【Side:太老】

「これ、もしかしてダグマイアの記憶か?」

 ガイアに仕込んだプログラムから送られてきたデータの中に、幼い頃のダグマイアの映像が紛れていた。
 俺が命じたことは、ただ一つ。ガイアに囚われたダグマイアの魂≠回収することだ。
 肉体は諦めるにしても魂さえ回収してしまえば、あとのことはどうにかなる。
 恐らくはその作業の過程で、ダグマイアの記憶の一部がデータに紛れ込んだのであろう。

「こっちは小さい頃のキャイアか」

 映像には幼い頃のキャイアの姿もあった。
 二人で剣の鍛練をしているみたいだが、ダグマイアが一方的に叩きのめされている。
 なんだか少し親近感の湧く光景だな。俺もよく訓練に付き合うと言って、魎呼の相手させられたっけ……。
 脳筋というか、一度スイッチが入ってしまうと、この手の戦闘狂は歯止めが利かないから厄介だ。
 キャイアもそうだとは言わないが、割と剣を握ると性格の変わるタイプのように見える。
 そもそも、この世界。男の聖機師は貴重で、かなり過保護に扱われている。
 学院では怪我をさせてはいけないからと、水泳などの身体を使った授業は免除されているくらいなのだ。
 なのに小さい頃のこととはいえ、男の聖機師であるダグマイアを剣術でボコボコにするって……。

「ダグマイアの性格が捻くれたのは、キャイアが原因じゃ……」

 まだ、この頃の二人は九つか十と言ったところだ。
 男心を分かれと言うのは酷かも知れないが、遠慮のない言葉をダグマイアに掛けるキャイアを見て思う。
 ダグマイアのコンプレックスの原因は家族にあると思っていたが、キャイアが元凶なのかもしれないと。
 この世界の男って繊細なところがあるからな。俺から言わせると幾ら数が少ないからと言って、男を甘やかして育てた社会そのものに原因があると思うけど。
 まあ、この世界に召喚された異世界人の男もやりたい放題やっていたみたいなので、同じ異世界人として俺も余り偉そうなことは言えないのだが……。

「まあ、それはいいとしても……問題はこっちだな」

 送られてきたデータには、数百を超える人間のアストラル情報も添付されていた。
 いまフローラたちが戦っている黒い聖機人の聖機師たち。ガイアに取り込まれた人たちのデータだろう。
 さすがに数が多い。ダグマイアだけでも厄介なのに、この人数は骨が折れそうだ。

「……自重している余裕もないか。ここからは、出し惜しみなしでやるしかないな」

 銀河法とか、いろいろと面倒なルールに引っかかりそうな予感もするのだが、手段を選んでもいられそうにない。
 俺をこの世界へと送り込んだのはマッドと鬼姫な訳だし、事後処理などの面倒なことは二人に投げてしまおう。

「ん……」

 為すべきことを確認し腹を括ったところで、ガイアの様子がおかしいことに気付く。
 厳しい状況とは言っても、まだ少しは余裕がある。
 ガイアを封じ込めている結界は、光鷹翼を使って作りだしたものだ。
 こちらの機体も限界は近いが、それでも後五分くらいは押さえ込めるはずだ。
 なのに――

「なんだ? この嫌な予感は……」

 背筋に悪寒が走る。
 だからと言って、今更作戦を中止する訳にもいかない。
 いまを逃せば、ダグマイアたちを助ける機会はないからだ。

「……念のため、手は打っておくか。零式!」
『はい、お父様。どうかされました?』
「こっちは今、手が放せないからフローラさんたちに伝えてくれ」

 皆でハッピーエンドを迎えると決めた以上、俺の取るべき行動は決まっていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第379話『兄の矜持』
作者 193






「通信? 一体どこから――」

 戦闘中に割って入ってきた通信に眉をひそめるフローラ。
 しかし、すぐに誰からのメールかを察する。
 差出人に『T』の文字が添えられていたことも理由の一つにあるが、シンシアとグレースが監視を行なっている〈MEMOL〉のネットワークへ侵入できる人物など、そうはいないからだ。

「やはり太老殿で間違いはなさそうね。それに、このデータは……」

 通信と共に送られてきた情報に目を通し、フローラの口からは溜め息が溢れる。
 そこにはガイアに捕食された聖機師たちの数と名前が記されていたからだ。
 リストにはダグマイアの名前もあることを確認して、間違いがないことをフローラは確認する。
 となれば、既に太老はガイアのコアの解析を済ませ、聖機師たちの救出の目処も立ったのだと考えて良いのだろう。
 しかし、腑に落ちないのはメールの内容だ。

 送られてきたメールには一切の説明がなく、百二十秒後に零式からのエネルギー供給を断つとだけ記されていた。
 零式からのエネルギー供給が断たれれば、フローラたちは勿論のこと聖機人も力場体を維持することは出来ない。
 そうなったらフローラたちの意識は肉体へと戻され、強制的に戦線を離脱することになる。
 当然、太老の援護は出来なくなってしまう。

「いえ、その必要がなくなるということね……」

 ガイアから聖機師たちを解放すれば、必然的に黒い聖機人たちも姿を消すことになる。
 そうなったら、あとはガイア本体との決着を付けるだけだ。
 ガイアとの戦いに割って入ることが出来るなどと、フローラは自惚れてはいない。
 ガイアに対抗できるのは、太老と黄金の聖機神だけ。
 この世界の人間ではガイアに歯が立たないということは、歴史が証明しているからだ。

「シュリフォン王。通信はご覧になりましたか?」
『ああ、粘った甲斐があったようだな。タイミング的にも悪くない』

 そう、シュリフォン王の言うように悪くないタイミングだった。
 いや、既に限界が近いことを考えると、戦闘がこれ以上長引くのは避けたかったのだ。
 だが、これではまるで――

(太老殿なら、こちらの限界を読んでいてもおかしくないわね)

 フローラたちの限界が近いことを悟っていたかのようなタイミングでの通信だ。
 恐らくは、最初から太老はこの流れを読んでいたのだろうとフローラは考える。
 零式の力を借りなければ、フローラたちが援護に駆けつけることは出来なかったからだ。
 これだけ用意周到にお膳立てされれば、太老が何を考えているかは察しが付く。

(少なくともガイアとの戦いに協力したと言うことで、教会や各国の面目は立つ。それに……)

 誰も見ていないところで密かにガイアを倒しても、それは実感として伝わらない。
 しかし戦いに参加し、見てきた者がいるとなれば話は別だ。
 無事に生きて帰った聖機師たちは自分たちの活躍を誇り、家族や友人に語って聞かせるだろう。
 少なくもガイアの脅威は、教訓として人々に伝わる。

「……考えすぎではないのでしょうね」

 そう言って、苦笑を漏らすフローラ。
 深読みしすぎだと思う自分もいるが、太老であればと納得する自分がいた。
 だが、零式からのエネルギー供給を断つということは、太老の方も余裕がないことは確かなのだろう。
 仮にガイアとの戦いを見届けさせることが目的なのだとすれば、何人かは残した方がより効果は高いからだ。
 少なくとも役に立っていない訳ではない。
 時間稼ぎと言う意味では、自分たちは十分に役目を果たしているのだとフローラは考える。
 ならば――

「最後まで気を抜かず、全力を尽くしましょう。新たな英雄に笑われないように――」
『心得た』

 残りの時間で太老の目に自分たちの活躍を刻みつけるだけだと、二人の王は奮起するのであった。





【Side:太老】

「零式、ちゃんと伝えたんだよな?」
『はい』

 零式はちゃんと伝えたという話だが、どうにも腑に落ちない。
 普通なら時間が来るまで守りに徹するところを、攻勢に出るフローラたちの姿がモニターには映し出されていたからだ。
 なんか殺気立っているというか、画面越しにも近寄りがたい雰囲気がひしひしと伝わってくる。
 体力を温存する必要がなくなったから、タイムリミットギリギリまで戦いを楽しもうってことなのだろうか?
 もしそうなのだとしたら、かなりドン引きだ。戦闘狂はモルガ一人で十分だって言うのに……。
 フローラとの付き合い方も考え直す必要があると真剣に考えていた、その時だった。

『どうやら解析が完了したみたいですね。次のプロセスへと移ったみたいです。船穂を通じて回収したアストラルは、どうされますか?』
「どうするも何も、することは一つしかないだろう」

 ユライトにしたように魂の器となる新たな肉体を用意する他ない。
 魎呼から聞いたことがあるのだが、肉体から切り離された魂は自らの死を受け入れられず、アストラル海へと還ることなく悪霊となることがあるそうだ。
 精神的な死を迎えてしまえば、幾ら俺でも助けようがないからな。
 それでは苦労をして助けた意味がない。

『では適当≠ネ器を用意して、こちらでアストラルは保管しておきますね』

 なんか引っ掛かる物言いだが、幾ら零式でも大丈夫だろう。
 零式の本体でもある船のメインコンピューターの性能は〈MEMOL〉の比ではない。
 肉体を失い、魂だけとなった人々に違和感を抱かせない完璧な仮想空間を作りだすことも容易に可能だった。
 その間に魂の器となる肉体を用意すれば問題ない。
 となると、残った問題は――

『お父様。回収されたアストラルの中に、ダグマイア・メストのものが見当たりません』

 予想していた通りの説明を聞いて、やはりそうなったかと俺は溜め息を吐く。
 ダグマイアの身体は、あのガルシアという男に完全に乗っ取られていた。
 コアクリスタルを移植され、ガイアを動かすための依り代とされたのだ。
 それだけに他の者よりも、ガイアとの結び付きが強いことは分かっていた。

『こう言ってはなんですが、お父様がそこまでされる必要は薄いかと。もう十分なのでは?』

 零式の言うように、やれるだけのことはやった。
 悲しむ人間はたくさんいるだろうが、こうなったのはダグマイア自身にも問題がないとは言えない。
 仮にダグマイアを助けることが出来なかったとしても、誰も俺を責めたりはしないだろう。
 しかし――

「却下だ。一度決めたことを曲げるつもりはない」
『……要を失ったガイアが暴走する危険がありますよ?』

 確かにその可能性はあった。
 俺が感じている嫌な予感の正体も、もしかしたらそれなのかもしれない。
 光鷹翼を生み出すほどの膨大なエネルギーが行き場を失えば、この程度の結界は空間ごと消し飛ぶだろう。
 そうした最悪の事態を警戒して、フローラたちを強制的に避難させると決めたのだ。
 勿論、俺も死ぬつもりはない。船穂や龍皇の力も借りて抑え込めば、被害を最小限に食い止められる自信があってのことだ。

「過去の世界でやったことが現在に影響しているのだとすれば、俺にも責任がないとは言えないしな。このまま放置して逃げたんじゃ両親に顔向けが出来ないし、マッドにどやされる」

 自分のケツは自分で拭けが、我が家のモットーだ。
 ガルシアという奴のことは覚えていないが、歴史への介入が現在に影響を与えているのだとすれば、それは俺に責任がないとは言えない。
 俺の行動が歴史を歪ませ、ガイアをこれほど強大な存在へと変貌させてしまったという見方も出来るからだ。
 それに――

「この物語の主人公は俺じゃない。だけど――」

 そもそも、俺は自分のことをイレギュラーな存在だと思っている。
 この世界の主人公は剣士だ。なら本来であれば、このガイアと戦うのは剣士であったはずなのだ。
 しかし、剣士のことはよく知っているが、こんな化け物を倒せるとは思えない。
 サバイバル能力に長け、剣術の腕も俺以上ではあるが、剣士は普通≠フ人間だ。
 天地のように特別な力など持たない、少し生まれが特殊なだけの年相応の少年だった。
 だから――

「俺は剣士のお兄ちゃん≠セからな」

 逃げる訳にはいかない。そして、ダグマイアのことも諦めるつもりはない。
 内心では剣士の活躍の場を奪ってしまったことに負い目を感じながらも、こんな化け物と対峙するのが自分でよかったとも思っているのだ。
 この状況をどうにか出来る力が自分にあることを――
 生まれて始めて、マッド……鷲羽に感謝をしているくらいだった。

「俺を誰だと思っている? 宇宙一の天才科学者の弟子だぞ?」

 なら、不可能なことなんて何一つない。
 こっちには正真正銘の女神様だってついてるんだ。奇跡だって起こしてやるさ。

『感動しました! それでこそ、零のお父様です! なら、さっさとあんな大きいだけの出来損ないやっちゃいましょう!』
「……お前、本当に分かってるのか?」

 興奮して怪しい言動を口走る零式に思わずツッコミを入れる。
 ダグマイアを助けると言ってるのに、やっちゃったらダメだろうが……。
 しかし――

「面倒事はさっさと片付けるというのは同感だ」

 これ以上、長引かせるつもりはない。
 俺がこの世界を舞台とした作品が好きだったのは、どれだけ辛い過去を背負っていようとも最後は笑顔でハッピーエンドを迎えられる。そんな物語が好きだったからだ。
 俺は悲しい結末を迎えるくらいなら、ご都合主義を選ぶ。
 そして、剣士の代わりを演じる以上、俺にはその責任がある。

『――老様! 太老様!? よかった。ようやく気付いてもらえた』
「……コノヱ?」

 気合いを入れ直したところで、割って入ってきた声に驚く。
 それは、俺がよく知る人物――コノヱの声だったからだ。
 そう言えば、通信を遮断してるとか零式が言ってたっけ……。
 なのに通信が繋がったと言うことは、もしかして龍皇の仕業か?
 間違いないな。プルプルと身体を震わせながら、褒めて褒めてと言った雰囲気が伝わってくる。

「ああ、えっと……久し振りだな。元気してたか?」
『はい。太老様の方も変わりがないようで、安心しました』

 通信越しではあるが、久し振りに見たコノヱの顔はどことなく元気がないように見えた。
 それだけ、心配を掛けたと言うことなのだろう。
 これは他の皆とも再会したら、ちゃんと謝らないといけないな。
 一発殴られるくらいは、覚悟をしておいた方がよさそうだ。

「それで、こんなところにまでどうした? 零式から連絡が行っているはずだろ?」
『あ、そのことなのですが……いえ、それよりも先にこれを太老様に――』

 そう言って、コノヱが取り出したのは一振りの刀だった。

「まさか、それは……」

 姿形は変わっているが、零式のマスターである俺には一目で分かる。
 そう、それは――

『はい。いま、太老様が必要とされているものです』

 訪希深に管理を任せ、過去の世界においてきたはずの零式のマスターキー。
 ――絶無≠セった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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