「太老兄を近くに感じる。この感覚って、なんか覚えがあるような……」
同じ頃、林檎や鷲羽たちと同様の現象が剣士の身にも起きていた。
懐かしくも何処か覚えのある感覚に、ううんと首を傾げながら必死に思い出そうとする剣士。
しかし、どれだけ頭を捻っても、本人に自覚≠ネどないのだから答えなどでるはずがない。
剣士が懐かしいと感じる感覚は、皇家の樹とのリンクによく似ていたからだ。
剣士は〈皇家の樹〉のマスターと言う訳ではないが、幼い頃に訪希深の加護を得ている。
そして、皇家の樹の始祖たる津名魅を姉に持ち、船穂や龍皇とも心を通わせてきたのだ。
その上、信幸の息子と言うことは、樹雷皇家の血を受け継いでいると言うことだ。
兄の天地ほどではないにせよ、マスターキーを使える素養があることを、それは意味していた。
「これは、太老様の力なのか?」
「私は何も感じないけど……」
剣士と同じくコノヱも太老との繋がりを感じているみたいだが、カレンの身には何も起きていないようだった。
それはエメラも同じで、状況を呑み込めていない様子が見て取れる。
そんななか――
『おい! これ、どうなってるんだ!?』
通信越しに剣士に説明を求めるラン。その慌てようからも、ランは二人とは違うようだった。
剣士やコノヱと同じで、太老との繋がりを感じているらしい。
カレンやエメラはダメで、剣士やコノヱ。そしてランだけが同じ感覚を共有している。
そこから分かることは――
「太老兄に近い人だけが、同じ感覚を共有している?」
太老に近い人間だけが、同じ感覚を共有しているという結論に剣士は至る。
しかし、腑に落ちない様子で首を傾げながら疑問を挟むラン。
『うん? それってどう言うことだ?』
ゴールド商会の人間であるカレンは分からなくもない。しかし、エメラは正木商会に所属する人間だ。
ダグマイアに対する思いは残っているみたいだが、少なくとも商会の不利益になるような真似はしないとランは確信していた。
自身の願いを聞き届けてくれたラシャラや、そんな自分に居場所を与えてくれた太老に恩を感じていることが、同じような境遇を持つランには分かるからだ。
なのにエメラだけが感覚を共有していないとなると――
『剣士、聞こえるか?』
その時だった。通信に二人のよく見知った声が割って入ったのは――
すぐに太老の声だと察したランは、太老に説明を求めようとする。
しかし、
『おい! 太老、いま一体なにが起きて――』
『悪いが話は後だ。剣士、こいつを受け取ってくれ』
詰め寄るランを無視して、太老は再び剣士に声を掛ける。
その直後、剣士の身体がぼんやりと淡い光を放ったと思うと、次の瞬間――
白い聖機人の手には、黄金に輝く剣が握られていた。
「これって……」
『絶無=\―零式のマスターキーを聖機人でも装備できるように具現化したものだ』
――そいつでガイアをぶった斬れ。
唐突にそんなことを太老から頼まれ、剣士は目を丸くして固まるのだった。
異世界の伝道師 第386話『主人公の役割』
作者 193
【Side:太老】
『ぶった斬れって……なんで俺が?』
どうして自分でやらないのかと言った疑問を口にする剣士。
当然と言えば、当然の疑問だった。
とはいえ、自分でやれるなら、こんなことを剣士に頼んだりはしない。
「そうしたいところだが、空間を安定させるので精一杯でな……正直ここまでとは計算外だった」
ガイアとオメガの放つ力の余波で、周囲の空間が壊れようとしていた。
いまはどうにか光鷹翼の力で抑え込めているが、気を抜けば三次元の殻が破れ、崩壊してしまう。
そうなったら大規模な次元震が起き、崩壊に巻込まれて、幾つもの世界が消滅することになるだろう。
そのなかにはマリアたちの暮らす世界だけでなく、地球も含まれていると零式の計算にはでていた。
恐らく、そうなる前に訪希深たちの干渉が入るとは思うが、地球だけが助かっても意味がない。
『空間を安定?』
「気になるところだろうが、詳しく説明をしている時間はない。とにかく、そいつでガイアの暴走を止めてくれ」
こんなことを突然言われて、剣士が困惑するのは分かる。
しかし、誰でも良いと言う訳ではない。剣士でなくてはならない理由があった。
俺の介入によって大筋は変わってしまっているが、本来この物語≠フ主人公は剣士だ。
恐らく本来の歴史では、剣士の手によってガイアは倒され、この物語の運命は収束するのだろう。
だが、いまのガイアは本来の歴史にない歪みによって、反作用体と同質の力を手にしている。
そして皇歌が言っていたように、その歪みを生じさせているのは俺だ。
その俺がガイアを倒してしまえば事態は収束へ向かうどころか、歪みは更に大きくなることが予想される。
仮に今を乗り切ったところで、第二、第三のガイアが誕生する恐れがあると言うことだ。
なら根本から問題を解決するためには、歪みを正すしかない。
そのためには、剣士の手でガイアにトドメを刺して貰う必要があると考えたのだ。
「剣の扱いは、お前の方が上手いだろ?」
『……それでも俺、太老兄に勝てたことないんだけど』
確かに引き分けは何度かあるが、いまのところ剣士に負けた記憶はない。
勝負は時の運とも言うしな。剣士だけでなく魎呼ともそこそこ良い勝負が出来ていたのは、悪運の強さと諦めの悪さが良い方向に働いた結果だと思っている。
しかし周りがどう思っていようと、俺に戦いのセンスはないと断言できる。
だが、剣士は違う。
共に暮らし、共に遊び、共に学んできたのだ。
剣士が凄い奴であることは俺が一番よく知っている。
だから、俺は――
「自信を持て。お前ならやれる」
最善でも最良でもない。
最高の結末を迎えるために、切り札を剣士に託すのだった。
【Side out】
「やっぱり、お兄ちゃんはそっちの道を選ぶんだね」
主人公に取って代わることも出来たはずなのに、その方がお兄ちゃんらしいかと苦笑を漏らす少女。
高位の次元から地上の出来事を眺めるように、ガイアとの戦いを見守る皇歌の姿があった。
そして、もう一人――
「そんなに怖い顔で睨まなくても、もう何も企んでないから安心していいよ」
正確には、もう一柱と言った方が正しいだろう。
他に誰もいない真っ白な空間で、皇歌と向かい合わせに佇む訪希深の姿があった。
この宇宙を創造した三命の一柱に睨まれていると言うのに、まったく怯んだ様子を見せない皇歌。
同じ高位の存在と言えど、力では自身の方が皇歌よりも上だと訪希深は確信している。
なのに少しも動じた様子を見せない皇歌に警戒を滲ませながら、訪希深は尋ねる。
「御主、最初からすべて£mっておったのだな?」
「お兄ちゃんの力のこと? まあ、あなたたちよりは詳しいと思うよ」
前世からの関係だからね、と太老との付き合いの長さを強調して話す皇歌。
太老のことを譲るつもりはないと言った意思表示と、ちょっとした対抗心もあるのだろう。
そんななか――
「それより、あなただけなの?」
もう逃げる気も隠れるつもりもないが、訪希深が一人で来たことを不思議に思ったのだろう。
津名魅と鷲羽の気配がないことを確認して、皇歌はそう訪希深に尋ねる。
「我一人だ。姉様たちには伝えていない。当然、ここのこともな」
「……どういうつもり?」
逃げるつもりはないと言っても、これまでのことを考えると不用心すぎる。
少なくとも皇歌の方は覚悟を決めていたのだ。
実際こうして、訪希深に居場所を突き止められてしまっている。
三命の頂神から質問を浴びせられることは勿論、最悪の場合は戦いとなることも覚悟していた。
なのに――
「元より、御主をどうこうするつもりはないということだ。太老の家族であるのなら尚更、我にとっても身内同然だ。出来れば、もっと早くに相談をして欲しかったがな」
そう言って、苦笑を浮かべる訪希深。
そんな訪希深の態度に、少しムッとした表情を見せる皇歌。
まさか、訪希深に諭されるとは思ってもいなかったのだろう。
「我からも一つよいか?」
「……何を知りたいのかは予想が付くけど、私もたいしたことは知らないわよ?」
「それでもよい。我が知りたいのは一つだけだ。我等の試み≠ヘ正しいのかと――」
太老に興味を持ったのも、最初はそれが理由だった。
天地という可能性を得たが、それでも頂神を超える存在へと成長するかは未知数。
自分たちを超える存在が、はたして存在するのか?
頂次元よりも更に上の世界があるのかどうかを訪希深たちは確かめようとしていた。
その答えに繋がるヒントを、太老が持っていると考えたのだ。
「確信がある訳じゃないけど、無駄ではないと思うわ。お兄ちゃんを私たちの世界へ送り込んだ何者≠ゥがいることだけは確かだしね」
太老を皇歌の生まれた世界に送った者。
その人物が訪希深の知りたい答えを握っていることだけは間違いないと皇歌は確信していた。
太老自身はまったく覚えていない様子だが、恐らく太老の記憶がないのも、その人物の仕業で間違いないだろう。
そんな真似の出来る人物が、普通の人間であるはずがない。
高位の存在であることだけは疑いようがなかった。
恐らくは頂神クラス。いや、もしかしたら――
「……それが聞けただけで十分だ」
「もう、行くの?」
「身内同然と言ったが、馴れ合うつもりはない。御主とて、そうであろう?」
訪希深から返ってきた言葉に、納得した様子を見せる皇歌。
確かに皇歌も今更、訪希深たちと仲良くするつもりなどないし、それが出来るとは思っていなかった。
太老に力を返したとはいえ、少なくとも皇歌は太老のことを諦めた訳ではないからだ。
同じように訪希深も譲るつもりはないだろう。
天地と同様、太老は彼女たちが追い求めてきた可能性へと辿り着くための鍵だ。
諦めることは勿論、手放すつもりがないことは分かっていた。
「そうだ。忘れるところであった」
手の平に浮かべた光の玉のようなものを皇歌に向かって飛ばす訪希深。
スーッとなんの抵抗もなく身体に入ってきた光の正体に気付き、皇歌は目を瞠る。
「まさか、最初からそのつもりで?」
「情報の対価だ。馴れ合うつもりはないと言ったであろう? 何も返さぬのは公平とは言えぬからな」
そう言い残すと、景色に溶け込むように姿を消し、立ち去る訪希深。
自分の前から姿を消した訪希深を見て、素直じゃないなと皇歌は苦笑する。
すべて太老のためだと、訪希深が一人でやってきた理由を察したからだ。
とはいえ、それはそれ、これはこれ。
だからと言って、太老のことを諦めるつもりは皇歌もなかった。
「でも――」
ありがとね、と皇歌は訪希深に感謝の言葉を贈るのだった。
……TO BE CONTINUED
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