天樹から立ち上る一筋の光。それは〈皇家の樹〉が指し示す道標。。
 異世界へと通じる黄金の回廊に乗って、ゲートを目指す一隻の船影があった。
 守蛇怪・零式だ。

「剣士……」

 宇宙へと飛び立っていく船の様子を、地上から見守る眼鏡をかけた黒髪の女性。
 ドールやネイザイと同じ世界で生まれた人造人間――レイアだ。
 そんな不思議な境遇を持つ彼女だが、いまは地球で結婚をして子を授かり、柾木玲亜と名乗っていた。
 太老の義弟、柾木剣士は彼女の息子だ。

「無事に旅立ったようですね」
「……船穂様」

 声のした方を玲亜が振り返ると、いつからそこに立っていたのか?
 玲亜と同じく、空を見上げる樹雷第一皇妃――柾木船穂樹雷の姿があった。

「こうして行き来する手段も確立された訳ですから、里帰りも兼ねて付いていってもよかったのでは?」
「信幸さんもそう言ってくれたのですが……」

 玲亜がずっと何を気に掛けているかを船穂は察していた。
 元々、玲亜が樹雷へやってきたのは、剣士を見送るためではない。
 剣士と話をするだけであれば、地球で剣士の帰りを待っていても良かったのだ。
 では、どうして態々樹雷へとやってきたのかと言えば、嘗ての仲間――ネイザイと話をするためだった。
 自分の勝手な行動で彼女に過酷な運命を強いたことを後悔し、ずっと謝りたいと思っていたのだろう。
 せめてもの贖罪にと、あちらの世界で復興の手伝いをするつもりで夫の信幸にも許可は貰っていたのだ。
 しかし、

「今更帰ってきたところで、あなたの居場所はジェミナーにはない」

 と、ネイザイに言われてしまったのだ。
 玲亜が地球で三十数年の歳月を過している間に、あちらの世界では既に二千年以上の歳月が経過している。
 責任を感じたところで、もはや当時のことを知る者は生きていないのだから、ネイザイの言っていることはある意味で正しかった。
 もう、ジェミナーへ帰ったところで謝る相手もいなければ、玲亜の生まれ育った研究所は存在しないからだ。
 しかし、

「なるほど……良い姉を持ちましたね」
「はい。私には勿体ないくらいの自慢の姉です」

 船穂の言うように、それが彼女なりの優しさであることを玲亜は察していた。
 過去のことは忘れて、これからはレイア・セカンドではなく柾木玲亜として生きていけばいい――
 そう、ネイザイは伝えようとしたのだろう。

「でも、親としては少し心配なのでは?」
「心配でないと言えば嘘になりますが太老くんも一緒ですし、あの子の選んだ道ですから」

 使命を終えた今、また家族揃って地球で暮らす道もあると、玲亜は剣士に尋ねた。
 しかし剣士は、太老たちと共にジェミナーへ帰る道を選んだのだ。
 剣士もまた自分の進むべき道を、共にありたいと思える大切な人たちを見つけたのだろう。
 自分自身で決めたことなら、親として応援したい。それが玲亜のだした答えだった。





異世界の伝道師 第395話『兄と弟』
作者 193






「転移完了。通常空間へ復帰しました」

 超空間ワープを用いた空間転移から、無事に通常空間へ復帰したことを確認するベス。
 樹雷から距離にして三十光年。追って来る艦影も確認できず、一先ずの安堵の息を吐くが――

「追跡はなしか。鬼姫にしては随分とあっさりしてるな」

 また何か企んでいるのではないかと太老は訝しむ。
 大気圏内での戦闘はなくとも、惑星の防衛圏には神木家の艦隊が配備されている。
 樹雷から離れれば、追撃があるものと覚悟していたからだ。
 そのための準備もしていただけに腑に落ちないのだろう。

「零式を本気で捕まえるつもりなら〈皇家の船〉をだす必要があるし、これ以上騒ぎを大きくしたくなかったんじゃない?」
「まあ、確かに……」

 言われて見れば、それもそうかと桜花の話に太老は納得する。
 守蛇怪・零式の性能は低く見積もっても第二世代の〈皇家の船〉に匹敵するレベルだ。
 銀河結界炉と接続した状態なら、第一世代の〈皇家の樹〉とも互角以上に渡り合うことが出来るだろう。
 そんな船を捕まえようと思えば、皇家の船を中心に組織された樹雷の主力艦隊を差し向ける必要がある。
 最高評議会の決定なしに、瀬戸とて易々と動かせる戦力ではない。

「あの二人が上手くやってくれたってところか」

 太老が口にしたあの二人≠ニ言うのは、船穂と美砂樹のことだ。
 今回の計画。船穂や美砂樹の協力なしには、成功はありえなかった。
 神木家の別邸に軟禁されていたドールたちを船穂の指示で解放し、船のあるドックまで案内したのは美砂樹であったからだ。
 最高評議会のメンバーでもある樹雷皇妃の二人が手を組んでいるのだ。
 動きたくとも動けないと言うのが正しいところなのだろうと、太老は瀬戸の動きが鈍い理由を察する。

「瀬戸様って、外だけでなく内にも敵が多いものね」
「被害者の会があるくらいだしな。自分から煽っていくスタイルだし……」

 自業自得と呆れる桜花に、太老も同調する。実際、瀬戸は敵が多い。
 神木家の内部や瀬戸配下の女官のなかにも、船穂や美砂樹に協力している者が少なからずいるはずだ。
 そうなるのも、自分から敵を作っていくスタイルなのだから当然であった。

「確かにフローラ様に近い印象は受けたけど……そこまでなの?」
「一緒にするのは、フローラさんに失礼なくらいだな」
「どれだけ嫌われてるのよ……」

 メザイアの言葉に対して、さすがにそれはフローラに失礼だと答える太老。
 これには黙って話を聞いていたドールからも思わずツッコミが入る。
 とはいえ、実際に瀬戸のことをよく知る者が聞けば、誰もが太老と同じ評価を口にするだろう。
 銀河一の嫌われ者である鬼姫と比べれば、色物女王も普通の人と言うことだ。
 実際、鬼姫の名を口にするだけで大半の者は震え上がり、許しを乞うほどなのだ。

「それはそうと剣士。本当によかったのか? こっちに残ってもよかったんだぞ」
「うん。まだ、あっちでやり残したことがあるし、皆にも必ず帰るって約束したから。それより太老兄こそ、まだいろいろと聞きたいことがあるんだけど……ダグマイア様が生きてるってことは、他の皆も無事なんだよね?」
「ああ、そのことか」

 ダグマイアがこうして生きている以上は、他の聖機師たちも生きている可能性が高いと剣士は考えたのだろう。
 剣士が何を気にしているのかを察して、太老は疑問に答える。

「心配しなくとも全員無事だ。ただ……」
「ただ?」
「そこにいるダグマイアを除いて、元の世界への帰還を望んだ者はゼロ。こっちの世界で第二の人生を謳歌するそうだ」

 太老の口から返ってきた答えに驚く剣士。
 何人かは、そういうこともあるだろうと考えていた。
 しかし、まさか全員がこちらの世界へ残る道を選ぶとは思ってもいなかったのだろう。
 戸惑いを覚える剣士に、やれやれと言った様子でダグマイアは答える。

「今更、国へ帰ったところで自由などないからな。特に男性聖機師は……。それにガイアとの戦いで心が折れた者も多い」
「でも、あっちの世界に残してきた家族もいるんじゃ……」
「聖機師の結婚は義務だ。家族と言っても聖機師の子供は国によって管理され、生まれたらすぐ母親のもとから引き離される。それに聖機師は全員が特権階級だからな。今更帰ったところで家督は他の誰かが継いでいるだろうし、余計な火種を生むだけだと皆わかっているのさ」

 更に言うのであれば命は助かったとはいえ、ダグマイアを含めて全員子供の姿にまで若返っていた。
 ユライトの時と違い、赤ん坊にまで退行することは免れたが、それでもガイアに取り込まれた影響でアストラルの質量が変化してしまっていたのだ。
 消耗したアルトラルが元の状態に快復するには、成長に掛かった時間と同じだけの歳月を待つしかない。だから子供の姿にまで退行させるしかなかったのだ。
 しかし、そんな姿で元の世界へ帰ったところで、ガイアに取り込まれた本人であると信じてはもらえないだろう。
 仮に信じてもらえたとしても、若返ったことが知れると更なる騒動を生む可能性の方が高い。
 それに――

「幸い、こちらでの生活を保障してくれるという話だったからな」

 戸籍を用意し、こちらの世界での生活に慣れるまでの経済的な支援と――
 常識を学び、知識を得るために学校にも通わせてくれると破格の待遇を提示され、断る理由がなかったのだとダグマイアは説明する。

「でも、それじゃあダグマイア様はどうして?」

 剣士の疑問は当然だった。
 ダグマイアは先の戦争の首謀者であるババルン・メストの息子だ。
 こちらに残った方がいいのは、ダグマイアも同じはず。
 むしろ、こちらの世界に残ることを決めた他の聖機師たちよりも危うい立場にいると言っていいだろう。
 ババルンは戦死したということになっているが、彼が犯した罪がそれで消える訳ではないからだ。

「女よ、女。未練たらたらで情けないわよね」
「ドール!?」
「図星を突かれて腹を立てるくらいなら、意地を張らないで最初から素直になっておけばよかったのよ。だからアンタはいつまで経ってもガキ≠ネのよ」
「言わせておけば……お前こそ、色気よりも食欲が優先とは子供ではないか」
「はい? アンタなんて見た目からして、いまはガキじゃない」
「ハッ、よく言う。いまの俺とほとんど背丈は変わらないじゃないか。鏡を見て、物を言うんだな」

 子供のような言い争いをする二人を見て、困惑する剣士。
 自分の口にした何気ない質問で、まさかドールとダグマイアがこんな険悪な雰囲気になるとは思ってもいなかったのだろう。
 しかし――

「いつものことだから放って置いていいわよ」

 喧嘩を止めるべきか迷っている剣士を、そう言って桜花は止める。
 傍から見れば、意地を張って素直になれないのは二人とも同じ。
 どっちも子供と言うのが、桜花のくだした二人の評価だった。

「ちッ……もういい。あと柾木剣士。いまの俺はメスト家の跡取りでも、男性聖機師でもない。ただのダグマイアだ。敬称をつける必要などない。そもそも、お前はもう少し自分の立場を自覚しろ」
「えっと、それってどういう……?」
「他人の心配よりも、自分の心配をしろと言うことだ」

 生まれた時から貴族社会で育ったダグマイアだからこそ、剣士が危うい立場にいることを誰よりも理解していた。
 ガイアを倒した英雄の一人にして正木太老の弟という肩書きを、これから剣士はずっと背負って生きていかなければならない。
 剣士のことを快く思わない者、その立場を利用しようとする者が必ず現れる。
 いまのようにお人好しでは先が思いやられる、とダグマイアなりに剣士のことを気遣っているのだろう。

「確かにその心配はあるな」

 ダグマイアの話に一理あることを太老も認める。
 ガイアの一件で剣士には随分と負担をかけてしまっていることを、太老なりに心配はしていたからだ。
 そこで妙案とばかりに太老は思いつきを口にする。

「よし、ダグマイア。剣士のサポートを頼まれてくれるか?」
「は? 何を言って……」
「いまのお前なら安心して任せられるしな」
「おい、俺はまだやるとは――」

 冗談じゃないとばかりに一人納得した様子を見せる太老に、ダグマイアは抗議しようとするが――

「無駄よ」

 太老のことをよく知るドールはそっとダグマイアの肩に手を置き、諦めなさいと首を横に振るのだった。


  ◆


「お兄ちゃん、どういうつもり?」
「歳も近いし、あの二人なら良い友達になれるんじゃないかと思ってな」
「……本当にそれだけ?」

 太老がダグマイアにあんなことを頼んだのは、剣士のことを心配したと言うだけではないと桜花は感じていた。
 剣士以上にダグマイアの立場は微妙だ。戦争を引き起こした首謀者の息子と言うだけでなく、ダグマイア自身も首謀者の一人として裁かれてもおかしくない状況に立たされていた。
 いまのダグマイアの姿であれば、ババルン・メストの息子と結びつけられることはないだろうが、犯した罪が消える訳ではない。ダグマイアのなかにも罪の意識は残っているはずだ。
 だから、ダグマイアは太老たちと共にジェミナーへ帰ることを決めたのだろう。
 キャイアのことも理由の一つにあるだろうが、逃げるのではなく自分の犯した罪と向き合う道を彼は選んだのだ。
 太老は誤解されがちで鈍いところがあるが、そういうところは意外と鋭いことを桜花は知っていた。
 だから剣士のためだけでなくダグマイアのために、あんなことを口にしたのではないかと考えたのだ。

「深い意味はないよ。それにダグマイアが剣士のサポートをしてくれるなら、俺も楽が出来るしな」

 そう言って誤魔化す太老を見て、桜花はそれ以上問い詰めることをせずに苦笑を漏らす。
 こういうところは昔から変わらない。太老が身内に甘いことを知っているからだ。
 恐らく、もうダグマイアは太老にとって、家族のような存在になっているのだろう。
 ババルンのことを少し後悔しているのかもしれないと、桜花は考える。

(MEMOLの保存領域を解析したけど、ババルンのアストラルの痕跡は確認できなかったって話だしね)

 普通に考えれば、消滅したと考えるのが自然だ。
 本人も言っていたように、MEMOLの中に現れたババルンは残留思念のようなものだった。
 そもそもの話、ただの人間が銀河結界炉や〈皇家の樹〉と言った特別なサポートもなしに、自身のパーソナルデータを電脳空間に退避させるなんて無茶をして無事で済むはずがないのだ。
 執念だけで自我を保ってはいたが、あの時既にババルンの命は尽きようとしていたのだろう。
 それがガイアの最期を見届けて、完全に燃え尽きたのだとすれば説明が付く。
 そんな風に考えごとをしていると――

「それより桜花ちゃん。工房に保管してた道具が幾つかなくなっている件で聞きたいことがあるんだけど」
「あ……」

 すっかり忘れていたことを尋ねられ、不意を突かれた桜花は『しまった』と言った表情を浮かべる。
 そんな桜花の反応を見て、やっぱりと言った様子で溜め息を吐きながら、厳しい視線を桜花に向ける太老。

「すべて、正直に話してくれるかな?」
「……はい」

 太老に問い詰められ、シュンとした表情で肩を落としながら桜花は白状するのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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