【Side:太老】
懐かしくも温かな力が身体に満たされていくのを感じる。
俺が元々持っていた力だという話だが、確かにそう言われると良く馴染む。
覚えている訳ではないのだが、なんとなく力の使い方を身体が覚えている。そんな感覚だ。
だが、そんなことよりも――
「皇歌ちゃん、まさか……」
去り際に見せた皇歌の悲しげな笑みが、俺は気になっていた。
嫌な予感がする。まるで、もう二度と――
「お兄ちゃんの考えている通りよ。もう二度≠ニ、皇歌がお兄ちゃんの前に現れることはない。いえ、そうすることが出来なくなったと言った方が正しいかな?」
まるで俺の考えていることが分かっているかのように、嫌な予感の正体を口にする桜花。
前に皇歌が言っていたことが頭に浮かぶ。
「皇歌ちゃんが前に言ってた条件≠ゥ」
――条件。
この世界に干渉するには幾つかの条件が必要だと以前、皇歌は言っていた。
「うん。頂神と同じような力を持っていると言っても、皇歌は全知全能な存在ではない。皇歌が下位次元に干渉するには、幾つかの条件を満たす必要がある。次元の狭間や超空間と言ったように、世界と切り離された空間にしか顕現することが出来ないことは、お兄ちゃんも気付いているよね?」
俺は桜花の問いに頷く。
皇歌が俺の前に現れたのは、すべて次元の狭間と言った世界と隔絶された空間内でのことだった。
この空間もそうだ。この世界は謂わば、零式のシステム領域に存在する電脳空間。
俺たちが普段生活を送っている現実世界とは異なる領域に存在する。
「そして、もう一つの条件。それが――」
「俺に返した力≠ニ言う訳か」
そこまで説明されれば、後は自ずと察せられる。
それならば皇歌が去り際に見せた悲しげな笑みの理由にも、説明が付くと思ったからだ。
「それがお兄ちゃんの前にしか姿を現さないんじゃなくて、お兄ちゃんを介してしかこの世界に干渉することが出来なかった理由よ。でも、お兄ちゃんに力を返してしまったから……」
俺の前に現れることも、この世界に干渉する条件も満たせなくなったと言うわけか。
あれ? でも、ちょっと待てよ?
「桜花ちゃんがいるじゃないか」
「あ、やっぱりそこに気付くか」
皇歌がもう一人の自分だと言った桜花がいることに俺は気付く。
確かに俺との繋がりは断たれたのかもしれないが、まだ桜花と皇歌の間には強い繋がりが残ってる。
「確かに不可能じゃない。私と皇歌が一つに戻ればね」
結局そこに戻るのかと、俺の口からは溜め息が溢れる。
少なくとも現状では、皇歌が再び俺の前に現れることはないと言うことだ。
しかし、
「まだ、諦めてないって顔してるね」
「当然だろ?」
そんなことで俺は皇歌のことを諦めるつもりはなかった。
俺はまだ、皇歌との約束を果たしていない。
それに――
「泣いている女の子を見捨てるつもりはない」
それが俺、正木太老の意地でもあった。
【Side out】
異世界の伝道師 第385話『必然の天才』
作者 193
「まさか、そう来るとはね」
面白いものでも見つけたかのように、クツクツと笑う鷲羽。
新しい発見をすると、科学者としての性分がどうしてもでてしまうのだろう。
「鷲羽ちゃん、これって……」
「ああ、間違いなく太老の仕業だね」
皇家の樹のリンクとよく似た感覚を覚え、もしかしてと鷲羽に尋ねる瀬戸。
そんな瀬戸の疑問に少しの迷いもなく、太老の仕業だと鷲羽は断言する。
「まさか、皇家の樹のリンクを利用して……」
「いや、これは〈皇家の樹〉とは関係無い。あの子が生まれ持ち持っている能力さ」
その証拠に、と玲亜に視線を向ける鷲羽。
自分に注目が集まったことで、居心地が悪そうに表情を強張らせる玲亜。
「……玲亜殿?」
「えっと、はい。私も太老くんとの繋がりのようなものを感じています。これが皆さんと同じ現象なのかは分かりませんが……」
玲亜にも同じ現象が起きていると分かって、瀬戸は鷲羽の言いたいことを察する。
信幸と結婚をして柾木の姓を得たと言っても、彼女は異世界――ジェミナーで生を受けた人造人間だ。
試しの儀を受けている訳でもなく、当然ではあるが〈皇家の樹〉とも契約は交わしていない。
皇家の樹に原因があるのなら、玲亜にも同じ現象が起きるはずがないからだ。
となれば、気になることがあった。
「生まれ持ち持っている力とは? 鷲羽ちゃん、まだ何か隠しているわね?」
さっさと白状しろとばかりに鷲羽を睨み付ける瀬戸。
同時に厳しい視線が船穂や、様子を見守っていた他のメンバーからも飛んでくる。
樹雷第二皇妃の美砂樹を始め、現樹雷皇・阿主沙の母である四加阿麻芽や、桜花の母にして平田兼光の妻である夕咲。
アイリや美守は今回の会合には出席していないが、それでも錚々たるメンバーが集まっていた。
謂わば、ここにいる人間は誰もが樹雷の中核を担う存在だ。
玲亜などは、どうしてまた自分なんかが呼ばれたのかと恐縮しているくらいであった。
「そう睨まないでおくれ。別に隠していた訳じゃないんだしさ」
そのようなメンバーに厳しい視線を向けられながらも、いつもの態度を崩さない鷲羽。
まったく気後れした様子がないのは、彼女自身も非凡な存在であることを証明していた。
そもそもこの程度で怯んでいては、哲学士など務まらないからだ。
「それにあの子が持っている能力について、ここにいる皆は知っているはずだよ」
そう言われて瀬戸たちの脳裏に過ったのは、天樹暴走の一件だ。
それ以外にも太老は、トータルの検挙数こそ負けているが期間を区切って見れば山田西南を上回る数の海賊を捕らえているのだ。
更に言うなら、Dr.クレーや軍との一件もある。
あれ以降、美守は忙しく奔走しているようだが、太老の投じた一石によってギャラクシーポリスに巣くっていた最後の膿を出し切ることが出来たのだ。結果的に見ればプラスに働いたと考えていいだろう。
普通であれば、どれだけ能力が高くとも僅か一年にも満たない期間で、これだけの実績を打ち立てるのは不可能だ。
だからこそ――
「林檎殿の作成した報告書には『事象の起点』と記されていましたね」
太老は西南や美星と同じ『確率の天才』であると、船穂たちは結論付けていた。
そこは鷲羽も否定するつもりはなかった。
しかし、
「一口に確率の天才と言っても、西南殿の『不幸』や美星殿の『偶然』と言ったようにタイプは様々だ。じゃあ、太老の能力の根幹にあるものは何だと思う?」
そこまでは考えたことがなかったのだろう。鷲羽の問いに一同は目を瞠る。
確かに『確率の天才』と一括りにしているが、その方向性は能力を持つ者によって大きく異なる。
共通しているのは、確率変動に異常な偏りを持つと言うことだけだ。
西南は不幸。美星は偶然。なら、太老は――
「……必然≠ナしょうか?」
これまでのことを思い浮かべながら、船穂は一つの答えを口にする。
地球には因果応報という言葉がある。
良いことをすれば良い結果を得られるし、悪いことをすれば悪い結果が返ってくるという考えだ。
そして、太老と関わった者には二通りの結果が存在する。
善意には善意を、悪意には悪意を、まさにそれは因果応報≠ニも言える結果をもたらす。
船穂はそれをただの偶然と片付けるのではなく、敢えて必然≠ニ捉えたのだろう。
「さすが船穂殿だ」
その回答に満足した様子で、ニヤリと笑う鷲羽。
確率の天才と称しておきながら、その能力の性質が『必然』であるなどと普通は考えもしない。
そこに気付くことが出来たと言うことは、それだけよく太老のことを見ていると言うことだ。
「太老ちゃんと関わって酷い目に遭った人たちって全員自業自得≠ンたいなものだし、確かにそういう風にも考えられるわね」
納得と言った様子で、ウンウンと頷く美砂樹。
太老と関わって不幸になったのではなく、ただ自分の行いの結果が返ってきたに過ぎない。
逆に太老と関わって得をした者や、救われた者も同じか、それ以上存在するのだ。
となれば、やはり太老だけの所為とは言えない。むしろ、自業自得と言っても良いだろう。
「でも、それにしたって規模が大きすぎるような……」
だが、そこに夕咲がツッコミを入れる。
確かに酷い目に遭った者たちは、自業自得と言えるのかもしれない。
しかし、そのために引き起こされた事件の規模は、簡単に見過ごせるほど小さなものではない。
その事件の影響や後始末で、迷惑を被った人たちも少なからずいるのだ。
夕咲自身、天樹の暴走によって事後処理に追われた一人なので、少しばかり思うところがあるのだろう。
「西南殿や美星殿なら自分から近付かなければ、まだどうにか対策は取れるところなんだけど、あの子の場合は少し特殊でね」
当然そこに疑問を持たれることは鷲羽も察していたのだろう。
やれやれと、肩をすくめながら夕咲の疑問に答える。
「言っただろ? 必然だと。西南殿の不幸も美星殿の偶然も、あくまで自分の周りで起きている事象に過ぎない。でも、あの子の必然は運命≠ノ直接作用するものだ」
故に距離など関係なく、いまだから分かることだが世界を隔てても意味がない。
効果範囲や対象を限定せず、自身と関わりのある者たちの因果に直接影響を与える能力。
それが事件の規模を大きくしている要因の一つだと鷲羽は考えていた。
「……それは危険なのでは?」
静寂が支配する中、敢えて皆が黙っていることを口にする阿麻芽。
いまは結婚をして四加の姓を名乗っているが、元は阿主沙と同じ柾木家の人間だ。
このなかで彼女だけが太老との接点が少なく、客観的な視点で物事を捉えることが出来る。
だからこそ、遠慮なく言える。故に瀬戸から、この会合への参加を要請されたという部分があった。
「まあ、確かにとんでもない能力だよ。使い方によっては、世界を思い通りに出来るかもしれない。でも、あの子のことを知っている者なら口を揃えて同じことを言うだろうね」
――そんな面倒臭いことを率先してやろうとする子じゃない、と。
その言葉に、太老のことをよく知る者たちは無言で頷く。
むしろ、平凡に生きようと権力から距離を置こうとしている節すらある。
船穂も太老にどうやって樹雷皇を継いでもらおうかと、そのことで頭を悩ませているくらいなのだ。
「まあ、樹雷にきたら瀬戸殿と毎日顔を合わせることになるしね」
「それはどう言う意味かしら? 鷲羽ちゃん」
言外に鬼姫を恐れて太老が樹雷に近寄らないようなことを言われ、瀬戸は鷲羽を睨み付ける。
怖がられるのには慣れているが、それを鷲羽にだけは言われたくなかったからだ。
そもそも太老が一番苦手としているのが鷲羽だということは、誰の目にも明らかだった。
「分かりました。皆様がそういうのであれば、しばらく様子を見ましょう」
「感謝するよ。それと、損な役割を頼んじゃって、すまないね」
「いえ、少なくとも話を聞く限り、そういう人間も必要でしょうから」
阿麻芽の気遣いに、鷲羽は心からの感謝をする。
太老の性格をよく知っているが故に、阿麻芽のような心配は要らないと分かっている。
しかし、そう確信を持てるのは、あくまで太老のことをよく知る人間だけだ。
いまのような話を聞けば、普通は太老のことを危険視する人間が多数を占めるだろう。
だからこそ、阿麻芽のように忌憚なく問題点を口にしてくれる人間が必要であった。
だが、必要であると同時に損な役回りであることも鷲羽は承知していた。だからこそ、阿麻芽に心から感謝しているのだ。
実際、天女あたりがこの会合に参加していれば、恐らく仇を睨むような目で阿麻芽に詰め寄っていたことだろう。
「では、いま私たちの身に起きている現象も……」
最初の話に立ち返り、ふと頭に過った疑問を口にする玲亜。
いま玲亜たちの身に起きている現象。それは〈皇家の樹〉によるものではなく太老の能力だと鷲羽は最初に言ったのだ。
太老の能力が西南や美星と比較しても特殊であることは理解した。
しかし、そのことと自分たちに起きている現象がどう繋がるのか気になったのであろう。
「あの子の能力はさっき説明したとおりだよ。でも、それがあの子の持つ力のすべてじゃない。どっちかというと、確率の天才としての能力は副産物≠フようなものじゃないかとアタシは考えてる」
だからこそ、太老が本来の力に目覚めれば、少しは制御できるようになるのではないかと考えていたのだ。
零式のマスターキーの件も、すべて太老に力の覚醒を促せるための布石でしかなかった。
しかし、まさか太老の力を皇歌が預かっていたことまでは、鷲羽も予想していなかったのだろう。
とはいえ、太老の能力が覚醒した今なら、ある程度の推測が立てられる。
「たぶん、あの子の真の能力は――」
……TO BE CONTINUED
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