「……ユキネ?」
「マリア様! よかった。目を覚まされて……」

 目を開けた直後、涙目のユキネに抱きつかれ、困惑の表情を浮かべるマリア。
 状況を把握するために周囲を観察するように見渡し、ようやくここが何処であるかを察する。

「方舟……そうでした」

 キャイアと桜花を残し、ラシャラと共に一足先に現実世界へ帰還することになったのだと思い出すマリア。
 もっとよく周囲を観察してみると、破壊されたロボットの残骸など戦いの痕跡が見て取れる。
 だとすれば、ここは方舟の中。恐らくはユキネたちがやったのだろう。

「ユキネ、ラシャラさんは?」

 自分がこうして目覚めたと言うことは、ラシャラも戻ってきているはずだと考え、ユキネにラシャラの安否を尋ねるマリア。
 ようやく落ち着いてきたのか? ハンカチで涙を拭いながら、ユキネはマリアの質問に答える。

「ラシャラ様なら、あそこに」

 そう話すユキネの視線の先には、MEMOLに備えられた巨大なモニターを真剣な表情で見上げるラシャラの姿があった。
 すぐ傍にはアランとニール。それにカルメンとミツキの姿も確認できる。
 そして、中央の〈MEMOL〉の端末にはシンシアとグレースが腰掛け、真剣な表情で何やら作業を続けていた。
 皆の無事を確認して、マリアは声を掛けようとするが――

「お兄様!?」

 モニターに映し出されたオメガを見て、すぐにそれが太老だと察したマリアは声を上げる。
 見た目は随分と変わっているが、黄金に輝く聖機神を動かせる人物など太老以外に存在しないからだ。

「随分と遅いお目覚めじゃな」
「む……そんなことよりも、この映像は?」

 少しムッとした表情を浮かべながらも、不満を堪えてラシャラに映像のことを尋ねるマリア。
 太老のことが最優先と言ったマリアの様子に相変わらずじゃなと苦笑しつつ、ラシャラは問いに答える。

「太老のもとへ送り込んだ聖機人の視覚情報を元に、シンシアとグレースに戦いの様子を中継してもらっておる」
「なるほど……これは見るだけなのですか? 通信を送ったりなどは?」
「試して貰ったが、どうやら難しいみたいじゃ。通信は送れているようなのじゃが……」

 どれだけ通信を送っても反応がないのだと、ラシャラは答える。

「返事がない? まさか……」

 通信が送れているのに返事がないと言うことは――
 返事をする余裕がないのだと、太老の置かれている状況を察するマリア。
 この何もない虚無の空間で、たった一人で太老はガイアと戦っていたことを思い出したからだ。
 そんなマリアの脳裏にキーネの言葉が頭を過る。

「お兄様……」

 太老なら、きっとなんとかしてくる。相手が何者であっても、太老なら負けるはずがない。
 そんな風に考えることを放棄し、太老が傷つき苦しんでいることに少しも気付くことが出来なかった。
 もしかしたら、これまでも自分たちが気付かなかっただけで、太老はずっと苦しんでいたのかもしれない。
 そんな風に考え、ギュッと胸元を押さえるマリアに、やれやれと言った様子でラシャラは声を掛ける。

「御主一人が責任を感じることではない」
「……ラシャラさん」
「我等、全員の咎じゃ。太老に……異世界人に頼り過ぎたな」

 これはマリアだけの責任ではなく、自分たち――この世界に住む皆の問題だとラシャラは諭す。
 確かに異世界人の亜法適性は、この世界の人間とは比べ物にならないほどに高い。
 だからこそ定期的に異世界人を召喚することで、聖機師の力が薄れないようにその血を取り込んできた。
 だが、それはこの世界の問題であって、異世界からやってきた彼等には本来関係のない話だ。
 召喚と言葉を取り繕ったところで、やっていることは拉致と変わりがない。
 彼等にも家族が、生活があることを分かっていながら、自分たちの都合で異世界人の召喚を繰り返してきたのだ。

 そればかりか自分たちで解決できないからと言って、ガイアの討伐さえも異世界人の手に委ねようとしている。
 虫の良すぎる話だ。そうと分かっていても、異世界人に――太老に頼らざるを得ない。
 これは、この世界の人間すべてが追うべき咎だと、ラシャラは考えていた。
 でも、せめて――

「皆の勝利を祈ろう。それが、我等に出来る唯一のことじゃ」

 この世界の人間ではガイアを倒すことは出来ないが、太老の負担を減らすことくらいは出来るはずだ。
 だからフローラたちは、キーネの提案に乗った。
 太老にばかり責任を押しつけるのではなく、共に戦い、この世界を守るために――
 だが、聖機人に乗って戦うことの出来ないマリアとラシャラでは、太老の力になることは出来ない。
 そのことは本人たちが一番よく分かっていた。
 だからこそ、せめて太老の――皆の勝利を祈ろうとラシャラは話す。

「……ラシャラさんの言うとおりですわね」

 自身の無力さを痛感しながらも、ラシャラの言葉を認めるマリア。
 戦場に立つことだけが、出来ることではない。
 味方の勝利を祈り、帰りを待つことも大切な役割だ。
 むしろ、その先を見据えることこそが、自分たち――為政者の仕事だと二人は考える。
 そのためにも――

「勝って、必ず生きて帰って下さい」

 生きて帰って勝利を共に分かち合い、その功績に報いさせて欲しい。
 マリアは皆の無事と勝利を信じ、名も無き女神に祈りを捧げるのだった。





異世界の伝道師 第372話『太老の味方』
作者 193






「本当にこんなことが出来るなんて……夢じゃないわよね?」

 驚きを隠せない様子で周囲を観察しつつ、深々と溜め息を漏らすキャイア。
 太老の助けになって欲しいとラシャラに頼まれたかと思ったら、次の瞬間には聖機人のコクーンに座っていたのだ。
 キーネがフローラたちに送った通信はキャイアも耳にしていた。
 シンシアとグレースからも説明があったとはいえ、キャイアが戸惑いを覚えるのも無理はない。

「仮初めの身体と言われても、手足の感覚はちゃんとあるし……」

 アストラル情報の量子化。更には、量子化されたデータを再現することで力場体を構築。
 身体は別のところにあって、ここにいる自分は仮初めの肉体を与えられた精神だけの存在と説明されても、キャイアの理解が及ばないのは当然だった。
 キャイアに限らずこんな話を理解できるのは、シンシアやグレース。ワウアンリーを除くと、この世界でも結界工房などに所属する極一部の研究者だけだろう。それでも零式の助けをなしに同じことが再現可能かと言われると、まず絶対に不可能だと首を横に振るしかない。そもそもシンシアやグレースでさえ、太老の力を借りなければ〈MEMOL〉を完成させることは出来なかったのだ。
 研究者と言う訳ではなく、一介の聖機師に過ぎないキャイアが理解できないのも無理のない話だった。

『普段通りに動けて戦えるなら、なんの問題もないでしょ?』

 余計なことは考えるなと言わんばかりに、フローラの声が通信に割って入る。
 力場体だなんだと説明されても理解は出来ないが、聖機人に乗って戦えるのであれば問題ない。
 その点で言えば、まったく問題がないどころか、むしろ身体の調子は良いくらいだった。
 それもそのはずだ。

「フローラ様、その姿は……」

 歳の頃は十七、八と言ったところだろうか?
 最盛期の頃にまで若返ったフローラの姿が通信には映しだされていた。
 キャイアが驚くのも無理はない。

『私も驚いたけど、全力で戦えるように最盛期の状態に調整されているみたいね』

 嬉しい誤算だとばかりに笑みを浮かべるフローラ。
 これなら亜法酔いの心配も、多少は抑えることが出来る。
 それに年齢的にも、これなら太老と釣り合いが取れるとでも考えているのだろう。
 しかし、

『ここにいる私たちは精神だけの存在なのですよね? 肉体へ戻ったら元の年齢に戻るのではありませんか?』
『うぐッ!?』

 敢えて考えないようにしていた問題をリチアに指摘され、フローラは両手で胸を押さえて蹲る。

『……言うようになったわね』
『次期教皇として、皆を導いていく務めがありますから』

 いつまでも子供のままではいられないと堂々とした態度で、通信越しに睨み付けてくるフローラに答えるリチア。
 そんなリチアの態度に眉間をピクピクと動かしながらも、一旦矛を収めるフローラ。
 仲違いをしている時ではないと、状況を理解しているからだ。

『なら、後方での指揮はお願いしても構わないかしら?』
『はい、お任せください。元より、そのつもりでしたから』

 尻尾付きの聖機師と言っても、リチアは余り戦いが得意な方ではない。一方でフローラは聖地の武術大会で優勝経験もあるほどの達人だ。
 亜法耐性が余り高くないことからハヴォニワに嫁いだ後は戦いから遠ざかってしまったが、その実力は世界でもトップクラス。
 最盛期の身体を取り戻した今なら、フローラの性格からして最前線で戦うことを希望するだろうと予想していてのことだった。

『キャイアちゃん、行くわよ。皆も遅れないでついてきなさい!』

 背中の羽から青白い燐光を放ち、先陣を切るフローラの聖機人。
 その後を追うように、無数の聖機人がガイアに向かって飛び立つ中――

「ま、待ってください! フローラ様!」

 キャイアは慌ててフローラの後を追い掛けるのであった。


  ◆


「ラピス、あなたたちも」
『リチア様……』

 従者として、出来ることならリチアの傍を離れたくはないのだろう。
 しかしリチアの覚悟と望みを察してラピスは頭を振ると、異議を唱えることなく静かに頷く。
 そして、

『――リチア様、ご武運を』
『太老様のことは、お任せください』
『皆、行くよ!』

 ラピスの後に続き、皆に号令を送るブールとグリノ。
 グリノの呼び掛けに、学院の生徒たちも気合いの入った声で応える。
 経験は浅くとも実力は軍に所属する現役の聖機師に決して劣らない。聖地学院でもトップクラスの生徒たちだ。
 何より、ここにいる生徒の多くが太老に少なからず好意を寄せ、憧れを抱いている者たちだった。
 太老の役に立ちたいという気持ちでは、誰にも負けていない。

「……あの子たち、本当に大丈夫かしら?」

 余りに気合いの入った生徒たちの様子に少し引きながらも、仕方がないかと溜め息を漏らすリチア。
 聖地学院に太老の非公式ファンクラブが存在することは、リチアも当然把握していた。
 しかも学院に在籍する生徒の半数以上が、そのファンクラブに参加しているのだ。
 当然、この戦いに参加を表明した生徒たちの多くも、ファンクラブに所属する生徒だった。
 謂わば、彼女たちは太老の親衛隊のようなものだ。
 太老の危機を知って、大人しくしていられるはずもない。

「……こほん。では、わたくしたちも自分たちの為すべき役割を果たしましょう」

 そう言って皆が行ったのを確認したところで、リチアは残った者たちへ視線を向ける。
 数は二十ほどだが、全員が回復の亜法に長けた教会の聖衛士で構成された部隊だ。
 祖父――教皇より託された想いを、リチアは無駄にするつもりはなかった。
 そのためにも――

「誰一人として、無駄に命を落とさせるつもりはありません。ですがそれは、あなたたちも同じです」

 自分のために他の誰かが傷つくことを、太老は決してよしとはしない。
 苦しみ、傷つきながらも、たった一人でガイアに立ち向かっている姿からも、それは明らかだ。
 だからこそ、誰一人として死なせる訳にはいかないと、リチアは覚悟を滲ませる。

「全員で、生きて帰ります。そして新たな時代の幕開けを共に見届けましょう」

 より住みよい世界に。
 この戦いの先にこそ、太老の望んだ理想の世界があるのだと信じて――
 リチアは仲間たちと共に最後の戦いへと赴くのだった。


  ◆


「……なんだか、とんでもないことになってるな」

 ガイアの放った黒い聖機人と激しい攻防を繰り広げる連合軍の部隊を、遠い目で眺める太老。
 助かったことは事実だが、急な展開についていけてなかったためだ。
 原因は間違いなく零式だと想像は付くのだが、何をどうしたらこんな展開になるのか、さっぱり事情を呑み込めない。
 この僅かな間に何があった、と太老が訝しむのも無理はなかった。
 それに――

「船穂も姿を消すし、マジで何が起きてるんだ?」

 じっとガイアを眺めていたかと思うと、船穂が目の前から姿を消したのだ。
 恐らくは何処かへ転移したのだと思われるが、現れた時と一緒で消えるときも唐突過ぎると太老は溜め息を溢す。

「龍皇、お前は何か知らないのか?」

 太老の問いに対してプルプルと身体を震わせ、首を傾げるような仕草を見せる龍皇。
 言葉が通じていないと言うことはないだろうが、基本的に皇家の樹というのは子供のように無邪気な性格をしている。
 簡単な意思疎通なら出来るが会話が成立するかというと、これがなかなか難しかった。

「……お前に聞いても分からないか」

 龍皇から情報を得るのは難しいと判断して、あっさりと諦める太老。
 しかし、

「ん? どうかしたのか?」

 龍皇は太老の膝に跳び乗り、その丸い身体を粘土のようにクネクネと変形させる。

「……すまん。何を言ってるのか、さっぱり理解できん」

 何かを伝えようとしていることは分かるのだが、まったく要領を得ない。
 ならばと太老も頑張ってみるが、さすがにジェスチャーだけで理解しろというのは難易度が高すぎた。
 生体端末に言語機能くらいはつけておくべきだったかと後悔し、頭を悩ませていると――

「……声?」

 無邪気な子供のような声が、無数に太老の頭に響く。
 淡く光る龍皇の身体。そして聞こえてくる懐かしい声。
 少なくとも龍皇の生体端末に、このような機能はつけていなかったはずだ。
 なら、これは〈皇家の樹〉に最初から備わっている能力だと察しが付く。

「まさかお前たち=v

 船穂が消えた理由。
 そして、龍皇が伝えようとしていること。
 これから起きようとしていることに気付き、太老は目を瞠るのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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