ラシャラとキャイア。それにマリア、桜花の四人は船の中枢区画を目指して走っていた。
現在この世界で起きているエナの消失現象は方舟≠ノ原因があると、ルナから聞かされたためだ。
世界中からエナの力が方舟へと集められている。しかし船を動かすだけであれば、それほどのエネルギーは必要としない。
ならば、そのエネルギーは何処へ向かっているのか?
ルナが導き出した答えは一つだった。
太老が〈方舟〉を使って世界中からエナを集め、その力でガイアと戦っているのだと――
それならば、光鷹翼を生み出すほどのエネルギーを何処から確保していたのか? その説明も付く。
闘技場を破壊した光やラシャラの戴冠式で見せた現象など、これまでのことはすべて――この日のために仕組まれた実験≠セったのだろう。
となると、誰もがガイアの復活を予見していなかった頃から、太老はババルンの計画を見抜いていたと言うことになる。
それを裏付けるように、太老は〈MEMOL〉にシンシアですら解読不可能なブラックボックスを仕掛けていた。
それこそが『青のZZZ』の秘密。黄金の聖機神の力の正体だと、これまでに集めたデータからルナは分析したのだ。
「あの頃からババルンの計画を読んで、ここまでの準備を進めていたなんて……さすがはお兄様ですわね」
「まったくじゃ。一体、どれほど先の未来が太老には見えておるのか……」
未来すらも見通す太老の深慮知謀に、自分たちの母親以上の才覚を感じるマリアとラシャラ。
しかし、恐怖はなかった。太老が目指す世界を二人は知っているからだ。
より住みよい世界に。そんな願いを口にする太老が、ガイアのようにこの世界を破滅へ導くとは思えないからだ。
気になることが一つあるとすれば、それは――
「ですが、ババルンも侮れませんね。恐らくは、この船のことを最初から知っていたのでしょうが……」
自分の計画が太老に漏れている可能性すら計算に入れ、ガイアの侵攻と同時に地下都市へ部隊を向かわせていたババルンも非凡な才の持ち主と言えた。
幸いなことに地下都市へと向かっていたババルン軍の別働隊は全滅したと言う話だが、最悪の場合は方舟が奪われていた可能性があったと言うことだ。
太老のことだ。キーネが方舟を起動するところまで計算に入れていても不思議ではないと、マリアとラシャラは考える。
自分たちの知らないところで高度な駆け引きが行なわれていたことに、改めて驚きを感じずにはいられなかった。
とはいえ、
(お兄ちゃんが凄いのは認めるけど、また妙な勘違いをされているような……)
そんな二人の後ろを走りながら過大とも取れる太老の評価に、なんとも言えない複雑な感情を表情に滲ませる桜花。
太老が凄いことは桜花自身も認めるところだが、あの水穂ですら予見していなかったようなことを太老が予想して動いていたとは考え難い。いつもの調子で好き勝手やっていたら、偶然ババルンの計画を阻止していたと考える方が自然に思えた。
鷲羽や瀬戸が太老のことでよく頭を抱えていたのはこういうことかと、自分が同じような立場に置かれて初めて桜花は気付かされる。まさにフラグメイカー≠フ真骨頂だ。本人が望む望まないに関わらず、いつの間にか世界が太老を中心に回っている。こういうのも主人公補正って言うのかな、と微妙にズレた感想を抱きつつも桜花は特に二人の会話にツッコミを入れることなく、その背中を追い掛ける。
「しかし、ババルン軍は全滅させたと言っておったのに、キーネは一体どうしたのじゃ?」
「それは直接行って確認するしかありませんわね」
そんなことを桜花が考えているなどとつゆ知らず、先導するキャイアの後を追い掛けながら真剣な表情で会話を続けるマリアとラシャラ。
キーネとの通信が途切れたのは、ZZZの影響――亜法が消失したことが原因だと最初は考えていたのだ。しかしルナの推察が正しいのであれば、少なくとも〈方舟〉には大量のエナが集められていると言うことになる。ならば、エネルギー不足が原因で通信が途絶えたとは考え難い。実は〈星の船〉には、非常用のバックアップシステムが備えられているからだ。
その昔、太老がラシャラ女皇から船を預かった際、調査のついでに改造を施した名残だ。亜法に頼らない純粋な科学技術によるもので、恐らくはブレインクリスタルの交換やエナの補給を受けられない状況を想定し準備しておいた保険のようなものだろう。ルナが活動を停止することなく自由に動き回り、転送装置を用いることが出来たのも、そのお陰と言って良い。
なのにキーネと一切連絡を取ることが出来ないのは、何か他に原因があるとしか思えない。
「見えてきました! あれが――」
「MEMOLのある中枢区画じゃな!」
廊下の角を曲がると、薄らと青い光に照らされた巨大な空間が視界に飛び込んでくる。
ラシャラはここに来るのは初めてだが、マリアの反応から目指していた中枢区画なのだと判断する。
中央にそびえ立つ巨大なオベリスク――〈MEMOL〉の姿を確認して、スピードを上げるラシャラとマリア。
目的の場所まで目の前と言ったところで、
「――ッ! 止まってください!」
先頭を走っていたキャイアが突然足を止めたことで、驚いたラシャラがキャイアを避けようとしてバランスを崩す。
その後ろを走っていたマリアも、ラシャラに巻き込まれるカタチで床へ倒れ込んだ。
「ああ……もう! ラシャラさん、急に転ばないでください!」
「我の所為ではないぞ!? キャイアが突然、止まれなどと言うから――」
「す、すみません……何か嫌な気配がしたので」
「……何やってるのよ」
折り重なるように床へ倒れ込みながら言い争うラシャラとマリアを、呆れた表情で見下ろす桜花。
取り敢えず二人を立たせようと、キャイアと桜花が揃って手を差し出したところで――
「……え?」
「な、なんじゃ!?」
「ラシャラ様! マリア様!」
「まさか、これって……」
突如〈MEMOL〉から発せられた光が、四人を呑み込むのだった。
異世界の伝道師 第363話『正史』
作者 193
ようやく光が収まったのを確認して、そっと目を開けると――
「ここは……」
広がる景色に目を瞠り、戸惑いの声を漏らすマリア。
「なんじゃ、これは……まさか、転送されたのか?」
「違います。あれを見てください」
そう言ってラシャラの疑問に答えるマリアの指の先には、名も無き女神を模して造られた聖地の門がそびえ立っていた。
これには、ラシャラだけでなくキャイアも驚きに目を瞠る。
聖地の崩壊と共に、学院のシンボルとも言うべき門も消滅したはずだからだ。
しかし目の前にそびえ立っているのは、間違いなく彼女たちがよく知る聖地の門だった。
「どういうことじゃ? ここは一体……」
「――ッ! 二人とも伏せてください!」
ラシャラとマリアを庇うように前へでるキャイア。その直後、眩い閃光と共に爆炎が三人を呑み込む。
だが、
「……熱くない?」
「どういうことじゃ?」
死を覚悟するほどの炎に包まれながらも怪我どころか火傷一つ負っていないことに気付き、ラシャラとキャイアは主従揃って驚きの声を漏らす。
冷静にじっと周囲の状況を観察するマリア。炎が消え、視界が晴れたところで二人の疑問に答えるように口を開く。
「これは現実じゃありませんわ。幻……いえ、恐らくは……過去の映像?」
炎に呑み込まれながらも熱さを感じないと言うことは、実体を伴うものではないと言うことだ。
考えられるのは、幻――いや、立体映像と言ったところだろうとマリアは考える。
そして聖地の門が存在しているということは、目の前の光景は過去の記録を映しだしたものだと推察できる。
マリアの推察に聞き入り、「なるほど」と納得した様子で頷くラシャラとキャイア。
しかし、
「それは違う。これは過去ではなく、ありえた未来。本来の歴史を映しだしたものだ」
背後から掛けられた声が、そんなマリアの考えを否定する。
聞き覚えのある声を耳にして、まさかと言った表情で後ろを振り返る三人。
そして、
「ババルン!?」
「御主が何故ここに!」
「小父様!」
三人揃って驚きの声を上げる。
視線の先にいたのは、ここにいるはずのない人物。
聖地からガイアの盾を盗みだし、世界を二分する戦争を引き起こした男。
シトレイユ宰相――ババルン・メスト*{人だった。
「お二人とも下がってください!」
すぐに二人を庇うように前へ出て、腰の剣を抜こうとするキャイア。
しかし、そこにあったはずの剣がないことに驚き、戸惑いの表情を浮かべる。
「ここにいるのは儂を含め、精神体だけの存在だ。武器が欲しいのであれば、イメージすることでだせなくはないが……」
まるで映像にノイズが走るかのように景色がブレたかと思うと、ババルンの手に黒い大剣が現れる。
だが、
「このように、しっかりとしたイメージを維持できなければ、すぐに霧散してしまう」
先程までババルンの手に握られていた剣は、空気に溶け込むかのように消えてしまった。
手品のような光景を見せられ、唖然とした表情を浮かべるキャイア、ラシャラ、マリアの三人。
そんな三人から少し離れたところで、静かに様子を見守っていた桜花が会話に割って入る。
「ようするに、ここは〈MEMOL〉のなかに造られた疑似世界――電脳空間ってことね」
あっさりとこの世界の正体を看破する桜花に、心の底から驚かさせるババルン。
いまの状況を説明できる人物が、この場に自分以外いるとは思ってもいなかったからだ。
先史文明の時代ならともかく、この時代に生きる者では理解すら及ばない現象のはずだ。
仮にこの空間のことを知っている人物がいるとすれば、それは――
「なるほど、正木太老の関係者――異世界人か」
「平田桜花。正木太老は、私のお兄ちゃんよ」
太老の妹を自称する桜花の説明に、ババルンは納得した様子で頷く。
異世界人。それも太老の身内であれば、あっさりとこの世界の正体を看破できたのも説明が付くと考えたからだ。
「そんな場所にいるアンタも普通じゃないわね。AIって感じでもないし……」
「既に、儂の身体は朽ち果てている。ここにいるのは残留思念≠フようなものだ」
「アストラルコピーってこと?」
「そこまで大袈裟なものではない。この世界が消えれば、共に消えてしまう程度の存在に過ぎぬからな」
「ああ、そういうこと。精神ごとパーソナルデータを電脳世界に退避させたのね。また随分と大きな賭にでたものね」
「ガイアに肉体を浸食され、とっくに限界へ達していることは分かっていたからな。ただ死を待つくらいならば、と賭にでただけの話だ」
ババルンの一種の博打とも取れる行動に、感心するやら呆れるやらと言った表情を見せる桜花。
一方で、まったく二人の話についていけないラシャラとマリアは、揃って抗議の声を上げる。
「いやいや、御主等一体なんの話をしておるのじゃ!?」
「そうですわ! 私たちも分かるように説明してください!」
そんな二人のツッコミに、コクコクと無言で相槌を打つキャイア。
なんでこのくらい分からないのよ、と言った面倒臭そうな表情を見せる桜花。
しかし、ここが初期文明段階の惑星であることを思い出し、むしろこっちの方が普通の反応かと考える。
他の三人がバカなのではなく、桜花と対等に話が出来るババルンの方が異常なのだ。
「アンタたちにも分かり易く説明すると、ここにいるのは幽霊みたいなものってことよ」
「ゆ、幽霊!?」
桜花の要点だけを掻い摘まんだ説明に、悲鳴にも似た驚きの声を上げながら後退るキャイア。
そんなキャイアを見て、首を傾げる桜花。
今更、幽霊と聞いたくらいで、ここまで驚くのが不思議だったからだ。
「ルナやキーネも似たような存在よ? 驚くようなことじゃないと思うけど……」
「無駄じゃ……キャイアは昔から剣の通じぬ存在が苦手でな。攻撃さえ通れば、問題はないようなのじゃが……」
「ああ……根っからの脳筋なのね」
可愛そうなものを見るような視線をキャイアに向ける桜花。とはいえ、そういう桜花も幽霊≠ェ苦手だったりする。正確には意思疎通の出来ない怨霊の類や目に見えないものが苦手と言った感じなのだが――
キャイアの場合、ルナが平気だったのは船のAI的な存在だと認識していたことも理由にあるのだろう。それにキーネも実体を持たないが、彼女は一般的には〈MEMOL〉の管制人格のような扱いだ。性格も余り幽霊らしくないことが、キャイアが極端にルナやキーネを恐れない理由の一つになっているのだと推察できる。一方でババルンはフローラの見立てでは、既に死んでいる可能性すらあると考えられていたのだ。
しかも話を聞いていると、既にババルンの身体はガイアの浸食に耐えられずに朽ち果てていると言う。ここにいるババルンが精神だけの存在なら、幽霊が苦手なキャイアが恐れるのも無理はなかった。
「ババルンが既に死んでいると言うのは理解した。だとすると、もしかして我等も……」
「ちゃんと話を聞いてた? 私たちは、ちゃんと身体があるから大丈夫よ。MEMOLに意識だけが取り込まれた状態と言った方が正確ね」
桜花の話を聞いて、ほっと安堵の息を吐くラシャラ。
ババルンが幽霊のような存在だと聞いて、もしかしたら自分たちもと考えたのだ。
しかし、そんな安心しきった様子のラシャラに、桜花は補足を入れる。
「まあ、精神が切り離されている時点で身体は無防備になってるってことだから、そこを襲われたりしたらお陀仏なんだけどね」
「まったく安心できぬではないか!?」
死の危険が去った訳では無いと聞き、慌てるラシャラ。
似たような反応を見せるラシャラとキャイアを見て、「主従そっくりですわね」とマリアは溜め息を漏らす。
確かに不安がないと言えば嘘になるが、慌てたところで問題が解決する訳ではない。
それよりも――
「あれはガイア≠ナすわね。白い聖機人に乗っているのは……剣士さんでしょうか?」
ババルンは最初にこう言ったのだ。
これは過去ではなく、ありえた未来。本来の歴史を映しだしたものだと。
だとすると、目の前で繰り広げられているガイア≠ニ白い聖機人≠フ戦いは――
「そうだ。いま見ている光景こそが、この世界が辿るはずだった本来の歴史だ」
ガイアと戦っている白い聖機人に乗っているのは、剣士であることに間違いはないだろう。
なら、黄金の聖機人は――太老はどうしたのか? 別の場所で戦っているのか? それとも――
俄には信じがたい。いや、信じたくない考えがマリアの頭に過ぎる。
そんなマリアの考えを裏付けるかのように、
「もう一度、言おう。いま見ているものは、本来この世界が辿るはずだった正しい歴史≠セ」
ガイアではなく黄金の聖機人。そして正木太老こそが――
この世界の異物≠ネのだ、とババルンは告げるのだった。
……TO BE CONTINUED
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