「ここが方舟の中ですか?」

 警戒を滲ませながら観察するように周囲を見渡すマリア。
 地下都市には何度も足を運んでいるがルナの案内で転送された場所は、そんなマリアですら見覚えのない区画だった。

「マリアが知らないのは無理もないな。ここは第二十七区画の連絡通路だ」
「二十七? 地下都市の区画は大きく分けて二十六≠ナはありませんでしたか?」

 グレースの説明に首を傾げながら質問を返すマリア。
 マリアの知る限りでは、地下都市の区画はA〜Zまでのアルファベット二十六文字で区分けされている。
 二十七番目の区画があると言うのは、初めて聞く話だった。

「あるんだよ。Y区画とZ区画の丁度真ん中を通る形で〈MEMOL〉に直結する連絡路がな」

 アンパサンドと呼ばれる秘密の区画が存在することを、この場にいる全員に説明するグレース。
 勿論この区画の存在はフローラも知っていると言われ、マリアは複雑な表情を滲ませる。
 秘密にしている理由は恐らく緊急時の脱出路に用いるためであろうが、それならそれで事前に教えて置いて欲しかったと思ったからだ。
 マリアもハヴォニワの王女なのだから、そう考えるのは当然だ。特にグレースが知っているとなると尚更だった。

「シンシアはよく利用してたみたいだけど、まだ整備の途中だからな。完成してから伝えるつもりだったんじゃないか?」

 そう言われると壁や床の舗装も中途半端で、確かに工事中のような跡が見られる。
 順調に工事は進んでいたとは言っても、まだ地下都市の整備には一年から二年は掛かると目算が立てられていたのだ。
 秘密の区画と言うからには、予算もそれほど割けないだろうことを考えれば、納得の行く話ではあった。
 実際ここの工事は秘密裏に行なう必要があるため、人手が一切使われていない。すべてタチコマを使って作業が進められていた。
 そのタチコマも需要に対して供給が追い付いていないこともあって、ここだけに大量投入とは行かなかったのだろう。
 それに労働力に限りがあるのなら、まずは生活環境の構築を優先するのは当然のことだ。
 マリアもその辺りの事情は理解しているので、グレースの説明に渋々ではあるが納得した様子で頷く。

「ですが、この装置は取り扱いに注意が必要ですわね……」
「まったくじゃ。使い方によっては、逆に奇襲を受けかねないからの」

 自分たちがやってきた転送装置を眺めながら、そんなことを話すマリアとラシャラ。
 今回は助かったが、逆の立場を考えると素直に喜ぶことは出来ない。
 一瞬で離れた場所に転移できる装置など、下手をすれば強力な兵器よりも厄介な代物だからだ。
 こうした技術に馴染みの薄い世界の住民であるマリアとラシャラが、そうした危惧を抱くのは無理もない。
 ましてや、彼女たちは国を背負う立場にある。国防の観点からも懸念を抱くのは当然と言えた。

「大丈夫よ。そのために、ちゃんとプロテクトが掛かってるんだから」

 第三者に不正利用させないためのセキュリティ対策はしっかりとしているはずだ、と桜花は説明する。
 ルナが転送装置を使えたのは、彼女がラシャラ・ムーンのアストラルクローンだからだ。
 基本的にこの手の転送装置は、事前に登録されたパーソナルデータの人物以外は使用することが出来ない。
 例外がない訳では無いが、この手の転送装置に使われているプロテクトを突破できるような人物となると桜花たちの世界でも限られる。認証に必要なアストラル情報を含んだデータを解析・複製するには、それこそ〈皇家の樹〉に匹敵する膨大なエネルギーと高い演算能力が必要とされるからだ。ルナのようなアストラルクローンと言うのは、簡単に誰でも造れるようなものではないと言うことだ。
 勿論、それで防げるのは第三者の侵入だけだ。クーデターに利用される懸念は残るが、身内の裏切りを疑い始めたらキリが無い。
 それこそ、転送装置どうこう以前の問題だろう。

「どんな道具も使い方次第よ」

 と言われれば、マリアとラシャラも納得して頷くしかなかった。
 ルール作りは必要となるだろうが、それを考えるのがマリアやラシャラの仕事だ。
 太老の目指す世界。異世界との交流が始まれば、どのみち同じような問題に直面することになる。
 自分たちの責任の重さ。そして期待されている役割の大きさを、二人は再確認するのだった。





異世界の伝道師 第362話『主従の誓い』
作者 193






 グレースから〈MEMOL〉のある中枢までは、ほとんど一本道で危険はないと説明されたのだ。
 なのに――

「あの凶悪なロボットはなんじゃ! こんなにも警備が厳しいとは聞いておらんぞ!?」
「シンシア! あなたここをよく通っていたのでしょう? どうにかなりませんの!?」

 四つ足で地面を這うように動く緑色のロボットに、マリアたちは襲われていた。
 いつもシンシアが使っていると聞いて、安全な道だと思っていたらこれだ。
 どういうことかと二人が説明を求めるのも無理はなかった。
 しかし、

「無理」

 レーザーが飛び交う中、物陰に身を潜めて悲鳴を上げるラシャラとマリアに、どうにもならないと告げるシンシア。
 相手がタチコマであれば、対処の方法は幾らでもある。
 しかし、いま襲って来ているのは、この船に最初から備えられていたガーディアンロボットだ。
 統一国家が栄えた先史文明よりも更に昔。恐らくは銀河帝国時代のものだろう。

「ラシャラさんが不用意に触ったりするから!」
「我の所為だと言うのか!? 御主とて、『これはなんでしょうか?』と興味を持っておったではないか!」

 切っ掛けは、ラシャラが天井や壁から生えていた緑色のオブジェに触ったことにあった。
 それが休眠状態で動きを停止していた船のガーディアンロボットだったのだ。
 シンシアがこの通路を使っていた時には反応しなかったところを考えると――

「たぶん方舟が動きだしたことで、船のシステムも復活したのね」

 うんうんと頷きながら冷静に状況を考察する桜花を見て、なんとも言えない表情を浮かべるマリアとラシャラ。
 だからこそ、

「御主なら、どうにか出来るのではないか?」

 と尋ねる。

「まあ、あのくらいの相手なら突破は難しくないけど……」

 ラシャラの問いに、確かに出来なくはないと桜花は答える。
 ガーディアンロボットとは言っても、本物の哲学士が造ったオートクチュールのロボットを幾つも見ている桜花からすれば骨董品の類だ。数だけは多いが、それだけでしかない。〈船穂〉や〈龍皇〉の力を借りずとも、このくらいのセキュリティであれば突破は難しくないだろう。
 しかし、

「出番を奪うのは、ね?」

 そう言って桜花が小さく苦笑した直後、ラシャラたちの後方で爆発が起きた。
 何が起きたのかを確認するため、物陰からそっと通路の奥を覗き見るマリアとラシャラ。
 連続して起きる爆発。ガーディアンロボットのものと思しき破片が廊下に飛び散る様を見て、マリアとラシャラは唖然とする。
 その爆発地の中心にいたのは、二人のよく知る人物――ユキネとミツキの二人だったからだ。

「もう少し鍛えれば、瀬戸様のところでも第一線で通用するんじゃないかな?」

 そんな二人の活躍を見て、感心した様子で頷きながら感想を述べる桜花。
 アカデミーに通う士官候補生のレベルは明らかに超えている。いや、それどころか樹雷の闘士に迫る実力を目の前の二人は身に付けつつあると桜花は見ていた。
 身に付けている指輪の力もあるのだろうが、それも含めて彼女たちの実力だ。
 他人から与えられた力だからと言って、桜花はユキネやミツキの力を低く見るつもりはなかった。
 どれだけ大きな力であろうと、使いこなせなければ意味がないと知っているからだ。

「あ、でもちょっと拙いかも……」

 倒しても倒しても、際限なく湧き出てくるガーディアンロボットの数の多さに、さすがの桜花も頬を引き攣る。
 どこにこれだけの数のロボットが眠っていたのかと思うほどの数だ。
 しかし、小さな街が入るほどの大きさを持つ船だ。
 そのことを考えると、千や二千では済まない数のロボットが嘗ては配備されていたはずだ。
 すべてのロボットが今も問題なく稼働するとは思えないが、それでも厄介な数には違いなかった。

「シンシア」
「ん……」

 視界に映るだけでも二百は下らない数のガーディアンロボットが目に入る。
 さすがに二人だけでは厳しい数だろうと考え、桜花が助けに入ろうとした、その時だった。
 ドーム状の立体映像がシンシアとグレースの身体をすっぽりと包み込んだのだ。
 シンシアの持っていたタチコマがやったのだと、すぐに察する桜花。
 そして、

「ここはアタシとシンシアに任せて、お前等は先に行け」

 思いもしなかったグレースの言葉に、桜花だけでなくマリアたちも目を丸くする。
 二人が子供に見合わない知識量と技術力を有していることは分かっているが、戦闘力は高くない。運動神経も子供相応と言っていいだろう。
 タチコマがいれば戦力にはなるだろうが、いま連れてきているのは胸で抱えられる程度の小さなタチコマが一体だけだ。
 ミツキやユキネの助けになるとは、とても思えなかった。

「問題ない」

 しかし、そんな皆の疑問にシンシアは自信たっぷりの表情で答える。
 その直後、背後で鳴り響いた大きな音に驚き、後ろを振り返るマリアたち。
 するとガーディアンロボットが、防火シャッターに押し潰されて動けなくなっていた。

「……もう、この辺り一帯のシステムは掌握した」
「そういうこと。〈MEMOL〉を開発したのは誰だと思ってるんだ?」

 グレースとシンシアの説明に、唖然とした表情を見せる一同。
 MEMOLの開発には太老の力を借りたことは事実だが、基本的な設計と調整はシンシアとグレースの二人が行なったのだ。
 当然シンシアとグレースほど〈MEMOL〉に詳しい人物はこの場にいない。
 ましてや方舟が〈MEMOL〉の力を利用して動いているのであれば、ここは二人にとっても自分の庭%ッ然だった。

「これからシンシアと二人で〈MEMOL〉にハッキングを仕掛ける。上手く行けば、あのロボットどもを止められるはずだ」

 確かにそれなら上手く行くかもしれないとグレースの説明を聞き、桜花は考える。
 しかし、問題がある。いまのようにミツキやユキネを支援しながら〈MEMOL〉のセキュリティを突破するのは二人と言えど厳しいだろう。
 それにハッキング中は作業に意識を集中する必要があるため、二人は無防備になる。
 そこをガーディアンロボットに襲われれば、一溜まりもないだろう。
 そんな桜花の考えを察してか?

「そういうことなら護衛≠ェ必要よね?」
「……仕方がないか。ニール」
「ああ、ここで逃げ出したら格好が付かないからな」

 カルメンに続き、アランとニールも二人の護衛に名乗りでる。
 ミツキやユキネのような活躍は難しくとも、シンシアとグレースの二人を守る程度なら自分たちでも役に立てるはずだと考えての行動だった。
 そんな彼等の覚悟を察したラシャラは、従者の二人に命令する。

「アンジェラ、ヴァネッサ。御主たちもここに残って、シンシアとグレースの護衛をするのじゃ」
「ラシャラ様! それは……」

 従者として受け入れ難い命令に反発するヴァネッサ。彼女の立場を考えれば当然だろう。
 しかし、アンジェラはそんなヴァネッサと違い、落ち着いた反応を見せていた。
 ラシャラなら、きっとそう言うであろうという予感がしていたからだ。
 それに――

「落ち着いて。大丈夫よ、ラシャラ様なら」
「アンジェラ、あなた何を言って……」
「キャイア様。ラシャラ様のことを、よろしくお願いします」

 自分たちが心配をせずとも、ラシャラには専属の護衛機師≠ェついている。
 深々と頭を下げるアンジェラを見て、彼女の考えを察したヴァネッサも「仕方がない」と言った様子で溜め息を吐きながらキャイアに頭を下げる。

「頭を上げてください! 私は……」

 そんな風に頭を下げられるような立場ではない、と口にしようとして、ぐっと言葉を呑み込むキャイア。
 二人がどんな思いで頭を下げ、ラシャラのことを頼んでいるのか? その覚悟を察したからだ。
 しかし、それでもはっきりとした答えを返すことが出来ず、迷いを見せるキャイア。
 母親との勝負に負けたからとはいえ、ラシャラの元を去ったことを未だに後悔しているのだろう。
 そんな複雑な心境を表情に滲ませるキャイアに、ラシャラは声を掛ける。

「ダグマイアとのことは自ら解決すべき問題だと、こうなるまで放って置いた我にも責任がないとは言えぬ」

 キャイアの気持ちを察していながら、敢えて見ない振りを続けた自分にも責任があるとラシャラは感じていた。
 ダグマイアとのことは、出来ることなら自分一人の力で乗り越えて欲しいと考えていたからだ。
 だが、キャイアが本当は何を望んでいるのか? それがラシャラには最初から分かっていたのだ。

「御主が必要じゃ」

 ただ一言――曖昧な優しさなどではなく、不安を消し去る言葉が欲しかっただけに過ぎない。
 ダグマイアに抱いていた感情は、確かにただの幼馴染みへの想いと言うよりは初恋≠セったのだろう。
 しかし、ラシャラと出会い――この方の剣になると決めた時に、キャイアはいつかはこういう日がくることを覚悟していたのだ。
 なのにラシャラは、そんなキャイアの想いを受け止めてくれることはなかった。
 キャイアの想いを知っているが故に、ラシャラ自身も迷い、そんな彼女の覚悟を受け止めることが出来なかったのだ。
 だが、今なら――

「もう一度、我の護衛機師(チカラ)≠ノなってはくれぬか?」

 ずっと心の何処かで待ち望んでいたラシャラの言葉に、キャイアは目を瞠りながら膝をつく。
 ダグマイアへの感情が失われた訳ではない。
 それでも、この幼き皇に捧げた剣の誓いを忘れた日は一度としてなかった。

「お赦し頂けるのであれば、我が剣に誓って」
「うむ!」

 そう言って深々と頭を垂れるキャイアに、ラシャラは満足げに頷く。
 そんな主従のやり取りを優しい表情で見守りながら、マリアは小さな苦笑を漏らすのであった。





 ……TO BE CONTINUED



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