マリアたちがハヴォニワの国境を越えた頃、連合軍の艦隊でも同様の現象が起きていた。
 モニターに表示される無数の『Z』の文字。
 それは嘗て亜法結界炉を停止させ、世界を混乱に陥らせた青い撃滅信号≠セった。
 船の結界炉が停止し身動きが取れない中、フローラは被害状況の確認を指示する。

「ですが、確認をしようにもレーダーどころか通信すら使用できません!」
「なら、目と足を使いなさい!」

 機械に頼らず身体を使えとフローラに言われ、慌てて指示された通りに動き始める兵士たち。
 その時だった。

『お困りみたいですね』
「……え?」

 使えないはずの通信に割って入る声。それは林檎のものだった。
 亜法の使えない状態で、どうやって通信を繋いだのかと疑問を持つフローラ。

「この状況でどうやって……」
『亜法を用いない通信を使っていますから。それよりも状況を知りたいかと思いまして』
「……そんなことを言うってことは、そちらは現在の状況を把握しているってことね?」
『はい。まずは被害状況ですが、こちらで確認できただけでもシトレイユやハヴォニワを含めた三十カ国で同じ現象が起きています。恐らくは世界中で、同様の現象が起きているものと推測されます』

 林檎の説明に目を瞠るフローラ。
 シトレイユの時は戴冠式の会場周辺――半径三十キロに効果が限定されていたのだ。
 それが世界中に広がりを見せていると聞いて驚かないはずがない。
 だが、林檎の説明に違和感を覚えるフローラ。
 この短時間で被害状況を把握するなど、余りに手際が良すぎるからだ。
 となれば――

「この現象の正体に察しがついているのね?」

 そうした状況を予測していなければ、こんなにも手際よくはいかないはずだ。
 フローラの回答に『さすがですね』と笑みを浮かべながら、通信の向こうで頷く林檎。

『亜法が使えないのは当然です。世界中からエナ≠ェ消失しているのですから』

 それが、この〈青いZZZ〉の効果だと、林檎は語るのだった。





異世界の伝道師 第359話『ZZZ』
作者 193






「エナが消失? どうして、そんなことが……」
『原因は太老くんね』

 フローラの問いに林檎が答える前に、もう一つの声が割って入る。
 それは、柾木水穂のものだった。

『光鷹翼を生み出すほどのエネルギーをどこから持ってきているのか、以前から不思議に思っていたのよ。林檎ちゃんの話でようやく納得が出来たわ』

 本来であれば〈皇家の樹〉でも第三世代以上の力を持つ樹でなければ、天地のような例外を除いて光鷹翼を作り出すことは出来ないのだ。
 太老は確かに特殊な才能を持ってはいるが、光鷹翼を単独で生み出せるような力は持ち合わせていない。
 なのに彼は聖機人で光鷹翼を発生させるという離れ業をやって見せた。そのことに水穂は以前から疑問を持ち、独自に調査を進めていたのだ。
 そこに林檎の話を足すと、一つの答えが導きだされる。
 亜法の源――エナを世界から吸い上げることで、太老は光鷹翼を発生させているのだと――
 過去に天樹を介して〈皇家の樹〉をリンクさせるという離れ業を用いることで、零式が巨大な光鷹翼を発現したことがあった。
 同じことが太老に出来ないと考えるのは、余りに甘い考えだと水穂は考える。

『この世界でエナ≠ニ呼ばれているエネルギーは、私たちの世界では魔素≠ニ呼ばれるものと同じだという結論がでているわ』

 そして、そのエネルギーは〈皇家の樹〉などの高次元生命体が持つ力の源泉≠ナもあると水穂は説明する。
 本来、魔素とは科学の発展した世界では見られないものだが、この世界は亜法≠ニいう独自の技術が発達した世界だ。
 純粋な科学とは異なる魔導技術≠フ発達した世界に分類される。
 魔素――エナが確認できるのも、それが大きな理由だろう。

『こっちに入っている情報だと、ハヴォニワの国境付近でマリアちゃんたちも立ち往生しているみたね』

 今回の現象はエナそのものを消失させていると考えられるので、ブレインクリスタルを使っても防ぐことは出来ない。ブレインクリスタルはエナを高密度に圧縮することで結晶化した素材だからだ。
 それは即ち、亜法を用いない道具でなければ、どんなものでも動かすことが出来なくなると言うことを意味していた。
 ちなみに、この事態を予見していた林檎は、山賊ギルドの旗艦要塞〈ダイ・ダルマー〉を緊急時に蒸気動力をサブ動力として使用できるように改修させていたのだ。この状態では最低限の機能しか維持できないが、それでもまったく動かせなくなるよりはマシと考えてのことだった。
 通信機能に関しては、亜法による通信傍受を警戒して亜法に頼らない科学技術≠ノよる通信設備が以前から正木商会では使われていた。
 これはタチコマネットワークにも用いられている技術で、実際には太老ではなく水穂が開発したものだ。
 こう見えて水穂も哲学士の娘だ。この程度の設備であれば、太老の力を借りずとも設計できるだけの腕と知識を持っていた。

「では、地下都市は?」
『そっちは今、確認に向かわせているわ。同じ方法で呼び掛けているのだけど、応答がなくて……』

 フローラの質問に答えながら『じきに情報が入ってくるはず』と水穂が言葉を続けようとした時だった。
 通信の向こうで慌ただしい動きを見せる林檎。一早く、山賊ギルドの方に情報が入ったらしい。

『地下都市が――いえ、島のように巨大な方舟が、こちらに向かっているそうです』

 一瞬、林檎が何を言っているのか理解できず、目を丸くして固まるフローラ。
 一方で水穂は『やっぱりこうなったか』と、ある意味で予想していた展開に溜め息を漏らす。
 まだ動くとは思っていなかったが〈皇家の樹〉が力を失っていないことからも、あの地下都市にはコアユニットと同じ機能があることを察していたからだ。
 そこから少し調べれば、あの地下都市がただの遺跡などではなく船≠ナあることに辿り着くのは、そう難しい話ではなかった。
 このタイミングで復活した先史文明の方舟。亜法が動かない中、その船だけが動いているのだとすれば、自ずと結論はでる。

『エナを吸い上げているのは、その船ね。いえ、正確には〈MEMOL〉かしら?』
『私もその結論に達しました。太老様が何かしらのプログラム≠仕込んでいた可能性が高いかと』

 二人して納得した様子を見せる水穂と林檎。
 MEMOLには開発者のシンシアやグレースすらも把握していないブラックボックスが存在する。
 そんな真似が出来る人物と言えば、一人しかいない。
 太老が何かしらの手を加えたのだろうと言うことは想像に難くなかった。

「では、もしかしてラシャラちゃんの戴冠式の時の騒動は……」

 フローラの問いに対して、溜め息交じりに頷く水穂と林檎。
 シトレイユで起きた戴冠式の騒動も、このための実験であった可能性が高いと考えたのだ。
 そう考えれば、あの場所に〈MEMOL〉を設置したことや、大量のタチコマを投入して地下都市の改修を急がせた理由も見えて来る。
 太老は最初から地下都市に眠っている船を蘇らせるつもりだったのだろう。

『問題は、あの船には太老くんの力で強化された〈皇家の船〉があると言うことよ』

 水穂の言うように、第三世代に匹敵するかもしれない〈皇家の樹〉が方舟には搭載されているのだ。
 それは、もはや〈皇家の船〉と呼んでも間違いではない。エナの問題を抜きにしても頭の痛い問題だった。

「もしかして、船を起動したのは……」

 ババルン軍が地下都市を制圧して船を起動したのではないかと考えるフローラ。
 それは最悪のシナリオと言っていい。しかし、そんなフローラの考えを林檎が否定する。

『いえ、地下都市へと侵攻していたババルン軍はどうやら壊滅したようです』

 方舟の攻撃によって、と説明する林檎。
 それが事実なら、あの船を動かしているのは誰なのか? と言った疑問が頭を過ぎる。
 シンシアやグレースはマリアたちと共に行動している。
 地下都市のことを知っていて、他に船を起動できそうな人物と言えば――

『キーネ・アクア』

 水穂の口から漏れる名前。その名前には、フローラも覚えがあった。
 男に捨てられて成仏できない地縛霊が地下都市にいるという結構アレなタツミたちの報告書を目にしていたからだ。
 しかし、ババルン軍の対応協議や各国への根回し。連合軍の編成会議など、ここ最近は多忙を極めていたこともあり、対応を後回しにしていたのだ。
 シンシアが心を許していることからも、危険な存在ではないと認識していたのも大きい。
 タツミたちにキーネの存在がバレた後、シンシアがマリアに相談していたこともフローラが直接介入しないでいた理由となっていた。
 とはいえ、今回の一件にキーネが関わっていると聞くと、もっと早くに会っておくべきだったかもしれないとフローラは考える。

「それって、報告書にあった例の幽霊よね?」
『ええ、太老くんに捨てられたって噂の幽霊ね』

 タツミたちの報告書には『男』としか書かれていなかったが、はっきりと男の正体は太老だと断言する水穂。
 水穂のことだ。なんの確信もなく、そんなことを口にするとは思えない。
 恐らくは何かしらの心当たりがあるのだろうと、フローラは察する。

『私たちの世界では珍しいけど前例がないって存在ではないから』

 そもそも幽霊自体、水穂たちの世界では科学的な解明が進んでいる。
 肉体を持たないアストラルだけの存在。例えば高度に成長し、自我を持つまでに至ったAIなども人権が認められている世界なのだ。
 珍しい存在ではあるが、実例がない訳では無い。GPの英雄ローレライこと山田西南のもとにいるD(ディー)≠ニいう名前の少女も、嘗ては実体を持たないアストラルクローンだった。
 そのため、タツミたちの報告書や独自に集めた情報から、キーネ・アクアも同じような存在だと水穂は考えたのだ。

「なら、危険はないと言うことね?」

 元より危険な存在ではないと思っていたが、水穂が調査をした上で放置しているのなら安心できる。
 太老の関係者と言うのが若干の不安要素ではあるが、それでもババルンの手に渡るよりは遙かにマシな状況だ。
 確認を取るように尋ねてくるフローラの質問に、

『それは、どうかしら? 本人にその気がなくても、現状を考えると……ね』

 水穂は曖昧な答えを返す。
 亜法は何も軍事の利用に限らず、この世界の人々にとっては生活に欠かすことの出来ない技術だ。
 エナの消失。それがもたらすであろう混乱は想像に難くない。

『嘗て、私たちの世界でも同じようなことがありましたが、エナの消失が一時的なものであっても、それによってもたらせる混乱。経済的な損失を考えると、事態を収拾させるために掛かる労力や時間は多大なものになると予想できます』

 水穂の言葉を補足する林檎の説明に、安心できる要素は一つもないことにフローラも気付かされる。
 それどころか、世界に平和が戻ったとしても、いま以上に多忙な毎日を送ることになるのは決定的だ。
 絶句するフローラを通信越しに眺めながら、水穂と林檎は自分たちも通った道を思い出し、苦笑を漏らすのだった。


  ◆


「――マリア様! ご無事ですか!?」

 慌てて駆け寄ると、マリアを抱き起こすユキネ。
 亜法結界炉が突然停止したことで、バランスを維持できなくなった〈星の船〉は地上へと落下したのだ。

「ええ、どうにか……ユキネも怪我はない?」
「はい。ですが……」

 船は完全に沈黙していた。状況を確認しようにも端末すら起動しない。
 とはいえ、もう少し高度を取っていれば、落ちた場所が森でなければ、もっと深刻なダメージを負っていた可能性が高い。
 船がバラバラにならなかっただけ、状況的にはマシと言えるだろう。

「皆さんと協力して被害状況の確認を。怪我人がいたら治療を優先して」

 マリアの指示に頷くと、ユキネはすぐに行動を開始する。
 地下都市やキーネのことも気になるが、まずは現状を把握しないことには話が進まない。
 電源が入らないため、自動で開かないブリッジの扉をこじ開けると、ユキネは他の者たちと手分けして船内の調査へと向かうのだった。


  ◆


「どうやら、皆さん無事だったみたいですね」

 ラシャラたちの無事を確認して、ほっと安堵の息を吐くマリア。
 打身程度の小さな怪我くらいで、幸いなことに大きな怪我を負った者はいなかった。
 しかし、

「ダメね。動力室にあったブレインクリスタルもすべて消えているわ」

 カルメンの報告に溜め息を吐き、どうしたものかと困った表情を浮かべるマリア。
 タイミングから言って、船が突然動かなくなったのは〈青いZZZ〉が原因と見て間違いない。
 しかし、まさかブレインクリスタルまでもが、謎の消失をしているとは思ってもいなかったのだ。

「亜法結界炉は動きそうにありませんか?」
「はい。残念ながら……。ですが、少し変なんですよね?」
「変?」

 質問すると返ってきたアンジェラの説明に首を傾げるマリア。

「私は専門の技術者と言う訳ではありませんが」

 と前置きをして、亜法結界炉の状態を説明するアンジェラ。
 彼女の説明によると確かに亜法結界炉は起動しないのだが、修理をしようにも壊れている様子が見られないとのことだった。

「ですから、どうして動かないのかさっぱり分からなくて……。せめてワウアンリー様がいらっしゃれば、何か分かるのかもしれませんが」

 生憎とワウアンリーはモルガたちと共に連合艦隊に残っていた。
 いまは戦いが中断しているとは言っても、連合軍が受けた被害も相当なものだ。
 最悪の事態を想定するなら、船の修理や聖機人の整備を急ぐ必要がある。
 ワウアンリーが艦隊に残って、その指揮を執っていると言う訳だった。

「そうですか」

 アンジェラが悪い訳ではないと分かっていても、落胆を隠せないマリア。
 地下都市へ向かうどころか、ここから動くことすら出来ないことに歯痒さを覚える。
 母親にあれだけの啖呵を切っておきながら、自身が救援を必要とする状況に置かれるなど、ミイラ取りも良いところだ。
 マリアが何とも言えないやるせなさを感じるのも無理はなかった。

『方法ならあります』

 暗いムードが漂う中、割って入った声に驚き、一斉に皆の視線がシンシアへと向く。
 皆の視線を受けて、よく分かっていない様子で首を傾げるシンシア。
 確かに声はシンシアの方からした。
 しかし割って入った声はシンシアのものではなく、落ち着いた妙齢の女性の声だった。
 だとすれば――シンシアが胸に抱く小さなタチコマに皆の視線が向く。

『わたくしは、この船の頭脳。嘗て、ラシャラ・ムーンと言う名で呼ばれていた統一国家の女皇です』

 皆の視線を受けて一呼吸間を置くと、タチコマはそう名乗るのだった。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.