【Side:太老】
銀河結界炉は訪希深が実験をするために、この世界の人々に与えたものだ。
態と世界を歪ませることで、光鷹翼を使える存在――天地やZのような作り出そうと試みたのだろう。
その結果、生まれたのが統一国家の英雄譚で語れる救世の英雄『フォトン・アース』だと俺は考えていた。
しかし、彼は訪希深の求める存在ではなかった。
フォトン・アースはあくまで亜法に対する特異点≠ナあり、訪希深たちが求める答えを証明する存在とは成り得なかったからだ。
そんな神様のような力を持った訪希深たちにも天敵≠ニ呼べる相手が存在する。
それが、反作用体。世界の歪みが生み出した修正力≠ニでも呼ぶべき存在だ。
目の前もガイアも、俺はそれと同じような存在だと思っていた。
このオメガも銀河結界炉の力――亜法で動いている点に変わりはない。
ならガイアが銀河結界炉に対する反作用体であるとすれば、オメガの攻撃が通用しないのも説明が付くと考えたからだ。
しかし、
「ガイアが俺の対となる存在?」
皇歌の言っているのが反作用体だとして、銀河結界炉ではなく俺の対となる存在というのが理解できない。
そもそも俺は普通≠フ人間だ。転生者ではあるが、よくある漫画や小説の主人公のように特別な力を持って生まれてきた訳では無い。
人よりも多少物作りに秀でていて、剣術に関してもそこそこの腕はあると思うが、それも超一流に届くほどではない。
第一これは最初から持っていた力ではなく、マッドに目を付けられて死に物狂いで身に付けた力だ。
そうしないと死んでたからな。よく無事だったものだと、いま思い出すだけで涙が溢れそうになる。
「正確にはガイアじゃなくて、ガイアのコアに利用されている方の人だね」
「……は?」
ガイアそのものではなくガイアに乗っている方の人物のことだと皇歌に言われて、俺の口から呆然とした声が漏れる。
確か、ガルシア・メストとか言ったか? 思い出そうとしても、まったく記憶にない人物だ。
そんな見知らぬ誰かが、俺の対となる存在だと言われても今一つピンと来ない。
「あ、お兄ちゃんが考えている方じゃないよ。コアクリスタルを移植されて、依り代にされた方の人ね」
コアクリスタル? 依り代? ああ、もしかしてガルシアってネイザイやドールと同じ人造人間なのか?
確かにそれならガイアを動かせるのも納得が行く。
普通の聖機師では、聖機神の放つ亜法波に耐えることは出来ないからだ。
となると、ユライトのように人造人間のコアクリスタルを移植された誰かがいると言うことだ。
俺の知っている人物なのかと皇歌に尋ねると――
「ガイアの新たな依り代として利用された人物の名前は、ダグマイア・メスト」
予想もしなかった人物の名前を聞き、俺は微妙な顔を浮かべるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第358話『はじまりの方舟』
作者 193
【Side:キーネ】
ハヴォニワの地下都市。ここは嘗て、鬼の汲み湯と呼ばれていた。
いまや、このことを知る者は少ないが、マジンが眠っていた地でもある。
そして、銀河結界炉のシステムを設計したジーン博士――私のお祖父ちゃんが遺した船が眠る遺跡でもあった。
完全に船のシステムは死んだと思っていたけど、お祖父ちゃんの船はまだ生きていた。
いや、正確には数千年の眠りから息を吹き返したと言った方が正しいのかもしれない。
――皇家の樹。銀河結界炉以外にもこんなものが存在するなんて知らなかったけど、この樹が原因でお祖父ちゃんの船は蘇った。
嘗て、船の動力――オリジナルクリスタルがあった場所には〈皇家の樹〉が根を張り、いまも船に膨大な量のエネルギーを供給し続けている。
この地下都市に〈MEMOL〉を設置したのも、そのことに彼≠ヘ気付いていたからだろう。
正木太老。銀河結界炉の新たなマスターとなった人。私が数千年もの間、ずっと待ち続けていた人だ。
『ようやく、皆との約束を果たせる』
正確には私ではなくオリジナルがした約束だけど、彼女の記憶は私の中で今も生きている。
マジンがフォトンに倒された後、銀河結界炉を破壊する案も浮上したのだが、砂の星となった地球を再生するには銀河結界炉の力が必要だった。
そうしなければ、この星で人々が生きていくことは出来ない。緩やかな滅びを待つしかないと分かっていたからだ。
だからラシャラ・ムーンは銀河結界炉が眠る場所を聖地とすることで、何人たりとも近付けないように封印を施し――
キーネ・アクアは自身のアストラルコピーを生み出すことで、銀河結界炉の悪用を防ぐために私≠見届け役としたのだ。
しかし、最大の目的は別にあった。
時を司る異能を持っていたアウンが女神から神託を授かり、未来を予知したのだ。
私はその神託に従って、銀河結界炉を託すことが出来る人物が現れるのを待ち続けた。
そうして私の前に現れたのが、彼――正木太老だった。
『なのに……』
外へと眼≠飛ばすと、地下都市へと襲撃を仕掛ける愚か者たち≠フ姿があった。
彼等の目的は分かっている。それだけに苛立ちが募る。
だから――
『力を貸して――ノア!』
お祖父ちゃんの船に私は呼び掛ける。
皇家の樹から船の起動に必要なエネルギーは十分に供給されている。
懸念事項だった船体のダメージも八割方修復が完了していた。
MEMOLで船のOSを代用することで破損したシステムの再構築も終わっている。
これは、シンシアの協力が大きかった。
彼女は天才だ。太老の娘を名乗るだけのことはある。
『後悔するといいわ』
愚かな侵略者たちに鉄槌を下すため、数千年の眠りからお祖父ちゃんの船――ノアは目覚めるのだった。
【Side out】
「……地震?」
まるで星そのものが揺れているかのような地響きに驚き、攻撃の手を止めるクリフ。
困惑を隠せない様子で周囲を見渡す。
『地中から何か巨大な物が浮上してきます!』
「な――」
船からの報告に驚きながら、地上を見下ろすクリフ。
ひび割れる地面。薙ぎ倒される木々。崩れ落ちる岩壁。
その言葉どおり、巨大な何かが大地を押し退けながら浮上してきていた。
「なんだ。あれは……」
大地の底から浮かび上がってくるもの――それは島のように大きな一隻の船≠セった。
スワンなど比較にならない大きさだ。
そもそも、これは船なのか? と言った疑問さえ頭に過ぎる。
何が起きているのか理解できず、クリフは戸惑いの声を上げる。
「くそッ! 一体なんだって言うんだ!」
その直後だった。
目の前の船から打ち上げられた光が花火のように散開し、雨となって大地に降り注ぐ。
光の直撃を受けて、白い煙を放ちながら地上へと落下していくババルン軍の船。
攻撃を避けきれなかった聖機人も手足をもぎ取られ、船と同じように大地の裂け目に呑まれていく。
「聞いてないぞ! こんなのは――」
楽な任務のはずだった。
なのになんだこれは、とクリフは子供のように喚き立てる。
この戦争が終わったら英雄になるはずだった。
ダグマイアでも正木太老でもない。クリフ・クリーズこそが、最も優れた男性聖機師だと誰もが認めざるを得なくなるはずだったのだ。
それなのに――
「ひッ!」
再び船から光が放たれた瞬間、クリフの表情が恐怖に歪む。
死にたくない、死にたくない、死にたくない――
背を向け、呆然とする仲間を押し退け、必死に戦場から逃げようとするクリフ。
だが――
「――ッ!?」
天より降り注いだ裁きの光は、無情にもクリフの乗った聖機人を貫くのだった。
◆
「え……ババルン軍が全滅?」
ハヴォニワの国境を越えた直後のことだった。
地下都市に駐屯するハヴォニワの部隊から、ババルン軍が壊滅したとの報告が入ったのだ。
撃退ではなく壊滅。そんなことが可能なのかとマリアが疑問に思った、その時――
『当然の結果よ』
キーネが通信に割って入ってきた。
何が起きたのかと尋ねるマリアに、キーネは祖父が遺した船〈ノア〉を起動したことを説明する。
まさか、地下都市にそんな秘密が隠されていたとは思ってもいなかったのだろう。キーネの話に驚くマリア。
しかし、だとすればババルンが地下都市に兵を向けた本当の理由も察せられる。
「もしかして、ババルンはこのことを?」
『知っていたのでしょうね。メスト家の人間なら、お祖父ちゃんの船のことを知っていても不思議ではないわ』
そう答えるキーネに、なるほどとマリアは納得した様子で頷く。
確かにそんな船があれば、星の船など必要ない。
どうしてババルンが〈星の船〉をそのままにして置いたのか不思議だったのだ。
カルメンの件はともかく、アランたちが裏切らないと考えていたのなら余りに甘い考えだ。
ババルンにしては、らしくないミスだとマリアは違和感を覚えていた。
「では、すべて片付いたのですね?」
『ええ、全滅させたから生存者がいるかどうかは分からないけど、これで――』
終わったはずよと答えるキーネの報告に、マリアが安堵の息を溢した、その時だった。
ザ――ッと、モニターにノイズが走る。
『システムに――外部から介入!? そんなこと出来るはずが――まさか――』
そうして音声が途切れ途切れになり、遂にはキーネとの通信が完全に途絶えてしまう。
すぐに嫌な予感を覚えて、状況の確認を指示するマリア。
その直後――船体が激しく左右に揺さぶられる。
「亜法結界炉の出力が低下! 状態を維持できません!」
ブリッジに珍しく焦った様子のユキネの声が響く。
星の船は喫水外でも活動が可能な船だ。
ブレインクリスタルのエネルギーも十分に残されている。
なのに船は地上へ向けて、緩やかに落下を始めていた。
予想外の事態に困惑を隠せず、身体を固定するために椅子にしがみつくマリア。
そして、
「まさか、そんな!?」
ありえないと言った表情で、モニターを眺めるマリア。
画面に映し出されたのは『ZZZ』の文字。
亜法結界炉の出力が、船の状態を維持できないほどに低下した理由をマリアは察する。
嘗て世界を震撼させた青い撃滅信号≠ェ、再び世界に解き放たれようとしていた。
……TO BE CONTINUED
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