完成したばかりの宇宙港では、式典の準備が着々と進められていた。
表向きは都市の完成を祝う式典となっているが、正確には異世界――ジェミナーとの交流を図るのが目的だ。
当然、ジェミナーからも〈星の船〉に乗ってフローラたちが訪れる手はずとなっており、林檎たちも出迎えの準備のため宇宙港に待機していた。
「鷲羽様。太老様が巻き込まれた時空間の乱れというのは、解決されたのですか?」
「そっちは訪希深が上手く調整したみたいだよ」
鷲羽の話を聞き、それならば安心する林檎。
相当に低い確率だとは聞いているが、それでも万が一がある以上は安心することは出来ない。
太老たちのようにフローラたちが見知らぬ世界へ跳ばされることを危惧してのことだった。
「到着したみたいだよ」
そんな林檎の心配を余所に、ゲートを通って〈星の船〉が姿を見せる。
先日ゲートを通って現れたパパチャの艦隊を除けば、異世界からやってきた初の宇宙船と言うことになるだろう。
これから本格的にジェミナーとの交流が始まる。それは太老が望んだことでもある。
しかし、林檎は一つ大きな不安を抱えていた。
それは――
「林檎殿の心配事は、ケイラ殿のことかい?」
「……鷲羽様に隠しごとは出来ませんね」
ケイラ・マグマ。アイライからやってきた使者のことだ。
アイライで反乱が起きた際、アイリと水穂をアカデミーへと逃がしてくれた恩人。
水穂にとっては大叔母にあたる人物。幼い頃のこととはいえ面識もあり、余り強くはでれない相手だ。
ずっと表舞台から姿を消していて生存も明らかとなっていなかった彼女が、今頃になって姿を見せた理由。
そんなものは一つしかない。ケイラを使者に立てることで、交渉の糸口とするつもりなのだろう。
実際、ケイラは女ばかりの信者で構成された尼僧院の教主だ。
尼僧は穏健派で知られており、本人の言葉や態度からも争いではなく話し合いを望む姿勢が感じ取れた。
しかし、こういう手合いが一番厄介であることを林檎は知っていた。
相手が力尽くでくるのであれば、幾らでも対処のしようはある。
しかし、あくまで話し合いを求めるのでれば、こちらも応じない訳にはいかないからだ。
一つだけ救いがあるとすれば――
「太老様が留守で助かりました」
太老がいないことは事実なのだ。正直にそのことを話せばいい。
彼女の目的はこの式典で太老と顔を繋ぐことだろうが、残念ながらその願いが叶うことはない。
残る懸念は水穂のことだが、
「つまりは現状のまま静観。相手が諦めて帰るまで放置ってことだね」
「あの水穂様が太老様を裏切るはずがないと信じていますから」
相手が嘗ての恩人であったとしても、水穂が太老の情報を売るとは思えない。
即ち、下手に動くよりは様子見が得策。しかし、このまま放置も出来ない。
アイライの介入を最小限に食い止めるべく、林檎は密かに行動を開始するのだった。
異世界の伝道師 最終話『エピローグ/大団円?』
作者 193
林檎がアイライへの対策を進めている頃――
「……大叔母様」
『大きくなりましたね。息災で何よりです。水穂さん』
一足早くケイラは水穂との会談を実現していた。
林檎が出し抜かれたのは、式典が始まってから密かに接触を試みるものと考え、油断もあったのだろう。
それにまさか水穂と連絡を取る直通回線を、ケイラが知っているとは思ってもいなかったのだ。
こればかりは林檎の責任とは言えない。何者かがケイラに情報を漏らしたとしか考えられないからだ。
それも本来であれば関係者しか知り得ない情報に、アクセスできる人物と言うことになる。
「まさか、もう既にアイライの間者をこちらへ¢翌闕桙でいるとは思いませんでした」
『ああ、うん。そう思うわよね』
「……違うのですか? まさか、林檎ちゃんが?」
『いえ、私に水穂さんと連絡を取る手段を教えてくださったのは瀬戸様よ』
「――ッ! 瀬戸様が!?」
一体どういうことかと驚きの声を上げる水穂。
しかし自分が生まれるよりも以前から、瀬戸がケイラと面識があったことを思い出す。
瀬戸のことだ。自分たちには内緒でケイラと連絡を取り合っていても、おかしくないと考えたのだろう。
実際その予感は当たっていた。
『水穂さんの想像通りよ』
「……何を企んでおられるのですか?」
『私が望んでいるのは平和的な解決よ。そのためにも、アイライは変わらなければならない』
「太老くんを神子に仕立てて、ですか? そう言う話なら、お受けすることは出来ません」
『否定はしないわ。アイライは強力な偶像を求めている。でも、私たちが求めているのは神子ではない』
「……どういうことでしょうか?」
アイライは失われつつある求心力を回復させるため、強力な偶像を求めていた。
そのために零式の放った巨大な光鷹翼を奇跡と称し、太老を神子に仕立てようとしたことまで分かっている。
今更、神子を欲している訳ではないと言われたところで、信じられるような話ではなかった。
しかし、
『私たちの本当の目的は、異世界の女神――訪希深様を新たな偶像として奉ることよ』
「え……」
ケイラの告白に、水穂は反応に困った様子で固まる。
まさか、アイライの狙いが太老ではなく訪希深にあるとは思ってもいなかったからだ。
しかし話を聞けば、十分に理解できる話でもあった。
嘗てアイライは〈皇家の樹〉に偶像としての役目を求めた。
樹雷に眠る始祖――津名魅と接触することで、自分たちの神としようしたのだ。
そして、訪希深は津名魅と同格の神。嘗て一つであった三位一体の女神の一柱だ。
津名魅の代わり求めるのであれば、確かにこれほどの適材はいない。
しかし、一つ疑問が残る。
三位一体の女神に関しては、アカデミーにも幾つか資料が残されている。だが、名前までは記されていない。
そのため、これまで津名魅以外の二柱に関しては、ずっと謎とされてきたのだ。
「どこで訪希深様のことを?」
『Dr.クレーのレポートに書かれていたわ。本人は覚えていないみたいだったけど、データは残っていたようね』
訪希深に関するデータが存在していることを聞かされ、随分と前からアイライが訪希深に目を付けていたことを水穂は悟る。
となれば、三年前にDr.クレーが引き起こした事件についても、アイライは監視の目を向けていたのだろう。
だからこそ、あれほど早く太老の存在に行き着いた。そう考えれば、これまでのことに説明が付く。
「まさか、アイライを変えると言うのは……」
『さすがに飲み込みが早いわね。これまでアイライは様々な宗教を呑み込み、一つとなることで勢力を増してきたわ。ジェミナーと呼ばれる世界には、女神を奉る教会が存在するのでしょう?』
ケイラの――アイライの狙いを水穂は察する。
それは即ち、ジェミナーの教会をアイライが呑み込むことで、新たなアイライを生み出すつもりなのだろう。
そうすれば彼等は、津名魅と同格の女神を信仰の対象として奉ることが出来る。
これは絶対的な偶像を求めてきた彼等にとっては、悲願を叶える最初で最後の機会と言っても良い。
(いまの教会はガイアとの戦いで求心力を落としている。そこをつかれれば……)
いまは勢いを失っているとはいえ、この銀河でアイライは最大の信者数を誇る宗教だ。
そのことを考えると、教会がアイライの手を取る可能性は低くない。
アイライが女神という偶像を求めているように、教会も権威の回復を模索している最中だからだ。
「……どうして、そのことを私に?」
黙っていれば、邪魔をされることなく密かに計画を進めることが出来たはずだ。敢えて打ち明ける必要などない。
それを話したということは、ケイラには別の思惑があるように水穂には思えてならなかったのだろう。
『本当に賢い子ね。そういうところは、あの子にそっくり』
「大叔母様……」
水穂に若かりし頃のアイリを重ね、懐かしむケイラ。
このようなことがなければ、家族との再会を喜びたいところなのだろう。
しかしケイラはアイライの信民を守るために、再び表舞台に立つことを決めたのだ。
情に流され、迷っている時間などなかった。
『簡単なことよ。アイライは変わる。いえ、変えなくてはならない。そのためにも――』
◆
「えっと、話が呑み込めないのですが……そのアイライと言うのは?」
「私たちの世界で、最大規模の宗教のことよ。大先史文明時代の遺跡を成り立ちとし、それを管理していると言えば、あなたたち教会に近い存在とも言えなくはないわね」
水穂の話を聞いて、確かにそう言われてみるととリチアは納得する。
ガイアによって荒廃した世界を支援する目的で作られたのが教会の成り立ちだ。
遺跡から出土したアーティファクトを教会が管理しているのは、ガイアの悲劇を再び引き起こさせないため――
長い歳月の末に権威に溺れ、技術の独占と言った方向に歪んでしまったが、それは本来の教会の在り方ではなかった。
そう考えると、確かにアイライはどこか教会に似ていると言えなくもない。
「そのアイライが、私たちとの交流を求めていると?」
「ええ、異世界との交流が目的である以上、それを止めることは私たちには出来ないわ」
水穂の言うように交流が目的で、リチアたちはやってきたのだ。
あちらから交流を求めてきている以上、それを拒むことはリチアもするつもりはない。
しかし、敢えて水穂が仲介に入った意味をリチアは考える。
相手は、この世界で最大の勢力を誇るとされる宗教だ。
この世界で活動していくのであれば、是が非でも協力関係を築いておきたい相手だが――
(なるほど、そういうことですか)
規模で勝る相手に協力を求めた場合、そのまま相手に取り込まれる可能性は少なくない。
水穂が何を心配しているのかをリチアは察するが――
「忠告はありがたく受け止めます。ですが、これはわたくしたちの問題です」
仮にそうなったとしても、それは自分たちの問題であって水穂に責任はないと覚悟を示すのだった。
◆
「余計なお世話だったみたいね」
「先程の話は……」
「林檎ちゃん、聞いていたのね」
「はい。やはり、ケイラ教主から接触が?」
「ええ、あったわ。詳しくは後で話すけど、大叔母様の目的は太老くんではなく訪希深様らしいわ」
「それは……」
どういうことかと尋ねようとするも、林檎はすぐにケイラの思惑を察する。
ケイラと向き合った時から、ずっと感じていた違和感の正体に気付いたからだ。
「ケイラ教主は、アイライを解体するおつもりなのですか?」
「本人は変えると言っていたけどね」
ジェミナーの教会と協調路線を歩むことで――
時間をかけてゆっくりとアイライの教義を変えていくつもりなのだと、水穂と林檎は同じ結論に達する。
そう簡単に上手くはいかないだろう。長い、途方もなく長い歳月が必要となるはずだ。
しかしケイラは自分に残された一生を費やしてでも、それを成し遂げる覚悟で再び表舞台に姿を見せたのだと水穂は考えていた。
「あの方を少し見誤っていたみたいです」
「林檎ちゃんが気にすることではないわ。大叔母様は、昔からそういう人だから」
自らの危険を顧みず、アイリと水穂をアイライから逃がしてくれた人。
そして、誰よりもアイライを愛した人。
だからこそケイラは、水穂たちと共にアイライを脱出することはなかった。
彼女にとっては、アイライの信民も家族と同じなのだろう。
だから皆が救われる道を模索し、選択した。
それが、この選択だったのだろうと水穂は考える。
「問題は教主会の動きね」
「お任せを。太老様の安全のためにも、誰にも邪魔をさせるつもりはありません」
それは即ち、ハイエナ部隊の総力を挙げてケイラをサポートすると言っているも同じであった。
瀬戸もそのつもりで、水穂の連絡先をケイラに教えたのだろう。
上手く行けばアイライの膿を完全に消し去ることで、樹雷が長年抱えている悩みの一つが解消されるかもしれない。
「あとは式典が無事に終了してくれることを願うだけね」
「はい……と言いたいところですが、そうも行かないみたいです」
「――って、まさか」
これから式典が開始されようかというタイミングで、ゲートから二隻の船が現れる。
壇上で空を見上げ、目を瞠る船穂。突然の出来事に口を大きく開けて固まるフローラ。
何が起きているのか分からず、招かれた各国の重鎮たちからも困惑の声が上げる。
「あれって守蛇怪・零式よね。でも、様子がおかしいわね」
「はい。避難した方がよさそうですね」
「そうね。要人の安全を最優先。避難誘導を急ぎましょう」
そんななか慣れた様子で、式典の参加者たちに避難を促す水穂と林檎。
そうこうしている内にみるみると大きくなって、海へと落下する二隻の船。
巨大な波飛沫をあげて発生した津波が式典の会場諸共、完成したばかりの宇宙港を呑み込むのであった。
◆
「ただいま、水穂さん」
「お帰り、太老くん」
と挨拶を交わす二人だが、周囲の惨状はそれどころではなかった。
折角、準備した式典の会場は津波に洗い流され、港は水浸し。
港と海の境目が分からないほど、そのほとんどが海に沈んでしまっている。
これでは今日中に式典を再開することは難しいだろう。
「……どうするの? お兄ちゃん」
「どうするも何も事故のようなもので、悪いのは俺じゃ……」
「でも、零式はお兄ちゃんの船だよね?」
さすがにこれはまずいと思ったのか、桜花の指摘に太老の顔も青ざめていく。
仮に弁償しろと言われたところで払えるはずもない。途方もない金額を請求されると予想できたからだ。
実際には、財団に預けている太老の資産を使えば余裕で払えなくないのだが、当然そんなことを本人が知る由もない。
そんななか、これ幸いと水穂は――
「太老くん。この事態を丸く収める案があるのだけど、話だけでも聞いてみる?」
「……よ、よろしくお願いします」
太老に密かに考えていた計画を提案するのであった。
◆
あとになって分かったことだが、港に打ち上げられていたアイライの工作員が瀬戸配下の女官に拘束されたそうだ。
この後、しばらくはアイライの強硬派もなりを潜め、介入してくることはなくなる。
そして、太老はというと――
「よかったね。お兄ちゃん! たくさん婚約者が出来て!」
「ちょっと桜花ちゃん、タンマ! 本気でやってないか!?」
「本気でやらないと訓練にならないでしょ!?」
訓練と称して、桜花に追い回されていた。
水穂のだした提案。それは太老との結婚権(予約)を、契約の条件を呑んだ者に与えるというものだった。
その条件と言うのは幾つかあるが、なかでも特に重視されるのが結婚のタイミングだ。
これは花嫁が決めるのではなく、太老に決定権を持たせることにしたのだ。
こうしておけば、婚約したからと言って太老が望まない限り、結婚が成立することはない。
言ってみれば、待てないのであれば太老のことは諦めろと、宣告しているに等しい条件だった。
水穂からすれば、もう百年待ったところで誤差の範囲なので、自分に有利な条件を設けたとも言える。
しかし、それだけでは他の女性陣は納得しない。だから太老にも一つの条件がつけられた。
婚約するからには、どれだけ時間が掛かろうとも相手の女性ときちんと向き合うこと――
それが太老に求められた条件だった。
男女の色恋を今の太老に求めたところで混乱させるだけだ。
だから恋愛感情を自覚させるのではなく、太老の良心に訴えることにしたのだろう。
少しは考えさせる切っ掛けにはなったようなので、一歩前進と水穂は受け止めていた。
「アンタは参加しないのかい?」
「やっぱり、鷲羽お姉ちゃんの目は誤魔化せないか」
観衆のなかにフードを被った少女を見つけ、声を掛ける鷲羽。
上手く場に溶け込んでいたみたいだが、鷲羽の目は誤魔化せない。
いや、鷲羽だからこそ、少女の存在に気付けたと言うべきなのだろう。
「なるほどね。あの子が珍しく知恵を貸して欲しいと言ってくるから何かと思えば、その首から提げてる宝玉に力を封印した訳か。でも、こちらの世界とパスはどうやって繋いだんだい?」
「訪希深お姉ちゃんがね。別れ際にこれをくれたの」
「……皇家の樹の種。ってことは、津名魅も関わってそうだね」
訪希深が桜花に送ったもの。それは津名魅から預かった皇家の樹の種だった。
その種を介して自身の力を天樹へと送り、それを太老が工房の機材を使い、結晶化したのだ。
そうして生まれたのが、少女が身に付けている宝玉だった。
「宝玉は随分と前に完成してたんだけど、意識が覚醒するまで時間がかかっちゃってね。お兄ちゃんの屋敷で目が覚めてから〈星の船〉に乗せてもらってついてきたんだけど」
「……アタシの時と違って、記憶はあるみたいだね」
「私は鷲羽お姉ちゃんと違って、別に一から知識を求めようとした訳じゃないしね」
違いない、と鷲羽は少女の話を聞いて笑う。
少女の目的は、あくまで太老との失われた時間を取り戻すことだ。
なのに力と一緒に記憶まで封印してしまっては、本末転倒と言っていい。
「で、アンタのことはなんて呼べば良いんだい?」
「名前? そうだね。うん、私の名前は――」
……END?
あとがき
異世界の伝道師、これにて閉幕です。
まだ書き切れていないところはあるのですが、そこは追々とこぼれ話を投稿していこうかと考えているので。
最初の投稿から凡そ11年。思えばいろいろとありましたが、どうにか無事に完結できて今は安堵しています。
最後は剣士やダグマイアと決闘する終わり方も考えていたのですが、こっちの方が太老らしいかなと思い、こういう終わり方で締めさせて頂きました。余談ですが敢えて触れて無い話(太老ブラックのことなど)は外伝と繋がる要素でもあるので、詳しくはそちらでやろうかと思っています。
異界の魔王(新約)を読まれている方は、大体予想がついていると思いますが……。
最後になりますが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
これからも、ぼちぼちと執筆活動を続けていくつもりなので、応援の程よろしくお願いします。
追伸:完結記念と言うことで、おまけを一話掲載しています。
外伝へと続く補足的な話なので、引き続きお楽しみください。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m