「ガイアをぶった斬れって……」
太老から託された黄金の剣を聖機人の視界越しに眺めながら、剣士は溜め息を溢す。
こんな風に太老から突然何かを託されるのは、今回が初めてのことではなかったからだ。
昔からそうだった。一番大変な役割を自ら率先してこなすくせに、最後の仕上げは人に譲ろうとする。
その結果、得られるであろう地位や名声なんかに一切の拘りがないのだろう。
(太老兄らしいけど……)
託された黄金の剣を見詰めながら、自分に出来るだろうかと剣士は考える。
とはいえ、太老が意味のない行動を取ったことは、剣士の知る限りでは一度としてなかった。
突拍子もない行動にでて周囲を困らせることはあるが、それだって誰かのためになる行動であることが多い。
実際、剣士もそんな太老に助けられたことが、過去に何度もあった。
だとすれば自分にこの剣を託したのも、きっと何か意味があるに違いないと剣士は考えたのだ。
「剣士くん、その剣って……」
「あ、うん。これでガイアにトドメを刺せって、太老兄から託された」
カレンに剣のことを尋ねられ、太老から託されたことを伝える剣士。
皆の視線が、ガイアと対峙する黄金の聖機神――オメガに注がれる。
「まさか、太老様は……」
「そう、そういうことなのね……」
何かを悟ったかのような反応を見せるコノヱとカレン。
『このまま空間が崩壊すれば私たちだけでなく、皆様の世界も無事では済みません。恐らく太老様は、それを見越して……』
そんな二人の考えを裏付けるように〈星の船〉の人工知能――ルナが、いま自分たちが置かれている状況を説明する。
ガイアの放つ力の余波によって、既に周囲の空間が崩壊寸前の状態にまで迫っていること。
そして、ガイアを抑え込んでいる空間が崩壊すれば、近郊の世界――ジェミナーにまで影響を及ぼすだろうと言うことを。
いまは、どうにか太老が抑え込んでいるが、それも保って後数分と言ったところだろう。
「ガイアを倒せば、空間の崩壊は収まるの?」
『いえ、既に崩壊は始まっています。仮にガイアを倒せたとしても、崩壊を食い止める手立ては……』
ガイアを倒したとしても崩壊は止まらない。
ルナから厳しい現実を突きつけられ、エメラは息を呑む。
そこから導き出される答えは、一つしかなかった。
太老が剣士に黄金の剣を託した理由。
そして彼が、これから何を為そうとしているのか?
「……アイツらしいわね」
より住みよい世界に――そんな理想を口にするような男だ。
このまま世界が崩壊するのを黙って見ているような真似が出来るはずもないと、ランは思う。
だとすれば、太老には何か策があるのだろう。
そして、それは恐らく太老自身も無事では済まない危険な賭なのだと考える。
だからこそ、ガイアのトドメを剣士に託したのだと――
「剣士くん、お願い出来る?」
「え、でも……」
「アタシたちのことは気にしなくていいわ。だから目一杯やりなさい」
この空間が崩壊すれば、自分たちも無事では済まないことはイザベルにも分かっていた。
しかし、世界が崩壊の危機を迎えている以上、何処に逃げたところで同じことだ。
なら、剣士に賭けよう。そして、剣士に黄金の剣≠託した太老を信じようと――
それは皆、同じだった。
太老と剣士。異世界人の二人に、自分たちの世界の命運を託すのだ。
なら、この場に残された自分たちには、それを見届ける義務と責任があると考えたのだろう。
「……分かった。でも、念のため、皆は船に戻ってて」
皆の意志が固いことを悟って、剣士は〈星の船〉へ退避するように促す。
無事に逃げられるという確証はないが、星の船であれば超空間ワープが可能だと考えてのことだった。
「太老兄なら大丈夫だと思うけど……」
託された以上、自分に出来ることを為そうと――
太老から託された剣を手に、剣士はガイアに立ち向かうのだった。
異世界の伝道師 第387話『アカシックレコード』
作者 193
「これって……」
「間違いなく太老くんの仕業でしょうね」
方舟に途方もないエネルギーが満たされていくのを確認して、太老の仕業だと確信するマリアと水穂。
自分たちの身に起きている現象と、現在〈方舟〉で起きている現象が無関係ではないと考えたからだ。
「マリアちゃん、私の代わりに船のコンソールを操作してみてくれる?」
「え? でも、私では水穂お姉様みたいには……」
「ほら、いいから少しやってみて頂戴」
太老や水穂のような専門的な知識はマリアにはない。
当然、銀河帝国時代の船を操作できるような技術は持ち合わせていなかった。
しかし、
「え? あれ? 操作が分かる? でも、どうして……」
どう言う訳か、知らないはずの知識が自分にあることに驚くマリア。
いや、少し違う。必要とする知識が頭に流れ込んでくるような感覚をおぼえる。
目を丸くして驚くマリアに、水穂は「やっぱりね」と納得した様子で頷いた。
「太老くんと繋がっているような感覚があるでしょ?」
恐らく、これが太老が元々持っていた力≠ネのだろうと、水穂は説明する。
太老の持つ知識が、リンクを通して皆にも共有されていると言うことだ。
「それは、お兄様のような力が使えると言うことですか?」
「少し違うわね。あくまで共有されているのは知識だけよ」
それも共有されるのは、あくまで知識であって記憶ではない。
更に言うのなら、知識は共有できても技術が身につく訳ではない、と水穂は補足する。
「哲学士の知識って多岐に渡って物凄く膨大なのよ。そう都合良く必要な知識だけを引き出すなんて真似は出来ないと思うわ。実際にマリアちゃん、コンソールの使い方は理解できたみたいだけど、グレースちゃんやシンシアちゃんみたいに使いこなせると思う?」
「……難しいと思います」
そんなに上手い話があるはずもない、というのはマリアにも理解できた。
知識はあくまで知識でしかない。それを使いこなし役立てるかどうかは結局のところ、使い手次第と言うことだ。
同時にそれほど膨大な知識を有していながら、完全に使いこなしている太老の凄さを改めてマリアは実感する。
とはいえ、
「凄い力であることに変わりはないけどね……」
逆に言えば、その知識を使いこなすことが出来れば、哲学士に近いことが可能ということだ。
ましてや太老は、あの白眉鷲羽から受け継いだアカデミー最高峰の知識を有している。
謂わば、現代のアカシックレコード≠ニも呼べる知識にアクセスすることが可能という事実を、それは示していた。
万が一、悪用でもされたら大変なことになる。しかし――
「条件は、太老くんが家族と認めた相手。そして、太老くんのことを心の底から信頼している人間と言ったところかしら?」
能力の対象となる人物の条件は、太老との関係が深く影響していると水穂は考える。
だとすれば、それほどの心配は必要ないのかもしれない――と考えるが、
「ああ、でも太老くんの知り合いって、癖の強い人が多いから……」
これはまた、厄介な騒動の引き金となるかもしれないと、水穂は嫌な予感を覚えるのだった。
◆
「……この剣の使い方が分かる。これも太老兄の力なのかな?」
使ったこともない武器の使い方が、自然と理解できる。
頭の中に必要な知識が流れ込んでくる感覚に、剣士は戸惑いの声を漏らす。
とはいえ、
「これなら、俺にも――」
太老のようには行かないかもしれないが、マスターキーを使いこなせるかもしれないと剣士は覚悟を決める。
不安が一つあるとすれば、攻撃の余波に機体が耐えられるかどうかと言ったところだけだ。
そもそも〈絶無〉は、オメガ――聖機神が使う武器として調整されている。
幾らワウアンリーが開発した最新の聖機人だと言っても、所詮はただの聖機人だ。
太老が魔改造した聖機神とでは、性能は勿論のこと耐久面でも比べるまでもない。
「……太老兄だって危険を冒してるんだ。いまは、そんなことを考えている場合じゃないか」
もしかしたら機体がバラバラになって、乗っている自分は無事では済まないかもしれない。
それでも、剣士は諦めるつもりはなかった。
太老だけではない。この剣には、皆の想いと希望が託されていることを知っているからだ。
「もってくれよ……!」
一気に亜法結界炉の出力を最大まで引き上げる剣士。
こんな真似をすれば、仮に攻撃の余波に耐えることは出来ても、身動き一つ取れなくなることは分かっていた。
恐らくは聖機人を構成する生体組織が自己崩壊を起こし、コクーンの状態に強制的に戻されることになるだろう。
だけど、ガイアを倒せさえすれば、あとのことは太老がどうにかしてくれる。その確信が剣士にはあった。
幼少期から共に過し、兄のように慕い、ずっと太老の背中を追い続けてきたのだ。
きっと太老は気付いていないだろう。でも、剣士も太老の影響を色濃く受けていた。
だからこそ、分かる。
「うおおおおおおッ!」
太老なら――太老兄なら、どんな状況でも諦めたりはしないと。
背中のブースターからエナの粒子を放ち、ガイアとの距離を一気に詰める白い聖機人。
頭上に高々と黄金の剣を掲げ、そこに膨大なエネルギーを収束させ――
「だあああッ!」
ガイアの頭上目掛けて振り下ろすのだった。
◆
「すげえ……あれなら、幾らガイアでも……」
耐えられるはずがないと、ランは船のブリッジから戦いを見守りながら剣士の勝利を確信する。
銀河結界炉から供給されているエネルギーのほとんどが、絶無には集められているのだ。
空間を斬り裂き、星をも砕くほどの力が、いまあの剣には宿っている。
言ってみれば、あれは光鷹翼の剣と同じだ。幾らガイアと言えど、まともに食らって無事でいられるはずがない。
しかし――
「受け止めた!?」
オメガの張った光鷹翼の結界に抑え込まれながらも、どこにそんな余力を残していたと言うのか?
頭上に黒い光鷹翼を展開することで、ガイアは〈絶無〉の一撃を受け止めていた。
しかし完全に威力を相殺するのは難しいらしく、少しずつではあるが〈絶無〉を受け止めた障壁にヒビが入っていくのを確認できる。
このまま押し切れるかとランは拳に力を込めるが、
「まずいわね。このままじゃ……」
イザベルの反応は違っていた。
「どういうことだ? 剣士の方が優勢じゃないか」
「確かに、このままの状態を維持すれば、剣士くんの勝ちは動かないわ。でも……」
幾ら黄金の剣≠ェ凄くとも、聖機人は別だとイザベルはランの疑問に答える。
機体の限界が近いと見抜いたのだ。
「な――それじゃあ!」
ガイアにトドメを刺す前に機体の方が保たないと聞かされ、戸惑いの声を上げるラン。
「くそッ! もう少しだっていうのに、何か手はないのかよ!」
こうして見守ることしか出来ない自分たちの無力さを痛感し、悔しさを滲ませるラン。
だが、それはイザベルも、ここにいる全員が同じ気持ちだった。
そうしている間にも限界が近いのか?
全身からエナの粒子を放ち、自己崩壊を始める白い聖機人。
これで終わるのか、もうダメなのかという不安と絶望が、ランたちの心を塗り潰していく。
そんななか――
「太老様!」
太老の名を呼ぶコノヱの声がブリッジに響いた、その時であった。
「え?」
誰の漏らした声か?
驚きと戸惑いに満ちた声が盛れ、船が静まり返る。
まるで時間が止まったかのように、モニターを眺めたまま固まるランたち。
「なんだよ。あれ」
自己崩壊を始めたと思っていた剣士の聖機人が突然、変化を始めたのだ。
黒い結晶体――クリスタルのようなものが白い聖機人を侵食し、その形状を変化させていく。
それは嘗て、銀河を震撼させた黒い巨人。
――龍皇の姿であった。
……TO BE CONTINUED
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