【Side:太老???】
「ここがガイアの中か」
アストラルリンクを介した強制ダイブによって俺は今、ガイアのコアへアクセスしていた。
ここは謂わば精神世界のようなものだ。俺の身体は今も外で、オメガと共にガイアの本体と戦っている。
正確には、ここにいる俺は正木太老≠ナあって正木太老≠ナはない。オリジナルのコピーのような存在だ。
パーソナルデータにアストラルを宿した――キーネのようなものと言えば分かり易いと思う。
余り取りたくはなかった手段なのだが、他に手がない以上やるしかない。
「早速、解析を始めるか。外の俺も長くは保たないだろうしな。チビ共、出て来てくれ」
俺がそう呼ぶと、二頭身にデフォルメした俺≠ェ無数に現れる。
そう、こいつらもオリジナルのパーソナルデータによって生み出された正木太老のコピー。俺の分身にして弟たちだ。
嘗てアカデミーのシステムをダウンさせた元凶と言えば、理解できる人間には理解できるだろう。
もっと正確に言うと、タチコマの人格≠フモデルとなった存在だ。
「お前等、悪いけど人捜しを頼めるか?」
「ええ、面倒臭い」
「働きたくないでござる」
さすが、俺。
素直に言うことを聞いてくれるほど甘い存在ではない。
しかし自分のことだ。こいつらの考えていることなど、手に取るように分かる。
そして、どうすれば言うことを聞かせられるかも分からない俺ではなかった。
「そうするとガイアを破壊する以外に手がなくなる訳だが、本当にいいのか?」
どう言う意味だ? と言った目で一斉に俺を見てくる俺たち。
同じオリジナルのコピーと言っても、こいつらと俺では与えられている情報の大きさが違う。
基本的にこいつらは本能に忠実で、単純な思考回路しか持っていない。謂わば、子供のようなものだ。
そんな連中を自由気侭に暴走させた結果が、例の大規模システムダウンの原因と言えた。
「この一件だが、恐らくマッドや鬼姫に監視されてる」
恐怖の代名詞とも言える名前を耳にして、ビクッと一斉に震える俺たち。
オリジナルが最も恐れ、苦手とする存在。
まさに俺たちの天敵とも言える相手。
幼少期から心に刻まれたトラウマは、そう簡単に消えるものではない。
それは当然、俺たちのなかにも存在した。
「手早く片付けないと、あの二人が介入してくる可能性があると言うことだ。それに……」
あんな奴(ダグマイア)でも、死ねば悲しむ人間がいる。
俺は、俺たちはもう、大切な人を失って涙を流す少女を――
――のように悲しむ姿を見たくない。
もう二度と、彼女のような存在を生み出さない。同じ過ちを繰り返さないと、俺は誓ったのだ。
「女に涙は流させない。それが――」
俺、正木太老だ。
【Side out】
異世界の伝道師 第371話『力場体』
作者 193
【Side:太老】
背筋がブルリと震える。
なんか俺≠ェ臭い台詞を口にしたかのような違和感を覚えたのだが、気の所為だよな?
俺は今、光鷹翼によって作りだした結界の中へガイアを封じ込めていた。
黒い光鷹翼がせめぎ合うようにオメガの光鷹翼を侵食し、結界を内側から破壊しようと抗う。
六枚の羽。このすべてが破壊されれば、再びガイアは自由となり、世に解き放たれる。
「保って十分と言ったところか?」
十分以内に勝負を決められなければ、ダグマイアのことは見捨てるしかない。
俺のやったことは単純だ。
タチコマの人格を形成する元ともなったプログラム≠ガイアのコアにインストールしたのだ。
ガイアに取り込まれたダグマイアを助けるには、本人の意識を呼び覚まして内側から衝撃を与えるしかない。
分の悪い賭けではあるが、何もやらないよりはマシだろう。
手を尽くさずに後悔するようなことだけは絶対にしたくないと考えての行動だ。
「とはいえ、思っていた以上にきついな。これ……」
六枚の光鷹翼。これが、いまの俺の限界だ。
正確には、オメガが引き出せる銀河結界炉≠フ力の限界と言った方が正しいのだろう。
魎皇鬼なら完璧に制御できるのだろうが、生憎とこのオメガにはそれほどの適性はない。
魎皇鬼の場合、魎呼と同じく鷲羽のアストラルから生まれた娘のような存在だから、頂神の力を封じた宝玉の力を完全に制御できるのだ。
しかし、オメガはあくまで聖機神だ。そのために調整され、生み出された存在ではない。
世界の法則すら左右し、ほぼ無限とも言える力を持つ銀河結界炉ではあるが――
機体が持つ限界以上の力を使えば、その力に耐えきれずに自滅することは最初から分かっていた。
「辛いだろうけど、もう少し我慢してくれよ」
短い付き合いではあるが、自分の作った作品だ。
愛着があるだけに出来ることなら余り無理をさせたくはないのだが、他に手が思いつかなかったのだ。
ガイアを倒すだけであれば、他に手は幾つか思いつく。一番簡単な方法は零式に任せることだろう。
オメガと違い、マッドの手によって生み出された零式であれば、銀河結界炉の力を完全に制御することが出来る。
全力全開の一発を撃ち込めば、ガイアを消滅させることは可能だろう。
しかしそうすると、ダグマイアはガイアと運命を共にすることになる。
助けられる可能性があるのなら、出来る限りのことはしてやりたい。
道を踏み外しはしたが、根っからの悪人と言う訳ではないと思うからだ。
学院の教師をしている優秀な叔父に、大国の宰相まで上り詰めた尊敬する父親。
ダグマイア自身も才能はあり、努力も怠らなかったのかもしれないが、周りからの期待が大きく焦りもあったのだろう。
周りが規格外な人間ばかりだから、その気持ちが俺も少しは分からなくもない。
まあ、俺の場合は周りが余りに規格外過ぎて、諦めの境地に達するのが早かっただけの話なのだが……。
マッドや柾木家の人たちを見ていると、原作知識で転生チートとか恥ずかしくて言えなくなる。
そもそもネット小説などでよくある転生特典とか、俺には一切なかったしな。明らかに無理ゲーだ。
神も仏もあったものじゃない。ああ、神はあのマッドだっけ……うん、これ最初から詰んでるじゃん。
とにかく、そもそもダグマイアはまだ成人すらしていない未成年の子供だ。
根っからの悪人でないなら、更生の機会をやるべきだと俺は思う。
少なくとも、こんなところでガイアと共に滅ぼされなければいけないような極悪人ではないだろう。
何より――
「もう二度≠ニ、俺は大切な人たちを悲しませたくない」
アイツのことを大切に思っている人たちが大勢いることを俺は知っている。
そのなかには、俺がお世話になった人々や仲間も含まれていた。
マリアやラクシャも、きっとダグマイアの死を知れば悲しむはずだ。
だから俺は、ダグマイアを助けると決めたのだ。
ダグマイアのためではなく、俺自身のために――
「とはいえ、思っていた以上にきついな……って、なんだそりゃ!?」
黒い光鷹翼がオメガの光鷹翼を侵食し、僅かに開いた結界の綻びから何かが飛び出してきた。
あれはまさか――
「黒い聖機人!?」
まさか、ドールが?
と思ったが、こんなところに彼女がいるはずがない。
しかも一機だけならまだしも、結界の中から飛び出してきた聖機人は一つや二つではなかった。
それこそ、五十機以上――いや、百は軽く超えているだろうか?
よく観察してみると、ガイアの身体から出て来ているようだ。
「嘘だろ」
差し詰め、ガイアの子供と言ったところなのだろうか?
まさか、こんなことも出来るとは想像もしていなかった。
数は多いが、この程度であればオメガの敵ではない。そう、本来であれば――
「ぐっ……これは、ちょっとまずいな」
ガイアを封じ込むために光鷹翼を使っているため、いまのオメガには身を守る手段がない。
だからと言って身を守るために光鷹翼を使えば、ガイアに結界を破られる。
かなり深刻な状況だ。ピンチと言っていい。
いまから零式を呼んでも恐らくは間に合わないだろう。
こんなことなら、最初から零式の手を借りておくべきだっ――
『お呼びですか? お父様』
「零式!?」
コクーン内に聞き覚えのある少女の声が響き、モニターに零式の姿が映し出される。
まさに見計らっていたかのようなタイミングで姿を現した零式に唖然とする俺。
いや、零式のことだ。実際にタイミングを図っていたとしても不思議な話じゃない。
「お前、まさかずっと視≠トたのか?」
『はい。状況は常にモニターしていました』
そういや、こういう奴だったと俺は項垂れる。
精神リンクで繋がっていることを考えれば、俺の状態は船にモニターされていると言うことだ。
そうしたことを考えれば、零式がこちらの状況を把握していないはずがなかった。
『必要ないかと思いましたが、丁度良さそうなので戦力を送りますね』
「……は?」
零式が何を言っているのか理解できず、呆然とした声が漏れる。
船が近くまで来ているのなら分かる。
零式なら空間を超越し、閉ざされた空間へ転移することも不可能ではないだろう。
しかし、こいつは『戦力を送る』と言ったのだ。
「――! 大量のデータがオメガに送信されて、これはまさか〈MEMOL〉からか!?」
コクーンのモニターに映し出される『ZZZ』の文字。
恐らくは零式の仕業だと思うが、MEMOLから信じられない量の情報が送られてくる。
でも、ここまで亜法による通信は届かないはずだ。
どうやってと考えたところで、オメガと〈MEMOL〉の間にアストラルリンクが形成されていることに気付いた。
零式が仲介しているのか? いや、考えて見れば、オメガに使われているOSはタチコマに用いたシステムを発展させたものだ。
だとすれば、オメガもタチコマネットワークへアクセスする権限を持つと言うことになる。
いつからだ? こちらの時代へ戻ってきた時から、まさか既に――
「情報の具現化――力場体か!」
MEMOLから送信された情報を元に、何かが再生――具現化されていく。
データに仮初めの器を与えるほどの力。エネルギーの出所は零式で間違いない。
恐らく零式が〈MEMOL〉から送信されてきたデータを実体化させるため、銀河結界炉の力を使ってコンバートしているのだろう。
「聖機人? まさか……」
『はい。お父様の助けになりたいと集まった下僕≠スちです』
微妙にツッコミどころのある答えを返してくる零式。
あの尻尾付きの赤い聖機人、間違いない。キャイアのものだ。
他にも見覚えのある聖機人が幾つかあった。モルガや三バカもいるみたいだ。
何か言っているようにも見えるが、まったく声が伝わってこない。
『鬱陶しいので声はカットしています』
「おい」
通信関係のトラブルかと思っていたら、零式の仕業だったようだ。
とはいえ、いまは戦闘中だ。感動の再会は後からでも出来るだろう。
ここまできたと言うことは零式から状況は伝わっているのだろうし、皆を信じて俺は俺に出来ることをするしかない。
『ガイアから出て来ている聖機人も、どうやらこっちと同じ力場体みたいですね。恐らく体内に吸収した聖機人を使役しているのかと』
ああ、なるほど……そういうことかって、いま変なことを言わなかったか?
「吸収?」
『はい。ガイアの中から無数の生体反応があります。恐らく聖機人と共に取り込まれた人間たちかと』
サラリと、とんでもない爆弾を投下する零式。
ダグマイア以外にもガイアに取り込まれている人たちがいる?
そんなの聞いてないんですけど……。
ダグマイアを捜すようにしか、プログラムしてないぞ。
「……まいったな」
このままでは仮にダグマイアは助かっても、他の人たちは見殺しと言う結果になりかねない。
だからと言って、いまから命令を変更することも不可能だ。
俺の作ったプログラムは、完全自律型のウイルスのようなものだ。
後から指示を付け足せるような都合の良いものではない。
「困った。どうすれば……ん?」
他に何か打つ手はないかと悩んでいると、目の前の端末に鎮座する二つのマシュマロが目に入る。
コクーンのモニターに映ったガイアをじっと見詰めながら、プルプルと身体を震わせる二体――
龍皇、船穂……お前等、何してるんだ?
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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