ダグマイアを含め、ババルン軍との戦いでガイアに捕食された聖機師たちは死亡扱いとなっていた。
 実際には太老がガイアに取り込まれた者たちのアストラルを回収しているのだが、そのことを知らなければ既に死んだものとして扱うのは当然だし、そもそも肉体を失った者の魂を新たに用意した器に定着させる技術はこの世界に存在しない。水穂や林檎の世界でも、そうした技術を有しているのは極一部の人間――銀河アカデミーでも有数の知識と技術力を持つ最高峰の哲学士だけだった。
 ましてや、ガイアとの戦いから既に一年が経過している。
 残された者たちのことを考え、この慰霊碑≠ェ設置されたのだろう。

「こんなの作っても無駄になるのによくやるよ。むしろ、面倒なことになりそうな予感しかしないんだけど……」

 とはいえ、太老のことをよく知る者たちからすれば、滑稽な話でしかない。
 必要なものだと言うのは分かるが、少なくとも死んだものとして扱うのは早計が過ぎる。
 本人たちが生きて帰ってきたら、どうするつもりなのだろうかとランが首を傾げるのは当然であった。
 死んだと思っていた者たちが生きて帰ってきたら、大騒ぎになることは目に見えているからだ。

「特権階級の方々には、いろいろとありますから」
「ああ……家督の相続とか。そっちの問題もある訳ね」

 エメラの話を聞いて、その問題があったかとランは納得した様子を見せる。
 友人や家族の死を悲しむ者もいれば、自分にもチャンスが巡ってきたと喜ぶ者もいる。
 死んで貰っていた方が都合の良い者も少なくないと言うことだ。
 それに当主が不在の状況が長く続けば、領地経営にも影響がでる。
 国としても、いつまでも対応を保留にする訳にはいかず、様々な思惑が働いた結果なのだろう。

「でも、エメラはダグマイア≠ェ死んだとは思っていないんだろ?」
「はい」

 寸分の迷いもなくランの問いに答えるエメラ。
 なかには太老の死亡説を流している者たちもいるようだが、ランとエメラは少しも信じていなかった。
 そもそもの話、フローラやシュリフォン王すらも太老の生存を少しも疑っていないのだ。
 それに太老が生きていると言うことは、ダグマイアたちも生きている可能性が高い。
 少なくとも二人は、太老がダグマイアたちを助けだそうとガイアにハッキングを仕掛けているところを目にしている。
 そのことについても、関係者の証言から裏は取れている。なら、生きているものと考えるのが自然だった。

「昔は特権階級みたいな暮らしがしたいと思ってたこともあるけど、やっぱり平民が一番だね」
「同感です」
「……って、アンタも元はそっち側≠セろ?」
「ですが、いまはただのエメラ≠ナすから」

 家名はとっくに捨てたと主張するエメラに、変わるものだとランは苦笑する。
 ランとエメラは生まれも育ちも違う。だが、どこか似たところがあると互いに感じ取っていた。
 だからこそ、相手の気持ちや考えを誰よりも深く理解することが出来る。
 口にだすことはないが今では良い相棒として、二人は互いのことを認め合っていた。

「そろそろ時間ですね。では、仕事に戻りましょうか。本部長(グランドマスター)=v
「……いきなり、現実に引き戻さないでくれるか?」

 エメラに役職で呼ばれ、疲れた表情で深々と溜め息を漏らすラン。
 現在のランの役職は、各地の支部を統括する本部長。エメラはその補佐が主な仕事だ。
 マリアが会長の代行を担っているが、商会の実務的な仕事はほとんどランとエメラの二人が担っていた。
 商会の経営に大きく影響を及ぼす重要な仕事だけに、休む暇もないというのが実情だ。
 ここに立ち寄ったのも、人気の少ないところで一息いれたかったと言うのが本音だった。

「誰もが羨む大出世ですね」
「……本気でそう思ってないだろ?」

 確かにエメラが言うように大出世だ。だが、当事者にとっては素直に喜べるような仕事ではなかった。
 しかしランの存在は、聖機師の才能を持たない人々にも希望を与える要因となっている。
 底辺の生活から大陸最大の商会の実務的なトップに上り詰めたランは、まさに平民たちから見れば憧れの存在だからだ。
 だが、良いことばかりではない。尊敬される以上に妬みや恨みを買うことも多く、そもそも休みがないのでお金は貯まる一方だし使う暇がないというのが実情だ。
 特権階級の暮らしに憧れたことがあった。自分の境遇を蔑み、お金があればと世間を憎んだことがあった。
 しかし、実際にすべて≠手にした今なら分かる。何事も程々≠ェ一番だと――

「現実逃避をしても、仕事は減りませんよ? ほら、行きましょう」
「はあ……わかったよ」

 ランを拾ってきたのは太老だ。そう言う意味で、ランの才能を見出したのは太老とも言える。
 マリアがランを重用しているのは能力を認めていることもあるが、その辺りにも理由があるのだろう。
 それだけに――

「クソッ、太老の奴。戻って来たら絶対に文句を言ってやる!」

 太老への不満をランが漏らすのは、無理もないことだった。





異世界の伝道師 第391話『帰郷/後編』
作者 193






「では、高地で発生した風土病の原因は……」
『エナだろうね』

 グレースからの調査結果を聞き、やはりと険しい表情を浮かべる学院長。
 学院のシステムを管理する中央制御室のモニターには、グレースとシンシアの他にもキーネとルナの姿も映し出されていた。
 いま彼女たちは〈星の船〉で各地を巡り、とある調査を行なっていた。
 事の発端は、いまから十ヶ月前に溯る。高地の集落から教会に救援の要請が入ったのだ。
 原因不明の高熱が蔓延し、一時は騒然となったのだが、すぐにその症状がロデシアトレ≠ノよるものだと判明する。
 だが、ロデシアトレはエナに対する免疫がない者だけが発症する病気だ。エナの喫水以外で暮らす高地の集落で、流行する類の病気ではない。
 だからこそ、疑問が生じたのだ。何故そのようなことが起きたのかと――
 そこから調査を進めていくと、エナの海面が上昇していることが分かった。
 そこで教会はハヴォニワに協力を要請し、大陸各地の調査を始めたと言う訳だ。
 その結果は――

『この資料を見てもらえば分かるけど、いまエナの海面は大気圏にまで達して惑星全土を覆っているわ』

 グレースの話をキーネが補足するように説明する。
 モニターには視覚化されたエナが淡い光を纏い、この星を覆い隠す姿が映し出されていた。
 こんなことは、いままでに一度としてなかったことだ。
 先史文明の時代でさえ、エナの喫水は存在していたのだ。
 星を覆い隠すほどのエナが溢れた事例など、学院長ですら耳にしたことがなかった。

「原因は分かっているのですか?」
『憶測でいいのなら説明は出来ます。恐らくは――』

 太老が何かをしたのだろうと、ルナは学院長の疑問に答える。
 納得した様子で頷いている姿からも、その可能性は学院長も考えていたのだろう。
 そもそも、エナの海面上昇はガイアとの戦いの後で起きている。
 世界を改変するほどの何か大きな力が働いたと考えるのが自然だ。
 そんなものは、この世界に一つしかない。

「銀河結界炉ですか……」
『そういうこと。で、現在のマスターは太老だしね』

 となれば、こうなった原因は太老しか考えられないとキーネは断言する。
 キーネの言うように太老が関与していることは状況的に考えても間違いないだろう。
 問題は、どうしてそのようなことをしたかだ。
 不可抗力という可能性も考えられるが、何かしらの思惑があるように学院長は感じていた。

『より住みよい世界に』

 そんな学院長の考えを察してか、シンシアが正木商会がスローガンとして掲げる言葉を口にする。
 仮に事故ではなく太老が意図的に世界を改変したのだとすれば、そこに繋がるのではないかと考えたのだろう。

「確かに正木卿であれば……」

 その可能性は高いと学院長も考える。いや、言われてみれば他に理由など思いつかない。
 正木商会は既に市場を席巻し、大陸の経済を掌握している。
 目の上のこぶであった教会もリチアが祖父の後を継いだことで体制が変わり、連合との協調路線を歩んでいる。
 世界は一つに纏まり始めている。三国の統一という未来も、現実味を帯びてきたと言って良い。
 ならば、太老の理想を叶えるための計画は、次の段階に移行したと考えるべきだろう。

「まさか、正木卿は……」
『そのまさか≠諱B小さな星だけの連合で終わらず、宇宙に目を向けているのだと思うわ』

 太老が大陸連合の先に、銀河連合の設立を目標に見据えているとキーネは予想していた。
 実際、銀河帝国が宇宙を支配していた時代を、彼女は記憶しているのだ。
 そして、この星は銀河結界炉が発見されたはじまりの地≠ノして、銀河帝国発祥の星とも言える。
 歴史は繰り返される。嘗ての皇帝のように、太老が再び銀河を統一しようと考えているのではないかと推察したのだろう。
 実際、理想とする世界を作るには、それが一番の近道だ。そして、太老にはその力≠ェある。

「それは、この星以外にも人間の暮らしている星があると?」
『可能性は高いと考えています。銀河帝国の影響下にあった惑星の数は千を軽く越えていましたから』

 そうした星には、いまも人々が暮らしている可能性は高いと、ルナは答える。
 銀河帝国が崩壊したとしても、それで影響下にあった星々が消えてなくなる訳ではないからだ。
 当然そのことは太老も気が付いているはずだと、ルナは話す。
 再び、星の海を旅できるようにと〈星の船〉を改良し、ブレインクリスタルが採掘できるダンジョンを用意したのも太老だからだ。
 こうなることを見越して準備を進めていたのだとすれば、すべてのことに辻褄が合うと考えたのだろう。

「正木卿は本気で世界を変革するつもりでいるのですね……」
『結局のところは支配者が変わるだけという非難もあるでしょうが、太老様ならこの世界≠良い方向へと導いてくれると信じています』

 銀河皇帝のように、恐怖と力で支配するような真似を太老がするとは思えない。
 恒久的な平和というのがありえないことは、ルナが一番よく理解している。
 だが少なくとも太老たちの世界には、千年どころか一万年以上も続く国が存在するという話だ。
 それだけに太老なら、理想とする世界を実現してしまうのではないかと言う期待を抱いていた。
 そして、実際にそれは現実味を帯びつつある。

「こうなることを前教皇は見越しておられたのかもしれませんね……」

 古き時代は終わりを迎え、教会が果たすべき役割は終わった。
 新たな時代には新たな指導者が必要だと、教皇は最後に言葉を残し、リチアに教会を託したのだ。
 枢機卿たちが太老を危険視し、正木商会の排除を訴えるなかで前教皇だけは慎重な考えを最後まで崩すことはなかった。
 恐らくは時代の移り行く姿が、前教皇には見えていたのだろうと学院長は思う。
 しかし、だからと言って教会が必要でなくなるかと言えば、そうは思わない。
 教会だからこそ出来ることがあるはずだと、そうリチアも考えているはずだ。

「私たちも試されているのかもしれませんね」

 本来であれば、前教皇と共に学院長も表舞台から身を引くつもりだったのだ。
 しかしリチアが根回しをして、そうはならかった。三国の働きかけもあったという話だ。
 教育者として自分が何を求められ、何を期待されているのか?
 これから新たな時代を担っていく若者たちのことを考えながら、自分に出来ることを学院長は模索するのであった。


  ◆


「ここは……」

 周囲を見渡しながら声を震わせる剣士。
 気持ちを落ち着かせると林立する木々の間を走り抜け、山の中腹から見える景色に目を瞠る。

「帰ってきたんだな……」

 見慣れた景色。懐かしい空気。
 ここは間違いなく剣士が生まれ育った村だった。
 いまいる場所が実家の神社に近いことを確認すると、剣士は再び山道を駆け出す。
 幼い頃から、よく修行や遊び場にしていた山だ。二年振りだからと迷うようなことはない。

「確か、ここを抜けると……」

 森を抜けると、そこには幻想的な景色が広がっていた。
 神々しい気配を纏った大きな樹が、池の中央で静かに佇む。
 柾木神社の御神木。第一世代の皇家の樹〈船穂〉だ。

「ただいま」

 まるで出迎えるように降り注ぐ光のシャワーを浴びながら、船穂に挨拶を返す剣士。
 言葉が分かる訳ではないが、なんとなく伝えたいことは理解できる。
 きっと再会を喜んでくれているのだろうと――

「おかえり」
「え?」

 すると喋れないはずの樹から挨拶が返ってきて、驚きの声を漏らす剣士。
 だが――

(誰かいる!?)

 何者かの気配に気付くとハッと我に返り、樹を見上げながら警戒の構えを取る。
 剣士の視線に気付き、樹の上から飛び降りる人影。
 それは――

「さすがに零式≠フ予想ね。時間もピッタリ」

 桜花だった。
 目を丸くして、その場で固まる剣士。
 無理もない。ガイアとの戦いの後、皆の前から姿を消し、行方知れずとなっていた桜花が目の前にいるのだから――
 水穂や林檎は恐らく太老を捜しに行ったのだろうと、推察を立てていた。
 その桜花が、まさか既に地球へ帰ってきているとは、剣士も想像していなかったのだろう。
 それに――

「零式?」

 桜花の口からでた名前に剣士は疑問を持つ。
 零式と言うのは、太老の船――守蛇怪・零式のことで間違いないだろう。
 だが、零式も太老と共に消息は分からなくなっていたのだ。
 その名前が桜花の口からでてくると言うことは、まさかと言った表情を浮かべる。

「うん。お兄ちゃんなら帰ってきてるわよ」

 そんな剣士の疑問を察して、桜花はあっさりと太老の帰還を告げるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.