「はあ……」

 思い詰めた表情で校舎の屋根に上り、深々と溜め息を漏らす少年の姿があった。柾木剣士だ。
 正木商会の実働部隊に所属している剣士だが、実は任務のない時は年相応に聖地の学院に通っていた。
 既に将来は安泰と言っても、学院くらいは卒業しておくようにとフローラに厳命されたためだ。
 その時は剣士もフローラの言葉に一理あることを認め、納得して再び学院へ通うことにしたのだが――
 彼は今、大きな悩みを抱えていた。
 剣士がここまで疲れきった表情を浮かべている理由。
 それは――

「いたわ! 屋根の上!」
「うわっ! 見つかった!?」
「剣士くん、今度こそ観念なさい!」

 学院中の女生徒に追い回されていることに理由があった。
 彼女たちの狙いは勿論、剣士だ。正確には、剣士との結婚権を欲しているのだろう。
 以前と比べれば聖機師は特別なものではなくなりつつあるとはいえ、有能な男性聖機師が稀少であることに変わりはない。
 剣士との間に生まれた子供は高い確率で、強い亜法耐性を持っている可能性が高いと各国に見込まれているのだろう。
 更に言うのであれば、剣士と婚姻関係を結ぶということは正木商会との繋がりを得る絶好の機会と言っていい。
 上手く行けば、太老とも縁戚関係を結ぶことが出来るかもしれないのだ。
 そうしたことを考えると、剣士が女生徒たちの注目を集めるのは必然と言えた。

「剣士くん……」

 そんな女生徒から逃げ惑う剣士の様子を、離れた場所から見守る少年の姿があった。
 剣士のクラスメイト。男性聖機師のセレス・タイトだ。
 剣士のお陰で比較的注目を集めずにいられているが、実のところセレスも密かに人気を集めていた。
 平民出身の男性聖機師と言うことで貴族出身の聖機師と比較してお買い得感がある上、セレスは剣士とも仲が良い。
 その上、正木商会との繋がりがあることもポイントが高いと評価されているのだろう。
 それだけに――

「セレスくん、見ーつけた」
「――ひぃ!」

 背後から女生徒に声を掛けられ、思わず悲鳴を上げるセレス。
 恐る恐る後ろを振り向くと、そこには三名の女生徒が笑顔を浮かべてセレスの背後に立っていた。
 もはや学院は剣士やセレスにとって、安住の地ではなくなったと言って良いだろう。
 まさに猛獣の檻に放り込まれた兎と言っていい状況だ。

「セレスくんのために、皆でお弁当を作ってきたの」
「わたしたちと一緒にお昼にしましょ?」

 弁当箱を片手に、にじり寄ってくる女生徒に恐怖を覚えるセレス。
 心の中でハヅキの名を呼びながら、この悪夢のような時間が一分一秒でも早く終わることを祈るのだった。





異世界の伝道師 第399話『エピローグ/使者』
作者 193






「へえ、思っていた以上にやるわね。シュリフォンの王女様」
「そちらこそ。さすがはトリブル王宮の筆頭聖機師。バーサーカーの異名を持つだけのことはある!」
「嬉しいことを言ってくれますわね。でも今は王宮の聖機師ではなく、正木卿に仕える直属の聖機師≠ナすわ! ……筆頭とつけられないのが悔しいですけど」
「なら、私のことも王女ではなくアウラと呼んでもらおう。いまの私は商会に所属する一聖機師に過ぎないのだから」
「いいわ、本当にいいわね。あなた! 認めてあげましょう、アウラ。あなたは強い。わたくしと戦場で肩を並べる資格があると――」

 空中で激しい攻防を繰り広げる二体の聖機人。
 豪快に両手に装備した双斧を振り回しているのがモルガの聖機人。
 右手に剣。左手にライフルを装備し、距離を取りながらギリギリの攻防を演じているのがアウラの聖機人だ。

「あれ、そろそろ止めなくていいのか? ニール」
「俺に聞くな。そう言うなら、お前が割って入ったらどうだ。アラン」
「無理無理。まだ死にたくはないしな」

 白熱していく戦いに、このままではまずいのではないかと意見するアラン。
 模擬戦と言えど、油断をすれば大怪我をすることだってある。
 ましてやモルガとアウラの戦いは、本気で相手を殺すつもりでやっているようにしか見えなかった。
 アランが心配するのは無理もない。とはいえ、ニールとて命は惜しい。
 話を振られたところで、あれを止めに入る気には到底なれなかった。
 最悪の事態にならないことを祈りつつも自分たちの実力では無理だと悟り、二人は早々に止めに入るのを諦める。

「それでダグマイアからの手紙にはなんと?」
「元気にやっているみたいだ。お前にも謝りたいと書いてある」
「……謝罪を受けるようなことはしていないのだがな」
「ああ見えて、ダグマイアは仲間思いなところがあるからな。そうしないと自分を赦せないんだろ」
「難儀な男だ」

 そう言いながらも、どこか嬉しそうな表情を覗かせるニール。
 ダグマイアが元気でやっていることが、友人として嬉しく思うのだろう。
 生きているとは分かっていたが、それでもやはり心配であったことに変わりはないのだ。
 本当ならすぐにでも会いに行きたいところだが、いま二人は正木商会に身を寄せ、モルガやアウラと同じ部隊で活躍していた。
 勝手に隊を離れるような真似は出来ないし、カルメンやエメラの邪魔をするほど野暮でもない。
 もう一年以上、待ったのだ。ダグマイアの方から尋ねてくるまで待とうと、二人は心に決めていた。

「どうやら決着がついたみたいだな」
「いや、あれは……」

 そうこう話をしている間に、決着を告げる轟音が響く。
 しかし、様子がおかしいことにすぐに気付くニール。
 どちらか片方だけでなく、モルガとアウラ。二人の聖機人が地面に叩き付けられていたからだ。
 その理由も、すぐに判明する。

「やりすぎよ。二人とも少し反省なさい」

 青空に浮かぶ白銀の騎士。それはカレンの聖機人であった。


  ◆


「はあ……」
「大きな溜め息を吐いて、どうかされたのですか?」
「あの二人、またやらかしたのよ。聖機人二体が中破。修理する方の身にもなって欲しいわ」

 聖機人が壊れた原因はカレンにもあるのだが、自分のことを棚に上げてミツキに愚痴を溢すカレン。
 それに壊れた聖機人の修理をするのは、聖機工の仕事であってカレンではない。
 とはいえ、カレンがこうしてモルガとアウラを止めに入るのは、これが初めてのことではなかった。
 あそこで止めに入らなければ、どちらかが大破するまで戦いを止めないことが分かっているからだ。
 そうなったら、ここで聖機人の修理をすることは難しい。
 太老の領地にある工房にまで運ぶか、教会や結界工房に頼むしかないだろう。

「そもそもアウラ王女って、以前からあんな感じだったっけ? モルガの影響を受けて最近ちょっと好戦的になってきたというか……」
「シュリフォンでは武芸が盛んと聞きますし、それで意気投合したのでは?」
「まあ、それもあるのでしょうけど、ちょっと焦っている感じがするのよね」

 確かにミツキの言うように、シュリフォンでは聖機師の才能よりも実力が重視される。
 ダークエルフは普通の人間と比べて亜法適性が高く、聖機人に乗る程度であれば、ほとんどの国民が聖機師の資格を有しているからだ。
 アウラも幼い頃から厳しい訓練を積んできたとあって、同世代の聖機師と比べても抜きんでた実力を有していた。
 ガイアとの戦いを潜り抜けた経験もあって、いまではモルガと互角に近い戦いを繰り広げられるまでに成長を見せている。
 それでも、まだ本人は満足していない。どこか焦りのようなものがあるとカレンは感じていた。

「……焦りですか」
「何か言いたそうな顔ね」
「いえ、強くなりたいと焦っているのだとすれば、その原因の一端はカレンさんにあるのではないかと思って……」
「うっ……」

 心当たりがあるのか、ミツキの指摘に何も言い返せずに唸るカレン。
 何度も一方的にアウラを叩きのめしたことがあるだけに、その可能性はあると考えたのだろう。
 しかし、

「それを言うなら剣士くんだって……」

 剣士の実力はカレンと互角か、それ以上と言っていい。
 上には上がいると言う意味では、カレンだけが原因とも言えなかった。
 実際、剣士も隊の訓練には何度か参加しているし、アウラやモルガとも模擬戦を行なっている。

「それにミツキだって聖機人に乗らなくても、あの二人を抑えるくらいなら出来るわよね?」

 否定するつもりはないのか、敢えて答えないミツキ。
 聖機人の一体や二体程度なら、生身で鎮圧できるだけの実力が彼女にはあるからだ。
 カレンも生体強化を受けてはいるが、少なくともミツキのような真似は出来ない。
 最低でも生体強化レベル5以上。下手をすれば樹雷の闘士に近い実力があると、カレンはミツキの戦闘力を見立てていた。

「まったく自信を無くしたくなるのは、こっちの方よ。これでも、あっちの世界じゃそこそこ腕が立つ方だったのよ」
「私の場合は少し特殊らしいので……」

 他人の細胞を移植されたくらいでは、普通はここまで身体能力が強化されたりはしない。
 恐らくは太老の細胞を移植されたことで、船のバックアップを共有しているのではないかというのが水穂の見解だった。
 それすら滅多に起きることではないのだが、偶然船の波長と噛み合ったと言うことだろう。
 その気になればミツキは零式のバックアップを受けることで、皇家の樹と契約した樹雷皇族と同レベルの強化が可能ということだ。
 並の聖機人では、相手にならないのも無理はない。

「その上、水穂様から手解きを受けてるんでしょ?」
「えっと、はい……」
「樹雷皇族に取り込むつもりかしら?」
「さすがにそこまでは……」
「前例がない訳じゃないのよ。あの国――特に樹雷の鬼姫のところは、徹底した実力主義を掲げているからね」

 皇族の血を引いてなくとも皇族となる道はある。実際そうした前例が樹雷にはあった。
 そもそもが樹雷皇家にではなく〈皇家の樹〉にマスターを選ぶ権限があるのだ。
 皇家の樹の性格上、悪人がマスターに選ばれることはないとはいえ、強大な力を持つ者を放置する訳にもいかない。
 そのため、皇家の血を引かない者にでも〈皇家の樹〉のマスターとなった者には地位を与え、四家の養子とすることで監視下に置いているという実情があった。
 零式の波長と噛み合ったということは、ミツキにも可能性があるとカレンは考えたのだろう。

「随分とお詳しいのですね」
「ああ、まあ……うん。昔いろいろとあってね」

 ミツキの質問に答えにくそうに言葉を濁すカレン。
 バルタの姓を持つと言っても直系ではないのだが、それでも何も知らない者たちと比べれば事情を知っていると言っていい。
 彼女がギャラクシーポリスで捜査官をやっていたのも、少々特殊な事情を有しているためだった。
 とはいえ、それを誰かに話したこともなければ、説明する気にもなれないのだろう。

「忘れてください。ちょっと気になっただけですから」
「いいのよ。悪いわね。気を遣わせちゃって……」

 雰囲気から何か事情があるのだと察して、前言を撤回するミツキ。
 そんなミツキの気遣いに感謝しつつもカレンは――

(やっぱりルレッタ≠フことも気になるし、一度あっちに帰って様子を見てくる必要があるわね)

 故郷に残してきた人々のことを思い出しながら、これからのことを考えるのだった。


  ◆


「うーん。取り敢えず、これで一段落ついたね」

 背筋を伸ばしながら、やり遂げたとばかりに満足げな笑みを浮かべる女性。
 彼女の名は正木水子。瀬戸配下の女官の一人で、林檎の部下でもある。
 実は地球の正木家出身で、遥照と霞の曾孫という一族内でも由緒ある血筋を引いていた。
 そんな彼女だが――

「さぼってると、また林檎ちゃんに叱られるわよ」
「酷い! 宇宙港も完成したんだから、あとは式典の日を待つだけでしょ?」
「その式典の準備だってあるでしょうが……バカなこと言ってないで手を動かす」
「はーい」

 林檎配下の女官のなかでも強い立場にいるとは言えなかった。
 いや、公的な立場から言えば、このなかにいる誰よりも偉い地位に就いてはいるのだ。
 しかし、すぐに調子に乗る性格とサボリ癖もあって、同僚からも問題児として扱われていた。
 能力は林檎に継ぐほど高く、いざという時は頼りになるのだが、普段がこれでは扱いが雑になるのも無理はない。

「そう言えば、音歌ちゃん。水穂様に連絡を取ったんでしょ? 林檎ちゃんのこと何か言ってた?」
「心配はされていたみたいだけど、あっちはあっちで船穂様に注意されてたみたいでね」
「ああ……もしかして、お通夜だった?」
「ご明察。まあ、そのお陰で覚悟は決まったみたいだったけどね」
「そっか。なら、よかったのかな? 水穂様にも幸せになって欲しいものね」

 他人の色恋沙汰に首を突っ込んで楽しんでいるように見えて、実は本気で心配はしていることが伝わってくる。
 だからこそ多少は問題行動が目立っても、女官たちは水子を見限ったりしないのだろう。
 そうした水子の良いところや悪いところも含めて、女官たちのなかで一番よく知っているのが音歌だった。
 同じ地球出身で宇宙に上がってからも、ずっと三人≠ナチームを組んできたのだ。
 互いに相手の性格や好みなど熟知している。下手をすれば肉親よりも詳しいだろう。

「そう言えば、今日は風香ちゃんの姿が見えないけど……サボリ?」
「アンタと一緒にしない。風香なら林檎ちゃんの護衛で、お客さんを出迎えに行ってるわ」
「……林檎ちゃんに護衛って必要? それにお客さん?」

 林檎に護衛が必要かという点は確かに疑問ではあるが、敢えて聞き流す音歌。
 確かに林檎は強い。皇家の樹のマスターでもある彼女を害そうと思えば、相応の戦力が必要となる。
 普通に考えれば返り討ちだ。林檎の心配よりも、相手の心配をする方が確実と言えた。
 とはいえ、護衛を一人もつけずに公の場に姿を見せるというのも侮られる原因となりかねない。
 だからこそ、配下の女官のなかでも特に戦闘に特化した風香を連れて行ったのだろうと音歌は察していた。
 ちなみに風香と言うのは、先程言っていた水子や音歌と古くからチームを組んでいる幼馴染みのことだ。

「アイライからのお客さんよ」
「ああ、それって……狙いは太老くん?」
「間違いなくね。林檎ちゃんの背中に般若が見えたもの……」

 太老を利用しようとする者に対して、林檎は一切の容赦がない。
 そのことを知るだけに、水子と音歌は身震いをする。
 アイライの目的はこの地を聖地として、太老を神子に祭り上げることだろう。
 しかし、そんなことを林檎が許すはずもない。当然、船穂も黙ってはいないだろう。

「……アイライと戦争なんてことにならないよね?」
「大丈夫でしょ。あちらさんだって、そこまでバカではないわ」

 樹雷と戦争をしてアイライに勝ち目などあるはずもない。一方的な殲滅戦となって終わりだ。
 勿論、樹雷も最初から武力で解決するつもりなどないが、いまの樹雷において太老の優先度は高い。
 相手の出方次第では開戦も辞さない覚悟だろうと音歌は考えていた。
 とはいえ、そこまでアイライがバカだとは思わない。
 だとすれば、何か秘策があるのだと推測できるが――

(嫌な予感がするわね。何事もなければいいのだけど)

 厄介事が起きそうな予感を音歌はひしひしと感じるのであった。


  ◆


 同時刻、宇宙港では――

「まさか、そんな……」

 驚きに目を瞠る林檎と風香の姿があった。
 アイライの船から降りてきた使者と思しき妙齢の女性に見覚えがあったからだ。

「林檎様、あの方って……」
「ええ、間違いありません。どうやら、アイライは本気のようですね」

 直接の面識はない。
 しかし、目の前の人物が本物であるかどうかを判別できない林檎ではなかった。
 二人の前にいる尼僧こそ、水穂の母親――アイリの叔母と呼べる人物。

「はじめまして、出迎えを感謝します」

 ケイラ・マグマ。アイライの尼僧たちを束ねる教主長であった。





 ……TO BE CONTINUED



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