空を見上げるコノヱ。
 そこは、黒い太陽――ゲートがあった場所だった。
 コノヱと同じように空を見上げる剣士とカレン。
 茜色に染まった空が見えるだけで、パッと見た感じでは何かあるようには見えないが、

「微かに空間の揺らぎがある。完全に閉じてしまった訳ではなさそうね」

 見えないだけで、まだゲートは繋がっているとカレンは話す。
 だとすれば、その先にガイアが――そして、太老がいると考えるのが自然だった。
 恐らく太老は一人でガイアと戦っているものと予想できる。
 この世界に被害を及ぼさないために、敢えてガイアを亜空間に引きずり込んだのだとカレンは考えたのだ。
 出来ることなら太老のもとへ駆けつけ、共に戦いたいと歯痒い思いを抱くコノヱ。
 しかし、

「剣士くんの力で、どうにかならないの?」
「太老兄じゃあるまいし、俺にそんな力は……」

 応援に駆けつけようにも、閉じかけている空間をこじ開けるような力は聖機人にはない。
 太老の弟と言うことで何かと期待される剣士だが、彼は剣の腕が立ち、高い身体能力を持っていると言うだけで普通の人間だ。
 剣士が強いのは持って生まれた才能ではなく努力による賜物だった。
 太老のように生まれ持ち、特異な力を持っていると言う訳ではない。
 とはいえ、

「姉ちゃんたちなら、どうにか出来ると思うけど」
「前から思ってたけど、剣士くんの家族って……」

 カレンから見れば、剣士も十分に異常な力を持っていた。
 少なくとも剣士の年齢で、これほど幅広い実戦的なスキルの持ち主に出会ったことがない。
 剣術の腕はマスタークラス。狩りや採取の知識が豊富で、サバイバル技術も非常識なほどに高い。
 生体強化レベルは最低限と言ったレベルだが、GPの隊員をも凌駕する技量の持ち主だとカレンは剣士の実力を認めていた。
 その剣士が何かと自分と比べて引き合いにだす家族のことが、以前からカレンは気になっていたのだ。
 剣士の話を信じるのなら、彼の家族は宇宙でもトップクラスの精鋭と言うことになる。
 いや、そんな言葉では言い表せないほどの非常識な集団と見るべきだ。

(地球出身という話だけど……)

 地球の話はカレンも耳にしたことがある。
 GPの英雄・山田西南や樹雷第一皇妃の故郷として有名だが、何より耳を疑うような噂が地球にはあった。
 残虐非道な海賊として知られるタラント・シャンクが、山田西南の家族を人質に取ろうと地球へ向かったが、命辛々逃げ帰ったという噂が一時海賊たちの間で話題となったのだ。
 バルタの一族と言うことで、カレンはそうした海賊たちの噂話を集めるのが昔から得意だった。
 GPでもそうした知識と腕を買われて情報の収集や解析を担当し、ダ・ルマーの護送にも関わったのだ。
 そのなかで分かったことは、海賊たちの間で地球≠ヘ存在そのものがタブーとなっていることだった。
 地球に近付き、秘密を探ろうとする者は、ことごとく身の破滅を招く。
 タラントの他にも神我人の乗った船が消息を絶ち、更にはクレーが捕まったとされるのが地球のある太陽系だった。
 そのためか、GPも地球には不干渉の立場を取っていた。
 何より――

(柾木って、やっぱりあの柾木≠謔ヒ)

 GPの隊員であれば『柾木』と聞けば、樹雷皇家の一つ『柾木』が真っ先に頭を過ぎる。
 だとすれば、剣士は樹雷皇家の関係者と考えるのが自然だ。それなら剣士の実力にも納得が行く。
 問題は剣士にその自覚がまったくないことだ。樹雷のことどころか、宇宙の知識すらない。
 そのため、カレンはこれまで剣士に突っ込んだ質問をしないで様子を見守っていたのだ。
 とはいえ、そろそろはっきりとさせておくべきかもしれないと考える。

 GPの隊員としては、初期段階の文明に余り過度の干渉をするのはどうかという考えもある。
 しかし状況的に言って、この世界の人々がどうこう出来るレベルの話を既に超えている。
 無数の聖機人を捕食したガイアの力は、GPの戦闘艦をも凌駕するだけの力があると、カレンはガイアの性能を見積もっていた。
 剣士と共に偵察に志願したのも、聖機人程度ではどうしようもないと理解しているからだ。
 あの戦闘狂で知られるモルガが自分も行くと言わなかったのは、ガイアとの力の差に気付いているからだろう。
 剣士なら無茶なことはしないと思うが、いざとなったら剣士を連れて逃げる算段をカレンは立てていた。

 それだけに情報が欲しかった。

 聖機人程度ではガイアを倒せないことは明らかだ。
 仮に黄金の聖機人であっても、この世界の兵器ではガイアに勝てないだろう。
 あれを倒せるのは、それこそ――皇家の船でもなければ難しいとカレンは考える。
 しかし、

「剣士くん。あなたのお兄さんって、もしかして……」

 太老が〈皇家の樹〉のマスターなら、あの黄金の聖機人の強さにも納得が行く。
 それにそれなら太老から貰った酒≠フことも説明が付くのだ。
 カレンがそのことを剣士に尋ねようとした、その時だった。

「反応が大きくなってる。いや、これは――」

 刀から放たれた白い光に呑まれるコノヱ。
 その光はコノヱの聖機人だけでなく、近くにいた剣士やカレンさえも呑み込むのだった。


  ◆


 目を開けると、真っ白な空間にいた。

「……ここは?」

 先程まで聖機人のコクーンに座っていたはずだ。しかし、周りに聖機人の姿はない。
 ここが何処か分からず、警戒しながら周囲を見渡すカレン。
 すると、

「剣士くん!」

 剣士の姿を見つけて、カレンは名前を叫ぶ。
 しかし、

「……どうかしたの?」

 剣士の様子がおかしいことに気付き、訝しむカレン。
 そして、ぼーっと空を見上げる剣士の視線を追うように、カレンも空を見上げた。

「え?」

 見上げた先には、コノヱの姿があった。
 どうやって空中に浮いているのかは分からないが、黒い髪は白く染まり、右手には光輝く抜き身の刀が握られている。
 一体、目の前のアレ≠ヘなんなのか?
 コノヱの様子もおかしいが、何より刀の存在にカレンは目を奪われる。
 息を呑むような神々しい気配を、目の前の刀から感じ取ったからだ。
 思わず頭を垂れてしまいそうになるのをグッと堪え、カレンは剣士を見る。

「剣士くん……」

 コノヱと同じように剣士も、まるで魂が抜け落ちたかのような表情をしていた。
 何が起きているのかは分からないが、このままでは拙いと感じたカレンは正気を取り戻させようと、剣士に向かって手を伸ばす。

「あれは絶無=B皇家の樹の一部を触媒にすることで顕現した概念武装」

 剣士の肩にカレンの手が触れようとした、その時だった。
 カレンの疑問に答えるかのように、どこかともなく少女の声が聞こえてくる。
 一体どこから――と驚き、動きを止めるカレン。
 その直後――

「――ッ!?」

 慌ててカレンは後ろに飛び退く。
 いつからそこにいたのか?
 すぐ隣にメイド服を着た青い髪の少女が立っていたからだ。

「あなたは……」
「私? 私は――」

 ――守蛇怪・零式。お父様≠フ忠実なる下僕にして、最愛の娘よ!
 と、少女改め零式は無い胸を張って、カレンの問いに答えるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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