【Side:太老】
ダグマイアが俺の対になる存在?
まあ、考え方などの違いから反りが合わなかったことは事実だ。
ある意味で天敵≠ニ言えなくはないのだが、そう言われても腑に落ちないというか納得しにくいものがある。
というのも――
「いままで、そんな兆候は欠片一つなかったんだけど?」
確かに俺はこの世界にとって本来は存在しないはずの人間。こことは違う別の世界から紛れ込んだ異物≠ニも言える存在だ。
反作用体が歪みを正そうとする世界の修正力から生まれるのであれば、歴史を歪めてしまっている俺という存在は反作用体を生み出す条件を満たしていると言える。
しかし、何度かダグマイアと戦っているが、少なくとも力を無効化されたことは一度もなかった。
実力だけでなく偶然によるところも大きいが、基本的にすべて俺の勝利で終わっている。
第一、俺が転生したのはあちらの世界の地球≠ナあって、この世界の地球――ジェミナーではない。
反作用体が生まれると言うのであれば、普通はあちらの世界で生まれるのが筋ではないかと考えるのだが、そんな俺の疑問に対して――
「ああ、そういう勘違いしてるんだ。違うよ。あちらの地球やこっちの地球も含めて、すべて連続した一つの世界なんだよ」
皇歌はそう答える。
「……それは頂神の認識が及ぶ範囲の世界ってことか?」
「うん、さすがに理解が早いね」
なるほど……大元の世界を大樹に例えるなら、あっちの地球やこっちの地球がある世界は枝葉の一つに過ぎないと言う考え方か。
頂神はあくまでその大樹の管理者で、大樹の外にある世界には干渉は勿論のこと認識することすら出来ないと言うことだ。
ちょっと待てよ? もしかして訪希深たちが自分たちが全知全能の存在あると認識しながら試行錯誤に陥っているのは、これが原因なんじゃないのか?
時を超越し、死者すらも復活させることが可能な彼女たちは、確かに全知全能とも言える力を持った存在だ。
しかし、それはあくまで皇歌の話を正しいとするのなら、この世界に限定≠ウれた話になる。
外の世界を認識することが出来ないのだから、どれだけ試行錯誤しようとも答えがでないのは当然だ。
「まさか、こんなところで長年の謎が解けるとは……だとしたら、俺や皇歌ちゃんが元いた世界ってのも?」
「うん。お兄ちゃんの考えている通りだね」
そういうことか。マッドが俺に興味を持った理由がようやく分かった気がする。
頂神たちが天地に目を付けたのは、自分たちが認識できない外側の世界に到達できる可能性があると考えたからだ。
しかし、そんななかで自分たちの知らない世界からやってきた存在が現れた。それが、恐らく俺なのだろう。
天地とは別の方向性で、自分たちが長年試行錯誤に陥っている問題を解決できる鍵となるかもしれないと考えたのだ。
鍵どころか、俺や皇歌の存在自体が答え≠サのものなのだが、あの様子だと気付いていなさそうだな。
いや、マッドは薄々と察していそうな気がする。だから幼い頃から俺に目を付け、モルモットにしてきたと考えれば辻褄が合うからだ。
「もしかしてダグマイアも転生者≠ネのか?」
「ううん。彼は正真正銘、こちらの世界で生まれた人間だよ。ただ……」
どうしてダグマイアが選ばれたのか分からず、もしかしたらと考えたのだが皇歌はそんな俺の考えを否定する。
「ガイアと一つになって、世界と繋がったことで覚醒≠したみたい。ガルシアの数千年にも及ぶ妄執と、お兄ちゃんに勝ちたいってダグマイアの願いが一つになって、世界が応えた結果がこれだよ」
皇歌の話を聞き、やはり問題はそこに落ち着くのかと溜め息が溢れる。
ガイアがどういうものかは、俺も薄々とではあるが察していたからだ。
何故、ガイアの盾なのか? 盾を造って剣を敢えて造らなかった理由は?
いろいろと考えた末に、俺が辿り着いた答えは一つだった。
「ガイアの盾――まさか、そのままの意味だとはな」
ガイアという言葉には『世界』そのものを指す意味もある。
即ち、ガイアの盾とは『世界の守護者』と意訳することも出来ると言う訳だ。
破壊神などではなく、本来は世界を――この星を守るために生み出された守護神。
それがガイアなのだとすれば、悪いのは人類。そして、それを阻む俺は悪≠フラスボスと言ったところなのだろう。
「……勝てるのか?」
「うん。最後の鍵≠手に入れたお兄ちゃんなら絶対に勝てるよ」
「最後の鍵? そう言えば、そんなことを前にも言ってたな」
どう言う意味かと尋ねようとした、その時。皇歌の身体から眩い光が溢れ出す。
「ごめん。そろそろ限界みたい」
「え……」
「大丈夫。お兄ちゃんなら」
――この世界で育んできた皆との絆を、自分自身の力を信じて。
そう言って白い燐光を残し、俺の前から皇歌は姿を消すのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第361話『太老に足りないもの』
作者 193
太老に足りていないものがあるとすれば、それはなんなのか?
太老のことをよく知る大半の人々は自覚≠ニ口にするだろう。しかし、それは少し違う。
比べる相手がそもそも間違っていると言うのも理由にあるが、基本的に太老は自己評価が低い。
それは、自分に自信≠持つことが出来ないからだ。
「自信がない?」
「十分やりたい放題やっているように見えるのじゃが……」
何を言っているんだと言った顔で、桜花を見るマリアとラシャラ。
この反応を見れば、太老が普段どういう風に周りに思われているかがよく分かる。
他の皆もマリアやラシャラと同じ考えのようで、そんな周囲の視線に気付き、桜花は溜め息を交えながら皆の疑問に答える。
「あなたたちが何を考えているかは察しが付くけど、お兄ちゃんも一応人間≠諱B出来ることと出来ないことがあるわ」
頭に『一応』と付ける時点で太老が人間離れしていることは認めつつも、桜花は太老にも出来ることと出来ないことがあると、はっきり告げる。
ルナとのやり取りは黙って見守っていたが、これだけは方舟へ向かう前に伝えておくべきだと感じたからだ。
マリアたちが太老に寄せる想いが本物だと言うことは桜花も認めている。
しかし、
「信頼することと依存することは別よ。お兄ちゃんに任せておけば大丈夫。お兄ちゃんならガイアを倒してくれる。そんな風に最初から諦めてない? これまでもそうだったのだろうし、お兄ちゃんにはそれだけの力があるってことは否定しないけど、ここはあなたたちの世界でしょ? 本当にそれでいいと思ってるの?」
「それは……」
桜花の話にマリアは言葉を失い、誰一人として口を挟めずに押し黙る。
それは、ここにいる誰もが心の何処かでは薄々と分かっていたことだからだ。
「なら、どうしろってんだよ。あんな化け物を相手に、太老抜きで勝つ方法があるって言うのかよ?」
「無理ね。あれは人に倒せる存在じゃない。この星ごと消し去っていいのなら、方法がなくもないけど」
不満げな表情で反論するグレースに、方法はあると言いつつも基本的にこの世界の人間には無理だと認める桜花。
「じゃあ、結局は太老に頼るしかないってことじゃないか」
「ええ、そこは否定するつもりはないわ。あの子≠煬セっていたけど、これはお兄ちゃん自身の問題でもあるしね」
尚も反論するグレースに続き、「あの子?」と首を傾げるマリアに「こっちのことよ」と桜花は話を逸らす。
聞かれたくない話なのか、これ以上そこを突っ込んでも有益な答えは得られないと判断し、マリアは別の質問をする。
「あなたの仰ることに一理あることは認めます。私たちが不甲斐ないばかりに、お兄様に負担を強いていると言うことも……。ですがグレースの言うようにそれでもお兄様に頼ることでしか、この世界を救う術がない。なら私はハヴォニワの王女として、お兄様にお願いすることしか出来ません」
「我もマリアと同じじゃ。お飾りの皇ではあるが、それでも自国の民を見捨てることは出来ぬ」
マリアはハヴォニワの王女だ。そして、ラシャラもシトレイユを――それぞれ国を背負う立場にある。
太老に負担を強いると分かっていても、ただガイアに滅ぼされるのを待つことなど出来るはずもない。
少しでも犠牲を減らす方法が、世界を救う手立てがあるのなら、どんな手を使っても最後まで諦めずに足掻くのが為政者だからだ。
「あなたたちの立場なら、そうでしょうね。別に私だってこの世界が滅びてしまえばいいなんて思ってないし、それにそうなって一番後悔するのはお兄ちゃんだって分かっているしね」
「なら、どうして……」
いまこのタイミングで、そんなことを言うのかとマリアは疑問に思い、桜花に尋ねる。
桜花の言っていることは何も間違ってはいないが、それはこの場にいる誰もが自覚していることだ。
そうと分かっていても太老に頼らざるを得ない現状に満足している者など一人もいない。
なのに敢えてそこを指摘したところで、問題は解決しない。いらぬ反感を買うだけだとマリアは考えたのだ。
実際、マリアたちは自分の不甲斐なさを自覚しているだけに何も言えないが、グレースは今も桜花を睨み付けている。
理解していない訳ではないのだろうが、頭が良いとは言ってもまだまだ子供だ。家族や仲間のことを悪く言われて気分を害さないはずがない。ましてや太老への想いを否定されるようなことを言われれば尚更だ。
実際、シンシアも口にはださないものの微妙に不機嫌そうな表情で桜花を睨み付けていた。
「ガイアに国を滅ぼされた間抜けな自称女王の話が余りに酷いから、一言いいたくなったのよ」
『マヌケ……自称女王……』
「マヌケでしょ? しかも自分の甘さが招いた結果のツケを、お兄ちゃんに支払わせようとしてるんだから救いようがないわ」
「えっと、出来ればそのくらいで……」
桜花に反論できない言葉を浴びせられ、明らかに声のトーンが低くなっていくルナを見て、止めに入るマリア。
ガイアが誕生した経緯を辿れば太老にも責任はないとは言えないのだが、それを言ってしまえばガルシアのような人間を重用した統一国家の責任も問われることになる。それは言ってしまえば、国を治める女王の責任とも言える。しかも女王自身が後悔しているように、ガルシアを処刑しておけばガイアが生まれることはなかったのだ。
自分ではどうすることも出来ないからと言って太老に期待するのは、桜花の言うように虫の良い話だというのはルナも理解していた。
「まあ、いいわ。どうすることも出来ないのは、私も一緒だしね。だから、あなたたちに頼らないといけないんだし……」
「……それは、どう言う意味ですか?」
「悔しいけど私一人じゃ、お兄ちゃんの目を覚まさせることは出来ないって言ってるの」
出来ることなら自分一人でどうにかしたかったと悔しげな表情で話す桜花を見て、マリアは彼女が自分たちについてきた理由を察する。
「さっきも言ったけど、お兄ちゃんに足りないのは自信≠諱Bそのことに気付きさえすれば、お兄ちゃんに敵う存在なんていなくなるわ」
再び、太老に足りないのは自信だと説明する桜花。
先程はその意味が分からなかったが、いまは少しだけ桜花の言っている言葉の意味がマリアたちには理解できる気がした。
太老が自分に自信を持てないでいると言うのなら、それは恐らく自分たちの所為だと感じたからだ。
ガイアの件は確かに太老以外ではどうすることも出来ないのは事実だが、それ以外でも太老に頼り切っていなかったかと聞かれれば首を横に振るしかない。上手く行っている――いや、上手く行き過ぎているが故に何かあっても太老がいれば大丈夫だという甘えがあったのは確かだからだ。
それが過剰な期待に繋がり、太老の重荷になっていた可能性は否定できない。
そこまで考え、ふとラシャラは何かに気付いた様子で桜花に尋ねる。
「御主。もしかして、いままでのは……」
「そうよ、八つ当たりよ。悪い?」
「開き直りおったな!?」
あっさりと、これまでのことは八つ当たりだと認める桜花に、ラシャラは眉間にしわを寄せて詰め寄る。
少し考えれば分かることなのだ。太老に頼り切っているのは、マリアたちだけではない。
これまで太老に振り回されてきた人々は例外なく太老に救われ、恩恵を受けている人々だからだ。
水穂も林檎も、そして桜花も太老に救われた一人だ。他人のことをとやかく言える立場にはなかった。
それでも、いやだからこそ――太老に過剰な期待を寄せるルナやマリアたちの言動が許せなかったのだろう。
「お兄様のことが好きなのですね」
「大好きよ。だから心配なんじゃない。あなたたちも同じでしょ?」
そう聞き返されれば、はいと頷く以外の答えなどあるはずもなかった。
「じゃが、太老に自信をつけさせると言っても、一体どうすれば……」
「簡単よ。お兄ちゃんの鈍さは筋金入りよ。遠回しに言ったって絶対に通じない。なら、ストレートに行くしかないでしょ?」
桜花が自分たちに何を期待しているのかを察して、その場で固まるラシャラとマリア。
太老に好意を寄せる他の女性たちも、思わぬ展開に頬を紅く染めて表情を強張らせる。
「なあ、アラン。もしかして、俺たちもやらないといけないのか?」
「俺に聞かないでくれ……」
一方で、とんでもないことになったと頭を抱えるアランとニール。
しかし、一緒に行くと言ってついてきたのは自分たちだ。今更、帰るなどと言えるはずもない。
そんな苦悩する一面を見て、愉しげな笑みを浮かべるカルメン。
話には聞いていたが、太老の人となりが彼女たちを通して窺える気がしたからだ。
「もう準備は整ってるんでしょ? ほら、アンタもいつまでも落ち込んでないで、さっさと転送ゲート≠開きなさい」
『どうして、そのことを……あなたは一体?』
まだどうやって方舟に移動するかは説明していない。
なのに方法を言い当てられて、ルナは戸惑いの声を上げる。
しかし、そんな風に何者かと尋ねられれば、桜花の答えは決まっていた。
「私は平田桜花。正木太老の義妹≠諱I」
……TO BE CONTINUED
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