「あの時、確かに母さんの聖機人はガイアに……まさか、幽霊?」
「勝手に殺さないでくれる? ちゃんと手足もあるわよ」

 娘の的外れな一言に、心の底から呆れるイザベル。

「まあ、危ないところだったけどね。彼女たちに助けられたのよ」

 エメラの乗った聖機人に視線を向けながら、娘の疑問に答えるイザベル。
 パイロットを保護するために、聖機人のコクーンの内部は亜空間と繋がっている。
 そのためどうにか一命を取り留めたのだが、聖機人が受けたダメージのフィードバックまでコクーンは肩代わりしてくれる訳ではない。
 気を失っていたところを、ランとエメラに保護されたと言う訳だった。

『アタシたちも助けられた側なんだけどね』

 通信越しにキャイアもよく知る女性の声が響く。そう、ランだ。
 ランとエメラがイザベルの乗ったコクーンを見つけたのは偶然だった。
 太老が帰還の際に放った衝撃波に吹き飛ばされた先に、偶々イザベルのコクーンがあったのだ。
 とはいえ、乗っていたバイクも大破し、救助を呼ぼうにも通信も繋がらない。
 どうしたものかと困り果てていたところで目の前に現れたのが、星の船だった言う訳だ。

「そうだったのね。無事でよかった……でも、どうしてあの船が?」

 イザベルとランの話を聞いて、一先ず納得した様子を見せるキャイア。
 しかし、ハヴォニワの国境で別れたはずの〈星の船〉が、どうしてランたちの前に現れたのかと言った疑問をキャイアは口にする。

『それはラシャラちゃんたちを方舟へ送り届けたら、私たちと合流する予定≠セったからよ』

 そんなキャイアの疑問に答えるように、凛と響く女性の声が通信へ割って入る。
 まったく予想しなかった人物の登場に、キャイアだけでなく通信を聞いていた全員が目を瞠る。
 皆が驚くの無理もない。通信に割って入ったのは、フローラの妹にしてラシャラの母――ゴールド・グウィンデルであったからだ。
 各機のモニターに映し出されるゴールドの姿。星の船の艦長席に座る彼女の隣には、執事のセバスチャンの姿も確認できる。

『ゴールド! あなた、まさか最初から――』
『フフッ、今更隠すつもりもないけど、助かったのは事実でしょ? お姉様』

 ゴールドが密かに暗躍していたことには気付いていたが〈星の船〉のAI――ルナと通じているとは、さすがのフローラも思ってはいなかったのだろう。
 仮に戦争が始まる前から繋がりがあったのだとすれば、ババルン軍と内通していたと言うことになる。

『まさか、カルメンが……』
『いえ、彼女は何も知らないわ。でも、良い囮≠ノはなってくれたわね』

 ゴールドから返ってきた答えで、他にも密偵を潜ませていたのだとフローラは確信する。
 恐らくはグウィンデルへ亡命した頃から、既に布石を打っていたのだろう。
 敵を欺くには味方からと言うが完全に出し抜かれたことに気付き、悔しげな表情を滲ませるフローラ。
 まだ戦闘中にも拘わらず、通信越しに姉妹喧嘩を始めた二人に呆れながら、

「この二人は放って置きましょう。いまは、そんな話よりも――」

 目の前の敵をどうにかする方が先だと、イザベルは戦闘再開の合図を告げるのだった。





異世界の伝道師 第378話『不器用な二人』
作者 193






 一騎当千の活躍を見せる剣士の後に続き、カレンとイザベルも前へでる。
 剣士の動きについて行けるカレンもさすがだが、イザベルも負けてはいなかった。
 機体性能では二人の聖機人に及ばないが、イザベルには長く第一線で活躍してきた聖機師としての経験と熟練の技術がある。
 その実力はモルガは勿論のこと、現役時代のフローラすら凌ぐほどだ。
 太老や剣士のような一部の例外を除けば、現役最強の聖機師と言っても過言ではないだろう。

「……凄い」

 イザベルの活躍に目を奪われるキャイア。
 まさかあれほどの腕を持ちながら、この短時間で更に強くなっているとは思ってもいなかったのだろう。
 ガイアとの戦いがイザベルの殻を破ったのであろうが、少しは母親に追い付けたのでないかと考えていただけにキャイアの口からは溜め息が溢れる。
 改めて、目標とする壁の高さを実感させられたからだ。

「キャイア・フラン」

 そんな風に溜め息を吐いていると予期せぬ人物から声を掛けられ、目を丸くするキャイア。
 声を掛けてきたのは、エメラだったからだ。
 学院では勿論、公のパーティーなどでも余り話したことはない。
 ましてやエメラの方から話し掛けられたことなど、ほとんどなかった。
 そのことから、てっきりダグマイアとの件で嫌われ、避けられているものと思っていたのだ。

「私はずっと、あなたが羨ましかった」
「一体なにを……」
「あなた自身は気付いていなかったのかもしれないけど、ダグマイア様はずっとあなたを見ていたわ」

 考えもしなかったことをエメラから告げられ、キャイアは困惑を顕にする。
 いつもダグマイアの反応は素っ気なくて、自分だけが片思いをしていると思っていたからだ。
 しかし、キャイアがどう感じようと、エメラはダグマイアの本心に気付いていた。

「お父上だけでなく、あなたにも勝ちたい。認められたいと、ずっと努力を重ねてこられた」

 従者として、その背中をずっと見守り続けてきたからだ。
 確かにダグマイアは道を踏み外し、やり方を間違えてしまった。
 しかし、そこに至るまでの努力と葛藤をエメラは知っている。
 だからこそ、キャイアに良い感情を持つことが出来ずにいたのだ。
 それでも――

「私はあなたが嫌い。でも、ダグマイア様にあなたは必要だわ」

 ダグマイアにキャイアは必要だとエメラは考えていた。
 だからこそ、戦いの最中にも拘わらずキャイアに声を掛けたのだ。

「無理よ。私はもう……」

 ラシャラの剣になると覚悟を決めたのだ。今更、ダグマイアの味方など出来るはずもない。
 それに太老はダグマイアを助けるつもりでいるみたいだが、それでダグマイアの犯した罪がなくなる訳ではない。
 戦争に加担した他の聖機師たちと違い、ダグマイアはあのババルンの息子だ。
 幾ら貴重な男性聖機師であると言っても、極刑は免れないだろうというのがキャイアの考えだった。
 しかし、そのくらいのことはエメラも理解している。

「ダグマイア様の味方をしろとは言わないわ。でも、あの人の想いだけは受け止めてあげて」

 そうでなければ、ダグマイアが報われない。
 ましてや大切な人に想いを告げられず、誤解されたまま終わるなんてエメラには耐えられなかった。
 ダグマイアの想いに応えられずとも、キャイアには真実を知る義務があると考えるからだ。

「卑怯よ。その言い方は……」
「どう言われようと構わないわ。ラシャラ様の恩情で正木商会に拾われたけど、それでも私はダグマイア様の従者≠セから」

 ダグマイアのためであれば、誰にどう思われたって構わない。
 エメラの言葉には、その覚悟が伴っていた。
 だから大人しくラシャラの恩情に縋り、太老に降ったのだ。
 傍に居ることは叶わずとも、それがダグマイアのためになると信じて――

「……あなたは、それでいいの?」
「ダグマイア様の幸せが、私の願いよ」

 キャイアの問いに対して、少しの迷いもなく答えるエメラ。
 ランとの間に何があったのかまでは分からないが、彼女も覚悟を決めたと言うことなのだろう。

「私は……」

 ラシャラの剣になると覚悟を決めたのだ。今更、ダグマイアの味方をすることは出来ない。
 しかし、ダグマイアをあんな風にした原因が自分にもあるのだとすれば――
 エメラの言うようにどんな結末を迎えるにしても、ちゃんと見届ける義務が自分にはあるのだろうとキャイアは思う。

「え?」

 エメラに答えを返そうとした、その時だった。
 突然、エメラとの通信が途切れたかと思うと、そこに映像が割って入ってきたのだ。
 聖機人のモニターに映し出された景色は、キャイアのよく知るものだった。
 しかも、そこに映っていた人物は――

「え? これって……」

 幼い頃のキャイアであった。


  ◆


 ガルシアの怨念が宿ったコアクリスタルには、これまでに依り代とされた歴代のメスト家当主の記憶も一緒に封じられている。
 それは即ち、コアクリスタルにはダグマイアの記憶も記録されていると言うことだ。
 その記憶をダグマイアに見せることで、彼の意識を呼び覚ますというのがブラックの考えた秘策であった。

「上手く行ったみたいだな」

 空中に映し出された幼い頃のダグマイアの記憶を見て、作戦の成功を確認するブラック。
 ダグマイア本人の姿は映っていないが、まだ九歳かそこらと言った頃のキャイアの姿が映し出されていた。
 本人の視点から見た記憶なので、ダグマイアが映っていないのは仕方がない。

『はあはあ……強いな。キャイアは……』
『ダグマイアこそ、凄いわよ。男≠ネのに勉強だけじゃなくて剣の鍛錬も凄く頑張ってて』
『……だが、それでもキミには勝てない』

 キャイアは褒めているつもりなのだろうが、複雑な表情を滲ませるダグマイア。
 キャイアの才能は本物だ。同じ女性聖機師のなかでさえ、剣術の腕は頭一つ抜けているのだ。
 そのことを考えると、互角とまでは言わずともキャイアと剣で競い合えているダグマイアは男性聖機師のなかで特別≠ネ存在と言って良いだろう。
 しかし、ダグマイア自身は納得していなかった。

(男だから仕方がない? 違う。そんな常識や価値観なんて、俺は認めない)

 この世界の男性聖機師は戦場にでることはない。
 女性聖機師の代わりならいるが、数の少ない男性聖機師の代わりはいないからだ。
 なかには男でも優れた資質を持った者はいるが戦場にでることはない以上、彼等が活躍することはない。
 だから、男の聖機師が女の聖機師に守られる≠フは当然と言った風潮が、この世界には蔓延していた。
 キャイアに悪気はないのだろうが、彼女自身も心の何処かでそう考えていると言うことだ。
 だからこそ、ダグマイアは認めたくなかったのだろう。

(俺は他の男と違う。強く、誰よりも強くなりたい)

 女に守られるのではなく、好きな子を守れるようになりたい。
 そんなダグマイアの心の叫び≠ェ、映像を通して伝わってくる。
 父親に認められたいという想いも確かにあったのだろう。
 しかし、ダグマイアが剣術に打ち込む切っ掛けを作ったのは間違いなくキャイアであった。

「嫌な奴かと思ってたけど……」

 なるほどな、と納得しながらダグマイアの評価を改めるブラック。
 ようするにダグマイアとキャイアは、お互いに意地っ張り≠ナ不器用≠ネだけなのだと理解したからだ。
 この記憶が真っ先に出て来るということは、ダグマイアにとってそれだけ大切な思い出なのだろう。
 なら、尚更のこと――

「いつまで寝ているつもりだ! 男なら根性を見せろ! ダグマイア・メスト!」

 こんなところで終わって良いはずがない。
 最悪キャイアにこの映像を見せてでも、叩き起こしてやるとブラックは考える。
 しかし、まさか既にこの映像が船穂と龍皇。それにオメガを通じて全ネット≠ナ配信されているとは、さすがの彼も予想していないのであった。


  ◆


「ダグマイア・メスト……男だな。これは評価を改める必要がありそうだ」

 しんみりとした表情で映像を眺めながら、ダグマイアに対する評価を改めるシュリフォン王。
 それは他のダークエルフたちも同じであった。
 シュリフォンでは男性聖機師だからと言って敬われることはないが、有能な男は別だ。
 好きな女のために自身を磨き、強くなろうとする男の意地は彼等にも理解できるものだったのだろう。
 それにダグマイアに同情的なのは、ダークエルフたちだけでなかった。
 こんな映像を見せられて、何も感じない聖機師などいないと言ってもいい。
 ダグマイアが挑み続け、ずっと抱えてきた葛藤。それは聖機師全体に関わる問題でもあるからだ。

「やってくれたわね」

 こんな映像を流した太老の思惑を察し、苦笑するフローラ。
 仮に助かったとしても、犯した罪から逃れることは出来ない。
 しかし、こんな映像を見せられて、彼だけに責任を問える者がいるだろうか?
 恐らくはダグマイアの助命を求める嘆願が、多くの聖機師から寄せられることが予想される。
 そうなったらお咎めなしとは行かないが、少なくとも極刑に処されることだけはないだろう。

「……やっぱり、あなたのことは好きになれそうないわ」

 流れが変わったことにエメラも気付いていた。
 ダグマイアが助かる可能性が出て来たのだ。嬉しくないはずがない。
 それでもこんな映像を見せられて、良い感情を抱けるはずもなかった。
 最初から二人の間に割って入る隙など、少しもなかったのだということを再確認させられたからだ。
 皆が思い思いの感情を抱く中、剣術の鍛練から入浴シーンに映像は切り替わる。
 それは剣の鍛錬の後、キャイアがダグマイアと二人でお風呂に入った時の記憶映像だった。

「ちょ! 待っ――」

 キャイアの制止も虚しく流されるサービスシーン。
 幼い頃の話とはいえ、一糸纏わぬ自分の姿が映像に流れるのを見て――

「いやああああああッ!」

 キャイアは羞恥に頬を紅く染め、悲鳴を上げるのであった。





 ……TO BE CONTINUED



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